決意

 私はその一枚の写真を見つめた後に、小さな吐息をついた。真夏の夜に溶け込んでいるような、黒く滲んだ負の感情だった。その写真に映った男女は指を絡ませて、お互いの顔を近づけながらキスをしていた。それは私の心を鋭い刃によって斬り付けてしまう、とても哀しい事実だ。
 どうして……なんで、私を裏切ったのよ?
 私は写真を握り締めたまま、強く歯軋りした。私と会ったその日の帰りに誰かと、こんな行為に及んでいたのだ。それはきっと彼が持っている心のドアが二つあって、片方を私が、もう片方を誰かが開いて、中に迎え入れられ――そうして情事に及んだのだ。
 私の為に彼が用意した扉は単なる見せかけにしか過ぎず、誰に対してもきっとそうした扉を用意していたのだろう、永遠に闇の中へ続く列車のドアみたいだ。私のことなんて、これっぽっちも、愛していなかったのだろう。私のことなんて、これっぽっちも、「恋人」だと思っていなかったのだろう。
「絶対に許さないよ」
 私は写真をジーンズのポケットにねじ込んで、エレベーターで上がってくる彼を自室の扉を見据えてじっと待った。そして、ぎゅっと拳を握り締めた。ナイフでもない、鉄パイプでもない、私が私の恋に終わりを告げるには、――これしかないのだ。
 部屋のチャイムが鳴ると、私は「開いてるよ」と短く声を掛けて、腕を振りかぶった。
 ドアがそっと開いた。私の拳がすかさず振り下ろされるその瞬間、――。
「……また来たよ」
 彼の笑顔が宵闇に溶け込んだのがわかった。固く握っていた拳が緩く垂れ下がっていき、掻き消えてしまったように無力になった。彼の笑顔に心を縫い留められて、戦意を失った。呆然と立ち尽くす私の頬を一雫が落ちていった。
「どうしたんだ? 何故、泣いているのかな?」
 彼は微笑んで、ゆっくりと近づいてくると、私の頬を拭った。それまで心に溢れていた鉛や鉄屑は床にばら撒かれて、その代わりに、涙の余韻だけが溢れていった。
「……大丈夫だからさ」
 彼はそう言って私の背中に手を回してきた。
 ただ目を閉じて涙を流した。彼は冷たく細い指で、私の鼓動を、涙を、心の刃を奪っていった。そこに漂うのは、宵闇の海に浮かぶ薔薇と、ほんの少し雲の隙間から差し込んだ月明かりだけだった。

 了

決意

決意

私はその一枚の写真を握り締めながら、つぶやく。 「絶対に許さないよ」

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-23

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