*星空文庫

不幸な絵画と悲しい絵描き。

yumieisuke 作

「やればいいというものではない、やればできるという事だ。」
小学生の頃、怒りやすい眼鏡の鷲鼻の姿勢だけは紳士のくちのひん曲がったおじさん教師はよく言っていた。
彼は長い杖をつかって
やんちゃな生徒を叱ったりしたものだが、
思えばそれまでの長い人生で彼だけが青年ジランを認めていた。

広い家では、姉と父がとても騒がしかった、だから母も物心ついたあとにすぐに出て行ってしまった、行方知れずだ。
姉はよくいっていた。
「気合をいれろ、心を入れ替えろ」

ジランはふと我に返る、目の前に紳士が独り座っていた、ぼやぼやと昔の事を思い出していたら、あたりの座席は全て埋まっている。
悪いことをした覚えはないが、姉は私の事をいじめる事が好きだったようだ。
もっとも。いつも困ったような顔になってしまう私はそれだけでそういったよくない兆候の対象になる事があった。

困った顔の人間が転んだり、倒れたり
それだけで笑う私が困惑するようなタイプの人間もよくいる。

はてさて、それはそうとして。
私には一つ疑問があったのだ、それもまあ昨年までの事なのだが、とりあえずいすに腰をかけて紅茶でもすすりながら聞いてほしい……。
私はあの教師が嫌いで、わざと猫背で絵を描く習慣がある、絵描きで、
むかしはとある印刷会社にやとわれていたのだが、とある役員の失態によって倒産数前までいき
私はというと首をきられた。
もともと有能ではなく、知り合いの会社をあたって、支障のない程度に居座り、支障のない程度の業務をやっていたので無理はない、
休日や空いた時間はというと、絵をかいていた。
昔はそれなりに地元で売れた有名人だったが、都会に出てきてから全てが変わってしまった、
自分の小ささに気付き、筆を持つ手さえ重くなってしまった。

こういう時にも思い出す、
地元の靴屋で店長の為に靴磨きをして、その店の娘がとても健気で、いつも父親の野次やふるまいを私に詫びてきた事を
そして彼女も、いつの間にか店からいなくなっていた。
私は店番や営業や、その他雑務をまかされ、ときに退屈なときは店長の靴磨きをさせられていた
偏屈な親父だった。
それでも耐えて3年もそこにいたのは、店の小ささと、古びたレンガの外壁と、その少女のえくぼとかわいらしいオレンジ色の髪とたまに店先にでる彼女を見るのが好きだったからだ
いつか絵にかきたいとも思った。
それには彼女は若すぎた気もする、まだ少女だったのだから。

私には愛嬌のある愛猫の記憶と、姉の記憶が混在していた。
それはたまに、姉があの猫をいじめる事があり、そうすると猫は私に八つ当たりをする。

この猫が困った猫で、祖母には可愛がられていたのだが、ほかのものにはいたずらばかりする、
あちこちにかみついたり、人の物を盗んだり、わざと私が絵を描くのを邪魔したり。
挙句の果てには私と同じように緊張感のない歪んだ顔つきをしている。
だけど私は暴力や下手な主張はしない、私が出来る最大限の主張とはこの哀愁漂う顔を目いっぱい力をいれて押し曲げて、
“誰が見たところで嫌に思うような表情”を作る事だ、
今日はこの猫に目いっぱい怒りの表情を向けてやる事にした。
祖母が死んで私が引き取る事になった、おいてもまだいたずらばかりするこの猫を、絵がかきあがるまでに、なんとしても持ちこたえなくてはならないのである
片目と眉をつりあげて、片方の目は逆さに弧を描くようにとじるかとじないかまで細く力をいれる、
すると私の間抜けな顔に見慣れている猫がびっくりして(これはいつもやっている事だが、なんども驚く)どこかへ走り去っていく。

“何を、誰が、やるべきだと思う?”
かつて恋人がよく私に問いかけた、彼女はたばこがすきで、それは誰かににた面影を感じさせる態度、風体をしていた。
ロングの金色の髪をして、たまにそれがわずらわしく、彼女の顔にあたる事があり、それをはじく彼女の嫌そうな顔を笑うのが楽しかった。

彼女は得に私の絵を気に入ったわけでもない。
ただ僕らの関係は絶妙に距離感を保っていた、若さからそうしていたのだ。

彼女が私の元をさってから。
どうしようもない飢えに
取りつかれる事がある。
私は、苦しいときに生き延びるチャンスをくれる人間に突き当たる事がよくあった。
路地裏の英雄は筋肉質の女。
探しものを手伝ってくれたのはあとで金を要求した探偵帽の女性。

女性ばかりが常に助けたのは、私がそのような“引き付ける”歪みを過去に持っていたからかもしれない。

この広場には、記憶が詰まっている、私が家をでてからの記憶の全てが、この街とともに、
その時計台をみておもった
かつて最愛の母は、出ていくときに私にいった
“あの人に似ている、あなたは捨てなければいけない”
私は推理小説が好きだ、猟奇的な犯人はいわば主人公といった側面を持っているかもしれない
主人公でありながら影に隠れている、私はそんな“女性”を探していたのかもしれない。

もう一つの物語は、彼と関係もなく進んでいた、
少女は、暗い帰り道をあるいている最中だった、
短めの髪に、きりりとしたくちもと、やさしそうな目に、力強いまゆ。
その少女はうつむく
名前はカンナ、嫌気がさしている、変な男に付きまとわれている。
初めてあったのは時計台だった、その時本の話をした、

 私は、その時初めて、自分の職業に寒気を感じた、とある紳士に話をした事があった。
“この男普通じゃない”と思ったわ。
推理小説の話をした事ではない
その小説の中身よ、
小説家が、真実の愛を見つけるために、自分の作品と同じ事をするの、それは愛を確かめるために、一緒に死ぬ方法をいくつもためすベストセラー小説。
その小説事態はフィクションなんだけど、
彼に感じたのは、彼の眼光の奥底に
“そういう狙いがある”って事ね。

一方時間は進み、先ほどの広場近くの、喫茶店へ
紳士は満足そうにコーヒーを片手にすする。
私は、ベサム、とある小さな古着屋やアンティークショップのオーナーをしている、それがたまたまうまくいったので。
私は店先にたまにでるくらいで、暇な時間があるのでコーヒーショップの屋外のテラスでわざとらしく新聞を広げて偉そうにするのが趣味だ。

私には、親身にして接しているバレリーナがいた。
彼女は美しい、決して彼女に及ぶ美しいものなど何もない
黒髪、ダイヤのような瞳、そして姿勢が何よりも美しい、私は腰を痛める事がおおくて、矯正器具を腰にはめて生活しているのだが。
彼女は、つま先から指先まで、まるで一つの意志を持つかのうように美しい
そこからメッセージを発しているように
だが残念な事に、ステージ上ではだめなのだ、
なぜか“悲しい事にも”彼女は、普段の生活の中でのしぐさが最も美しいのだ、
これを彼女に伝える事がどれほど悲しい事か、
すぐ目の前に何の配慮もなくすわった、だらしないしわのついたスーツの青年にはわかるまい。

「あの……相席よろしいですか?」
「かまわんが君はたいして混んでもいないというのに」
わざとらしい音、コホン、といったので紳士ベサムは当たりをみまわしつつ、わざとらしく広げた新聞をとじていく。
あたり一面埋め尽くされている
「どうした事だ」
「紳士ベサム、今日は向かいの喫茶店が休業日なのですよ」
そうだった、そんな事も忘れてあまりにもこの貧乏で不潔で情けない顔をした青年の、青年の
「君……名前をなんという?」
「ジラン……名乗るほどのものではありませんが、これは……僕が書いたものです」
そして彼は小さなポストカードを紳士に渡す、後ろから、パンケーキを食べ終えた双子の少年たちがそれをこっそり見ている事に紳士は気付いていた
それよりも驚いた事は、彼は絵画などに興味がないのに、なぜか異様に関心をもった、引き付けられるものがあった事だ。
「この絵、なんだ?誰がかいた?本当に君が?、買わせてくれ!」
1万もだされて買われたのは初めてだった、だが少し残念だったことは、その絵の見本はいつも手にもち配っている名刺代わりのポストカードではなく、
ボロボロになりかけたあのころの思い出、古びた靴屋の店先のかわいらしい少女の後ろ姿を、思い出しながら書いたものだった。
「いい天気ですね」
ベサムは、なぜか間抜けな顔の青年にさえ好印象を抱き、この広場の時計台を友に褒めちぎり、退屈な午後を少しの笑いで過ごす事になる。
彼の話す強情な猫の話は面白かった。
与えてやった魚を骨までしゃぶり、とりあげようとすると怒る事、玄関に飾ってあるカビンをことあるごとにひっくり返す事、
リビングの写真たての家族の写真をじっと見つめている事がある事。
母に与えられた首輪の鈴の音が心地よいこと。
そうして、またあう約束をして二人は別かれた。

その一週間後、ジランの元に、思い出の少女から実家に結婚の知らせが届いた事は、彼にとっては悲しくも嬉しい事実だった。


だが、彼等三人の中では不幸が起こってしまった、それは彼が引き寄せたものだったかは、誰にもわからない。
彼の絵は、彼女、バレリーナも気に入ったのだ、彼を通して、だが彼は、バレリーナのカンナには、自分の絵を直接見せた事はなかった。
なぜなら、あの、かわいらしい靴屋の少女ににていたから、
同時にその乱暴さが、自分にトラウマを押し付けた姉にも似ていたからだ。


紳士の彼は、ジランに一つの絵を頼んだ、それは確かめたい事だった、
かつて彼が成功する前に、彼を見守る一人の宗教者がいた、それは厳粛な宗教で、異性とのかかわりを禁じていた
厳粛な信者だった。
いい関係ではあったが、それ以上は彼女が避けているようだった。
それを彼が耐え切れずに迫ったので、関係は立たれ、彼女の居場所はつかめず、いまでもその関係者が彼に目を光らせている
その事から、バレリーナのカンナにいい感触を持たれても、
彼女のしぐさや、健気さ意外には興味を持つ事もできなかった。

その日、初めて絵描きとあって一か月後の事、二人が彼の広い屋敷にいて、たまたま執事が休みをとっていたので、玄関に出ていったのは
バレリーナのカンナだった、
「あ……」
彼は絵を落としたので、カンナは思わずそれを抱えた、
「待って!!」
彼は紳士に何も言わず、金も受け取らずその場から去ってしまった。

その3週間後、紳士は自殺した、
確かに絵に感動していたのだが、涙を流して狂人のようになった彼をみて彼女はすぐにその場をさり、それから彼の顔を見たものはいなかった。

バレリーナはポストカードに絵を描いてくれと頼んだ、どんなものでもかまわないと、そして自分の行いを許してほしいと

絵描きは丁寧にかいてやった、お返しのお金も受け取ろうとはしなかった、

「今度お願いするときは、今回のも、それに恋人の分のお金もお支払いしますわ。」
そういって彼女はアパートの部屋のドアを閉じる、彼が神妙な顔をしていたが、もともとの哀愁を感じさせる顔だちといい、
同情はありがたいが少し今みたいとは思わなかった。

狭い部屋の中央の廊下を歩く、廊下には、レンガ柄のカーペット。
封をあける。
そこに佇むのは、バレリーナ、
どうやら、練習中の光景のようで、広いホールに客はいない。
バレリーナは絵描きの中の自分を見て、その不器用さを悟った。

それは彼女の壇上の不器用な体の動きだけではない、
そこに、笑う紳士が書かれていたからだった。

『不幸な絵画と悲しい絵描き。』

『不幸な絵画と悲しい絵描き。』 yumieisuke 作

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-06-29
Copyrighted

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