マリンライナー

 久しぶりに帰省した息子に、大したもてなしもできないまま、二泊三日の予定が終わり、高松駅まで送っていった。
息子にしても、それは予想の範囲内で、母である私の様子を窺い、元気そうな自分の顔を見せに、わざわざ帰って来てくれたわけである。
いつもは、マリンライナーに乗って帰る息子を、改札のすぐ傍まで送り、握手をして別れ、互いに手を振って、その後は、息子は振り返らない決まりになっていた。
改札を通り抜ける息子の後ろ姿を見送り、
息子が乗り込んだマリンライナーが発車すると、ひとり、見えなくなるまで手を振っていた。
そうやって、私は、気が済むようにして、ひとつ仕事が終わったように気持ちを落ち着かせてから、近くのスーパーで買い物をする……、それをしきたりのようにして、ちょっと景気づけにドーナツを二個ほど買って帰るのが恒例となっていた。
けれど、その日は、私の乗る引田線が、息子の乗るマリンライナーより、一分、出発が早かったのである。
それで、その日は、改札を一緒にでて、すぐの所で、
「じゃあね、またね、元気でね」
と握手をして、手を振って、別れた。
引田線の二番ホームは、一番線の奥手にあって、そこから随分歩くようになる。
私は少し心細くなって、それはこれまで、いつものしきたりを踏まないまま、心の準備が成されないまま、ひとりになった淋しさを紛らわす時間を持てないまま、今日のように、列車に乗ることがなかったから、だと気が付いた。
つい、振り返っても、息子の姿はない。
私はもう諦めて、前を向いて歩きはじめた。
あと、二分ほどで、発車の時刻である。
私は少し歩く速度を速めて、引田行き、二両編成の、後ろの列車に乗った。
車掌はもう、列車に乗り込んで、前方に小さく見える信号が青になって、笛を吹くタイミングを見計らっている。
すぐに、列車が動き出した。
私は後ろを振り返りながら、息子が乗ったであろう、マリンライナーに小さめに手を振った。
それから前を向いて、静かに俯いた。私の列車は、ゆっくり進んでいく。
各駅停車の鈍行列車は、もったいぶって、文句を言いながら、のろのろ走っているように思えてくる。仕方なしに家へ向かう、私の心情と相俟って、わびしい響きに線路は歌っている。
(息子の心は、もう、海の向こうだろう……)
 と思って、息子が越えるだろう海の空の方向に目をやった。
 なにか気配を感じて、振り返ると、マリンライナーと額に書いた文字が見えた。まさかと思ったが、息子の乗った列車が、後から追い付いたのである。
息子の乗ったマリンライナーと私の乗った列車が、隣同士の線路を走っていた。
ほんの十秒か、そこらだったが、最後に肩を寄せ合うように並んで走って、急行列車らしくだんだん追い越しながら、
「がんばろうね、またね、元気でね」
と言うように、さっき別れたばかりの息子の気配が忍び寄ってきた。
まるで渡り鳥の親子が、いっしょに飛び立って、しばらく並んで飛ぶように、黙って心で会話するように、進んでいくのである……。
白い倉庫を境に、マリンライナーは右に、私の列車は左にカーブして、それぞれの決まった線路の上を、まちがいなく走り続けるのだ。
細い家々を間にして、二つは走り、別れていく。
私はそこで、泣く練習をしたり、泣かない練習をしたり、する。

マリンライナー

マリンライナー

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-14

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