メイド界からこんにちは!

処女作となります。

温かい目で、そしてわくわくして読んで頂けると幸いです!

第一話「メイド界からこんにちは!」

「はー、やっぱ学校ってクソだわ。
 友達とよろしくしたところでなんの生産性もないっての」

 独り言を呟きながら今日も朝10時に起床。

 そんな俺は佐(さ)須(す)駕(が)野(の) 一正(いっせい)。
 新しい高校生活を始めるもさっそく挫折し夏を待たずして絶賛引きこもり中である。

「いやー、一人暮らし最高っすわ。中学のときは家族がうるさかったしな」

「本当に中高共に引きこもりなんですか……。
 こんな人が今日からぼくのご主人様だなんて前途多難っていうかもはや地獄……」

 うるせえ、いきなり人を全否定するお前こそが地獄の住人の鬼というものだ。
 やはり人と関わると不快な気持ちにしかならん。

 ……二度寝でもするか。

「ん、二度寝? じゃあここ家? あ、俺引きこもりだから家に決まっているか」

「二度寝なんて許しません!
 ぼくが来たからには規則正しく、健康的で、誰もが羨むようなリア充にしてみせます! たとえ、こんな引きこもりなご主人様であろうとも!」

「…………」

 えっと、警察って110だっけ? 119だっけ?
 初めての時って意外に常識的な事でも迷っちゃうもんなんだなー。

「あーもしもし、警察ですか?
 今僕の家にですね、怪しい服装をした女がですね、不法侵入してまして……」

「あーーー! なにやっているんですか。切ってください!」

「いてえ!」

 この女、というより見た目的に中学生くらいのこの女の子、おもむろに突っ込んできて俺の携帯を吹っ飛ばやがった。しかもそのまま倒れこんできやがって。

「くそ、いてえな……。って、ん?」

 ……なんかすごくいい感触がする。
 この丁度手に収まって、なんだか安心させる一方、
 ましゅまろみたいに柔らかく心地のいい感触。

「やわらかい……」

「ってどこ触ってるんですかーー!!! 変態です!!!」

 その謎の女の子は思いっきりビンタしてきた。 

「いってえ!」

「む、胸を触られるなんて……。どんな殿方にも触られたことなんて無かったのに……」

「あ、そいつはご馳走様です。
 ……じゃねえよ。さっきから痛いよ! お前誰なんだよ!
 何で勝手に家に入ってんの? そもそもどうやって?
 それに、ご主人様ってなんなんだよ!」

 どんな大義があって俺の神聖なパーソナルスペースを侵害している!

「あーもう、くそうるさいご主人様ですね。
 鬼畜で理解の遅いご主人様にぼくがひとつひとつ教えてあげるので感謝して下さい」

 そう言うと、彼女は捲し立てる様に自己紹介を始めた。
 ていうか、何故俺が感謝しなければならないのだろう。
 
「ぼくはスカーレッド・プランセス・香菜と申します。
 あなたを導き立派にするため、イギリスから参上した超一流メイドです。
 超一流なので、あなたの家に侵入するなんて造作のないことです!」

 だめだこいつ、早く何とかしないと……。
 痛い妄想をした女の子が不法侵入だなんて、どれだけついていないんだ。

「分かった。警察に突き出すのは許してやろう。その代わり一刻も早く消えてくれ。
 俺は忙しいんだ。痛い中学生の妄想ごっこには付き合っていられん」

 恰好だけは一丁前のメイド服を着た小さい背格好の女の子を担ぎ上げた。
 
「おら、玄関までご案内だ!」

「あああ! やめてください! ぼくが世話してあげるって言っているのにこんな扱いだなんて!」

「おい、暴れるな! 引きこもりのパワーでは支えきれん!」

「降ろせーー!!!」

「あっ、もうだめ!」

 盛大にバランスを崩し、宙にスカーレットと名乗る謎の女の子が舞う。
 その後、衝撃音と共にまたもや重なり合うように二人は交差する。


 ……そして次は唇に暖かく、やわらかい感触を感じる。

「んーーーーーーーーー!!!」




「この鬼畜……。もといご主人様……。絶対許しません。
 会ってちょっとで、ぼくの胸だけでなく……くち、唇まで……」


「俺だって、初めてだったんだぞ!
 最初のキッスは年下でボーイッシュな感じの子と夕焼けをバックに河原でお互い照れながらも求め合う……的なやつでする予定だったのに!」

「き、きもすぎます。こんな人が今日からぼくのご主人様だなんて……」

「ていうかさあ、自称メイドさん。俺、メイドなんて雇った覚えないんだけど?
 そもそもお前、中学生だろ。義務教育くらい全うしろよ」

 まあ、中学引きこもっていた俺が言うなって話だが。

「誰が中学生ですか! ぼくは大学生です!
 いいですか、ぼくは超名門の現代メイド養成学校プリンスド大学の初めての日本籍を持つ生徒です。
 しかも、飛び級の超天才ですよ! 実年齢は14歳です!」

「どこから突っ込めばいいのかわからん……」

 ここまで設定を作りこむとは相当重症な中二病だ……。

「あー、信じてないですね! それならば証拠を見せてあげます!」

 そう言うと香菜は学生証らしき物を見せてきた。

「な、なんだと……!? 本当に大学4年生って書いてある。
 しかも生年月日から計算すると、マジで14歳だと……!?」

「どうです、ご理解頂けましたか? ぼくのすごさを!」

「っく、でもこの学生証が本物とは限らない……!」

 めちゃくちゃ精工にできているが、頑張って作った可能性もあるはず……!

「往生際が悪いですね。それではこれを見てください」

 そういうと香菜はどこから出したのか何らかのプレイヤー装置を取り出し、映像が流れ始めた。


『よう。元気にしてるか一正。俺が日本にいないからってどうせまた高校でも引きこもってんだろ? どうだ、当たりだろ?』

「親父!?」

『そんなお前に特別プレゼントだ。
 イギリスでちょっと頼み込んでプリンスド大学様の生徒さんをお前につけてもらうようにしてやったぞ。感謝しろよ。
 この一年でお前がどれだけ成長するかお父さんとても楽しみだ! じゃあな!』

「なんだ、このビデオは……! 余計なことしやがって!」


「ということでぼくことスカーレッド・プランセス・香菜が貴方を立派な人間に成長させ、引きこもりからリア充へと生まれ変わらせます!
 ご理解頂けましたかな、ご主人様?」

「こんなプレゼントはいらん。滅しろ」

 今度は躊躇なく香菜を外へ追い出した。

「よし、色々あったが悪は去った。
 ああ、目も覚めてしまった。どれ読書でもするか」

 しかし、彼女は諦めない。
 外側から激しくドアを叩きつけ、その上ピンポン連打のおまけつきである。

「開けてください! 内側のロックは卑怯です! ぼくの合鍵じゃ開かないじゃないですか~」

「うるせえよ! 近所迷惑考えてくれ。これ以上騒ぐならマジで警察呼ぶからな。
 いいからもうプリンスド大学とやらに帰れよ」

 その言葉と共に物音は止んだ。やっと諦めてくれたか。
 あいつも他の奴に仕える方が幸せだろう。

「う……ぐすっ……。あとちょっとで夢が叶う所まできたのに……。大学に帰れるわけないですよ……」

 どうした? あいつ泣いているのか?

「おい、なんでお前そこまで必死なんだよ。他の奴に従えた方がお前も幸せだろ」

「プリンスド大学の掟の一つに、『どんなご主人様であろうと従え徹す』という掟がありまして……。
 この実習で大学を卒業なんですが、失敗するということは、退学を意味するんです」

 なるほどなるほど。
 泣き落としと来ましたか。
 しかし俺は理を愛し、情に流されない男。
 哀れなり。相手が悪かったな。



「入れてくれてありがとうございます……。
 鬼畜野郎の変態引きこもりだと思っていましたが優しいところもあるんですね……」

 今まで親戚類を除いた女の子と絡んだことなんてほとんどない人生だった。
 この僅かな時間の女の子との触れ合い(しかもよく見るとちょっと、いやかなりかわいい)はさすがの一正でも。
 もとい、佐須駕野一正でも気分が高揚していなかったというと、嘘になるであろう。


「とりあえず、鬼畜野郎とか変態引きこもりとか言うのはやめろ
 でもどうするんだよ。俺が全うな人間になるなんて無理だと思うがな」

「ふふん、ぼくは天才なんです。まかせてください!」

 こいつ、さっきまで泣いていたくせに切り替え早すぎだろ。
 すぐにめちゃくちゃいい笑顔になりやがって。同情を返せ!

「ぼくは根本から一気に解決できるんです!」
 
 そう言い放った香菜は続く言葉にとても恐ろしい地獄の宣告を言い放った。

「今から高校に登校してもらいます。まずはそこからです。
 一緒に行きましょう? 佐須駕野 一正さん」

「え、マジ……?」

 ……これは俺にとって泥船のような気しかしない。
 だけど今は可愛いく笑う香菜の姿に目が奪われてしまうのは、
 長い引きこもり生活のしからしむるところなのだ。

 絶対に行きたくないけれど、
 可愛い女の子と登校できるっていうオプションだけで少し、
 本当に少しだけど行ってもいいかな~なんて思ってしまうのである。

「メイドは学校までは付いてこない……よね?」

「嫌だ! いきたくない、やめてくれ!」

「何故ですか。引きこもりって言われたくないならまず、高校に行きましょうよ」
「ぼくも一緒に行ってあげますから」

「行きたくない、出たくない、家で一生のんびりしていたい!」
「むしろ学校に行って何が得られるんだよ」
「悪いが勉学は独自にやっているから言い分には入らないぞ!」

「何ですかこのダメ人間……」
「どうやったらそこまで学校いきたくなくなるんですか。いじめですか?」

「いじめなんてされてないやい!」
「むしろ登校1日しかしてない人間がどうやったらいじめられるか逆に聞きたいね」

「じゃあいいじゃないですか。行きましょうよ」
「面倒くさいからとかいう言い訳はぼくが許しませんよ」
「一緒に行ってあげますから頑張りましょうよ」

「……だって絶対馬鹿にされてる……」

「は? なんてですか? 声が小さくて聞こえません」

「絶対馬鹿にされているからだよ!」

「俺はやらかしてしまったんだよ!」

「新しい環境に舞い上がって、ネタ系の自己紹介をやって、面白くてクラスの中心みたいなポジション狙った結果が大爆死のクラス全員総ぽかんだったんだよ! うわあああああ!」

「え、それだけで引きこもっているんですか」
「確かに痛々しい話ですがそれだけで引きこもりってどんだけメンタル弱いんですか」

「痛々しいっていうな!」

「それに今更行っても、もう友達なんて作れないだろし、
 友達のいない負の高校生活送るくらいなら引きこもりの方を選ぶ俺は賢い!」

「開き直らないで下さいよ。……分かりました。友達がいれば学校行くんですね?」
「ぼくが絶対何とかしますのでとりあえず一回行ってみましょう」

「お前になにができるって言うんだよ……」

「いいから! 一度でいいのでぼくを信じて下さい!」
「百パーセントの確率でご主人様にご友人をクラスに召喚してみせましょう!」



 ……という口車にのせられて絶賛俺は今我がクラスの前につったっているのである。

「一ヶ月ぶりか」
「いつの間にか香菜は消えているし、
そもそも今もう三限やってるし入りずれえよ……。やっぱ帰ろうかな……」

「「一度でいいのでぼくを信じて下さい」」

 (一度だけだかんな……。一度だけ騙されてやるよ)

 そう覚悟した俺は魔界のようにも感じるダンジョンもとい教室の扉を開き、中へ歩を進めた。

「こ、こんにちは。遅れちゃいました。アハハ……」

 と、とりあえず情報を集めろ。
 情報は武器だ。
 何々 、どうやら今は国語の授業らしい。
 クラスの反応は完全にあのネタ自己紹介後のそれだ。死にたい。

「え、えっと君は噂の佐須駕野くんかね。とりあえず自分の席に着きなさい」

 噂ってなんだよ! どんな噂だよ!
 完全にお前だれだよって顔しているよこの国語教師。
 そりゃそうだよね。初日で消えて一回も授業受けてないからそりゃ知らないよね。

「分かりました。すみませんお騒がせして。今、着席しま……」

 ってない。俺の席はど真ん中前から二番目だったはずなのにそこに空席がない。

「……サッスガーノが遂に来たぞ……」
「……だれかサッスガーノに席教えてあげろよ……」
「……いやどんな感じで話しかけたらいいか分からないよ……」

 あはは、俺いつのまにかサッスガーノってあだ名がついてるぞー。
 全然うれしくないぞー。
 ひそひそ話は聞こえないようにやってくれー。死のう。

「佐須駕野くん席後ろになったんだよ。窓側の一番後ろ。
 勝手に変えてごめんね。
 真ん中二番目がずっと空席ってよくないって担任がね」

「あ、分かりました…。親切にどうも」

 委員長っぽい感じの女の子、名前は覚えていないけれどこの御恩は忘れません。
 後世で恩返しします。


 そんな感じで何とか自分の席にたどり着き三限を乗り切った。

 しかしまだ授業の方がましである。
 デス・フリータイム(地獄の自由時間)もとい十分休憩は俺にとって永遠のように長く感じた。
 もちろん、俺は寝た振りでなんとか乗り切った。

 (こんなんでどうやって友達を作るっていうんだよメイドさんよ……)

 しかし事件は唐突に起きた。

「えー、4限の前に極めて異例だが今日突然決まった転校生を紹介する」

「ええ、まじで?」「今日突然ってどういうことですかー?」
「男かな、女かな? かわいい子がいいなあ」

 クラスは先ほどの招かざる客の襲来とは違い盛り上がりを見せている。

 そんな中俺はなんとなく察して正直呆れている。

「静かにしろ。じゃあ、入ってくれ。後軽く自己紹介を頼む」

 いつの間に制服を手にいれたんだ。
 というかやっぱり中学生にしか見えねえよ。

 そりゃそうかあいつ十四歳だもんな。

 十四歳で高校生って……。いや大学生が高校生って……。

 ……そんなつっこみ切れないその女の子はやはりこうして、ちゃんと見てみると

「あいつ黙っていればめちゃくちゃ可愛いな……」

「初めまして、ぼくは赤姫香菜と申します」
「イギリスから転校して参りました。不束者ですがどうぞよろしくお願い致します」

「よしじゃあ赤姫は一番後ろの窓側の隣の席に座ってくれ」
「はいはい、皆うるさいぞ。質問したい気持ちは分かるが授業の後な」

 そして加奈は俺の隣の席に座って段々見慣れてきたそのどや顔でこう言った。


「ほら一正さん、お友達ができました。それもお隣の席にとってもかわいい女の子の」

「天才メイド、彼女は手段を選ばない」

 新しい高校生活が始まって一ヶ月と少しが経ち、
 どことなく新鮮な毎日が日常に変わりつつあったであろう我がクラス。

 そこに注がれた二つの新しいスパイスに皆、浮き足立っていた。

「赤姫さん。イギリスから来たって本当?」

「それにしては日本語めちゃくちゃ上手だね!」

「父が日本人でして、日本語は普段から使っていましたので」

「へー。ハーフなんだ!赤姫さんすごく綺麗だもんね」

「学校のこととか分からないこと有ったらなんでも聞いてよ」

 二つのスパイスは語弊があったな。
 一つの大きなケーキに皆は群がっているだけである。これが現実。
 どちらもほとんど未知という点では一緒なのに香菜の周りには歓迎の手が。

 一方俺はさながら爆発物かのように一切誰も寄り付きはしない。

 (もう帰りたい……。寝た振りもう限界……)

「そうですねー。確かに学校のこと全然知りません」

「佐須駕野さん。ぼくよりかはちょっとは詳しいでしょ?
 寝た振りしてないで学校案内してください」

 こっちを見ながら香菜はニコニコしている。
 クラスの方々はまさかのご指名に唖然。

 ……そんな中俺はというと
 (なんで寝た振りばらすの! 恥ずかしすぎる。これ以上貶めないでええ!)

 と寝た振りがばれないように一生懸命動揺を隠すことに必死であった。

「あーもう。何しているんですか。
 さっきからこっちのことチラチラ見てたの知っていますよ。ほら行きましょう」

 そういって香菜は俺のことを手で揺さぶってくる。

「ほら、クラスの皆さんも誘って学校案内してもらいましょうよ。
 きっと友達をつくるきっかけにもなりますって」

 あああもう、そういうこと言わないで!
 まるで俺がクラスに馴染みたいのに方法が分からなくて寝た振りしている痛い奴だと思われちゃうだろうがああ!

 (もう……だめ……)

「ああ、一正さんどこいくんですか! 置いていかないで下さい!」

 さすがの一正でも、もとい佐須駕野一正でもこれには恥ずかしさの限界に達し学校から逃亡した。
 一ヶ月と少しぶりの、人生二回目の高校生活は遅刻兼早退という形で幕を下ろした。


「なんで帰っちゃったんですか! しかも荷物置いていくし。
 二人分持って帰るの大変だったんですからね!」

「うるせえよ! 人に生き恥かかせやがって。
 最初に引き続き、またやらかしちゃっただろうが! 俺の高校生活完全に終了だよ!」

「はー、もういいですよ。反省会は夕食の後に致しましょう。
 お腹空きました。キッチンお借りしますね」

「え、作ってくれるの?」

「そりゃ、メイドですので。少し待っていてくださいね」
 


「めちゃくちゃ美味いな……。イギリスって飯まずいんじゃなかったの」

 何か肉を燻製したようなものや味わったことのないスープなど名前も分からない料理が並んでいたが味は格別だった。

「初めてお前のことちょっと有能だなって思えたよ」

「何言っているんですか。ぼくは天才なんですよ。そう思うのが遅すぎます!」

「ふざけんな、そう思えるタイミングなんてなかったよ!
 もうちょっと考えてから行動してくれよ! 
 俺があんなキラーパス受けきれるわけないだろ!」

「ああもう、うるさいですね、メンタル弱すぎなんですよ。
 皆さんそんなに気にしてないですって。その証拠に良いことを教えてあげます」

「……絶対ろくな事じゃないだろ」

「……いいですか? ご主人様がクラスから去った後、
 ご主人様について皆さん興味津々だったんですよ」

「どういう人なの? とか、どこに住んでるの? とか、
 色々聞かれましたが全部本人に聞いてみてくださいと返しておきました」

「さすが、ぼくはできるメイド!
 明日、ご主人様はクラスの皆さんから質問責めに合うこと請け合いですよ!」

 それはきっと俺に興味があるんじゃない。香菜に興味があるんだ。

 新しくイギリスから転校してきた美少女で、
 しかもどう見ても中学生にしか見えない香菜に興味津々だからこそ、
 その香菜が突然話しかけた俺のことを聞いたにすぎない。

 (分かっているけれど、このメイドがさらに調子に乗るから絶対言わない)

 ……いやまあ、学校に来るたびやらかしている俺にも香菜とは違うベクトルの興味はあるのかも……。

「……とにかく俺はもう学校には絶対行かないからな。
 もうメンタル雑魚で結構ですよー。もう耐えられませんー」

「ああ、開き直りましたね!そっちがその気ならばこっちにも秘策があります!」

「はいはい、どんな秘策があろうとも俺の心を揺さぶることはできませーん。
 残念だったな、駄メイドよ!」

 すまんな。
 お前にはお前の事情があって俺を導かなくては困るんだろうが俺はもうだめだ。
 俺のために一生懸命なのは本当に感謝する。

 しかしそれとこれとは話は別なのだ。

「ふふ……これを見てもそれが言えますか……?」

「何を見せる気だ?もはや金銀財宝ですら俺の心は揺るがないぜ? 
 無駄なことはよし……な……」

 ……ってそれは、嘘だろ。何故、どうして、どうやってそれを……。

「ははーん、これはこれは、中学生の間はこんなものを作って引きこもりの時間を潰していたんですね~
 やっぱり、ご主人様も心では皆の中心にいたいと思って色々考えていたんですね~」

「お、おい、返せ! ていうかそれは捨てたはずだろ。何故お前がそれを……!」

「いやいや、人には誰にも黒歴史というものはありますが、ご主人様は常人のそれを超越していますね。
 ダンボール一杯になるほどの自作漫画、自作小説、自作歌詞の楽曲はもちろん、
 それを利用して文化祭で活躍する企画書まであるなんて」

「これはすごい努力です。泣いちゃいそうです」

「あああー!!! やめてくれー!!! 俺の中の大事な何かが崩れ落ちていく音がするー!!」

「お父様がわざわざ貴方の中学生活の財産だからと捨てるところから守ったそうです。
 ご主人様のことを知るためにそれを預かってきましたが、こんな形で役に立つなんて」

「お、おいお前それを何に使う気だ……!」

「ぼくも本当はこんな事したくはないんです」

「ですがぼくは時には手段を選ばない非情なメイド……!
 ご主人様を立派な人格者へ導けないくらいなら、
 せめてこのパンドラボックスを世の中へ放ち、
 ご主人様の今までの努力を世の中の皆さまに知ってもらいます!」

「う、うそだろ……。なんてやつだ……こいつメイドなんかじゃねえ。悪魔だ」

 さっき一瞬でも感謝した気持ちを返してほしい。
 こいつ人質を用意してやがった。

 誰だ? 十四歳の女の子にこんな手段を教えた奴は。
 世の中か? 世の中が間違っているのか? 
 どうして俺はこんな目に合っているんだ?

 ちょっとかわいいとか、
 もしかしたらめちゃくちゃいいやつなんじゃないかとか思っていたのに、
 こんなメイドなら俺は絶対にいらない。解雇だ!

 スカーレッド・プランセス・香菜とかいう怪しい名前の、
 突然現れた嵐のような女の子は出会って一番の笑顔でまた、俺に地獄の宣告を告げるのであった。


「明日も元気に登校しましょうね。ご主人様?」

「委員長がストーカーな訳がない」

「どうして全然、誰とも話そうとしないんですか。
 お昼ご飯もこんな誰も居ない屋上で食べているし!」

「ああもう、うるさい。飯くらい静かに食べさせろよ。
 ……うーんお前の作る弁当だけが楽しみで学校に来ているようなもんだな~。あーおいしい」

「え、それはどうも有り難うございます。そう言ってもらえると、とてもうれしいです」

「……じゃないですよ! こんなんじゃ全然リア充のような素晴らしい高校生活は送れませんよ?」

 香菜から人質をとられ、毎日半強制的に高校に登校しだしてはや一週間、
 香菜以外とまともに会話したのは、
 たまに委員長っぽい女の子が連絡事項を教えにきてくれたぐらいである。

(しかもそれも、めちゃくちゃ緊張して俺は相槌しか打ててないんだけどね)

「そもそもクラスではぼくとすら会話しようとしないじゃないですか!
 ぼくを通じてクラスの方々と仲良くなればいいじゃないですか!」

「お前は何も分かかっちゃいない」

「いいか、お前はどうやらコミュ力があるようだな。
 そのせいでお前は既にクラスの人気者だ。お前を狙っている男連中もきっとたくさんいるだろう」

「え、まじですか? いや~、困りますねえ……。ぼくは立派なメイドとなりご主人様に仕える身。
 ご期待に沿えないこのぼくをどうか許してほしい!」

 なんだこいつ、顔真っ赤じゃないか。意外に褒められ下手なのか?

「……そしてだ、そんなお前に俺のようなクラスの腫物が仲良くしてみろ。
 今はまだ空気として扱ってくれているのに、それが超うざい、邪魔者になってしまうだろう」

「そして始まってしまうのだ。……いじめがな」

「被害妄想乙! ですよ。
 もっとクラスの方々を信頼してみてはどうですか。皆さん優しい方々ですよ」

「はん、人っていうのはな、接する相手によってころころ態度を変えるんだよ。
 お前には優しくても、問題児の俺には皆、非情になるんだ!」

「そんなことないですって……」

「あ、ほら委員長さんとかご主人様にもとても優しくなさっていたじゃないですか?
 ご主人様も顔真っ赤にしながら相槌を打たれていて……まさか惚れちゃったんですか?」

「ち……ちがっ!」


 慌てて否定しようとしたその時だった。
 階段に繋がる扉が勢いよく開いた。

「話は聞かせてもらったよ! ご主人様ってどういうこと!」

「委員長!?」
「委員長さん!」

「いや……。私は委員長ではないんだけどね」

「……それよりもさっきからこっそり盗み聞きしていれば、
 ご主人様とかお弁当を作ってあげているとか面白そうな話が聞こえてくるじゃない!」

 いやいや、盗み聞きっておい。
 ていうか委員長じゃなかったのかよ。
 プリント配布とか学校案内とか香菜と俺にやってくれたからお前が委員長だと思っていたよ。

「学校では一正さんとお呼びしていたのに気が緩んでいました。
 やりますね委員長さん。ぼくが気配に気づけないなんて」

「いや、だから委員長じゃないって」

「あなた達二人、同じタイミングで学校に来出して何かあると思っていたの。
 それを暴くために色々お世話をして接近していたんだ」

「な、なんでそんなことを……?そんなことのために、爆発物である俺にも優しくしてくれていたのか……?」

「爆発物って。……まあ、確かに自己紹介とか逃亡劇とかは爆発していたかもね」

「ああああ、その話はやめてくれええええ!!!」

「あはは、でもそんなところも面白そうだなって思ったの。
 私面白い事が好きなんだ。クラスの皆、普通過ぎてつまらない」

「その点、あなた達二人は面白そうだなって思っていたら予想以上にすごい関係みたい」

「だめだ……。また俺の周りに変な奴が……。そっとしてくれよ……」

 お前こそが面白いやつだよってつっこみを入れたくなるようなその変な女は、
 ゲスな顔をして詮索してくる。

「私、瀬川夏芽っていうの。もう自己紹介してたと思うんだけどな。」

「改めましてよろしくね。そして二人のこと全部教えて?」人のこと全部教えて?」

「部活をつくろう」

「ただの友達だよ。それだけだって」

「へ~。友達に、ご主人様って呼ばせているんだ~」

「うぐぐ……」

「しかも、お弁当も作って貰っているんだって? 二人はもしかして付き合っているの?」

「つ、付き合ってないですよ! こんな人、好きになるはずないじゃないですか!」

 香菜は顔を真っ赤にして否定する。
 そんなに俺と付き合っているって思われるのが嫌なのか……。

「えー。怪しいなー。じゃあ、やっぱり本当に主従関係だったり~?」

 うわー。
 瀬川さんめちゃくちゃゲスの顔しているぞ。
 優しかったあの姿は偽りだったのか。

「これはもう隠し通せないだろ」

「うう……。そうですね。あまりばれたくなかったのですが仕方ありません」

「え、まじなの? まじなの!?」

「ぼくの本当の名前はスカーレッド・プランセス・香菜と申します」

 大学からメイド実習でやって来たこと。
 本当の年齢は十四歳であること。
 俺をリア充に導かないと大学に帰れないこと。

 香菜は大体の事情を説明した。

「なんて、なんて美味しい状況なの?」

「美味しくねえよ!見た目に騙されるな、奴は悪魔だ」

「誰が悪魔ですか! 14歳の女の子に使う言葉じゃないですよ!」

「……ていうか、その年でよく高校生できてるね」

「ぼくは天才メイドですから、書類改竄からの高校潜入なんてイージーです!」

 そんなことやってたのかよ。
 やべえなこいつ。

「へえー。赤姫ちゃん……は偽名だったんだっけ、香菜ちゃんはすごいんだね!」

「えへへ、ありがとうです」

 やばい、調子に乗り出している。

「おい、あんまり誉めるな、調子にのったら面倒くさいぞ」

「決めた!! 私、部活を作る!!」

 唐突に、
 瀬川夏芽は超真剣な表情でそう言った。


「……それは精々がんばってください」

「何言っているの。佐須駕野君も部員になるんだよ」

「はあ!?」

「もちろん、香菜ちゃんも!」

 何言ってんだこいつ。
 香菜もなんか言ってやれ。

「いいですね! ぼく、中高は飛び級だったので部活したことなかったんです。
 部活動、とても面白そうです。ご主人様と同じ部活なら問題もないですし!」

「まさかのノリノリかよ!」

「どんな部活を作るんですかー?」

 めちゃくちゃ顔をキラキラさせてやがる。

「私は二人を見ていてインスピレーションが止まらないの。
 創作意欲が止まらい!」

「だから、なるべくずっと一緒にいてマンガとか、小説とか、音楽とか何かに残していきたいと思うの」

「それは、それは欲張りなことで……一人でやってくれないかな? 
 俺を巻き込まないでほしい」

 俺にはなんのインスピレーションも湧かないんだよ。

「何言っているの! 一緒に生きた証を残していこうよ。それにどうせ暇でしょ?」

「確かに何もしてないけどさ……」

「そうなるとなんの部活になるんですか、文芸部……。でもカバーしきれませんね。」

 こいつはもう入る気しかねえな……。

「そうだね~。よし、じゃあ足跡部だ! 生きた足跡を残すための部活!」

「何やるか部活名からはまったく謎な部だな。そんな部に俺は入らないぞ」

「いいじゃないですか。ご主人様も中学に似たようなこと、してたじゃないですか」

「え、そうなの佐須駕野君? もしかして同士?」

「うわあああ、その話はやめろー!」

「やりましょうよ。部活動」

 香菜は悪い笑顔を浮かべている。
 断ったら、分るよな?と脅しているような顔だ……。

「……やれば、やればいいんだろ」

「いやったー!」

 香菜と瀬川さんはハイタッチした。もう仲良しかよ。

「そうと決まったらさっそく書類作ってくる!
 香菜ちゃんと佐須駕野君も授業遅れないようにね!」

 そう言い残すと瀬川さんは階段に消えていった。

「楽しくなりそうですね。ご主人様!」

「まったくそう思えないんだが……。
 変な部活にいれられて、これ以上変人扱いになっちゃうよ……」

「やってみないと分からないですよ! あ~、楽しくなってきました!」

 香菜が家に襲来してきてどんどん俺の高校生活は変な方向へ向かっていく。

「どうなっちまうんだ……。俺の高校生活」

「狂気のオーディション」

「それじゃあ、気をつけて帰るように」

 帰りのホームルームが終わる。
 本来であれば学校から解放される至福の瞬間。

 しかし今日は訳が違う。

「はい、香菜ちゃんと、佐須駕野君集合!」

「はい、はーい!」
 ノリノリの香菜。

「…………」
 トボトボ向かう俺。

「ほら、佐須駕野君、もっとやる気だす!
 そんなんじゃ足跡、残せないよ?」

「いいか、瀬川さんが残そうとしている足跡。
 それは何れの日か昇華するぞ……黒歴史にな」

「あはは、佐須駕野君、セリフが中二病」

「一正さん言うと、説得力ありますね」

「…………」

 こいつら覚えてろよ。いつか復讐してやる。

「場も和んだことだし、本題!」

「部活動作成申請書を貰ってきました。
 とりあえずここに二人とも記入して下さい」

「分かりました!」

 そういうと香菜は自分の名前と俺の名前を記入した。
 しっかりと俺の名前は俺の筆跡で。

「一正さんが渋る前にさっさと書いちゃいました!」

「香菜ちゃん、ナイス!」

 何だよその無駄スキル。
 もう諦めたから普通に書いたのに。

 ……ん?

「おい、ここに部活動作成を申請する場合は、四人以上が必要と書いてあるぞ!」

 これで、もしかしたら助かるか……?

「お、よく気づいたね佐須駕野君!」

「どうします?
 誰かに幽霊部員として名前貸してもらいます?
 ぼく、既に何人かの筆跡、抑えてますよ」

「なにやってるんだよお前……」

「正直香菜ちゃんと佐須駕野君が居ればそれでいいんだけど。
 せっかくだからやる気満々で面白い人がいいの。
 幽霊部員は士気が下がっちゃう」

「なるほど! 確かに活発な方がきっと楽しいです!」

「ということで私は授業中に部員募集のポスターを作っておきました!」

「ちゃんと授業受けろよ……」

「一ヶ月も学校に来ない人に言われたくないな」

「ぐぬぬ……」

 痛いところを突いてくる。

「私が作ったポスターはこれ!」

 足跡部『生きた証を残す部活』
 私達は同士を後一人募集します!
 自分の生きた証を何か形にしたい人。
 三日後の放課後オーディションを行うので105教室まで来て下さい!

 これに俺達三人のイラストが描かれたポスターだった。

「わー!  瀬川さんイラスト上手ですね」

「有り難う香菜ちゃん! 後香菜ちゃんは夏芽って呼んで」

「分かりました夏芽さん!」

「いちゃついてるところ申し訳ないけど、
 オーディションなんて誰もこないだろ」

「ふふ……それはどうかな」

 なんだその不敵な笑みは……。


 

 そして三日後の放課後

「うそだろ……!?」

 何が起きているんだ。
 こんな怪しい部活のしょうもない一席を求めて、

「30人近くいる……だと!?」

「ぼく達の部活、大人気です!」

「でもなんか、男ばっかりだな。
 こいつらまさか……!?」

「ふふ、察しの通りだよ。
 私と香菜ちゃん、一年生の女の子の人気トップ1、2らしいよ」

「まじかよ……。実態を知らないばかりに」

「むむ、失礼な!
 まあでも、この部活に入ればライバルは噂の変人の佐須駕野君だけ。
 これだけ人が来るのは予想通りだよ」

 お前こそ失礼だよ。
 でもその通りだから何も言えない……。

「それでは皆さん、オーディションを開始します。
 今回進行役を務めさせて頂きます赤姫香菜です。
 どうぞよろしくお願い致します!」

「ふうううううう!」

 会場は大盛り上がり。
 本当にあいつ大人気なんだな……。

「それでは一人目の方、お願いします!」

「はい。僕が今までに懸けてきたことは数学です!」

「円周率行きます!!」

 こうして狂気のオーディションの幕が上がった。

「たんぽぽの暴走」

「あーその次は3ですね。次は7」

「そんな……僕より円周率を覚えているなんて……。
 うわああああああ」

 一人目の彼は香菜に円周率の暗記で敗北し、教室から勢いよく去って行った。

「ちなみにネイピア数は 2.718281828……」

「分かった。お前のすごさはもう分かったから」

「ふふふ、勉学なら負けませんよ」

 いや、円周率とかネイピア数の小数点覚えるのは意味あまりないだろ……。
 すごいけどもさ。

「おいおい……。こいつは一筋縄では行かなそうだぞ」

「やべえよ僕、物理で行こうと思っていたのに」


 一人目の完膚無きまでのやられように会場に緊張感が走っている。

「さてテンポよくいきましょう。
 二人目の方、お願いします」

「ふふ、僕の出番か……!
 僕は二年の蹴球 盛男(けりだま さかお)だ!」

 あ、あいつは……!

「おー、サッカー部のエースさんじゃん」

 ふんぞり反って眺めていた夏芽も意外な来客に前のめりになっている。

「瀬川夏芽さん、いや夏芽部長。
 ぼくはサッカー部だけど、この部に是非入りたい。
 兼部を認めてほしい」

 ははーん。こいつは瀬川さん狙いだな 。
 目が必死だ。

「認めるよ。でも、まずはこのオーディションで今までの足跡を示すのだ!」

 瀬川さん、先輩相手にも上から目線なのね……。

「ありがとう……!
 当然ぼくの足跡はサッカーさ! いくぞ! 華麗なリフティング!」

 おー確かに上手い。これは好評価か……?

「それ、たぶん私もできるね。
 ボール貸して」

「なんだって? この高等テクニックをできるわけが……」

「いいからよこす」

「は、はい」

 そう言って、盛男先輩から強引にボールを受け取ると

 夏芽は

 本当にそっくりそのまま

 ……むしろそれ以上のテクニックを披露した。

「う、うそだろ……。僕より上のテクニックを持つ人がこの学校にいるなんて……。
 しかも、一年生の女の子……」

「うわああああああママアアアアア」

 そうして盛男先輩は叫びながら、またもや勢いよく教室から去っていった。

「すごい! 夏芽さん!
 ぼくも運動は好きですが、夏芽さんの足元にも及ばないです!」

「えへへ、ありがとう香菜ちゃん」

「瀬川さん、サッカーやってたの? 上手すぎでしょ」

「いや、別に。ちょっと運動得意なだけだよ」

「いや、ちょっとってレベルじゃないだろ……」

「まあまあ、私のことは置いといて次いこ!
 時間は有限だよ」

「そうですね。それでは次の方……」


 かわいい女の子を求めてやって来る男共の発表会なんぞ
 そりゃ格好いい所をみせようとするさ。

 その結果が勉学方面では

「……であるからこの熱定数から」

「ハイパーサーミアで腫瘍が加温できますね♪」

「あああああああああ!」

「……つまりナチスからユダヤ人を守ったその人は……!」

「樋口季一郎さんですね!」

「あひーん」

 と次々、香菜にボコボコにされる。
 それならば運動だ! と体力自慢に出ても

「ラケットのフレームでリフティング!」

「私、それもできるね」

「僕は縄跳び!」

「あー、私のほうが上手だね」

 と瀬川さんに潰される。
 ていうか教室で運動自慢は少し厳しいだろ……。


「お前らそんな才能あるなら、他の部で活かせよ」

「なに言っているの。自分で作った部活の方がおもしろよ。
 それに運動したいわけじゃないし」

 こうやって才能が無駄になるのか。

「私は香菜ちゃんと佐須駕野君を見て沸き出すインスピレーションを形にしたいだけ」

「インスピレーションねえ……」

「ぼくは一正さんと一緒ならどの部活でもいいですよ」

「ちょっとお前、その発言はやばい……!」

 そんな誤解される発言はやめろ!

「何であんな噂のやらかし野郎に……くそが」

「あのポジション奪ってやる……」

 ほら、香菜のファンから睨まれる。

「いじめられちゃうだろ!」

「あーもう、気にしいですね」

「お前が気にしなさすぎなんだよ!」

 本当に勘弁してくれ。

「殺す……」

 ええええ、そこまで憎まなくても。
 そんなに香菜のこと好きなの……。

 って女の子?

「はいはい次いきますよ」

「それでは23番目の方お願いします!
 お、今日初の女性の方です!」

 げ、さっきの殺すとか言ってた奴じゃねえか!

「始めまして、赤姫さん。私は一年四組の葵 蒲公英(あおい たんぽぽ)と言います!」

「すごい名前のやつが来たぞ……!」

「そんなこと言わないの佐須賀野君。それに君の苗字の方がすごいよ」

「それは言わない約束だろ」

「そんな約束をした覚えはないよ」

 そんな風に瀬川さんと初めての女の子登場に浮き足だっていると、
 たんぽぽちゃんは飛んでもない足跡を残し始めた。

「私は大それた経歴なんてのはないんですけど、足跡は最近残し始めました。
 赤姫香菜さん、貴方が大好きです!!!」

 ええええ、何言い出してるのこの子。
 さっきの殺すの意味ははやっぱり俺を殺すで合っているのかよ!

「見た瞬間ですかね、一目惚れってやつです。私に電撃が走りました!」

「香菜ちゃんのくりっとした目が好きです。香菜ちゃんの小さくてスラっとしてる体が好きです」

「それにその綺麗な肌! とても美しい髪! 全部好きです!」

「そして、香菜さんは誰にでも親切なことや、すごく頭がいいことも知りました」

「そんな香菜さんをどんどん好きになってしまう、私がいるんです!」

 こいつ…完全に本物だな。
 お気の毒に……。
 いや、ここまで好きになってくれる同姓なんて中々いないからおめでとうかな?

「や、やめてください、葵さん、恥ずかしくて死んじゃいます……」

 やっぱり、あいつ褒められ下手だな。これは見ていてめちゃくちゃ面白いぞ。

「あの子……おもしろい」

 瀬川さんの目がキラキラしている。

「とにかく、香菜さんへの思いこそが私の残す足跡です!」

 いや、意味わかんねえよ。
 でも、面白いからもっとやれ。

「おもしろい……! 面白いねたんぽぽちゃん! いい足跡だよ!」

 瀬川さんは大変ご満悦のご様子である。

「簡便してください夏芽さん。ぼくはもう、なんていうか、限界です!
 お気持ちは非常に嬉しいですが、この愛に耐えられる自信がありません」

「何言っているんだ香菜! ちゃんと応えてやれ!」

「うるさいですよ!」

 困っている香菜をいじるのはとても楽しいなあ。
 散々やられっぱなしだったからこれは当然の逆襲だ!

「すみません……。香菜さん、困らせてしまったみたいで……。
 ですが私はこの一緒の部活に入れるチャンス、絶対に掴んで見せます!
 見ていてください香菜さん!」

「あの子、やる気も他の人と段違いだね……」

 瀬川さんはそう言いながら頷いている。
 決して足跡部にやる気があるのではなくて香菜に興味があるだけだろ。

 しかし、さすがの一正でも、もとい佐須駕野一正でも
 この状況はとても愉快なので黙っているのである。

「変態ぽぽちゃん」

「それでは、全員の審査が終わりましたので結果発表をしたいと思います……。
 皆さまお疲れ様でした……」

 ほとんどの連中は、香菜と瀬川さんにボコボコにされて教室から逃げて行ったけどな。

「審査方法は3人の票が一番多い方となります……」

 香菜はなんとなく自分のつらい未来察しているからか、元気がない。
 それでもちゃんと司会としての仕事を全うしているのは、何というか健気だな。

「発表は、部長である夏芽さんから行わせてもらいます……」

「代わりまして足跡部、部長の瀬川夏芽だよ。
 いや~皆さん、非常に面白い足跡を残してくれたね」

 お前らがほとんど踏みにじったけどな。

「それでは勿体ぶらずに発表しましょう!
 今回、オーディションを勝ち抜き栄えある足跡部の一人になるのは!」


「葵 蒲公英ちゃん! 君だ~~!」

「やりましたよーーーー!!!」

 当然票の内訳は葵さんに俺と瀬川さんの2票が入ったのである。
 
 香菜は適当に誰かに入れたみたいだが、無念。多勢に無勢とはこのことである。

「ううう……やはり、こうなってしまいましたか。
 夏芽さんはともかく、一正さんは面白がって入れただけですよね!」

「何を暴論を! 俺は一番やる気を感じた葵さんに入れただけだ!」

「はいはい、そこ喧嘩しない。もう時間も遅いし帰るよ。
 明日から本格的に活動開始だ!」

 確かに、いつの間にか19時に近い時間になっている。
 30人近くオーディションしたしな。
 結局、葵さん含め香菜と瀬川さん目的の奴しかいなかったけど。

「よーし、それじゃあ帰るか」

「待て、私はお前に用があります」

「ひぃっ」

 突然、葵さんが後ろから肩を掴んでささやき声でそう呟く。

「あ、香菜さん、部長! これからよろしくお願いします!
 それとちょっと佐須駕野くん借ります」

「了解~。二人とも遅くならないように」

「はぁ……。まあ、悪い子じゃないとは思うのでがんばりますか……。
 あ、一正さん、それではお先に失礼しますね。夕飯作って待っています」

 おい、バカ。毎日夕飯作ってくれてるの学校では隠してたんじゃないのか。
 落ち込み過ぎて油断しているぞあいつ。
 しかも最悪のタイミングだ。

 こうして、賑わいを見せていたクラスには葵さんと俺の二人きりとなった。

「夕飯ですと? 詳しく教えてください。返答次第では……殺す」

 ほら、面倒な事になった。

「い、いや違うんだ。落ち着いてくれ。これには深い訳があるんだ」

「あんなに可愛い香菜さんとお前なんかが付き合えるわけがないはずです。
 何か握っているんでしょう、弱みを!」
 
 いや、弱みを握られているのは俺の方だから。
 お前は香菜が聖人君子みたいに見えている様だが実態は全然違うぞ。

「と、とにかく落ち着いてくれ。
 いいな、こうなってしまった以上は全部教えてやる」

「俺は元々引きこもりだったんだ。それは知っているな。
 それを何とかしようと香菜はプリンスド大学とやらから実習できたメイドなんだよ」

 だめだー!!! こんな話、誰が信じるんだ!

「え、香菜さん。なんて優しいんですか……。惚れ直しました」 

 あ、こいつ香菜のことになるとアホになる奴だ。
 俺も大概だけど、こいつさてはそれ以上だな。

「ということは、香菜さんは大学生なんですか?
 あの見た目からは信じられません。まるで中学生みたいですよ。守りたくなります」

 守りたくなるって……。
 
「確かにあいつは大学4年生らしい。しかし実際の年齢は14歳なんだ。
 あいつはなんと飛び級ってやつだ」

「おおおおお! さすが香菜さん、だからあんなに頭が良いんですね!
 それでいて、あんなに可愛くて……。性格もとても優しくて……」

「見てください、この写真! この後ろ姿! この横顔!」

 え……。こいつどうやってそんな写真を!?

「お前、その写真どうしたんだ? ま、まさか隠し撮り……?」

「……ハッ! 興奮しすぎました。い、今のは忘れてください」

「忘れねえよ! お前の愛は行き過ぎだよ! 盗撮って!」

「あああ! 絶対このことは香菜さんには秘密です! お願いします!
 もし、もしも香菜さんにこのことを知られてしまったら、ドン引きされてしまいますよ!」

 いや多分もうドン引きされていると思うけど……。
 まあ、これは美味しいことを知ってしまったようだな。

「ハッハッハ! 確かに俺も大概だが、お前はそれを超える変態のようだな!
 なあ……たんぽぽちゃん? いや、ぽぽちゃん!」

「ぽぽちゃん!? そんな呼称で私を呼ぶなー!
 それに、お前ずるいですよ。香菜さんがメイドだなんて!」

「お前じゃない、佐須駕野 一正だ!」

「知っていますよ。貴方クラスではサッスガーノって呼ばれていますね?」

「っく……。痛い所をついてきやがって。変態ぽぽちゃんの癖に……」

「とにかく、香菜さんがメイドなんてずるいです。解放してください!
 そして、私のメイドに……ぐへへ」

「あいつ、メイドとして俺を立派な人に導かないと大学卒業できないらしいぞ」

「ぐぬぬ……。こんなやつを立派にだなんて、無理難題を……」

 余計なお世話だよ。
 言い返す言葉も見つからないけど。

「こうなったら、私が香菜さんを助けるしかありませんね。
 晴れて同じ部活にも入れたことだし、頑張りますよ。見ていてください香菜さん!」

「じゃあ、そういうことで失礼します。
 あ、隠し撮りばらしたら殺すからなサッスガーノ」

 そう言い残してぽぽちゃんは去っていった。
 面白がって票を入れてしまったが、あいつあそこまでの変態だったなんて。
 しかも相当俺を嫌悪しているようだし……。

「部活かあ……。変な部に変な部員しかいないし、どうなることやら」

「メイドがメイドカフェ」

 葵 蒲公英、もといぽぽちゃんとの会話を終えやっとこさ家に辿り着いた。
 今日はなんだかとても長い一日を過ごしたような気がする……。
 帰ると、香菜が夕飯を作って待っていてくれた。

「すまんが俺とお前の関係話しちゃったよ」

「まあ、仕方ないですね。同じ部員ならそのうちばれそうですし」

「それにしても、詳しくは言えないけどぽぽちゃんやべえぞ。
 お前のこと大好きだな」

「うう簡便してくださいよ。ああいうの苦手なんですよ」

 自分では天才とか、可愛いとか言うくせに人から褒められるのは苦手なんだよなこいつ。
 そういうところだけは少し可愛いな。まあ、それ以上に非道だけど。

「まあ、明日からもがんばれな」

「有り難うございます。じゃあ今日は失礼しますね」

 夕飯を食べ終え、後片付けをしてからいつものように香菜は帰っていく。

「そういえばお前ってどこに住んでるの? 近いん?」

 ふと、気になったので聞いてみた。
 その辺に下宿しているんだろうなと思っていたがその返事はまさかの斜め上であった。

「いえ、近くの山でサバイバルしてます」

「は? サバイバル!?」 

「本当はご主人様の家に住むのが通例なんですが、その、初日に胸とか唇を弄ばれたことから怖くて……」

 わざとやったわけではないが、少し悪かったと思っているので何とも言えない。
 そんなことより、サバイバルってこいつ正気か?

「いや、女の子が山でサバイバルって危ないだろ!」

「ふふふ、ぼくのサバイバル術は完璧です。木の上に仮設のテントをつくってあるのでばれませんよ。
 洗濯などはコインランドリーを利用してます!」

「いや、さすがに親御さんがなんか言うだろ!」 

「家に逆らっているのでお金はもらえません。家のことは聞かないでください」

 なんか深い事情があるのか……。
 まあ、そうでもないとこんなに早く一人立ちしようとは思わないかな?

「大学から充てられる費用では賃貸するには足りませんし」

「そうは言っても、さすがに14歳の女の子の山暮らしなんて見過ごせねえよ」

 でも家に泊めるわけにもなあ……。狭いし。

「とりあえず、瀬川さんとぽぽちゃんに聞いてみるか」

「いや、ぼくは山で大丈夫ですって」

「だめだ。これはご主人様命令だ! お前の学生証に書いてあったぞ『ご主人様の命令は絶対』と」

「ううう……」

 さっそくSNS内で今日作った足跡部のチャットを使い、しばらく泊めれる人がいないか聞いてみた。
 当然、手をあげたのはぽぽちゃんである。

『はい、はい、はーい! 是非私の家にきてください! 少しの間といわずに、ずっと居てください!』




「足跡部、第一回目の活動を行いたいとおもうよ!」

「わ~い!」
 ぽぽちゃんと、香菜は二人で無邪気に喜んでいる。
 ちょっとは仲良くなったのかな?
 ……いやそんなことより

「わ~いじゃねえよ! 部室狭すぎだろ!」

「しかたないじゃん。ここしかあいてないって言われたし。あるだけ感謝だよ」

 使ってないからと与えらた、足跡部の部室は美術部の道具倉庫である。
 教室の三分の一の大きさもない。ここに長机一つとイスが4つあるだけである。
 狭すぎて4人列に並んでいる。

「とにかく、一回目の議題はずばり、香菜ちゃんの住まい問題だよ!」

「そんな、ぼくの住まいなんてわざわざ部活で悪いですよ」

「何言っているの。部員のピンチを見過ごすことはできないよ」

 瀬川さんって意外に面倒見いいよな。
 
「それにお前、ずっとぽぽちゃんの家にお世話になるつもりか?」

「うう……。たしかにそれは申し訳ないです」

「何言っているんですか、香菜さん。私の家にずっと居てくれて構いませんよ!
 家に香菜さん成分が充満していて、私も幸せです!」

 確かに、ずっとこの調子は香菜もつらいかもしれないな。

「まあ、ずっとっていうのは現実的に厳しいと思うよ。
 やっぱり、お金を稼いでアパートを賃貸するのがいいと思うんだ
 と、いうことで明日は丁度休みだしアルバイト探しにいくよ!」

 ずっとぽぽちゃんの家に泊まるって言っても限度はあるし、やっぱりどこか賃貸するしかないよな。
 サバイバルなんてアホすぎる。何か起こってからでは遅いのだ。

「ずっと私の家に居ていいのに……」



 そうして翌日、足跡部は香菜のアルバイト探しのために招集させられた。
 しかし、どうしてその場所がここなんだ。

「なんで集合が秋葉原なんだよ!」

「ここが秋葉原……!」

 香菜はやけに目がキラキラしているな。

「は~。香菜さんのメイド服姿最高ですね……天使です」

 ここ最近ずっと制服姿だったからメイド服姿を見るのは初めてか。
 確かにちょっとかわいいけど、ぽぽちゃんよだれが垂れてるぞ……。

「だって、香菜ちゃんメイドでしょ? ということはやっぱり一番に頭に浮かぶのはやっぱりここでしょ」

 え、まさか瀬川さん。
 でも、ここのそれは本職のそれとは少し毛色が違うような……。
 それにしても香菜はいつもよりテンションが高めだな。

「へえ~。へえ~! ぼくが見たのと一緒です」

「香菜さん、テンション高めですね! そんな香菜さんも可愛いですね~」

「だってそいつ隠れオタクだから」

「え……! な、なにを言っているんですかご主人様……!」

「バレバレだぞ。乙とか中二病とか国外から来た割にはスラングよく知ってんなと思っていたが、この秋葉原での浮かれようで確信に変わったぜ!」

「だ、だって日本の文化としてアニメが紹介されてて、ちょっと触れてみようと思ったらとても面白くて……うう」

「だー! ごめんって。俺もアニメとか漫画とか好きだから。
 そんなに落ち込まないでくれ」

「オタクな香菜さんもかわいいです……!」

「ぽぽちゃんはもう全肯定だな……」
 
 香菜の隠れオタクを暴きながら秋葉原を散策していると
 突然、客引きをしているフリフリ服のメイドさんから声をかけらた。

「あなた、可愛いメイドさんね! コスプレ?」

「え、コスプレじゃないですよ。 ぼくは現代メイド養成学校の生徒ですから」

「うそ! もしかしてプリンスド大学?」

「一応、そうです」

 え、もしかしてその界隈じゃ有名なの?

「これを待っていたよ! 香菜ちゃんの可愛さなら絶対スカウトされると思ったの!
 そこのメイドさん。この子アルバイトを探しているの。是非どうかな?」

 やっぱり、瀬川さんは香菜にメイドカフェでアルバイトさせるつもりだったんだな。

「え、是非うちの店に来てよ! プリンスド大学の子なら大歓迎だと思うよ!」




「うう、ご主人様、お嬢様。ぼくがジュースを美味しくする魔法をかけます……。
 み、みっくすじゅーちゅ……、おいしくなあれ……、まぜまぜ……」

 香菜はいつものメイド服からフリフリのメイド服へと衣装を変え、さっそくアルバイト体験をしている。
 とりあえず、俺たちがお客として練習しているが、これはこれは……。

「おい、香菜! 元気がないぞ! もっと元気よく!」

「む、無理です。 恥ずかしすぎます……」

「大丈夫ですよ香菜さん。めちゃくちゃかわいいです」

 いや、ぽぽちゃん。お前鼻血だしてるぞ。
 もうリアクションがおっさんじゃねえか。

「ダメだよ香菜ちゃん。お金をもらうということはそれなりの対価が必要なんだよ。がんばれ!」
 
 瀬川さんは応援しているが、顔がにやけている。
 絶対面白がっているだろ。

「なんとなく知ってはいましたが、日本のメイドに対するイメージは絶対間違っています……」

 本職メイドが言うと言葉に重みがあるな。
 俺は正直、日本版メイドの方が好きだけど。

「いいね~かなにゃん。もうかわいすぎ、採用!」

 さきほどのスカウトしてくれたメイドさんは顔を輝かせている。
 こいつのここでの名前は『かなにゃん』なんだな。お気の毒に。

「鬼畜爆誕」

 メイドカフェで香菜の雇用契約を済まし、第一回の足跡部の活動は解散となった。
 香菜と二人で帰っているのだが、やはりメイド服の女の子と歩くのは視線が痛い。
 でも、段々慣れてきてしまっている自分がいる……。
 
「かなにゃん、お疲れ様。よかったじゃないか前金でそんなにもらって」

 事情を話すと香菜をスカウトしたメイドカフェ「めいどり~む」の方々はなんと前金でアパートを借りれるだけの金額をくれた。
 この特別待遇、そんなに香菜を雇いたかったのか。

「その名前で呼ぶのはやめてください……」

「まあこれで、やっとまともな所で暮らせるじゃないか。
 もうどこにするか決めてんの?」

「当然ご主人様の隣室ですよ。丁度開いていますし」

「はあ? ふざけんなよ!」

 これ以上俺のプライベートを侵食しないでほしい。
 
「ふざけてないですよ。本来は同じ家に住むんだからマシなほうです。
 より近くで、ご主人様を立派な人に導きます」

「ていうかさ、お前が散々言う、その立派な人ってどうすればいいの? 頑張って登校もしてるし」

「ぼくがいなくなったらご主人様はきっと、また引きこもりますよね」

 う……。確かに悔しいが、その通りだと思う。
 結局自分で作った友達はいないし、足跡部も香菜がいるから俺もいるようなものだ。
 孤独に逆戻りするくらいなら、そりゃ自宅警備に決まっている。
 というか、今も普通に学校つらいし、弱みさえなければ行っていない。

「ぼくは色々勉強してきたんですが、やはり高校生の理想像といえばリア充だと思うんです」

「お前、その勉強につかった教材、絶対アニメとか漫画だろ」

「うるさいですね。とにかく立派なのには変わらないと思います!
 お友達に囲まれ、恋人もでき、文武両道……そんな人になってもらいます」

「想像できねえ……」

 なんだ、その完璧超人は。
 それに、こいつ人の恋路までサポートする気なのだろうか。



 
 結局、香菜はその日中に本当に俺のアパートの隣室を借りる契約を結んだ。
 そして、俺はもはや倉庫と化していた近くの山の香菜の仮住居から荷物を運ぶ手伝いをさせられた。
 まじで山に住んでやがったのかこいつ……。

「お、香菜の下着発見。かわいいやつばっかだな!」

「死んでください!!!」

「痛え!」

 相変わらず、香菜のビンタはすごく痛かった。



 休日明けの放課後、またもや俺達は超絶狭い部室に招集させられた。
 相も変わらず、俺たちは4人列に並んでイスに座っている。 

「第二回足跡部、活動会議を始めるよ」
 
 瀬川さんは嬉々として開催を宣言する。

「おい、まさかこの部活毎日やる気か? さすがにやってられないぞ」

「えー、そんなこと言ってていいの? 今日は佐須駕野君のための部活だよ」

 どういうことだ。俺のための部活? いやな予感しかしないぞ。

「サッスガーノのために何かするなんていやなんですけど」
 
 ぽぽちゃんは不満げな顔をして、文句を垂れている。
 俺だってお前に何かされるほど落ちぶれちゃいねえよ。たぶん。
 
「まあまあ、たんぽぽちゃん。これは香菜ちゃんからのお願いなの」

「え、そうなんですか! そういうことならぜひ喜んで」

 ぽぽちゃん……。お前はもう香菜の奴隷か何かか?

「香菜、お前のお願いって何だよ」

「ぼくが夏芽さんにした相談は、ご主人様にもっと友人を作ってほしいということです」

「ぷぷぷ、サッスガーノ、友達いませんもんねー」

「余計なお世話だよ! ほっといてくれ」

 ついに香菜、部活にまでこの内容をぶち込んで来たか。
 
「まあ、確かに佐須駕野君の友人事情は相当つらい状況だからね。
 香菜ちゃんの立場的には見逃せないよね」

 瀬川さんはしたり顔でそう言うが、心の中ではきっと『面白い事を見つけたぞ』としか思っていない。きっとそうだ。

「ちくしょう! 俺の悲しい惨状で面白がりやがって! ほっといてくれよ!」

「本当にほっといていいの? 悲しい惨状というのは、友達がいないってことだけじゃないよ」

 瀬川さんは意味深に俺にそう呟く。
 どういうことだ? 友達がいないこの状況を悲惨と例えたわけじゃないのか?

「友達がいない以上の悲惨とは何だ? おれはさらに虚しい奴なのか?」

「虚しい、というか悲しいの方がピッタリかな。
 どうやら佐須駕野君はとんだ鬼畜野郎ということになっているらしいよ」

「ぼくは、違うって弁解しているんですけどね……」

「鬼畜野郎だと!? 俺は痛い自己紹介と、惨めな逃亡劇しかしてないはず! どこに鬼畜要素があるんだ?」

 教室の休み時間にほとんど寝た振りをしている俺が虚しい奴というレッテルを張られるのは分かる。
 しかし、鬼畜と呼ばれる筋合いはないはずだ。

「佐須駕野君は私と香菜ちゃんの弱みを握ってハーレムを築こうとしている糞野郎だと思われているようだよ」

「はあ!? なんだそれ?」

 何故こんな状況になっているかを瀬川さんは丁寧に教えてくれた。
 まず、やけに香菜が俺の世話をしようとしているが、俺が香菜と付き合えるはずがないという事から弱みを握っているのではと噂が広がった。
 そんな噂が広まっている所にいつの間にかもう一人の人気の女の子である瀬川さんと部活を結成することになり、嫉妬と怨念が噂を誇張させ、いつの間にか鬼畜野郎サッスガーノという像ができてしまったそうだ。

「私も、『脅されいてるんでしょ?』って聞かれても否定してるんだけどね~。
 効果なしだね」
 
 瀬川さんは脅される様な奴じゃないよ。
 超絶マイペースで面白い事にしか興味ない変態だぞ!

「それに、前回のオーディションで全ての男の子を追い返して、たんぽぽちゃんを部員にしたのも、佐須駕野君の陰謀ということになっているみたいだよ」
 
「ふざんけんな! 香菜と瀬川さんがボコボコにしただけだろあれは!」

「まあ、私も香菜さんは弱みを握られていると思っていましたしね。
 しかもサッスガーノは実際にそういう事をするやつですよ!」

「ポポちゃん。それ以上は気をつけろよ?」

「ひい! すみません。黙っています……」

 俺は知っているぞ。秋葉原の時もお前が香菜を隠し撮りしまくっていたことを。
 余計な事を言うのはお互いのためにならないぞ。

「とにかく、ご主人様は友達がいない。というよりもはや、友達をつくるのが困難。という状況に陥っているんです」

「そんなあああ! もう、学校なんて来たくねえええ」

 俺はもう、人気者になりたいとか中心人物になりたいという願望はない。
 平穏に高校生活を過ごしたいだけなのに……。

「このままじゃそのうち始まっちゃうね。いじめってやつが……」
 
 瀬川さんは神妙な顔をしてそう呟く。
 怖い事言わないでくれ。

「そんな事態、私が許すわけがないよ! というこで私が作戦を考えたよ」

 なんて面倒見がいいんだ。少し惚れそう。
 ……なんてことは全く思わない。嫌な予感しかしない。

「作戦名はずばり、
 『さすがだ、佐須駕野君! 林間学校で大活躍、そして人気者!』だよ」

 嫌な予感的中。
 絶対、面倒くさい事態に巻き込まれる予感しかしない作戦名である。

メイド界からこんにちは!

メイド界からこんにちは!

流石の引きこもりでもなかなかここまで拗らせたやつはいない。 新しい高校生活、新しい場所、新しい出会い。 ……にもかかわらず夏を前にさっそく引きこもっちゃってる佐須駕野一正は一級ヒッキー! ある日目覚めるとそこには自称天才メイドを謳う自称大学生の中学生っぽい女の子 スカーレッド・プランセス・香菜がいた。 『14歳の大学生メイドが引きこもりを救って立派なリア充高校生にしてみせる!』

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第一話「メイド界からこんにちは!」
  2. 「メイドは学校までは付いてこない……よね?」
  3. 「天才メイド、彼女は手段を選ばない」
  4. 「委員長がストーカーな訳がない」
  5. 「部活をつくろう」
  6. 「狂気のオーディション」
  7. 「たんぽぽの暴走」
  8. 「変態ぽぽちゃん」
  9. 「メイドがメイドカフェ」
  10. 「鬼畜爆誕」