PokerM@ster

Chapter 01

 賭博が禁じられた極東の島国日本において、ポーカーは少女たちのものだ。
 大宮駅前アミューズメント施設の一画に設けられたポーカーフロアは、若い女性に特有の甘い香りで満ちていた。男性の姿は数えるほどしかない。落ち着くために深呼吸などすれば、思わずむせてしまいそうだ。そんなフロアの中央で、茶色く髪の毛を染めた目の前の相手を、渋谷凛は射殺すように見つめていた。その手元にはカラフルなチップと2枚のカード。感情を排した無表情の裏側で、けれど思考は焼けつくほどに回転している。
 少女たちがプレイしているのはノーリミットテキサスホールデム。現代においてもっともメジャーなポーカーのルールだ。プレイヤーたちは手元に配られた2枚のカードに、共有のコミュニティカードを3枚足して役をつくる。プレイヤーがチップを賭け合うベッティングラウンドは最大で4回。まずコミュニティカードが0枚のプリフロップ、次に3枚のフロップ、そして4枚のターン、最後に5枚のリバーだ。
 いまはカードが配られたばかりのプリフロップ。渋谷凛のポジションはHJで、最近流行の6人テーブルノーリミットテキサスホールデムでは、2番目にアクションを起こす位置だ。凛の目前には既に3BBのチップが積まれている。ハンドはAhKh。かなり良いハンドだが、ボードとうまく絡まなければAハイ留まりもありうる難しいハンド。これを凛は3BBでオープンレイズ。BTNまでフォールドしたあとにSBが9BBでリレイズ。続けてBBもフォールドしたので、いまは凛がリリレイズするか、コールするか、それともフォールドしてしまうかの判断を迫られている局面だ。
 一般的にはリリレイズ、すなわち4betすべきだろう。にもかかわらず凛が迷っているのは、リレイズしてきた茶髪の少女が、いかにも初心者といったウィークタイトなプレイヤーだからだ。往往にして初心者は、3betのレンジをひどく狭くしてしまいがちだ。AA〜TTやAKsでしか3betはしないというプレイヤーはとても多い。コネクター系のハンドは、ドローによって強さが大きく変動するため、初心者には強さが測りにくいのだ。よってウィークタイトであるにもかかわらず、プリフロップから強気に3betしてきたウィークタイトな茶髪のハンドは、凛がAとKをプロテクトしていることを加味すると、QQ〜TTあたりと推測できる。これはあまり嬉しくない情報だ。ランダムハンドには80%以上で勝てる凛のAhKhも、アンダーペアへの勝率は50%程度しかない。
「コール」
 そこで凛は常識的な4betではなく、コールを選んだ。普通ならせっかくのAKsの利益を投げ捨てる行為だが、そこはタイトパッシブな茶髪のことだ。フロップでAやKが捲れても、茶髪はハイポケットを引き当てた幸運に酔って、ポストフロップでも続けてベットしてくれるはずだ。強いハンドでしか参加してこないウィークタイトなプレイヤーは、だからこそ上手にフォールドすることができない傾向にある。それならポットを膨らませてバリューを稼ぐのは、フロップでヒットを確認してからでも遅くはない。逆にヒットしなかったら降りてしまえばいい。損失は9BBで済む。
 凛のコールにより互いの賭け金が同額となったため、ストリートはプリフロップからフロップへと移る。流れるような手捌きで、ディーラーが3枚のコミュニティカードを順に並べていく。捲られたのはAsKcTh、なんと望外のAKスマッシュヒット。これで凛のハンドはAAKKのツーペア、ほとんどナッツだ。思わず緩みそうになる頬を引き締める。
 このハイカロリーなボードをみた茶髪は、少考ののちにテーブルを二度叩いた。これはチェックのサイン。この常識的なアクションは、けれど凛にとっては意外だった。プリフロップで最後にレイズしたのは茶髪だから、アグレッションを有しているのも茶髪。よってこのチェックは弱気のあらわれということになる。おそらくハイポケットを持っている茶髪は、ヒットせずともフロップでも続けてベットしてくるものだと思っていた。少し期待外れだ。
「ベット、6BB」
 そこで凛は標準的なポットの半分より、やや少なめのベット額を選択した。現在凛のハンドはAAKKの確定したツーペア。ほとんどナッツ。ここからの課題は、いかにして茶髪からバリューを搾り取るか。活かさず殺さずでいきたい。
 けれど返す茶髪のアクションは、懸念していたフォールドではなく、しかし期待していたコールでもなかった。
「レイズ、18BB」
 チェックレイズ?
 フロップでAKが捲れたのに?
 予想外の茶髪のアクションに混乱する思考をなだめつつ、凛は改めて状況を精査する。チェックレイズは一般的にリスキーなアクションとされている。たとえばチェックにチェックで返されたら、フリーカードを与えてしまうことになる。相手が自分よりも強ければ、チェックレイズにリレイズを被せられてしまうかもしれない。そんなリスクを背負ってでも仕掛けてきたからには、茶髪のハンドはかなり強いはずだ。想定される相手のハンドレンジはQJ、AK。あるいはTTのセット。
 そう、セットだ。凛は相手に悟られないよう、そっと奥歯を噛みしめる。ポケットがボードと重なると、スリーオブカインドが成立する。プリフロップの時点で凛が想定していた茶髪のハンドはQQ〜TT。そしてボードはAsKcTs。あまりに明白なセットの気配。4betしなかったせいだ。4betさえしておけば、ウィークタイトな茶髪のTTはまず間違いなく降ろせていた。弱気な選択をしたせいで、AK両方ヒットさせたというのに、凛は窮地に立たされてしまっていた。
「フォールド」
 けれど、凛はできる限り平静に、ハンドを伏せたままディーラーに投げた。大丈夫、間違ってはいないはずだ。ウィークタイトな茶髪は、ハイポケット以外では3betしてこない。茶髪のハンドレンジはQQ〜TTで、強気にもチェックレイズしてきたからにはTT濃厚なのだ。けっしてAAKKと心中するわけにはいかない。
 凛のフォールドを受けて、ディーラーがチップを回収していく。凛の損失は17BB。比較的軽傷レベルの損失ではあるが、それでも不本意な損失であることは違いない。それだけあれば、5回はフロップをみにいかる。そんな無意味な計算に意識を引きずられて、回収されるチップをつい未練がましく目で追ってしまう。すると、ふと茶髪と目が合った。彼女は勝ち誇ったように微笑んでいた。挑発目的なのだろうか、本来開示義務のない自分のハンドを、茶髪はわざと表にしてからディーラーに返した。ディーラーが受け取った2枚のカードはJJ、おそらく凛が勝てたはずのハンドだった。降りてさえいなければ。チェックレイズに、コールしてさえいれば。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-24

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