*星空文庫

君を好きだと言えない理由1

nanamame 作

君を好きだと言えない理由1
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GOT7、ジニョンくんとジェボム(JB)くんのお話。
FC2でも公開していますが、こちらでもUP。続きものです。2をいつUPするかは未定。

1

君を好きだと言えない理由が、僕にはある。

そんなものを君は知らないと言うだろう。あるいは、関係ないと。そもそも、僕が君を好きだと、君は知らないに違いない。



どうしてこうなったのか、酒でぼやけた頭では理解できない。遭遇したことがない、未知の状況だからかもしれない。
成人男子として、ベッドの上で他人とキスをするということの経験がないと言ってしまうのは、ちょっと情けないようなことで、だからこそ、他人には秘密で、自分のコンプレックスでもあったのだが、今夜だけはあっさりとその秘密は暴露され、あげくにその相手にキスをされるという、ちょっとラッキーなと言ってもいいような状況なのかもしれない。

相手が、女であるならば。
女であったなら、自分は今の状況を素直に受け入れて、相手のためにがんばっただろう。

だけど、キスの相手は男だった。どこをどう見ても自分と同じ男だ。見た目より触れてわかるガタイの良さ、胸はない。ついているのはまだ目で見ていないが。
軽くパーマをかけた髪が細めた目の上で波打ち、たまに自分の頬を掠める。口元を片方だけ上げて笑うのが、嫌になるくらい似合う。内気な自分と違って、こういう格好つけるのが似合うイケメンがモテるのだ。

どうしてこうなったんだろう。自分の部屋で、ただ「ジェボム」という名前しか知らない、今夜会ったばかりの男と、慣れないキスをしている。相手はなんだか楽しそうに笑いながら、僕の髪、胸、足を撫でている。

「何だよ、仏頂面だな。俺が教えてやるっていうのに、喜べよ」

「い、いや、ジェボムさんに教えてもらいたかったのはキスじゃなくて…」

あまり覚えていないが、確か、教えて欲しいと言ったのは、女性の誘い方であって、キスの仕方ではないはずだ。

「同じだろ? 女が知らないのは百歩譲っていいとしても、男が知らないとまずいだろ。こっちから誘っといて、したことないとか、あり得ないよ」

「うっ…」

そう言われてしまえば、反論できない。確かにそうなのだろう。
だけど、男に押し倒されている今の状況は、いずれにしても違う気がする。

「あ、ん…」

痛いくらいに舌を吸われる。「お前もやれ」と言われて何となくやってみるものの、ちゃんと出来ている気がしない。低い声で笑われれば、笑顔で楽しく、とかなれるはずがない。
顔が赤いし、変な声が出るし、くちゅくちゃと唾液が音を立てる。ドラマやAVなどで見る登場人物たちのように、夢中になることができない。

「もう、からかうのは、やめてください! 僕は男で、押し倒される経験なんて必要ないんですよ」

押しのけると、ジェボムは少し不満気な顔をした。ベッドの上で向かい合う。こちらを見ながら、舌で唇をゆっくりと舐める。それを見て鼓動が早くなるのは解せない。断じて解せない。

「なぁんだ。じゃあ、タチやるか? 俺は別にいいぜ。お前なら」

「は?」

ジェボムはまたキスを仕掛けてくる。ベルトを外されるのに、少し慌てる。シャツを引き出されるのに気を取られていると、首の後ろをぐっと引き寄せられる。
気付けば今度は、自分がジェボムを押し倒す形になっていた。

こんな角度で、他人を見たことがなかった。
ジェボムは余裕の笑みで、見上げてくる。彼はどうみたって男だ。同じ男から見てもかっこいい、きれいな、と言ってもいいくらいの容姿を持っているが、それでも、男を押し倒す日が来るなんて。初めて知る日に、相手が女の子ではないなんて。

「大して変わらないよ。俺が教えてやる。…なぁ、やろうぜ、ジニョン」

ジェボムの手がジニョンの中心に伸びる。盛り上がった中心は、言い訳を許さない。
えい、もうどうにでもなれ、だ。
ジニョンは成り行きに身を任せることにした。ああ、頭が痛い。



 ***



翌朝、目が覚めると、鈍い頭痛に襲われた。素っ裸のまま寝ていたが、季節柄もう寒くはない。

この朝は、普段の朝と違いすぎて、違和感がありまくりだった。

成人してから1回もない二日酔い、パジャマも着ないで寝ていたベッドは、シーツが思いっきりめくれて乱れている。身体が全体的にベタベタしている気がするのは、風呂にも入らず寝ていたというだけではなさそうだ。
いやに明るい窓の外に焦って時計を見ると、すでに11時だった。慌てて立ち上がり、立ちくらみで、再びベッドに沈み込む。そして気付く。今日は土曜日で、仕事は休みだ。金曜日だったからこそ、後先も考えずに飲んでいたのだ。

そんな場所で出会ったジェボムは、だがすでに部屋のどこにもいなかった。
彼の残した片鱗は、ただ乱れたシーツと、ジニョンの身体に残った残滓しかない。
昨夜の出来事が、なんだか夢のように思えてきて、ジニョンはしばし呆然とベッドの上にただ座っていた。

腹が減ってきて、ようやく動く気になる。
シャワーを浴びて、いつもの自分の可もなく不可もない服を着る。朝昼兼用のラーメンを食べて、お茶を飲めば、少し落ち着いてきた。

そしてやはり、昨夜のことが、夢のように思えてくる。

ジェボムを自分が抱いた記憶や感触は確かにまだはっきりと残っているけれど、それはあまりにも非日常のようで、自分には縁がなかった世界だった。思い返しても、鮮やかな記憶と共に、微かな胸の痛みがある。それは、相手が好意を抱いた女性ではなく、たまたま出会っただけの男だと言う、自分が初めての体験として思い描いていた相手ではないということだろうか。
それまで、他人と交わったことがないジニョンは、その日を待ちわびてもいながら、どこか遠い、自分には関わりのない出来事のような気がしていた。他人が当たり前のように、あからさまに語る出来事が、なぜ自分には訪れないのか。出来ないのか。
消極的で、人見知りの自分の性格を呪ったこともあるが、今ではそれが自分の性格なんだと受け入れることもできている。

それなのに、突如巻き起こった昨夜の出来事は、起こる可能性としては1%もないはずのことだった。

はっきり言って気持ちよかった。夢中で腰を振っていた。パンパンと鳴る音が、AVと同じだな、と変なことを思ったのを覚えている。ジェボムは教えてやる、と言った通り、上手く導いてくれたのだと思う。何だかよく分からないままだったが、出来たのは出来たはずだ。AVのように、と言うか参考に出来るものはそれしかないのだが、そこに出てくる女優のようにジェボムも気持ちよかったのかどうかは分からない。そもそも女優はあくまで女優であって…と、考えた所で一旦思考をリセットする。

そういう問題ではない。

真面目で、生真面目で、とにかく誠実なことが取り柄だった自分が、まさか行きずりの相手と関係を持つなんて、自分でも意外だ。自分の行動ではないみたいだ。

「はあ…」

大きくため息をついて、しばしぼうっと時間を過ごす。
考えた所で、過ぎた出来事は戻らない。昨日と今日でジニョンの身に起きた違いは、他人には分からないものだ。未体験だったことすら、他人は知らないのだから。高校生でもあるまいに、自分の体験がどういうものだったかを語る気はさらさらない。自分が気持ちを落ち着けて、淡々といつも通り過ごせば、何も変わったことなどないのだ。

ジニョンはそのように考えて、気持ちを切り替えようと決める。考えるのを止めて、痛む頭に顔を顰めながら、シーツの交換をするために立ち上がった。

2

「よう、ジニョン。今度、合コンするんだけど、行かないか?」

隣の席の先輩に、仕事中、声をかけられる。ジニョンは仕事の手を止めて考える。予定などは特にないので、問題はない。誘ってもらえるのはありがたいことだが、ジニョンはいつも消極的だ。面白い話もできないし、芸もないし、クラブのような賑やか過ぎる場所も苦手だ。

「あー、いや、すみませんが、今回は…」

いつも以上に乗り気ではないジニョンに、先輩は訝ったが、咎めることはなかった。

「そうか? 今度、会う女の子は、客室乗務員だぜ」

相手が何の職業であろうと、それでジニョンの気持ちが変わることはない。この間の反省を元に、ジニョンはしばらく酒を飲むのを控えようと思っていた。

「すみません…」

先輩は諦めることにした。見た目のいいジニョンが来てくれれば、場はそれなりに保つのでいいことだ。おまけに彼は口下手で常に俯きがちで、ゲイかと思うくらい女に対して消極的だ。彼女が欲しいと言っていたことがあるので、合コンにも誘ってやるのに、乗り気なことはほとんどない。
もったいない、と先輩は思う。
自分にジニョンの顔があれば、それこそ遊び尽くすだろうに。
だがそういうことは指摘しない。積極的になれ、と促すこともない。それはわずかな意地悪とも言えない、意地のようなものだ。


 ***


時間が経つにつれて、ジニョンの中でジェボムという存在が大きくなっていった。そのことを、時間が経つにつれて、認めなくてはならないほど。

どこの誰かも分からない「ジェボム」に、また出会うことはないだろう。そう考えて、また少し胸が痛む。

また会いたいと思う。そうは思っても、会える訳がない。会うことはない。

第一、また出会ったとしても、どういう顔で会えばいいのかも分からない。友達でもない。知り合いですらない。連絡先も知らないし、名字も知らない。大切な、と考えていた体験を、今から思えば恥ずかしい話だが、夢を見ていた体験を、見ず知らずの相手と、酒の勢いでやってしまった。
相手にとっては大したことではないのだろう。自分は、数ある相手の1人に過ぎない。自分が会いたいと思っても、相手はそうではないかもしれない。そうでない可能性の方が大きい。

それでもジニョンはあの日の曖昧な記憶を辿って、出会った場所を探そうと、街を歩いていた。
ワインを飲んでいたから、洋食の店だ。地域を絞り込んだとしても、そこにはワインを出す店など五万とある。
自分が入るとしたらおしゃれで静かな雰囲気の店がいい。
酒を飲まないように決めているので、夕飯になるような一品二品とペリエ、もしくはジンジャーエール。だがいい加減、外食ばかり、洋食ばかり、というのも気が咎めてくる。

そう思って、2週間目。


 ***


カラン、とドアが音を立てたのを聞いて、ヨンジェは「いらっしゃいませ」と大きな声を出した。
入ってきたのは男性1人。しかもけっこうな美青年だ。ヨンジェは嬉しくなって、自ら給仕に意欲を出した。

「いらっしゃいませ。ここにどうぞ。メニューはこれです」

「ああ、ありがとう」

声もいい感じだ。にこにことその場で立って、待っている。ちょっとあからさますぎてうざいかな、と自分で思う。そう言えば、この人、見たことがある気がする。以前にお店に来てくれた人かもしれない。

(こんな美青年、絶対忘れないのにな。違うのかな?)

「えっと…じゃあ、シーザーサラダとカルボナーラ」

「はーい。飲み物は何にしますか? ワインはいかがです?」

「…ジンジャーエールを」

少し急かしてしまったかもしれない、と思って、ヨンジェは反省した。でもきれいな人を見て、目の保養になる。世の中、あんな風に、清廉そうで、きれいな人ばかりではない。
オーナーシェフにオーダーを伝えて、出来上がった料理を別の客に運ぶ。そこでヨンジェは女性2人組の客に声を掛けられた。彼女たちは何度か来てくれたことがある。じろじろ見られて、声をかけられて、ちょっとうっとうしい客だ。

「ねぇ、ヨンジェくん。仕事、何時に終わるの? 後で一緒に遊ばない?」

「ごめんなさい、ヌナ。僕、閉店時間まで仕事なので~」

「熱心なのね。…じゃあ、休みはいつ? ヌナの連絡先、あげようか?」

「やだな~。勤労学生をからかわないでください。お料理、冷めない内にどうぞ」

ヨンジェはさっさと背を向けて、仕事に戻る。くすくすと背後から聞こえる笑い声は無視する。あんな誰にでも声をかけてそうな女の連絡先なんていらないや、と内心で毒づく。ヨンジェは自分のことを、美青年とまでは思っていないが、好意を持たれやすい顔だと自覚している。彼女やセフレのような相手はいないが、そういう方面で苦労したことも、困っていることもない。この店のアルバイトは、別に熱心な訳ではなく、食事付きで給料もいいし、オーナーもいい人なので、楽しんでやっているのだ。

「おまたせしました~」

美青年の元に料理を運ぶ。すでに運ばれていたジンジャーエールを飲んでいたが、わざわざ「ありがとう」と言ってくれた。

「ごゆっくり^^」

こういう人の連絡先が欲しい、とヨンジェは思った。



席に案内し、料理を運んでくれた少年は、ずっとにこにこと明るく笑っている。仕事ぶりも慣れているようにスマートで、そつがない。さっき彼は、女性客に声をかけられていた。答え方にもそつがなかった。自分にはできないことを、自分より年下の少年はいとも簡単にしてのける。ジェボムのことといい、モテるモテないの差は、そういう対応の差もあるのだろう、とジニョンは思った。

パスタは美味しかった。最近気分が沈んでいて、食欲もなかったはずが、サラダもパスタもあっという間に平らげてしまった。


 ***


カラン、とドアが音を立てたのを聞いて、ヨンジェは「いらっしゃいませ」と大きな声を出した。店に入ってきたのは兄のジェボムだった。営業用の笑顔をすぐに引っ込める。ここでヨンジェが働き始めてから、兄はよく来る。
午前0時の閉店まであと30分の店の中には、他の客はもういなかった。ラストオーダーの時間、兄が今日の最後の客だ。

「ヨンジェ、腹減ったー。何か食わせろー」

「僕に言わないでよ。オーナーに注文して。はい、お水」

「オーナー、何かパスタ大盛り」

「そんな注文あるか。馬鹿者」

そうは言ってもオーナーは残った食材で、1.5人前程のパスタ料理を作って、ジェボムのために出した。



「仕事、今日はちょっと遅かったんじゃない? お客さんの反応、良かった?」

ヨンジェはジェボムの前に座り、兄に出したものと同じワインを飲んでいた。閉店まであと20分ある。ヨンジェまで飲み始めてしまって、オーナーは文句を言ったが、ヨンジェは気にしなかった。パスタも横から一口二口かっさらう。

「ああ、すごいノリが良くってさ。仲間もみんな、アンコール行こうぜって、もう1回行こう、とかなって今日は楽しかったけど、…疲れた」

ジェボムは笑顔で話をする。ダンサーとしてさまざまに活動するジェボムの仕事の時間は日によって違うが、こんなに遅くなることは珍しい。

「お疲れさま」

ワイングラスをカチンと合わせて、兄の仕事を労った。

「あ、そうだ」

ヨンジェはジェボムと話をしていて、思い出したことがあった。
今日来た美青年の客。どこかで見たことがあるんじゃないかと思っていたが、それは確かに合っていた。彼はこの店で以前、ジェボムと飲んでいた客だ。

「ジェボム兄さん、この前、お店で閉店時間まで飲んでいたこと、あったでしょう? あの時の相手の人、今日来たよ。あの日とはちょっと雰囲気が違うけど、間違いないと思うなぁ」

ジェボムは口に含んでいたパスタの咀嚼を一瞬止めた。一瞬、ちょっと信じられないような話だった。
噛んで飲み込んで、ようやく弟に聞く。

「確かに、ジニョン? 目がおっきくて、真面目な?」

「ジニョンさんって言うの? 真面目かどうかなんて、僕は知らないけどさ、目は大きくて、きれいな人だったよ」

ヨンジェはうっとりとジニョンの姿を思い出す。
一度思い出せば、あの日のことも次々と記憶が蘇ってくる。あの時は随分とお酒に酔っていて、髪も乱れて、ジェボム相手にクダを巻いていた。酔った状態でジェボムと一緒に店に来て、さらに飲んで、トイレで吐くほどだった。ヨンジェが掃除をしているその間に2人は帰ってしまったのだった。そんな状態が初見だったので、今日見たきっちりとした印象と違って見えたのだ。

「あの時、僕に掃除させて、さっさと帰っちゃって…」

「店の掃除もお前の仕事だろうが」

「そうだけどさぁ…。ねぇ、兄さん。あの後、ジニョンさんを送っていって、泊まってきたよね。やったんでしょ? どうだった?」

ヨンジェはテーブルに身を乗り出して、ジェボムに聞いた。興味があった。酔っ払った美人を家まで送って、泊まってくる。典型的な成功パターンだ。

「どうって…。そんなこと聞くな! お前は、まったく…」

ジェボムは、ヨンジェの額を指でつつく。

ジェボムもヨンジェも、貞操感というものは、すでに無いと言ってもいい。2人ともモテるので、女に不自由したことはないし、興味本位で手を出した男相手にもそれぞれ経験は少なからずあった。
ゲイという程ではないので、男を相手にする場合は、ゲイが求めるようなガタイのいい男らしい男よりも、きれいで清潔な感じの人の方を好んだ。そう言った意味では、兄弟2人の趣味は似ていた。
ヨンジェは当然、ジェボムがジニョンを抱いたのだと考えていた。だからどうだ、と聞いたのだ。ジェボムがその後、彼と付き合ったと言う話は全く聞いていないので、あわよくば自分にもチャンスが来るのではないか、と期待していた。

「また来てくれるかな? ねぇ、家知っているんなら、また行ってみたら?」

「はあ? なんで?」

「えぇ~? だって、もったいなくない? あんなきれいな人、女でもそういないよ?」

「…迷惑だろ」

ヨンジェは珍しく兄が消極的なことに違和感があった。迷惑なことはないだろう、と思ったが言わなかった。ジェボムは弟のヨンジェから見てもかっこいいし、付き合うかどうかは別として、閉店時間まで長く話をしていたのだから、話は合うのだろうし、友達付き合いくらいはいいんじゃないか。

「ヨンジェ、店閉めるぞ。ジェボム、食べ終わったか?」

「あ、はーい」

オーナーの言葉にヨンジェは立ち上がる。ジェボムは僅かに残っていたパスタを残さず食べて、自分でキッチンの中にいるオーナーに持って行った。

「あ、オーナー。これ、ツケしてもらってた分。今日、出演料プラスでもらえたんで」

お金が足りない時も、オーナーは腹が減ったと言えば食べさせてくれた。不安定な収入のジェボムは、お金がある時とない時が交互にある。ヨンジェが飲食店でばかりアルバイトをするのは、自分の食費を減らす目的もあるが、残り物をもらえることも多く、一緒に暮らす兄の分も賄えるからだ。さらに去年から働き出した今の店のオーナーシェフは、ツケまで許してくれている。だから、ジェボムはよくこの店を来るのだ。

何となくジェボムもヨンジェと一緒に閉店作業を手伝う。そして2人で一緒に帰った。

3

どうしてこんなに悩んでいるんだろう。どうして、こんなに悩まなければいけないのだろう。自分はゲイだったのか? いやまさか、そうではないはずだ。一夜限りのことだとして、正しく合コンにでも行って、付き合える女性を探せばいいはずだ。

それなのに、ジェボムにまた会えるかどうか、悩んでいる。合コンに行く気より、ジェボムを探す気の方が大きい。

また会って、どうするというのだろう。あの人と、付き合うのか。友達になるのか。なれるのか、どうなのか。

迷惑に決まっている、と思う。彼にとって自分はただ、気まぐれで相手をしてくれただけの遊び相手だ。探していたなんて、面倒くさいと思われる。

でも、また会いたい。真意を知りたい。自分のことをどのように感じて、相手をしてくれたのか、聞いてみたい。

こんな風に、ジェボムのことばかり気になって考えているのは、もしかして、恋なんだろうか。だが、これを恋と言うには、始まりから、相手のことから、自分がすると思っていた、恋とは全く違う。ドラマのような、とは言わなくても、普通に女性と付き合って、普通に結婚したいと漠然と描いていた。

誰にでも普通に訪れるはずの初体験が、間違って相手が男だったから。でもあれが間違いだなんて、ジェボムにも失礼だし、そんなのは嫌だ。そもそも、普通って何だ。

「はぁ…」

最近毎日ついているため息を、ジニョンはまた自宅への帰り道でついている。

またあのパスタの店に行ってみようかな。何となくあそこで合っている気がする。違うと言われればそんな気もする、というくらいで、確信があるわけではないのだが、単純に料理が美味しかったので、そういう理由でもまた行きたいと思った。


 ***


悩むなぁ、とジェボムは思った。

ヨンジェの言葉ではないが、ジニョン程の美人とまためぐり逢う機会などないだろう。また会いたいな、と思う反面、彼は未経験であることを悩んでいて、だから1回でも経験がしたかっただけなのだ。彼が欲しいのは彼女であって、彼氏ではない。真面目すぎて、今まで踏み出せなかった経験を、俺はただ背中を押してやっただけだ。俺の役目は終わっている。自分が会いたいから、と言って、会いに行った所で、迷惑と思われるのは必至だ。

ジェボムは、自分が抱かれた方であることを、ヨンジェには黙っていた。話す必要もないと思っていた。女役になることはあまりないことだし、好んではいない。それなのに、ジニョンを相手に、どうして「お前なら良い」という風に思ったのか、ジェボムもはっきり掴んでいなかった。

教えてやっただけ。ただの気まぐれ、と言ってもいい。
一夜限りの相手など、今までにもたくさんいた。そういう相手の1人だと思っていた。だから連絡先も残さずに帰ったのだ。それを少しだけ後悔もしつつ、残した所で連絡がこなかったらショックなので、残さずによかったとも思う。

ヨンジェから、ジニョンが再びあの店に来た、と聞いた時は嬉しかった。会いに来てくれたのかと、都合の良いことを考える。
ありありとあの日の熱が蘇ってくる。思い返せば、心が熱くなる。そして今度は抱いてみたいと思う。だがジニョンが望むなら、また抱かれてもいいとすら思っている。

忘れていない。忘れられない。そういうことは初めてで、ジェボムはジニョンに会いに行ってもいいのかどうか、ここ最近ずっと悩んでいた。

「なぁ、ヨンジェ」

朝、大学に行く準備をしている弟に、ジェボムは声をかけた。

「なにー?」

「あのさ…、次、店にジニョンが来たら、俺に知らせてくれる?」

「いいけど…。また会いたいなら、家に行けばいいじゃん」

まぁ、それはそうなのだが、そう思い切れないから、恥ずかしいのを忍んで弟に頼んでいるのだ。またあそこにジニョンが来てくれるなら、脈があるのではないか、と思った。

兄もやはり消極的な方であることを、ヨンジェは再認識した。来る者は75%程度で拒むことはないのに、自分から向かっていくことは5%もない。そして去る者は99%で追わない。
追いかけるのとはまた違うが、アプローチしようとしていることは、ジェボムにはとても珍しいことだった。一夜の相手に未練を残すなんて、1%あるかどうかだろう。

なので、兄思いのかわいい弟として、ヨンジェは「わかったよ」と請け負った。


 ***


ヨンジェもまたジニョンに会いたいとは思っていた。兄を振ることがあれば、ヨンジェも脈はなさそうだが、常連くらいにはなってくれるだろう。

ジニョンが再び店を訪れたのは、あれから3週間も経ってからだった。ジェボムとジニョンが最初に出会ってから1ヶ月が経っていた。
半分忘れかけていた兄のお願いのことを、ヨンジェは店に入ってきたジニョンを見てはっきりと思い出した。

「いらっしゃいませ!」

嬉しくなって、いつも以上に大きな声が出た。



存外大きな声で迎えられて、ジニョンは戸惑った。以前と同じように、店員の少年がにこにこと大きな笑顔で、店の奥の方の席に案内してくれる。
ジニョンはあれから1ヶ月が経って、いい加減忘れようと決めていた。酒も解禁しようと思っていた。
この店はジェボムと会った場所かもしれない。違うかもしれない。ジェボムを忘れることに決めたジニョンは、敢えて、出会った(かもしれない)場所に来て、気にしていない自分というものを確かめるつもりだった。
言い訳くさい行動だが、自分にはこういう確認作業というものが必要だった。

「メニューです。こちらはワインリスト。お決まりの頃、また来ますね」

「ありがとう」

ヨンジェはその場を離れ、店の隅の方で、こっそりとジェボム宛に「来たよ」というメールを送った。
料理を別の客に運んでいる隙に、別のアルバイトの女の子がジニョンの方へ行くのを見つけて慌てて制する。彼の相手は自分でしたい。

「お決まりになりましたか?」

「カルパッチョを、バジルソースで。それとグラスワイン、白を」

「はーい」

やっぱりきれいな人だなぁ、とヨンジェは思った。ジェボムが羨ましいくらいだ。滅多にない1%の行動も、ジニョン相手なら理解もできる。

オーナーに注文を伝えて、ヨンジェはグラス注文用の白ワインとグラスを持って、またジニョンの元へ行く。
銘柄を伝えても、彼はよく知らないのか、曖昧な笑顔だ。

「少し辛口の、フルーティな味のワインです。飲みやすくて、おいしいですよ」

「へぇ…。ワインは好きなんだけど、よく分からなくて。おいしいものなら、それでいいよ」

「はい、まぁ、そんなくらいでいいと思います」

トポトポと少しだけ多めにグラスに注ぐ。ささやかなサービスだ。また来てくれた礼のようなものだ。

「僕はヨンジェと言います。また来て下さって、ありがとうございます^^」

「ああ、覚えてくれていたの?」

今日も客の数は多い。人気の店なのだろうに、久しぶりに来た自分を、よく覚えているものだとジニョンは感心した。

「はい。3回目ですよね。ジニョンさん、きれいだから、よく覚えていますよ」

「え? 3回? 2回目じゃ…。それに、どうして、僕の名前…」

突然名前を呼ばれて、ジニョンはとても驚いた。1人で来た店で、名乗るはずもない。それに2回目のはずだ。3回目? ということは、ここは微かな記憶の通り、ジェボムと会った店ということになる…、のだろうか?
それよりも、なぜ、ヨンジェが自分の名前を知っているのだろう。

「え? あ、もしかして、1回目の時はけっこう酔っていらしたから、覚えていないとか? あれ? でも、覚えていたから、来てくれたんじゃ…」

お互いの齟齬に1人で首をひねっているヨンジェのことは、ジニョンはもう見えていなかった。1回目の時、ジェボムと飲んでいた。それをヨンジェは見ていて、ジニョンが名前を言ったのも覚えていて、ヨンジェが客の顔をよく覚える方ならば、ジェボムのことも覚えていて、もしかしたら知り合いで、繋がっていて…。

そんな恐ろしい繋がりに、ジニョンは思わずテーブルを揺らして立ち上がっていた。ヨンジェがびっくりしている。当然ながら、ジェボムとヨンジェが兄弟であることを、ジニョンは知らないが、店員と常連という形でも、あの時のことを共有しているのならば、それは自分の恥ずかしい失態を、ヨンジェに知られている、覚えられているということだ。

恥ずかしすぎる。それに、気付いてしまった。自分は決して、あの日を忘れられないのだと言うことを。

「ご、ごめん…。帰る」

「ええ?」

ヨンジェは自分が失言をしたことに気付いていなかった。単純に3回目の来店が嬉しかっただけだ。これで兄の希望も叶って、2人が仲良くなって、自分もジニョンに近づけることが嬉しかった。

財布から注文の代金には多すぎるお金をテーブルに置いて、ジニョンはあたふたと帰り支度をする。ヨンジェの横をすり抜けて、出口へ向かっていってしまう。
ヨンジェも慌ててジニョンを追いかける。他の客の目が向いて、オーナーも怪訝な顔をキッチンから出す。

「ま、待ってください! もうちょっと…」

腕を引っ張ってジニョンを引き留めるが、ヨンジェは客の目が気になって、あまり派手なことはできない。その間に、ジニョンは店の外に出てしまう。だがヨンジェにとっては、出てくれた方が良かった。まだジェボムは来ていない。何としても、ここで引き留めたかった。

「待って! 待ってください! 僕、悪いことを言ったなら、ごめんなさい! お願いですから、お店に戻ってください」

「ごめんね。お店や君が悪いんじゃないんだ。でも、帰りたいんだ。それとも、お金が足りない?」

「そうじゃなくて…」

ジニョンはすぐに帰りたかった。ヨンジェやお店は悪くない。自分の不必要な感傷が、自分だけでなく、ヨンジェまで傷付けてしまったようで、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
ジェボムのことを忘れたかった。ただそれだけだったのに、忘れられない、それだけを自覚してしまった。

ジニョンは立ち止まり、カバンから財布を出した。ヨンジェは立ち止まってくれたのを幸いに、しっかりと腕を掴んで、離さないと決めた。ジェボムが来るまで、引き留めたい。ジニョンがなぜそんなにも逃げるように帰ろうとするのか、ヨンジェには分からない。逃げる必要などない。ジェボムがまた会おうと思っているのだから、会って欲しかった。

「お金はいいんです。多すぎます。お店に戻ってくれませんか? お返しますから…。それに…」

「ごめん…帰りたい…。ごめん…、恥ずかしい…」

そう言って、ジニョンは手で顔を覆った。

ヨンジェには分からない。何と言っていいのかも、分からない。困っている時、慣れた声が聞こえた。

「ヨンジェ? …それに、ジニョン?」

ジェボムの声に反応したのはヨンジェだけではなかった。ジニョンも、その声を覚えていた。その場を今すぐ去りたかったが、ヨンジェが腕を放してくれなくて、動けなかった。だから、まともに見てしまった。
ジェボムの笑顔を。

「2人とも、なんで外にいるんだ? ま、いいや。ジニョン、また会えてよかったよ」

その言葉を聞いて、ジニョンは泣いてしまった。

4

店に戻ってきたヨンジェとお客を見て、オーナーはほっとした。作った料理が客のもとに行けるようでよかった。なぜかジェボムも増えていた。兄弟で挟んで逃がさないようにしているらしい、人の良さそうな青年が随分と暗い顔で心配だ。兄弟は良い奴らだが、ちょっと癖があるので、この青年がイジメられなければいいなと思った。まぁ、人を泣かすようなら、自分が一喝すればいい。

そんな風に思いながら、ヨンジェが仕事をしないので、オーナーが自分で仕上げた料理を持って行く。テーブルに散らかっていたお金も、青年に返す。常温に戻ってしまったワインは引き上げて、新しいものをヨンジェに用意させる。今度はグラスは2つだ。



「あのさ…、何だ、とりあえず、泣くな。それで、飲もう」

ワイングラスをジェボムは掲げて、ジニョンの方へ向ける。彼は眼を赤くしながら、それでも乾杯に応じてくれた。カチンとグラスが鳴り、ジェボムは笑う。
ジニョンにまた会えたことを、ジェボムは想像以上に嬉しく思っていた。だけどジニョンは何だか嬉しそうではない。

「なぁ、何か俺、悪いことしたか? なんで泣くんだよ…」

「…すみません」

謝って欲しいわけじゃない。謝る必要があるのなら、それは多分自分の方だ、とジェボムは思った。

「そうじゃなくてさ…。とりあえず、その金、財布に戻せ」

その言い方はぶっきらぼうに感じて、ジニョンは萎縮してしまう。財布に戻し、ワインを飲む。こんな気分のまま飲んだら、また二日酔いになってしまいそうだ。
考えていた通り、また会った所で、どんな顔をしていいのか、何を話したらいいのか、全く何も分からない。挙句に泣いてしまって、さらに分からなくなる。

ヨンジェが新しい皿を持ってきた。

「ちょっとジェボム兄さん。会いたいからって僕にお願いしたの、兄さんでしょ? ちゃんとお話して! それと、これはサービスです。ジニョンさんに」

ジニョンへ、と言うところを強調して、カプレーゼの皿をテーブルに置く。それはサービスと言うより、ヨンジェの奢りのようなものだ。ジニョンを混乱させてしまったお詫びのつもりだ。つまみばかりだが、まずは2人が話をするのが肝要なので、メインになるようなものは後で良い。

「…2人は、知り合いなんですか?」

「ああ、ヨンジェは弟だよ。一緒に暮らしている。ここは、弟がアルバイトしている店だから、よく来るんだ」

「弟…」

ジニョンは恥ずかしさで、再び顔を手で覆う。ジニョンのことを知っていて当然だ。一緒に暮らしているなら、ジェボムが外泊したことだって、すぐ分かる。

話を聞いてみれば、ジニョンの記憶は思った以上に飛んでいた。ジェボムと話をして、飲んだのはこの店で合っているものの、出会ったのはただの道端で、酔ってふらふら歩いていたジニョンをジェボムが介抱してくれたのだ。なぜそんなに飲んでいたのか、ジニョン自身もよく分からない。飲み始めて、どこかでタガが外れてしまったのだろうか。てっきりジェボムに飲まされたと思っていたのに、全然違った。悩みもコンプレックスも自分から話をして、ジェボムとしてはさぞ困ったことだろう。しかもクダを巻いて、店で吐いて、連れて帰ってもらった。それでキスをされて気が付いて、驚いた、なんて…。それでは、仏頂面を咎められ、押しのけて不満なのも当然と言うものだ。

「本当に、すみませんでした…」

深々と頭を下げると、なぜか笑われた。

「あはははっ」

「ごめんなさい~」

「ははっ、いや、謝ることはないよ。俺も、楽しかったし。…それで、ちょっとは役にたったか?」

ジェボムはカルパッチョもカプレーゼも遠慮なく食べながら聞いてくる。
それを聞いて、ジニョンはまた少し申し訳ない気持ちが出てきた。役に立つ、ということはない。経験は、あの1回だけしかない。
女性を誘う役に立ったかと言えば、全くそうではない。ただ単に、自分の経験値が上がったというだけで、ジェボムとしては不本意かもしれない。

落ち込んでいるジニョンを見ても、ジェボムはどう言えばいいのか分からない。口が上手な方ではない。人の機嫌を取るような言動もあまりしない。ジニョンに会いたいと思っていても、こんな話をしたい、ということはなかった。

だから話したいこと、というよりも、落ち込んでいる相手に対して、まずは誤解を溶いてみようと思った。

「そんな、落ち込むなよ。ジニョンのため、とも思ったけど、結局は自分が楽しむためなんだから。言っとくけど、俺、別に遊び呆けてる訳じゃないぜ。相手はちゃんと選んでいるし、お前なら良い、ってのは、誰にでも言うことじゃない」

「はい…、ありがとう…?」

礼を言われることでもない気がするが、では何だということもない。言い訳くさかったかな、と思いながら、ジェボムはテーブルの上を少し整理する。手帳から紙を1枚千切って何かを左手で書く。
左利きなんだ、と思いながら、ジニョンは見ていた。それは、メールアドレス、電話番号だった。イム・ジェボムという名前が見える。

連絡先を書いた紙を、ジェボムはこの段になっても、ジニョンに渡すかどうか、自分の手元で逡巡していた。

盛大に遠慮し合っているジニョンとジェボムを傍から見ていて、ヨンジェはもどかしくて仕方なかった。
ジニョンの性格はよく知らないが、真面目だと言うなら、一夜限りの関係に悩んでいたはずだ。それでもまた店に来てくれたのは脈があるということだ。ジェボムはそれに対して、あんな説明口調ではなく、感謝の言葉と、もう1回「また会いたかった」と言って、さらには「忘れられなかった」とでも言えばいい。けれどそれが言えないジェボムの性格は、ヨンジェは詳しく把握していた。

「連絡、くれる?」

まったくもどかしい、とヨンジェは思わず仕事の手を止めて、ため息をついた。

「…いいんですか?」

ジニョンもジニョンだ。どうしてそんなに自信がないのか、分からない。トラウマでもあるのか?

あう、もう、もどかしいなぁ、と思いながら、ヨンジェはメニューを持って、また2人に近づいた。兄の手からピッと連絡先の紙を取り、ジニョンに押し付ける。

僕が頑張らなきゃ、と少し思っていた。

「ワインのおかわり、いかがですか? それと、もう少し何か食べます?」

「おい、お前…」

紙を持っていたはずの手が、宙に浮いている。

「豚肉のトマト煮込みがありますよ? それとも、パスタにします? ピザもありますよ。ジニョンさんはどんなものが好きですか?」

ヨンジェはジニョンに向かって話をした。もどかしく当てにならないジェボムの機嫌よりかは、ジニョンの機嫌を良くしてあげたい。ジェボムが欲しい肉料理と、ジニョンが好きだというクリーム系のパスタをオーナーに伝える。勝手に今度は赤ワインを用意して持って行った。

グラスにワインを注ぎながら、ヨンジェはジニョンにばかり話しかける。

「ジニョンさん、あまり深く考えないで、今はとにかくおいしい料理とワインを楽しんでください。兄が失礼を働いたかもしれないのは、僕が謝ります。連絡も気軽にしてください。あ、後で僕の連絡先もわたしますから」

「おいこら、何だよ失礼って。それに、お前…」

ジェボムは図々しいヨンジェの背を軽く叩くが、それでもこちらを見ない。無視されていることに気付いたジェボムは、「白がいいんだけど」と遅ればせながら小さく訴えてみるのだが、完全にこれも無視される。

「いや、失礼とかそんなことはなくて…。あの、むしろ僕がダメだったかなぁ、と思って、むしろ僕が謝らないと、いけないみたいな…」

「へ?」

「ああ、いやいや、そういうのはいらない。大丈夫。ヨンジェの言うことは気にするな。お前の連絡先なんか、いらないんだよ」

何となくネコだったのは隠したい。後悔はしていないし、次もそれでいいのだが、普段ネコを推奨するヨンジェに自分は違うと言っていたので、もし知られてしまえば、確実に面白がられてしまいそうである。

そんなことは置いといて。今は弟でなく、眼の前のジニョンである。ようやくヨンジェが去り、ジェボムはため息をつく。

何か言わないと、と思いながらジニョンを見つめている。そのことを、ジェボムは自覚していないが、じっと見られているジニョンは落ち着かなくて仕方がない。

「お前さあ…」

「はい?」

「なんでそんなに自信なさ気なの? いつも俯いてて、もったいないよ」

「え?」

握らされた紙をきゅと強くつかむ。皺がよって、少し力を抜く。
自分に自信がない。自分はモテないと思い込んで、相手に対して消極的でいる。

ジニョンにはトラウマがあった。もっと格好良い人がいい、という理由で振られた中学3年。ダサいとからかわれた高校2年。軍から帰ってきても、地味なところは変わらないな、と呆れられた大学4年。自信の持ちようなどない。些細な言葉で傷付いてしまう自分は、ただ真面目に仕事をする以外にない。

「上向け、上。せっかくきれいな顔して、スタイルもいいのに、自信持てよ。積極的になりさえすれば、恋人の2人や3人、すぐにできるだろ」

ジニョンは驚いて、少し首を傾げる。そんなことを言われたのは、初めてだった。
自分の容姿がいいとは思っていない。中学時代からは成長しているというのに、未だあの時の言葉が刺さっている。スタイルも気にしたことはない。ファッションにも興味が持てず、ダサいのは認めている。

「…いえ、恋人は1人で充分です」

ジニョンはつい断りを入れる。ジェボムは笑ってワインを飲んでいる。

きれいな顔というなら、ジェボムの方だと思う。服もラフなものだが、飾りやステッチにこだわりらしいものがある。
全くスタイルが違うというより、そこまでのこだわりや美意識が自分にはない。なのに、ジェボムに「きれいな」と言われたことが、ものすごく嬉しい。照れているのに、笑ってしまって、口を手で隠す。

積極的になれるのだろうか。というよりも、なりたい、と思った。どこかの見知らぬ女性に対してではなく、今、目の前にいる男のために。

ジニョンも手帳を取り出して、そこに自分の連絡先を記す。それを、ジェボムに手渡した。

「連絡、ください。いつでも。また、次も…会いませんか?」

「もちろん、いいぜ」

断られることが怖くて、傷付くのが嫌で、自分から避けていた。知りたいと願いながら、どこかで知らなくても構わないと考えていた。
知ってどうなるものでもないし、知らなくてはいけないことでもない。
一歩踏み出すだけで、こんなにも嬉しい瞬間があるのなら、知らないままでもいいと思っていた自分は、まだまだ子供のようだった。
あの日、ジェボムはジニョンが一歩を踏み出すのを手伝ってくれた。そして今日も、次への一歩を踏み出させてくれた。自分に向けられた優しい笑顔が、次も、またその次も、自分に向いているといいな、とジニョンは思った。

「おまたせしました~」

ヨンジェが料理を持ってきた。2人は分け合って、おいしく食べた。



End.

『君を好きだと言えない理由1』

『君を好きだと言えない理由1』 nanamame 作

GOT7、ジニョンくんとジェボム(JB)くんのお話。K-Pop、BL、FF。

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更新日
登録日 2017-07-08
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