君のペット大天国

タイムスリップができるなら、君はどこにいきたい?ぼくは、石炭紀。
石炭紀にいけたら何をしよう。気持ち悪いほど大きいトンボがいると聞いている。なんとかそいつに乗ってみたいな。石炭紀くらい昔になると、みんな自由に暮らしてるだろう。そりゃあ多少の上下関係はあるかもしれないけれど、今ほど窮屈じゃないと思う。

窓の外に目をやると「ペット大天国」の文字がみえる。これほど遠くからでもくっきりみえるのだから、実際の文字の大きさと言ったら、石炭紀のトンボの十倍はないといけない。
ペット大天国は六年前にできた。誰かが運営しているわけではないが、ただその中はペットにとって天国をこえる大天国になっているらしい。飼い主のいない大天国。今はもう特別テレビで扱われることもない、馴染みのある天国。建てられたのは数年前だというのに、この町の空気に馴染みすぎているとさえ思う。
ぼくはベットに横たわったまま、ただひたすらに空をみつめて考え事をしている。少し遠い空は、窓をこえてそこにある。ここは病院で、窓の外も病院だ。門の外にいけたらもうそこは病院ではないけれど、病院から抜け出すのは容易ではない。ぼく自身の運動能力の問題もある。
にぃ、と鳴いてよ。ぼくのマリー。マリーは灰色の毛をもつぼくの家族だ。とても美人で、スラリとしていて、ぼくのことを愛している。ベットのそばで丸まっているマリーは、ぼくにとっては喜びで、唯一の悲しみである。

もう少しで十時になる。十時になると、恋人が面会にくる。いや、正しくは元恋人。もう十分ほどでぼくと彼女は完全に別れることになる。彼女はマリーを引き取ってくれる。マリーはサエに懐いているので、難なくことが進むはずだ。それからきっとペット大天国に連れていく。思い返せばマリーがここにいるために多くの努力が必要だった。病室にペット。天国にペット。地獄にペット。人間であるためにはペットがいなきゃ務まらないのか、と言われるほどに人間はペットを飼うことに依存している。サエは、この病院には他にも誰かのペットがいると言っていた。あと三分で十時になる。時計を確かめてぼくはギュッと唾を飲んだ。今から数分で沢山のことを解決しなきゃいけない。マリーのこと、サエのこと、親のこと、これからのお金のこと、彼女らの未来のこと。
マリーはまだ眠っている。一言くらい挨拶をかわしたい。どうせ恋人がインターホンを鳴らせばマリーも目を覚ますだろうけれど、それじゃあ遅い。懇ろに別れの挨拶をしなきゃいけない。あまり話しすぎると愛想をつかされるかもしれないけれど、ペットを残して死ぬような飼い主はペットにどう思われるかなんて最後まで気にしてはいけない。
ぼくは石炭紀にいきたかった。トンボにのって空を飛びたかった。絶対に完新世にもう一度生まれなおして、マリーと言葉を交わして、それから人間の進化をくいとめる。次のぼくは人間でなくていい。

君のペット大天国

君のペット大天国

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-09

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