夜明けが一番哀しい 新宿物語

夜明けが一番哀しい 新宿物語

(10)

 三人が現場に着くと、前半分がめちゃめちゃになった車内に、画伯がハンドルにもたれてうつ伏せになっていた。
「こりゃあ、ひどい !」
 ノッポが思わず言った。
「画伯は生きてんの?」
 トン子が不安を抑え切れない声で言った。
「死んでるんじゃない? 死んでるみたいよ。あんた、ちょっと見てみなよ」
 安子がノッポに言った。
「やだよ、おれ」
 ノッポは露骨に嫌悪と怯えの表情を表して尻込みした。
 三人は声もなく、フロントガラスの飛び散った車内を恐る恐るのぞき込んだ。
 ようやくピンキーが辿り着いた。
「画伯が死んでるみたいよ」
 トン子がピンキーを振り返った。
 ピンキーは眼を丸くして見ていたが、半開きになったドアを無理にこじ開け、体を入れると画伯の体をゆすった。
「おい ! おい !」
 画伯は答えなかった。
 ピンキーが肩を押さえて体を起こすと、画伯は口から血を吐き、額から頬の辺りを飛び散ったガラスで傷だらけにして事切れていた。
「完全に死んでらあ」
 ピンキーは投げ遣りに言って体を放した。
「いったい、なんの積もりだったのかしら?」
 安子が怯えた声で言った。
「普通、車のガラスなんて、細かく割れたって、こんなに飛び散らないぜ」
 ノッポが言った。
「バカだねえ」
 トン子が涙声で言った。
「アンパンにラリッテるくせしやがって、車なんか運転すっからだよ」
 ピンキーが軽蔑を含んだ口調で言った。
「あんただってそうよ。あたしたち来る時、何回、殺されそうになったか知れやしないわよ」
 安子がピンキーを非難した。
 ピンキーは素知らぬ顔で何も答えなかった。
「どうする? 警察に知らせる?」
 トン子が言った。
「ヤバイよ」
 ノッポが怯えて言った。
「死んじゃったもん、どうしようもねえじゃねえかよう」
 ピンキーは吐き捨てるように言った。
「行こう、行こう」
 ノッポは一刻も早く、この現場から立ち去りたい様子だった。
 女二人は、なおも気がかりな様子で車の中を覗いていた。
 ノッポはそんな二人を促すと、先に立って歩き出した。
 ピンキーは一人残された。
 彼はぼんやり立っていた。頭の中が思うように回転しなかった。今頃になって酔いが廻って来たようで体がぐらぐらした。急に吐き気がして来て、なん度かその場でゲーゲーやった。食物の入っていない胃袋は絞り上げられるだけで、何も吐き出さなかった。
 ピンキーはやがて歩き出した。冷たい水を思い切り頭から被りたかった。岸壁へ行けば海の水で顔が洗えるかも知れない。
 人けのない公園の中へ入って行くと、噴水が夜明けの空中に盛んに白い水しぶきを上げているのが眼に入った。物みなすべてがひっさりと息をひそめている中で、その噴水だけが場違いなほど活発で、華やいだ印象を与えていた。
 ピンキーはその華やぎを、まるで何かの誘いでもあるかのように感じながら、急ぎ足で近付いて行くと噴水のそばに身を寄せ、水盤の中に身を乗り出して両手に水を掬い、一気に顔に浴びせかけた。
 水は思いのほか冷たかった。その冷たい水の感触が、頭の中に詰まって、今にも破裂しそうな程に膨れ上がった鬱積物を、爽快に流し去ってくれそうな気がした。
 ピンキーはその心地よさに酔ったように、さらにめちゃくちゃに気違いじみた様子で、同じ行為を続けた。頭の芯が痛いほどに冷え切った時、ようやく手を止めた。水盤の縁に両手をついて、頭から水の滴り落ちるのに任せたままで、項垂れていた。
" あんな奴ら、付き合っちゃいられねえや "
 ピンキーは体を起こすと犬のように頭を振って、髪の水を飛び散らした。
 ノッポにも安子にもトン子にも、ピンキーはいらいらした。" 奴らなんか、大嫌いだ ! "
 
  
 
 

夜明けが一番哀しい 新宿物語

夜明けが一番哀しい 新宿物語

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-07-06

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