僕の神様

仁科 哲夫 作

 私は小さい時に神様を見たことがある。それは七十年以上も前の、
七つか八つの夏の出来事であった。土いじりが好きな伯父が、住宅
地の空き地を借りて野菜を作っていた。三十メートルほどの間口で
奥行のある細長い敷地だ。道沿いに深い排水路が通り、それを堰き
止めて散水に使っていた。

 手塩をかけて鋤きこまれた用土は黒く湿り、長く伸びた畝には、
法蓮草がみずみずしい葉を広げている。幾つもの畝には濃緑の玉
葱の葉が倒れ、広がる葉の根っこは大根の青首がのぞかせていた。
胡瓜、茄子、トマト、えんどう豆などの支柱には、重そうな実が
実っていた。

 私は畑仕事を手伝うよりも虫取りが楽しくて、よく連れていっ
てもらった。むせ返るような青臭いトマトの臭いも苦にならず、
伯父が土いじりを楽しんでいる間、ひっきりなしにやってくる
蝶やトンボにてんとう虫、葉陰に潜んでいるバッタ、カマキリ、
キリギリス、落ち葉の間を素早く逃げるトカゲなどを追っかけ
るのに夢中になっていた。

 帰るころになって、私は自転車の荷台に括りつけた、小さな
風呂桶ほどもある四角い竹籠の中に座らされていた。伯父が営
んでいる八百屋で、丁稚どんが注文の品を得意先に邸宅に配達
するのに使っているものだ。鍬や水桶、長ひしゃくなどと一緒
に座っていても、ようやく頭がのぞくほどだった。

 忘れ物をしたのか、伯父が畑に戻った僅かの間に自転車が倒
れた。現在のきゃしゃな造りとはまったく違う、大八車よりも
機動力があり、太いタイヤと頑丈なスタンドを備えた運搬車型
の自転車で、かんたんには倒れないはずであった。おそらく、
私が大きく動いたのでバランスを崩したのだろう。幸い頭も打
たず、水しぶきを上げて排水路の中に転がり落ちた。

 井戸の底から見上げるように、暗い両側の壁を挟んで、ポッ
カリと空が開いていた。そこから思いがけなくひょっこりと神
様が斜めに顔をのぞかせた。なぜか私を見て笑っている。トラ
ンプのキングにそっくりのその顔は、逆光のはずなのに、王冠
の輝きや金色に萌える巻き毛、ピンとはねたカイゼルヒゲまで、
はっきりと見えたから不思議だ。

 神様といえば長く白髪を垂らし、山羊ひげも真っ白で、妙に
曲がった杖を左手に構えた、白衣の枯れ仙人のような姿を想像
していた。だからそのバタ臭い顔つきに戸惑いながらも、私を
見て笑っているのが意外だった。それは心配しなくてもいいよ
と、私を元気づけてくれているようでもあった。だが、へまを
やらかした間抜けをあざ笑っているようにも見えたし、獲物を
仕留めた猟師の会心の笑みにも感じられた。

 一瞬の出来事ではあったが、こんな時に笑う神様を薄情だと
気に入らなかった。不運な出来事にもがいている私を見て、笑
うよりも眉を曇らせ、悲しげな眼差しを送ってほしかった。そ
のほうがずっと神様らしい思いやりがあると感じていた。

 どのように引き上げられたのか、濡れたまま帰ったのかなど
はまったく憶えていない。ただ、その日は口をとがらせて、
「神様を見た」
 と告げてまわったが、だれも笑って取り合ってくれなかった
事だけは憶えている。

 このことがあってから、あの笑い顔を思い出すたびに、神様
との距離が少しずつ遠ざかっていったような気がする。
 
 そして今、御許に近づきつつあるが、
 「神は死んだ」 ニーチエェ

僕の神様

僕の神様

神は死んだ ニーチエ

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2012-08-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted