白い少女

まっさらな、まっさらな、白い壁、いくら視線を彷徨わせてさてもシミ一つない、・・・・
ドア一か所があるだけで窓がない部屋は、例えれば無菌室を思わせる。
調度品といえば隅に寄せられたベッドと小物入れを兼ねる小棚とパイプいすのみ、
ここはどこだ・・・
確か病室だ。なぜ僕はここにいる。病気だからか、分からない・・・
ベッドに横たわりそんなことを考えていると鬱蒼になる・・・・
待っている・・・・誰を・・・先生だったのか・・・看護師なのか・・・判らない・・・・・
そうだ・・・そうだった・・僕は少女を待っている。僕は毎日、大半の時間を少女とこの空間で過ごしていた。
でも今、少女はいない、けど少女は、必ず訪れてくれるはずだ。それは定められたこと誰が決めたわけではないがそれは定められたことだから、僕は待つ・・・・・
ドアに視線を移す。僕は少女が来るまで凝視し続ける。
病室の外に人のいる気配がする。大勢の人の足音、話し声、それが潮騒のごとく大きくなったり小さくなったりする。突然、回廊にガシャンと大きな音が響き渡る。それとともに静寂が訪れる無音だ。人のいる気配がなくなった。
不安に駆られる。こんな時少女がいてくれたら不安なんて感じない
しかし、しばらくするとまた小さな雑音めいた音がし始める。瞬く間に先ほどのような騒然とした感じにと戻る。
不思議と外に出たいという気力がわかない、ただベッドに横たわりドアをただ凝視するのみ
何分、何時間、たったのか時間感覚がない、ただ凝視続けるだけ、ただ待つだけ
どれだけ待ち続ければよいのだろうか気が狂いそうだ。僕はドアを凝視つつけるのを辞め、壁に視線を移す。
四方八方見渡すどうみてもシミはない。白い世界だ。飽き飽きする。それでも何かないのかと見渡す。
その行為が無意味だとふと思った。そして両手を見る。顔に近づける。穴が開くほど見続ける。
するとあの音が聞こえてきた。待っていた音だ。シタシタと少女の足音だ。間違えない、少女の足音だ。近づいてくる僕のもとへと心拍が上がるのを感じる。
僕の病室の前でその音は止まった。そしてトントンとノックの音がする。ドアが開く全く軋みもしないで開いていくそして少女が立っていた。少女は華奢な体つきで顔は端麗だがその表情はに感情が無い。白いワンピースに身を包み、髪の色は白、肌は透き通るように青白い、特に印象的なのはその眼、双眸は真っ白で黒目がない、彼女を色に例えるならば白だ。視線が合った少女は笑いもせず。一言
「待った」
「待っていた。」
僕は一言返す。
「そう・・・」
と少女は呟く、そして僕のもとへと近づいてくるシタシタとそして僕のベッドに寄り添いパイプ椅子に腰かける。
「元気にしていた」
少女は言う。僕は無言で頷いた。
それきり少女との会話はなかったが、僕はそれで満足だった。少女が元からこの部屋に元々付随するオブジェのようであり、また僕の半身のような感じがするからだ。ようやくその半身が帰ってきたのだから僕は悦に入った。
僕は少女を見続ける。相変わらず表情を崩さないでいたが僕には不満は無かった。
それから幾ばくかの時がたったのだろうか、少女は立ち上がり
「また明日」
と囁く、入ってきた時のようにヒタヒタとドアに向かう僕は悲しくなったのだがそれは定められたことだと仕方がないことだと自分に言い聞かせた。
「また明日」
僕は寂しげに言い放つ、ドアが閉じる。その間少女はこちらに振り返りもせずに出ていったことが僕は少し寂しかった。

昨日と同じように僕は少女を待っていた。ドアを凝視していると開いたがそれは待ち人ではなく白衣の男とナース服を着た看護師が入ってくる僕は落胆した。
巡回。不定期に表れて、いつも僕を不快にさせる。白衣の男は担当医で
「調子はどうですか不都合はありませんか」
と問いかけてくる。
「問題ないです。」
と言い返した。今度は看護師が
「検査をしますので上着を脱いでくださいね」
正直面倒くさかったのだけれどそのように従った。担当医は手慣れた手つきで診察を始めた。
「幻聴や幻覚というのはありませんか」
と聞いてくる僕は
「無い」
と答えを返す。
「浮遊感を感じることはありませんよね」
僕は首を横に振る。医師は、ひと通りの作業を終えると踵を返して部屋から出ていく
「お大事に」
看護師はなんら感情のこもっていない抑揚のない無機質な声を放つ
二人が外に出ていき僕はせいせいとした。陰気な医師と看護師、この部屋にいるだけで、僕を湯鬱にさせる不快にさせる。もう診察なんか受けるものかと思った。
突然ドアが開く少女が立っていた。
いつものように僕のそばに寄り添いパイプ椅子に腰かけた。
「今日あの医師が来たんだ。」
「そう・・・・」
「あんな奴ら、こなければいいのに」
僕は少し興奮気味に声を荒げた。
「でもそれは仕方がないことだわ、ここにいるためには」
「奴らは僕を不快にさせる。」
「少し位不快に思えても我慢して、あなたがここから消えない為に診てくれるのだから」
「僕は消えないよ、君のそばにずっと一緒に過ごしたいから」
「消える可能性はあるのよ、絶対にここにいられる確証はないわ」
「分からない、君の言っていること信じたくない君の言っていること」
少女は困ったような表情をうかべて黙り込んでしまった。僕も返す言葉がなく黙り込んでしまった。
それからいく時が流れたのだろうか、かなり長い時間が経過した折に少女が唐突に言う。
「これだけはわかってね、私はあなたが、必要なのあなたがいない世界など考えられないずっと一緒にいたい」
「そ・・それは僕も同じだよ、君がいないなんて考えられない」
「だったら、お医者さんの言うとおりにして、お願いだから・・・・・私のためにも」
僕は暫く思案する。そして半ば諦め気味に
「分かった。君の言うとおりにするよ、君のためにも・・・・・・・」
少女は垂れていた頭を上げると薄らと微笑み
「分かってくれてありがとう」
と言った。そしていつものようにこの部屋から出ていった。

それから幾ばくかの日にちが月が流れただろう少女と僕との蜜月の時が流れた。そしてその時はついに訪れた。
最初は夢をよく見るようになった。別の世界で知らない人たちとの交流、当初は気にもしなかったのだが見るたびに現実味がおびてくるように感じ始めてきている。
「今日も夢をみたんだ。知らない女性と遊んでいる夢」
「そう・・・・」
「最近、変な夢を見るようになってきている。大丈夫かな」
「前兆・・・・かも・・・」
「前兆って何なんだい」
「気にしなくていいわ・・・・私が何とかして見せる。・・・私が守って見せる。」
「守る・・・・何から、僕を守るのかな」
「気にしないでいいわ、あなたは心配することは何もないの・・・今日はこれで」

よく夢を見るようになってから頭痛もおきるようになってきている。
「頭痛がするんですが大丈夫でしょうか」
「いつからですか」
「最近、なんですが、変な夢も見るようになってきています。」
「変な夢とは具体的には」
「自分の知らない世界でいつも、そこで生活をしているんです。」
医者はやや不安げに腕を組み思案し始めた。
「あれを出してもらえませんか」。
看護師は引いてきた台車の中から、白い錠剤を取り出し医師に渡した。
「寝る前にこの錠剤を飲んでください、それでよくなるはずですから」
そう言って錠剤を僕に手渡した。

「はっはっは、律子は心配性だね、バイクでなんかで事故らないよ」
「でも危険よ、やめたほうがいいわ」
「僕は安全運転するから大丈夫だよ」
僕は、バイクのカバーシートを剥ぎ、宝物のようにバイクを眺めた。そして満足げにバイクに跨って彼女に向かい満面の笑みをうかべた。彼女はやれやれ、首を振り呆れ顔

白い天井・・・・はっと目が覚める。現実味のある夢だった。
「律子・・・・・誰、思い出せない、しかし夢にしては・・・・・」
このことを少女に言った。
「忘れて・・・・ただの夢だわ・・・・気に病むことはないわ」
そう言いつつも少女の表情は暗く沈んでいた。
「主治医には相談したの」
「もちろん、言った。そうしたら薬をくれた。」
「そう・・・・・・・」
「僕は何の病気なんだろう、精神的な疾患なのかな」
「大丈夫よ、私が守ってあげる。いつまでもいつまでも・・・・」

頭が痛い割れるようだ。僕は助けを求めるためにドアを開け廊下へと出た。
あいにく廊下には誰も居らず。つたない足取りで廊下を歩く
「誰かいないのか助けてくれ」
僕は必死に叫んだ。めまいがしてきた。体から力が抜けていく・・・・・・・そして闇へと落ちていく

「先・・・・大丈夫・・・・しょ・・・・か」
「覚醒する・・しれな・・・・で覚悟したほうが・・いでしょう」
「そんな・・嫌・・・彼を助け・・やって・・ださい」
五感が戻ってくる聴覚がざわざわとし雑音がする。よく聞き取れない、そして視覚が光が差してくるがピンボールのようわずかな視界、それがだんだんと開けてくる。
僕は目を見開き周りを見渡す。あの少女と陰気な医者と看護師が心配そうに僕を見下ろしていた。
「気が付いたのかい、君は廊下で倒れていたのだよ」
「心配した。このまま消えてしまうかと・・・・」
少女が涙を流してその場にうつ伏した。
「ごめん、ごめん、心配をかけて本当にごめん、頭痛がひどくて」
「今も頭痛はしますか」
「はい少し、さっきよりはましになりました。」
「とりあえず安静にすることが肝心だよ」
「はいわかりました。」
「頭痛の薬も置いていくよ、痛いときは、これを飲むように」
「先生、彼はこのまま消えてしまう・はっ」
医師が彼女がみなを言わせまいとしてさえぎる。
「君、別室で話そうかついてきたまえ」
医者は踵を返し去っていく少女もそれに続く
消えるってなんだ。覚醒ってなんだ。あの医師の少女発言に対するバツの悪そうな態度は何なのだ。夢と関係することなのか、今度少女に聞いてみよう。

「消えるってどういうことなのか教えてほしい」
「・・・・・・・・・」
「教えてくれないか」
「・・・・・・・・・」
少女は押し黙ったままで答えようとはしない
「お願いだから教えてくれないか」
「・・・・・・・・・・」
「出て行ってくれ」
少女は頭を垂れてパイプ椅子に座り出ていこうとはしなかった。
そして僕も沈黙した。

それから夢を見、頭痛に悩ませられる日々は続いた。

突然それはきたキーンとした音が頭に響く、体がピクリとも動かず宙に浮く浮遊感がする。
「しっかりしてお願いだからこの世界にいて」
少女が泣いてすがる。
「まずいな末期症状か、君、君、私の声が聞こえるか」
「先生、彼は大丈夫なの」
「覚醒が始まっている。残念だが私の手にはもう及ばない」
「先生そんなこと言わないで彼を救ってください」
「向こうの世界の影響が強くなってきているから手の施しようがない」
「そんな・・・・彼と別れるなんて考えられない」

五感はまるきり感じられない、暗黒の中に漂っているようだ。すると突然ズトンとが落ちていく、それもすごい速さで落ちていく奈落へと落ちていく、やがて意識が薄れていった。

最初に気が付いたのはきつい消毒臭、そして人気を感じさせるざわざわとした音
やがて薄らと目が開いていく、飛び込むのは激しい光、目が痛い、そして激しい音、うるさい、それときつい臭い、関節の節々も痛く、五感が外気から激しく襲われるような不快感を感じる。耐え切れなくなり思わず。
「うおおおぉぉぉぉー」
と叫んでいた。
ここはどこだ。病室のようだがいつもと違う。窓からさんさんと降りそそぐ日光、薄らとシミのある壁、遠くからは人が往来している足音が聞こえる。
体にはチューブやら電極やらが取り付けられている。
「ここはどこなんだ。僕は誰なんだ。少女はいないのか」
周りに視線を移す。どう見ても見慣れない光景、いつもとは違う人気のある部屋
いつもの部屋は白い世界だが、ここは雑然とした人の介入している世界、僕は異次元に飛ばされたのか、分からない、教えてくれここはどこなんだ。
「うおおおおぉぉぉぉ・・・誰か教えてくれ」
頭をかきまくりながら大声で叫んだ。病室の異常を感じ取った看護師が飛び込んでくる。看護師は信じられないと驚愕の目で僕をとらえる。
「橘さんが目覚めたの早く先生を呼んできて」
他の看護師に声をかける。
「橘さん落ち着いて、今先生が来るから暴れないで落ち着いて」
「看護師さん、ここはどこなんだ。」
「もう大丈夫よ、ここは市民病院の病室よ、今、先生が来るから落ち着いて」
「市民病院・・・・・・なぜ市民病院なんかにいつ搬送されたんですか」
「いつと言われても事故にあってからずっとここに入院しているわよ」
「ではあの子は、あの少女を呼んでください」
「少女?・・・ああいつも見舞いに来て下さる。彼女さんのことかしら連絡するから今に来るはずよ」
「直ぐに呼んで下さい、あの子がいないと駄目なんだ。」
「分かったわ、直ぐに連絡入れるから、待っていて」
眼鏡をかけた医師が現れた。いつもの陰気な医師とは違う。
「橘さん、目覚めたのか、まるで奇跡のようだ。あれだけ脳の障害があったのに」
「先生、橘さんかなり混乱しています。早く診察して下さい」
そういうと医師は僕に詰め寄り診察をし始める。
「橘さん気を静めてください、もう大丈夫ですよ」
「いつもの先生はどうしたんでかすか」
「いつもって、私があなたの主治医だけど橘さんが昏睡してから話すのは、これが初めての会話ですよ」
「昏睡、僕は昏睡なんてしてはいなかった。ここじゃない別の病院に入院していて・・・・・」
「少し混乱していますね、あなたは、この病院にずっと入院して昏睡状態だったんですよ」
「嘘だ・・・・・・そうだ。あの子あの少女を呼んでくれ、そうすればわかるはずだ。」
「少女・・・彼女さんのことかね、彼女に会いたいんだね」
「そうだ。あの子・・・あの子に会いたい・・・」
僕は両手を握りしめて泣き始めた。何かが違うなんだ。この先生は何を言っているんだ。僕は間違ったことなんて言っていない、いや、僕がおかしいのか、分からない、分からない
「橘さんかなり混乱しているようですから鎮静剤を打っておきましょう。」
「橘さん袖を上げてお注射しますから楽な姿勢でお願いします。」
僕は相変わらず両手を握りしめて看護師の言うことなど聞いてはいない
「仕方がない私が抑えているから君は注射を打ってくれ」
先生は無理に僕を抑え込んだ。僕は抵抗しようかと思ったが、思案がまとまらない状態で力が入らない
「橘さん、お注射しますね」
僕は抵抗することはせず看護師のなすが儘にされ注射を打たれた。
意識がだんだんと遠のいていく医師と看護師の会話が遠くから聞こえてくるようだ。
「今日はこのまま容態を診よう。君の言うとおり患者さんは混乱しているようだから」
「はいわかりました。親族に意識が戻ったと連絡を入れておきます。」
「あれだけ強く頭を打ち付けたんだ身体に影響がないといいが・・・明日か・・・検査を・・・める・・・・」
僕はまた闇へと落ちていく、そして考える。これは夢なんだ。いつもの夢なんだ。直ぐに覚めるそして、少女に会うんだやがて意識はなくなり眠りへと落ちていった。

朝日が眩しいおかしい、この部屋には窓なんかなかったはず。目を徐々に開き薄らと窓を眺める。戻っていない夢でもまだ、観ているのか
「おはようございます。橘さん、お加減はどうですか」
にっこりと看護師が問いかけてくる。
僕はまだ夢を見ているんだ。ここは僕のいるべき場所じゃない、
「今日は大変ですよ、いろいろ診察しなければならないですから、そういえば橘さんが寝ている間に彼女さんが見えられましたよ」
僕は布団を払いのけて言う。
「あの子が来たのかい、なんで起こしてくれなかったんだ。」
「仕方がないですよ、橘さん、鎮静剤で熟睡していましたから、あっ今日も来られるといっていましたよ」
「本当に、ようやくあの子に会えるんだ。」
僕は嬉しくて堪らなかった。早く会いたい

午前中は診察で忙しがった。診察されるのも面倒だったが、その待ち時間が無性に耐え切れなかった。とにかく早くあの子に会いたかった。
午後からは父、母と名乗る人が来た。
「薫、大丈夫なのかい、ずいぶん心配したんだよ、先生の話だと意識はもう一生戻らないといわれて・・・良かった・・本当に良かった。」
母と名乗る人は涙を浮かべてそういった。
「・・・・・・・・・・・・」
僕は何のことやらさっぱりわからずだまりこんだ。
「薫、元気になってよかった。本当によかった。」
父と名乗る人は満面の笑みで喋りかけてきた。
「・・・・・・・・・・」
僕は押し黙ったままだ。父に母、全く記憶にない、僕にとっては虚像の産物、早くこのくだらない夢から覚めたいと思った。
「薫、何か言ってくれ、何か欲しい物でもないのかい」
「早く・・・あの子に会いたい」
「あの子って律子さんのことかい夕方に顔を出すとは言っていたよ」
あの子はあの少女は律子というんだ。そういえば名前を聞いていなかったな、あんなに長い時間を過ごしてきたのにしかしもうどうでもいい、適当に相づちをして、父、母と名乗る人物に対して対応した。一時間ほどたって医師がまだ僕が混乱しているから患者に負担が、かからないようにと諭して、両親を返した。僕は両親と名乗る人たちに対してげんなりしていたからせいせいした。夕方になり、一人の女性が現れた。
「薫、ようやくが覚めたのね、すごく心配してたのよ」
「・・・・・・・・・・・」
誰だ。この人、記憶にない
「よかったわね、橘さん、律子さんが来るの待ちわびていたから」
たまたま、居合わせた看護師が言う。
律子はあの少女ではない、見も知らぬ女性、いったいどうなっているんだ。
「あの少女を呼んでくれ・・・・」
「だから、律子さんが来てくれたでしょ」
看護師が不審そうに言う。
「違う。あの少女ではない・・・・あの子を呼んでくれ」
「何を、言ってるの橘さん、ようやく恋人の律子さんと対面できたのに」
「薫、どうしたの私よ、律子よ、忘れてしまったの」
「僕は君なんて知らない、僕の待っていた人じゃないよ」
「どうして・・・・・」
律子はその場で泣き崩れた。
「律子さん、しっかりしてください、まだ、橘さん記憶が混乱しているのよ」
僕の記憶が混乱している。何を言っているんだ。この看護師は、僕はしっかりしている。こんな世界、僕は知らない、夢なんだこの世界はもう一度目が覚めれば少女の居た。世界に帰れるはずだ。律子と名乗る女性は泣きながら出ていった。
しかし、この世界は夢幻ではないのか、いつ夢が覚めるのか、本当は、この世界が本来の僕のいる世界で少女のいた世界か夢だったのか、分からない、分からない、確かなのは、この世界にはあの少女は存在しない、どうにかして少女の居た世界に戻らなければいけないということだ。
眠ろう今はひたすらに眠ろう。そして、この悪夢から覚めよう。僕は床に就いた。
「おやすみ、偽の世界・・・・・・」

何日過ぎても少女の居た世界に帰ることは出来ず。鬱蒼とした日々が続く、その間に友人、知人なる人々が来たが、記憶にない見知らぬ人々で、僕は不安に駆られた。
彼らの話では、僕の名前は橘薫といい年齢は二十一歳の大学生らしい、バイク事故で昏睡状態となり、入院して四か月程たつとのことだった。

「身体に異常はみられないんですよ、ただ、記憶喪失になっているようで、それと精神状態も落ち着いていない、時折、訳の分からない、妄想を言うんですよ」
「記憶喪失ですか治るんでしょうか」
「こればかりは、なんともいえないです。事故の時、かなり頭部に衝撃を受けていますので」
「そうですか、身体に異常がないのでしたら退院は出来るのでしょうか」
「精神が病んでいますのでお勧めは出来ませんが、本人の希望はどうなんでしょうかね」
「薫、お前、退院するか」
「・・・・・・・・・・・・・・」
僕は、どうでもいい、だから押し黙ったまま天井を眺めていた。
「もう少し様子をみられたほうがいいのでは」
「そうですね、先生よろしくお願いします。」

「薫、元気してた。お見舞いにきたわ」
律子と名乗る女性が来た。この世界では、僕の恋人だったらしい
「薫、まだ記憶が戻らないみたいだけどゆっくりと思い出していこうよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
悪い人ではないようだでも知らない人、僕は無視した。
「記憶が戻るかもしれないと思って写真を持ってきたの・・・観る」
写真なんて興味もなかったから観たいとも思わなかった。
しかし彼女は嬉しそうに写真を一枚一枚ベッドに並べ始めた。
「これこれ、観て初めてのデートで撮った写真、見覚えない」
彼女が臨み込むようにして聞いてくる。
僕は苛立った。ベッドに並べられた写真を払いのけた。
「あっ」
彼女は小さな声をあげた。そして、僕が払いのけた。写真を一枚一枚、床から大事な物を拾うように取り上げた。僕は、そんな彼女に対して罪悪感を感じなかった。それどころか早く、何処かに行って欲しかった。彼女は床面に散らばった写真をすべて拾い上げた。僕は彼女が怒り出すか泣き出すか、どういう姿勢で臨んでくるのか、どちらにしても関心はなかった。
「薫、ダメだよ、こんなことしちゃ、いつか観てね、あっそうだ。薫、卵サンド好きだったよね、今度作ってきてあげる。」
「もう、僕にかまうな、出て行ってくれないか」
「私は、薫といたいのなんでそんなこと言うの・・・・」
「うっとうしいんだ。僕は君なんて知らない」
「薫・・・・・」
彼女は悲しそうに出ていった。

僕は、ふと考えた。悪いのはどっちだろう。彼女なのか僕なのか、いや、どっちも悪くないんじゃないのか、僕は、この世界の人間ではなくて、少女の居た世界の住人なのだから、僕はあの世界に帰りたいだけなんだ。でも帰れないでいる。どうしてなんだ。この世に本当に神様がいるのならば、その神様が悪戯に僕を別世界に飛ばして楽しんでいるようにしか思えない
律子という女性はあの世界の少女の代役なのか、でもあの少女のような安らぎを感じない、
少女は僕の半身ともいえる絶対的な存在で空気のようなものなのだから空気なしでは人は生きられないように少女無しでは僕は生きられない、ああ会いたい、あの少女に今の僕は絶望感にさいなまされている。生きていることさえ無意味だ。
あの世界に戻れる方法は無いのだろうか、一生この世界で生きていかなければならいのだろうか、いや諦めない何か方法はあるはずだ。考えろ、何かあるはずだ。

次の朝、先生が巡回で現れた。
「先生おはようございます。」
先生は一瞬驚愕したような表情を浮かべたが、直ぐに取り繕ったような笑みを浮かべて
「あっ・・橘さん、おはようございます。今日はお加減よろしいようですね」
「ええ、先生のおかげで気分はいいですよ」
「それはよかった。」
先生は満面の笑みを浮かべて応える。
「この分ですと退院は近いかもしれませんね」
「ほんとですか・・・退院できるなんて、凄く嬉しいです。」
「よかったですよ、あの状態からここまで回復するなんて奇跡と言っても過言ではありません」
「これもひとえに先生を筆頭に皆さんのおかげです。」
「記憶はどうだい・・少しでも記憶は戻ったのかい」
「いいえ戻ってはいませんが、徐々に戻ればいいかと思っています。」
「うん、良かった。それでは橘さん失礼するよ」
「はい、先生、ありがとうございました。」
先生は僕の豹変ぶりに驚いてはいたが満足げに踵を返して病室から出ていった。

その日の昼過ぎに両親が現れた。
「やあ、父さん母さん、よく来てくれたね」
両親は驚いた表情を見せた。
「どうしたんだい、父さん、母さん」
「薫・・・薫、良かった・・・・良かった。母さん心配してたんだよ・・・」
母が潤んだ瞳でそう言った。父は無言だったが安堵した表情を見せている。
「ごめんね、母さん心配かけて」
「いいんだよ、良くなってくれさえすれば」
「もう大丈夫だよ、何にも心配いらない」
「何か食べたい物でもあるのかい、リンゴ剥こうか」
「いいよ、それよりも早く退院したい、先生も、もう大丈夫って言っていたし」
「そうだね、早速、先生と相談してみるよ、じゃあ薫、明日また来るから」
「うん、明日、また、気をつけて帰ってね」
両親たちは嬉しそうに談笑しながらこの部屋から出ていった。

夕刻になり律子さんが来た。
「やあ、律子さん待っていたよ」
僕は朗らかに挨拶する。律子さんは目を丸くして驚愕の眼差しで僕を見つめる。
「どうしたんだい、君らしくない僕の顔に何か付いているのかい」
「ご・・御免なさい・・・いつもとは様子が違っているものだから驚いて」
「そうだね、このあいだは、君にひどいことを言って悪かったよ、反省している。」
「いいのよ、薫、私も少し無神経だったと思って」
「そんなことないよ、僕が一方的に悪かったよ、本当にごめんね」
「うんうん、気にしていないから・・・・」
「そうかい、気にしていないんならよかったよ」
「ところで私のこと思い出したの」
「ごめん、まだ記憶ははっきりとはしないんだ。でも少しずつ思い出していければいいと思っているよ、協力してくれる。律子さん」
「私でよかったら何でも協力する。何でも言って」
会話を重ねるごとに律子さんの表情は明るくなっていく
「そういえば、僕は卵サンドが好きらしいね、食べてみたいな」
「本当、じゃあ今度作ってきてあげる。」
「嬉しいな、病院食は飽き飽きしてたから、あれは精進料理のまずいのみたいな感じ」
「フッフッフ・・・でも、体にはいいから仕方がないわよ」
彼女との会話はたわいのないものだったが話が進み消灯時間まで彼女はいた。
「もう消灯時間だね、そろそろ帰ったほうがいいよ」
「いやだ、もうそんな時間、帰るね、また明日来るから」
「卵サンドよろしく」
僕は胸に手を当てて、おおげさにジェスチャーして見せる。
「フッフッフ、薫は食いしん坊ね、いいわ、作ってきてあげる。それじゃあ」
彼女出ていくスライドドアから出る前に振り向きにこやかにバイバイと手を振る。
僕も笑顔で答え軽く手を振った。

消灯時間となり明かりが落される。疲れた一日だった。これでいい、これで・・・・

それから一週間経ち、退院となった。僕は出迎えには両親と律子さんがいた。そして見送りに来ていた。先生と看護師達に深々と頭を下げた。そして父の運転する車に乗り込み家路へと向かう。車から町並みを望む、見知らぬ景色が目に移る。ここが僕が住んでいた町なのか何も思い出せない、雑然とした。その景色に唖然とした。それも仕方がない、暫く病室以外でていなかったのだから、律子さんが唐突に喋りかけてくる。
「薫、そこのお店覚えていない、よく二人で通った店なんだけど」
「ごめん、覚えていないよ」
「仕方がないわね、今度一緒に街を巡りましょ、デートがてらにいいでしょ」
「ごめん、病室にずっといたから、人混みが苦手で・・・・・」
「そうね、徐々に慣れていきましょう。そして思い出していきましょう色々な事」
「そうだね、・・・・」
僕は力なく答えた。

家に着き、まず向かったのは、僕の部屋、ありきたりの部屋だったが戦闘機の模型やら、フィギュア、アニメのブールレイ、エアガン等が陳列されている。
僕の趣味、趣向がもろ分かりだ。僕がインドア派らしい、しかし、あの世界では長い間、病室に引きこもっていたのだからインドアの趣味を持っていてもおかしくないか、ベッドに仰向けに寝転がり天井を見つめる。
「橘薫、二十一歳、大学生、彼女持ちか」
僕は呟き、ごろんと横に転がった。
トントンとドアをたたく音
「薫、入るね」
ドアが開いて律子さんが現れた。
「椅子、そこにあるから座ったら」
僕は促した。
「じゃあ、失礼するわ」
律子さんは躊躇することなく示された椅子にすわる。
「笑える。この部屋、物が多すぎ、僕ってインドア派だったんだね」
僕はやや自嘲気味に言う。
「そうでもないよ、バイクが好きで遠出したりサバイバルゲームとかもしてたから」
「僕って多趣味だったんだね」
「フッフッフ、そうかもしれない」
「前から聞きたいと思っていたんだけど僕と君はどこで最初に出会ったのかな」
「私が高校二年のころ、薫が一年の時ね」
「なんだ、律子さん、一つ年上だったんだ。」
「そう、初めは弟みたいに接してたんだけど暫くしたら好きになっていた。」
「どっちから告白したの」
「ど・・・どっちっていわれても・・・・私か・・・・だよ」
彼女は真っ赤になって俯く、僕はベッドから起き上がり、彼女に向き合った。
「ごめん、意地悪なこと聞いちゃったね」
「・・・・・・・・」
「今でもこんな僕のこと好きでいられる。」
彼女はこくりと頭を下げる。
「その・・・薫はどうなの私のこと愛してくれる・・・・・・」
「正直言って分からない、律子さんのこと忘れているのだから記憶が戻れば、分からないけど
今の僕では君を好きになる資格は、ないんと思うんだ。」
「資格なんて関係ないわ、お互いの気持ちだと思うの私は薫が好き、例え薫がどんな風になろうとも」
「ありがとう、その気持ちだけで十分嬉しいよ、でも、まずは記憶を取り戻すことが肝心だと思うんだ。」
「そうね、記憶取り戻しましょ、そうすれば前みたいにお付き合いできるから」
「律子さん協力してくれるかい」
「もちろん、協力する。私を頼ってね」
「ありがとう。」

その後、僕は律子さんと一緒に思い出の地巡りに明け暮れた。
春の日差しが暖かな木漏れ日差す並木道、二人は恋人のように寄り添い歩く
「やっぱりジャケットはいらなかったな、朝は冷えたんだけれど」
僕はジャケットを脱ぎ肩にかけた。
「フッフ、薫は寒がりだったもんね」
「そうなのかい、確かに寒いより暖かなほうが好きな感じはするけど」
「この並木道には何か思い出があるのかな、緑が映えて綺麗なところだれど」
「ここは特別、私達の通っていた学校の通り道なのそして初めて薫と出会った場所」
「うーん、特別な道なのか」
僕は周囲を見渡す。特に目を引くものは感じない
「何か思い出せそう。」
「残念だけれど特に何も感じないよ」
「そう・・・・・残念だわ」
「ちょっと疲れたかな、どこかで休まない」
「だったら、この先にある池がいいわ、ベンチもあるし」
さざ波に反射する日の光が綺麗だ。思わず池に手を入れてすくいたくなる。
「このベンチにしましょうか」
二人はベンチに腰掛けた。
「フッフッフ」
「なに思い出し笑いしてるのかな、少し感じ悪いよ」
「この池にも思い出があるのよ」
「へーえ、どんな思い出があるのかな興味あるよ」
「薫が友達と悪ふざけして、この池に落ちたのよ、それも真冬に・・今思い返しても笑えるわ」
「僕っておっちょこちょいだったんだね」
「フッフ・・・・・そうね、」
「でも、今から、この池に落ちたら記憶が戻るんじゃないかな」
「お間抜けさん、そんなこと言ってるからバイクで事故を起こすのよ、もう心配ばかりかけて」
「ごめん、ごめん、話は変わるけれど僕はどんな風に事故を起こしたんだい」
律子さんの顔色が変わる。
「言いたくない、思い出したくもない」
「言いたくない気持ちはわかるんだけど記憶を取り戻すには重要な事だと思うんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
彼女は押し黙っだまり視線を地面に向けたまま、持っていたポーチを両手でぎゅうっと握りしめていた。
「あっ・・あの日、薫は友達と一緒に峠道に遊びに行ったの薫は凄くスピードを出していてカーブを曲がり切れずに山肌に突っ込んでいったのその時、激しく頭をぶつけて昏睡状態になって、
ずっと入院してたのよ、お医者さんの話だともう意識は戻らないんじゃないかと言われたわ」
「そうなんだ・・・その事故を起こした場所に行ってみたいんだけど」
「ダメ・・・・ダメよ、あんな不吉な場所、薫の一生が台無しになったかもしれない・・・・そんな所、二度と行かないで!」
「でも記憶が戻るきっかけがあるかもしれない・・・・一度行ってみたい」
「いや、もう忘れたいのよ、せっかく薫の意識が戻って、ようやく、昔みたいに寄りを戻せそうなのに・・・・」
「でもさ、過去から逃げてばかりじゃ,前身はしないと思うんだ。それがどんなつらい過去でも受け入れなければ駄目だと思うんだ。律子さん協力してくれないかな」
「・・・・・・・・・・・・」
「分かったよ、律子さん、無理強いはしないけれど気が変わったら・・・そろそろ帰ろうか」

暫くして、僕はバイク仲間で付き合いの長い知人であったらしい、渡辺という人物に電話をした。見舞いにも何度か足を運んでくれたので顔も覚えている。数回コールして電話が繋がる。
「もしもし私、橘薫ですが渡辺さんですか」
「薫・・・・薫か、まさか電話してくれるなんて思わなかったよ、元気だったかい」
「ああ、元気だよ、最近は外にも頻繁に出かけているし」
「そうか、、それは良かった。ところで、なんか様かい」
「実は君に頼みがあるんだ。」
「なんだい、薫の頼みなら俺に出来ることならなんだってするけど」
「実は僕がバイクで事故った。場所に連れて行って欲しいんだけれど」
「俺は構わないんだけれどりっちゃんがなんて言うか・・・俺怒られるのはやだしな」
「りっちゃん・・・律子さんのことかい、それならば僕が説得するから大丈夫だよ、お願いだ。協力してくれないか友達だろ・・・お願いだからさ」
「分かったよ、そこまで言われるならば仕方がないな」
「ありがとう。今度の日曜日、十時頃でどうかな」
「ああ、構わないよ、それじゃ今度の日曜日」
「無理言って済まない、それじゃ」
電話を切る。これでいい、これで、。事は上手く運んでいる。

「薫、今度の週末、空いているよね」
「ごめん、日曜日は用事があるんだ。」
「用事って何」
「ちょっとさ・・・・・出かける。」
僕はバツが悪そうに鼻の頭をかきながらもぞもぞと答える。
「どこに行くの、一人、それとも誰かと一緒に行くの」
律子さんの口調が詰問するかのように怒気を帯び始めた。
「ああ、渡辺君とさ・・・ちょっと」
「渡辺君と・・・どこに行くの私も連れて行ってくれない」
「律子さんは嫌がるかもしれないから今回は辞めたほうがいいよ」
「私が嫌がる場所・・・・・もしかして薫が事故を起こした場所」
「そう・・・・」
僕は困惑気味に呟く
「どうして、この前。あんなに反対したのに薫、駄目よ絶対に行っては駄目よ」
「困ったな・・・・・でも、どうしても行きたいんだ。」
律子さんは突然、両手で顔を覆い泣き始める。
「律子さん、記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれない、ただ見に行くだけだよ、危険なことは何もないんだ。何も泣くほどのことではないよ」
「・・・・・・・・・・」
「危なくなんかないし、危険なこともしない約束するよ、だから、行かせてくれないかい」
「・・だったら・・・・私も・・連れて行って」
律子さんは声を震わせながら言う。
「別に来なくてもいいよ」
「行く!」
「そんなに意地になることはないよ、だからこなくても・・・」
「行くったら、行く・・・・何か嫌な予感がするから・・・」
「嫌な予感・・・・何もないと思うけれど心配性だね、律子さんは」
泣いている律子さんをなだめ
「分かったよ、今度の日曜日に渡辺君と一緒に」

日曜日、快晴、いよいよだ今日、事が成る。

十時に約束通り、渡辺君と律子さんがやってきた。渡辺君はバイクで律子さんは軽自動車で律子さんはむくれていた。仕方がない彼女は今日のことは反対していたから
渡辺君のバイクが先導して律子さんの軽自動車が続く、僕は軽自動車の助手席に乗っていた。道中、二人には会話がない重苦しい空気だ。
三十分ほどして事故現場に到着した。車から降りる。県境の峠道だ。傾斜とブラインドコーナーが連続し走り屋には堪らない峠道だ。
「あそこで、薫が事故を起こしたんだ。」
渡辺君が指をさした。コーナーのきついカーブ
「薫、覚えているかい」
「・・・・・・・・・・・」
僕は放心状態だった。
「薫・・薫大丈夫か・・・・顔色良くないぞ」
「あっ・・・・あ・・大丈夫だ。ありがとう連れてきてくれて」
僕は渡辺君のバイクにキーが付いたままなことを確認するとバイクに素早く跨る。キーを廻しエンジンをかける。
「薫、どうする気」
律子さんが叫ぶ
「律子さん、今までよくしてくれてありがとう。それじゃあ、さよなら」
「ありがとうって何・・・さよならって・・・」
とっさに律子さんはバイクの前に立ちふさがる。
「なに考えてるの薫、やめてよ、何する気」
僕は、構わずにアクセルを捻り加速させていく、バイクは律子さんを跳ね飛ばす。
一直線に疾走するバイク行方は決まっている。カーブの山肌、背後で律子さん達が叫んでいるのが感じられたか。風の音でよく聞こえない、振り返らない、迷いもない、断固たる意志で、ただ突き進む。まるでバイクと僕とが一体化したかのようだ。心地いい
「さよなら、律子さん、さよなら心優しき人達よ」
山肌が迫ってくる。しかし恐怖は感じない、それどころか、心躍りアクセルをあげる。
「帰るんだ。あの世界へ、そう少女の居た世界へ」
山肌に激突した瞬間、僕は見た。白い輝きをそしてその輝きは僕を優しく包んだ。

染み一つない、まっさらな、まっさらな白い世界、僕は、少女を待っている。あの白い少女を
聞こえてくるシタシタと少女の足音が扉が開く、一人の少女が立っていた。そしていつものように無機質な表情を見せた。
「待った・・・・」
「ああ、待っていたよ」
喜びに満ちた声で言った。そして双眸から涙が自然に流れた。

白い少女

白い少女

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-06

Copyrighted
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