【ららマジ翼SS】温もりは麻薬【後編】

Q.何か言うことは?
A.更新遅れてメンゴメンゴ〜☆

Q.は?
A.受験明けで立て込んで色々大変だったんです! 土下座して白旗上げるので許してください!

Q.てかコレだけ文字数多くない? 馬鹿なの?
A.クライマックスでやりたい事が詰まってたから、つい筆が走り過ぎた。反省してない。

Q.メインストーリーと食い違うところあるよね?
A.メイン更新で色々誤解が露呈しましたね……。後編では大体反映したけど、前中編については多少書き直そうかなあ。
・夢世界へは精神だけでなく肉体ごと転移する(授業中、智美と会話してたところに突然調律始めたら色々ヤヴァイ)
・調律は基本的に一発勝負でやり切るべきもの(ウチでは往復しすぎ。でもサプライズパーティとかでは何度かトライしてるからセーフなのか?)
・チューナー本人にも戦闘能力があるらしい(翼の中で翼を召喚するみたいな回りくどいことせんでも良かった)

Q.お前実は菜々美推しだろ?
A.違う、今のは菜々美が勝手に!

Q.ヤンデレ成分が足りないぞオイ
A.自分でもライトだなーと思いながら書いてたので、苦情は受け付ける。一口にヤンデレと言っても、人によって期待するものが大分違ったりしますからねー……。

Q.ハイクを読め。カイシャクしてやる。
A.リクエスト 感想くれると うれしいな

\アバーッ!!/ (しめやかに爆発四散!)

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 転移した僕らの目の前に現れたのは、さっき僕らがいたのと同じ部屋だった。紗彩が僕をジトッとした眼で睨みつけてくる。
「……ちょっと、夢世界への転移まで失敗してるんじゃ、チューナーとして完全に形無しじゃないのよ」
「――いや、失敗ではないのニャ」
 そう言いながら、ホニャが現れた。
「アンタ、どうしてここにいるのよ?」
「こっそりついてきたに決まってるニャ。そもそも私がいない状態で夢世界に潜っても帰って来れないのを忘れてないかニャ? まあ、チューナーは私がついて来てることも承知の上だったろうが……」
「ま、まあね」
 ……翼のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。しかし、相変わらずホニャは僕を信頼しているようで、気にせず話を続ける。
「それより見るがいい。ベッドにいたはずの翼がいない。それに周囲がやけに静かだニャ。そして部屋には私と、チューナーと、紗彩の三人だけ……ん?」
 ホニャの言う通り、部屋は先ほどより薄暗く、建物からは人の気配が消えたようだった。そして部屋にいるのは僕と紗彩とホニャだけ……あれ?
「え? 菜々美はどこに行ったのよ?」
「もしかして、はぐれた?」
「どうやらそのようだニャ……」
「これ、まずいんじゃないの? 菜々美、ただでさえナーバスな状態だっていうのに、よりによって翼の夢世界で一人きりだなんて……」
「言っても始まらない。探しに行こう」
「チューナーの言う通りニャ。翼の自我も探さないといけないしニャ」
「あーもう、調子狂うわホント!!」
 部屋を出ると、暗い廊下が延々と伸びていた。そして闇の中にはもぞもぞと蠢く影が――。
「ノイズがいるニャ! チューナー、紗彩!」
「くっ、無事でいてよ、菜々美!」


 夕焼けに染まった人工池のほとり。気付けば、私はそこにいた。
「あれ、チューナー君? 紗彩ちゃん?」
 もしかして、転移してる間にはぐれちゃった? 慌てて周りを見渡すと、向かい合ったまま佇んでいる二人の男女を見つけた。
「あれは――!?」
 そこにいたのは、チューナー君と翼ちゃんだった。もう翼ちゃんの自我と合流できたんだ、流石はチューナー君――そう感心しつつ、声をかけようとすると――
「……わ、私、チューナーのことが好きです! 私と付き合ってくだしゃい!」
 翼ちゃんが言い放った言葉に、私は凍り付いてしまった。これって告白だよね……? 私には言い出せなくて、翼ちゃんが一足先にやり遂げた、告白。もしかして、これは翼ちゃんの記憶?
 チューナー君は呆然としていた。何が起きたか分からない、という風に。私はチューナー君の返事が気になって、すっかり声をかけることを忘れていた。
 けど、いくら待っても、チューナー君は何も言おうとしなかった。慌てふためくチューナー君の姿はよく見てきたけど、こんなに衝撃を受けたような様子は見たことがなかった。私が告白した時は、チューナー君はこんな顔はしなかった――そのことが、私の胸に深く突き刺さった。思わず胸を押さえる。苦い、すごく苦いよ……。
 やがて、翼ちゃんの方から再び口を開いた。
「あ、ゴメン! いきなりでビックリしちゃったよね! 返事は今すぐじゃなくていいから……考えておいてくれないかな?」
「う、うん」
 翼ちゃんは苦笑しながら、
「今日はここでバイバイしよっか! チューナー、また明日ね! お返事待ってるから!」
と言って、足早に立ち去っていった。それでもなお佇んでいるチューナー君に、私はフラフラと歩み寄っていく。
「ちゅ、チューナー君?」
「……」
 チューナー君は人工池を眺めるだけで、私には目もくれない。頭がかき回されるような感じがして、訳も分からないままに言葉を紡ぐ。
「私、チューナー君のことが好きです。今なら、今なら間に合いますよね? チューナー君! こっちを向いてください!」
「……」
「チューナー君!」
 チューナー君に駆け寄ろうとした瞬間、ブワッと景色が暗転した。私は真っ暗な空間の中に飲み込まれてしまう。
「何も、見えない……」
 前後左右も距離感も掴めない気持ち悪さで、私はさらに頭が真っ白になった。怖い一心でただ叫ぶ。
「チューナー君! チューナー君!」
――prrr...
 突然、着信音が鳴った。すぐにピッと電話に出る音がする。
『もしもし、チューナー!? 起きてる?』
『うん。翼もまだ起きてたんだね。メール、見てくれた?』
これは、翼ちゃんとチューナー君の声? でも周りには誰もいない。どうやら私は暗闇の中で、二人の電話を聴いているらしい。
『見たよ! えっと、その……』
『僕からもちゃんと気持ちを言うね。僕も翼が好きだ。僕と、付き合ってください』
「あ……」
 分かってた、分かってたはずの返事なのに、私はその言葉を耳にした途端に崩れ落ちてしまった。涙が、とめどなく溢れてくる。目の前は真っ暗。何も見えない中で、ただ残酷な会話だけが次々と私の耳に流れ込んでくる。
『……うん! 喜んで!』
『良かった~。実は、さっきから心臓がバクバクして仕方ないんだ』
『私もだよ! 夕方に、チューナーと別れてからずっと……っ……』
「チューナー君! チューナー君!」
 電話の声をかき消すように、喉を枯らして叫ぶ。それでも二人の会話は私の頭の中にスッと響く。
『も、もしかして泣いてる?』
『いや、ちょっと、安心したら涙が出てきちゃって……チューナーに嫌われちゃったらと思うと息が苦しくなって、本当に怖かったから……』
『不安にさせちゃってゴメン』
 チューナー君の優シい声ガ、私ノ胸を引キ裂イテいク。私ダッテ泣イテイルノニ――。
「ぅぁ……ぁ……」
『ううん、チューナーも気持ちの整理が必要だったのは分かってる。それに、こうやって……その、両想いに、なれたんだもん。私、今とっても幸せだよ』
『僕も同じ気持ちだよ。……うーん、一刻も早く伝えたくてメールしたけど、何だか会いたくなってきちゃったなあ』
『えへへ、それ私も。できればこのままずっと電話して、朝会うまでチューナーと繋がっていたい気分』
「ゃ……ぃゃ……ぁ……ぅ」
 もういやだ! ききたくない! こんなのききたくない! くるしい、いたい、つらい、たすけて!
 もうそこから先は会話の内容なんて頭に入らなかった。ただ二人の仲睦まじそうな笑い声が、私の意識を鈍く重く溶かしていった――。

「――はっ!」
 ふと気が付くと、私はベンチに腰かけていた。私がいたのは、やたらと明るい夜の町。先ほどまでと打って変わって、通行人がしきりに行き交っていた。これはまさか、チューナー君とデートに行った時の景色……?
 道路の向かい側を見やると、ベンチに腰掛ける二人の学生がいた。一人はチューナー君、その隣には、私がいた。――そっか、翼ちゃんはここから私たちのことを見ていたんだ。
 私がグッとチューナー君に迫る。何を言っているかは聞こえないけど、今、私が告白してる。そして、チューナー君は少し間を置いてから、私の肩に手を置いて押し離した。次に言われたことはハッキリと覚えている。きっと一生忘れられない、チューナー君の返事。
――菜々美の想いには、応えられない
 ……うん、翼ちゃんと急に仲良くなったような気がしてから、嫌な予感が止まらなかったんだ。それで慌ててチューナー君にアタックをかけてみたけど、もう手遅れで……私ってバカだなって思いながらも、何かを残さなきゃって必死になって、それで……
 チューナー君が私を抱きしめる。あれは、私の唯一の、甘い思い出。チューナー君の唇の感触、舌の感触、吐息の感触、全部覚えている。もうすぐ、あの瞬間がリピートされる。私は縋るような思いで成り行きを見守っていた。その時、
――ザザッ!!
 視界にノイズがかった砂嵐が点滅した。そして次の瞬間、チューナー君の腕の中にいたのは――翼ちゃんだった。
「え……?」
 翼ちゃんはそのままチューナー君に、キスをした。二人は目を閉じて、唇を重ね続ける。やがて一度顔を離す。互いに微笑む。そして、もう一度、キス。今度はねっとりと舌を絡めて――。
「そん、な……」
 ストン、と唯一の支えが抜け落ちるような感覚。私が呆然としていると、隣から声がした。
「ねえ、私の気持ち、分かってくれたかな? 菜々美ちゃん」
 おそるおそる横を向くと――翼ちゃんが虚ろな目で、私を見つめていた。
「……少し、お話しに付き合ってくれないかな?」


「菜々美!? どこ!?」
「いるなら返事するニャー!!」
 ノイズを蹴散らしながら廊下を進むも、入り組んだ廊下はどこまでも奥に続き、どこのドアを開けても来た時と同じ部屋があるだけだった。
「ここもハズレ!? この孤児院、一体どんな造りしてんのよ!?」
「さしずめ翼が作り出した迷宮というところかニャ。しかし、まったく先に進むためのヒントが見当たらないニャ……」
 紗彩は舌打ちしながら、魔力の弓を撃ちだす。
「ノイズも次々湧いてくるし、このままじゃジリ貧よ! どうにかなんないワケ!?」
「んなこた分かってるニャ! そのどうにかする方法を今考えてるのニャ!」
「……二人とも、少し待って」
「ん、どうしたの、チューナー」
「流石はわが英雄、もう策を思いついたんだニャ」
 僕は立ち止まって、すぅと深呼吸をした。翼の作った迷宮が僕たちを進ませてくれないということは、翼が僕に会いたがっていないということ。ならば――
「翼! 僕はここだ! お願いだ、出てきてくれ!」
「策じゃなくて、ただのド直球なお願いだニャ!?」
「翼! 聞こえてるんだろう! 翼!」
 とにかくここから呼びかけるしかない。どこか翼の心の琴線に触れられれば、きっと何かが変わるはず――。僕は何度も呼びかけ続けた。
「翼! 翼!」
「チューナー、もうその辺にして……」
「……!? 二人とも、静かにして! 何か聞こえる!」
 紗彩の注意で耳を澄ますと――かすかに子供の泣き声が聞こえてきた。紗彩が廊下の奥を指差す。
「あっちの方じゃないかしら?」
「うん、行ってみよう」
 声のする方に向かうと、その泣き声はとある部屋の中から漏れ出ているようだった。僕は紗彩と互いにうなづいて、静かにドアを開けた。中はこれまでと同じ部屋だった。だが、違うことが一つ――。部屋の真ん中で泣きじゃくる幼い女の子が一人。彼女は顔を上げて僕を見上げると、ポツリと呟いた。
「パパ……」
 僕は彼女の顔を見つめてハッとする。紗彩とホニャも同じことに気付いたようだった。
「ねえ、これもしかして……」
「間違いないニャ……」
 その女の子は、翼にそっくりな女の子だった。
「つ……ば、さ?」
「パパ!」
 彼女は駆け寄ってきて、僕の足元に抱き着いてきた。
「パパ、パパ~!」
 そのまま泣きじゃくる、小さな翼。どうしたものかと紗彩たちに視線を送るも、彼女たちも事態に困惑しているようだった。
「この子は……翼の自我、だよね?」
「そうだろうニャ。だが、この分では意思疎通も難しいのニャ」
「なんか良く分かんないけど、アンタ、父親ってことになってるみたいだし、上手くあやすとかして、何とかできないの?」
「う、うん」
 翼を抱き上げて、よしよしとあやす。
「大丈夫か? お父さんがいるから、もう安心だぞ」
「ひっ……えぐっ……こわかったよぉ」
 幼い翼は次第に落ち着いて、僕の顔をじっと見つめてきた。僕が優しく微笑むと、翼も泣き腫らした目のまま、あどけない笑みを浮かべる。
「翼を迎えに来たよ。一緒にお家に帰ろう。ただ、お父さんココに来るのが初めてだから、道が分からないんだ。悪いんだけど、出口まで案内してくれないかな?」
「……ねえ、お母さんは?」
「お、お母さん?」
 チラッと紗彩を見やると、物凄い勢いでかぶりを振る。仕方ない――
「お母さんはお外で待ってるよ。だから、今からこのおうちを出て、お母さんに会いに行こうね」
「うん!」
 翼を抱きかかえたまま、廊下に出る。相変わらずノイズが道を塞いでくるが、そんなことはお構いなしに、翼は「こっちこっち」と指をさす。翼を守るので手一杯な僕に代わり、紗彩が道を切り開く。
「ふんっ! ……ねえ、さっきと似たような道順を辿ってる気がするんだけど、これで大丈夫なの?」
「夢世界では何が起きてもおかしくない。まだ幼いとはいえ、こうして翼の自我を味方につけたからには何か変化があるはずニャ」
「そうだといいけど……ねっ!」
「……しかし、なぜここで幼き日の翼が出てくるのニャ? チューナーの二股騒ぎと関係があるようには――」
 また角を曲がると、今度は廊下の突き当たりの扉から光が漏れているのが分かった。
「ホニャ、出口が見えて来たわよ!」
「む、とにかく今は菜々美との合流が先決か。チューナー、急ぐニャ!」
「言われなくても!」


 翼ちゃんは沈痛な面持ちで私の隣に座っている。私はポツリ、と口を開いた。
「その、ゴメンなさい。私のせいで、翼ちゃんを傷つけちゃって……」
「いいよ、菜々美ちゃんのことを責める気はないから」
 疲れたような声で答える翼ちゃん。「責める気はない」だなんて本気で言ってるとは到底思えない。翼ちゃんは私を突き放そうとしてるの?
「……さっきまでの記憶や幻は、翼ちゃんが見せてたんでしょ?」
「うん。辛いものを見せちゃってゴメンね」
「……」
 もっと激しく責め立てられたり、場合によっては手を上げられたりすることも予想していたのに、想像していたよりもずっと、しおらしい翼ちゃんの様子に私は毒気を抜かれてしまった。
「翼ちゃん、怒ってないの?」
「どうなんだろ。チューナー君に裏切られたのはショックだし、菜々美ちゃんを疎ましく思う気持ちもなくはないけど、でも、結局一番ダメなのは私なんだ、って思って。ははは、自分でもよく分かんないや」
「翼ちゃんは何も悪くないですよ。ちゃんとチューナー君に想いを打ち明けて、恋人になったんですから。翼ちゃんには私を責める権利があります」
「違うの。そんなことのために菜々美ちゃんをここに呼んだんじゃないの」
「どういうこと……?」
「それに、チューナーが菜々美ちゃんと遊びに行ったのは、何もチューナーや菜々美ちゃんだけが悪いわけじゃないの。私が、チューナーにまとわりつき過ぎるから……。私と居る時は全然そんな様子は見せないけど、きっとチューナーも疲れてたんだと思う」
「そうなの? 傍目には普通に睦みあう恋人のようにしか見えなかったけど……」
「みんなの前では抑えてるの。チューナーのこと好きな子が大勢いるのは、知ってるから。でも、菜々美ちゃんの目には恋人ってバレてたんだね」
「い、いや、今にして思えば、って話だよ。翼ちゃんがチューナーに猛アタックしてるってことは聞いてたけど、まさかもう恋人まで進んでたなんて、みんな思いも寄らなかったみたいだし……」
「……ねえ、そんな言い方するってことは、私たちが付き合ってる事、もうみんな知ってるの?」
「あ……」
 しまった、つい口が滑って――ううん、これ以上誤魔化したらダメだよね。ここまで来たら、正面から翼ちゃんと向き合うしかない。隠し事は一切なしで。
「誰のせいとも言いづらいんだけど、かくかくしかじかで――」
 今日の一連の騒動の経緯を説明すると、翼ちゃんは大きくため息をついた。
「そっか、私が変に隠してたせいで、逆にみんなを傷つけちゃったんだね」
「翼ちゃんが気負うことはないよ。チューナー君は一人しかいないんだから、これは結局避けられない事態だったって」
「でも、私がすぐにチューナーと付き合ってることを明かしてたら、菜々美ちゃんがチューナーをデートに誘うこともなかったし、ここまで状況が混乱することもなかった」
「それは――」
「いや、デートできたこと自体は、菜々美ちゃんにとって良い事だったのかな。もう、何が良くて、何がダメなのかも分からなくなってきちゃった」
 私も頭がこんがらがってきた――と、そこで私はかぶりを振った。違う、私はこんなややこしい話をしに来たんじゃない。
「……もうお互いに謝るのはやめよう。私は翼ちゃんを助けに来たの。翼ちゃんの苦しみにつけ込んで、ノイズが翼ちゃんをおかしくしてる。ただそれだけだよ」
「待って。私も、こんな話がしたいわけじゃなかったの。菜々美ちゃんなら、分かってくれるかもしれないから――」
「分かるって、何を?」
「私がチューナーから離れられない理由」
「……それはもしかして、私に見せた記憶と関係があるんですか?」
「記憶そのものではない、かな。嫌なことを聞くようだけど、あれを見せられた時、菜々美ちゃんはどんな気持ちになった?」
「えっと……」
 確かに、翼ちゃんの質問は嫌な問いかけだ。自分で見せておきながら、って部分もあるし、そもそもあの時の感情は上手く言葉で説明できる気がしない。
「なんていうか、世界で自分が一人ぼっちになったみたいな、自分が否定されてドロドロになっていくみたいな……説明するのは難しいですけど……とにかく、冷たくて、重くて、苦しかったです」
 私の答えに、翼ちゃんは顔を綻ばせた。
「良かった。菜々美ちゃんは分かってくれるんだね」
「翼ちゃんも、こんな気持ちを? 私と違ってチューナー君と付き合ってるのにどうして?」
「付き合ってるからこそ、だよ。チューナーと居る時は幸せに浸っていられるの。でも、チューナーと離れてると、一緒に居た時の反動が出るみたいに、寂しくて、冷たくて、チューナーを失うことになったらどうしようって、怖くなってくるの」
「……」
 幸せな分だけ、失うのが怖い――楽しかったデートの終わりにチューナー君に振られた時の気持ちを思い返せば、翼ちゃんの言いたいことも分かる気がした。いや、私より幸せな分、翼ちゃんは私以上につらい気持ちを抱えてるのかもしれない。
「でも、チューナー君も翼ちゃんのことが好きだって言ってるわけだし、もっと自信を持ってもいいんじゃ……」
「チューナーは優しいから。私の告白を受け容れてくれたこともそうだし、菜々美ちゃんの誘いを断らなかったこともそう。きっとね、菜々美ちゃんが私より先に告白したら、チューナーの恋人になってたのは菜々美ちゃんだと思う。菜々美ちゃんだって、そう思ってるんじゃないかな?」
「あ……」
「私なんて全然チューナーの特別じゃない。ただチューナーの優しさに、いち早くつけ込んだだけ。でも、私はチューナーのことが……っ」
「……」
「ねえ、私、告白なんかしたの、間違いだったのかな? こんなに苦しいなら、告白なんてしなければ良かったのかな? こんなにみんなを傷つけるくらいなら、告白なんて、最初からしなければ――」
 翼ちゃんは握った手を震わせながら語る。
「一人でいると、さっき菜々美ちゃんに見せたようなイメージがとめどなく浮かんでくるの。もちろん、チューナーの相手は私じゃなくて、菜々美ちゃんとか、他の器楽部の女の子。チューナーが私以外の子に夢中になって、私には見向きもしてくれない――そんな想像が頭にこびりついて離れないの」
 語りながら、翼ちゃんは次第に呼吸が荒くなっていた。
「胸が苦しい。頭が割れそう。涙が出そうになる。苦しい、苦しい、チューナーの声が聴きたい、チューナーの視線が欲しい、チューナーの身体に触れていたい、チューナーの温もりに浸っていたい!」
「つ、翼ちゃん?」
 翼ちゃんの語調は激しさを増して、さらには嗚咽を漏らし始めていた。
「チューナー! チューナーはどこ!? 会いたいよぉ! 一人は嫌だよぉ!」
 まるで小さな子供のように泣きじゃくる翼ちゃん。
「翼ちゃん!? ちょっと、翼ちゃん!?」
 翼ちゃんは泣き止むどころか、さらに泣き声を上げ続ける。と、その時、周囲の景色に砂嵐が混じり始めた。
「――っ!?」
 突然街の通行人たちが立ち止まって、私の方をじっと見つめ始めた。砂嵐が起きるたびに彼らは姿を変えていって――いつの間にか私の周囲を見慣れた怪物が取り囲んでいた。
「これ、ぜんぶノイズの擬態だったの!?」
 私は立ち上がって剣を構える。まずい、私一人で捌ききれる量じゃない。錯乱してる翼ちゃんを背中に、一体どこまで戦えるか……。
「くっ、根性で何とかするしか……!」


 孤児院を飛び出すと、遠くから翼の泣き声が聞こえてきた。
――チューナー! チューナーはどこ!? 会いたいよぉ! 一人は嫌だよぉ!
 声のする方に駆けていくと、次第に風景が見たことのある街のものに変わっていった。ただし、通行人の代わりに街に溢れていたのはノイズだった。
「かなりの数だニャ……まともに戦っては危険だニャ」
「けど、この先で翼が僕を呼んでる。会いに行かなきゃ」
 ノイズの大群を前に立ち止まっていると、紗彩が一歩前に進み出た。
「私が先頭で道を切り開くわ。チューナーは私の後ろについてきて、そっちの翼を守ることに集中してちょうだい」
「でも、紗彩も孤児院で消耗してるんじゃ……」
「全然平気よ。というより、消耗してるのはアンタの方でしょ。私がまるで負担を感じないくらいに、私のダメージを引き受けてるんだから。そういう余計なことはしなくていいから、アンタは自分と翼を守ることだけ考えてなさい」
「でも――」
「それに菜々美のことも考えたら、一瞬だって立ち止まってられない! さあ、行くわよ!」
 紗彩がスペルを発動する。巨大な光の矢が衝撃波とともに突き抜けて、ノイズの垣に風穴を開けていった。息つく間もなく、紗彩は開かれた道へと駆け出し始めた――。

 街を進んでいくと、ノイズがひときわ集っている場所を見つけた。そしてその中心から、翼の泣き声が聞こえると同時に、ノイズが次々と吹き飛ばされているのが見えた。
「あそこで誰か戦ってるニャ!」
「きっと菜々美よ! 待ってて菜々美、すぐに行くから!」
「おい、紗彩!」
 紗彩はスピードを上げて包囲網に駆け込むと、強引にノイズたちを突破し始めた。僕も片手でノートゥングを振るいながら、紗彩の後に続く。
 包囲を破った先には、ベンチで泣きじゃくる翼と、傷だらけになりながらノイズと対峙する菜々美の姿があった。彼女は僕らに気付くと、目を輝かせた。
「チューナー君! 紗彩ちゃん! 大丈夫でしたか!?」
「それはこっちの台詞よ! アンタ、傷だらけじゃない!」
「そう言う紗彩ちゃんこそ、ここまで来るのにかなり無理したんじゃ……」
「――お母さん!」
 突然、腕の中の小さな翼が叫ぶ。
「お母さん! お母さん!」
 小さな翼は、どうやらベンチに腰かけている本来の翼を、「お母さん」と呼んでいるようだった。
「この子、もしかして翼ちゃんですか!? おっきな翼ちゃんと小さな翼ちゃんが二人? 一体何が……?」
「それより、ノイズの方が危険ニャ! お前たち三人ともかなり消耗している。いかに雑魚ノイズといえども多勢に無勢――ここは一度引いて態勢を立て直すニャ」
「翼を置いて現実に帰るっていうのか!? 冗談じゃない!」
「ノイズが宿主を攻撃する可能性は低い! 今はお前たちの安全が先決ニャ! 戦力を整えて出直すニャ! はぁっ――!!」
 ホニャの身体から光が溢れる――嫌だ、まだ帰る訳にはいかない! 翼を救い出すまでは――

 気が付くと、私たちは翼ちゃんの部屋に戻っていた。現実に戻ってきたとわかった途端、グラリと眩暈がして、私は尻もちをついてしまった。
「菜々美、大丈夫!」
「う、うん……ちょっとフラついただけ……」
「無理もないニャ。本来ならチューナーが肩代わりする分のダメージまで、一人で受けきっていたのだから。チューナーといる時と同じ感覚で無茶をしたらいけないのニャ。なあ、チュー……、ナ……ぁ?」
 ホニャちゃんが呆然とした様子で固まる。私もすぐに異変に気が付いた。
「え?」
 部屋にはチューナー君の姿だけが見当たらなかった。まさか――ぞっと背中に悪寒が走る。
「ホニャちゃん、チューナー君を置いてきちゃったんですか!?」
 ホニャちゃんは激しくかぶりを振った。
「違うニャ! あのバカ、おそらくノートゥングの力で私の強制送還を拒否したのニャ!」
「そんな! 今すぐ連れ戻しにいけないの!?」
「私だけで夢世界に潜ることならできなくもないが、今の強制送還で力を使ったおかげで、しばらくクールダウンが必要だニャ。つまり、チューナーの下に駆けつけることはできても、現実に還すことはできないニャ」
「なっ、それくらい根性で何とかしなさいよ!!」
「私だってそうしたいが、どのみちチューナーが帰還を拒否すれば同じことの繰り返しニャ! 下手すると、チューナーは翼と心中することまで考えているかもしれん」
「っ、本当にあのバカが考えそうなことだから不安だわ!」
「チューナー君……翼ちゃん……」
 私の脳裏に翼ちゃんの虚ろな表情がフラッシュバックする。
――私なんて全然チューナーの特別じゃない。
「……違うよ」
「え?」
――ねえ、私、告白なんかしたの、間違いだったのかな?
「……間違いなんかじゃ、ないよ」
 ホニャちゃんに帰される時のチューナー君は、本当に翼ちゃんのことしか考えていなかった。それに、翼ちゃんの記憶の中で見た、チューナー君の告白に対する反応。私の想いより、翼ちゃんの想いの方がずっと深く突き刺さっていたはず。
――チューナー! チューナーはどこ!? 会いたいよぉ! 一人は嫌だよぉ!
「一人なんかじゃ、ないよ……!」
 チューナー君は誰より翼ちゃんを愛してる。だからこそ、たった一人きりでも夢世界に残った。私たちだって、翼ちゃんのことを助けたくてここにいる。翼ちゃんのことを想っている恋人がいて、仲間がいて……翼ちゃんが孤独を感じる理由なんてあるわけがない!
「伝えなきゃ……翼ちゃんに……」
 私はおもむろに立ち上がる。今の私たちにやれることは一つしかない。
「菜々美、どうするつもり?」
「たとえ夢世界に行けなくても、私たちから思いを伝える手段はある。言葉よりずっと強い言葉を、私たちは持ってるでしょ?」
「それって――?」
「なるほど、そういうことかニャ」
「さあ、翼ちゃんとチューナー君に伝えよう。私たちはここにいるって」


 光が収まっていく――目を開けると、目の前には変わらず翼がいた。僕たちの周りには夜の街の明かりと、ノイズが溢れている。どうやら僕以外は全員現実に帰ることができたようだ。
 真っ赤になった顔を上げて、僕を見つめる翼。
「チューナー……?」
「助けに来たよ、翼」
「お母さん! お母さん!」
 小さな翼が僕の腕から身を乗り出す。
「この子は……そっか」
 翼が僕の腕から小さな翼を受け取る。その瞬間――今度は翼たちから暖かな光が溢れてきた。その光にノイズたちは後ずさりし、明らかに狼狽え始めた。光の中で翼が優しく微笑む。
「チューナー、約束して。もう私から離れないって」
「ああ、約束するよ。もう二度と翼を裏切ったりしない。僕はずっと翼の傍にいるから」
「良かった……」
 僕は翼を優しく抱き寄せる。僕と、翼と、小さな翼の三人の温もりが、光の中で一つになっていく。
「チューナー、あったかい……」
「翼、愛してるよ」
「うん、私も――」
 温もりが僕たちを包み込んでいく。意識が幸せの中で微睡む。帰れなくたって構わない、ここで、翼と永遠にいられるのなら――。


「……ナー、起きて、チューナー」
「ん……」
 エプロンを着けた翼が僕を揺り起こす。どうやら机に突っ伏して居眠りしていたらしい。頭を上げると、口元に何かが垂れるような感触が――。
「もー、よだれ垂れてるじゃない。本当に仕方ないんだから」
 翼がティッシュで僕の口元を笑いながら拭ってくれる。机に垂れた分も拭き取りながら、翼は続ける。
「こんなところで寝てたら、風邪ひくし、身体も歪んじゃうよ? もしかして疲れてるの?」
「ああ……」
 えっと、僕は何をしていたんだっけ――そうだ、思い出した。
「急ぎの依頼が入ってさ。徹夜で修理してたから、眠くて眠くて」
「何でも安請け合いしちゃうから、そういう無理する羽目になるんだよ?」
「ゴメン、ゴメン。気を付けるよ」
 僕たちがいるのは、十二畳ほどのリビングダイニング。翼が昼ごはんを作るのを待っている間に、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
「パパ、パパ」
 ズボンの裾を引っ張られる。見ると、娘が本を抱えて僕を見上げていた。
「これよんで」
「よしよし」
 僕は娘を抱きかかえて膝の上に乗せる。娘は完全に母親似で、翼をそのまま幼くしたような顔立ちだ。僕の面影が薄いことに寂しさを感じなくもないけれど、将来翼のような美人になってくれるなら、僕としても鼻が高い。
「むかーしむかしあるところに――」

 僕と翼は夫婦として一つ屋根の下に暮らしている。僕は楽器修理を生業としており、有り難いことにプロアマ問わず多くの奏者から腕を信頼してもらっていて、何不自由ない暮らしを送るのに十分な収入を得ている。可愛い娘も授かったし、翼は専業主婦、僕も仕事柄出かける必要はないので、家族で過ごす時間はたっぷりとある。この上なく幸せな生活を僕たちは送っているのだ。
「ご飯出来たよー」
 昼ご飯はオムライスのようだ。卵の甘さとほんのり焦げ付いたような香りが鼻腔をくすぐる。
「ママ、ハートかいて、ハート」
「はいはい」
 翼は娘の分のオムライスに、慣れた手つきでケチャップのハートを描く。きゃっきゃとはしゃぐ娘。思わず翼と顔を見合わせて、互いに口元をほころばせる。
「それじゃ、チューナーのにも」
 僕の分にもハートを描く翼。そして、その中に『Love』の文字まで書き入れる。娘が僕のオムライスを凝視して呟く。
「える、おー、ぶい、いー……だよね?」
「すごい、もうアルファベット覚えたんだ!」
「パパがおしえてくれたの」
「良く覚えてたね。ちなみに、エル・オー・ブイ・イーって書いたら、『ラブ』って読むんだ」
「ラブ? それって、ラブラブのラブだよね!」
「まったくもう、どこでそういう言葉を覚えてくるかな……」
 翼は苦笑していたが、僕は娘の頭を優しく撫でて微笑んだ。
「そうそう。物知りでえらいぞー」
「えっへん!」
「さてと、翼の分は僕が描こうかな」
「えっ、そんな、何だか恥ずかしいよ……」
「わたしやりたい! わたしがママのハートかく!」
「ありがと、じゃあお願いするね」
 翼の皿とケチャップを娘の前に持っていく。娘は小さな手でケチャップを抱えながら、必死にオムライスと格闘していた。線はぐにゃぐにゃにゆがみ、時々ケチャップが皿からはみ出して、机や前掛けを汚してしまっていた。
「ああ、そんなに汚しちゃって――」
「翼」
 僕は立ち上がろうとした翼を手で制す。汚れたものは後で拭くなり洗うなりすればいい。今は、夢中になっている娘の姿をただ静かに見守ることだけが大事なのだ。
「……できた!」
「うん、ちゃんとできたね、えらいぞ」
「……ふふっ」
 翼は立ち上がって娘の後ろに回ると、娘をぎゅっと抱きしめて、頬をペタッとくっつけた。
「ありがと! ママ、とっても嬉しい!」
「ふふふー、どういたしましてー」
「じゃ、僕からも愛を込めて――」
 娘が描いたハートの中に、僕も『Love』の文字を書き込む。翼は照れ笑いを浮かべた。
「ちょっと、チューナーまで! 本当に恥ずかしいよ~」
「ママだけずるい! パパ、わたしのにもラブってかいて!」
「もちろん」
 娘のオムライスにも『Love』と書き込む。娘は上機嫌に鼻歌を歌っていた。
「さ、そろそろ食べよう。みんなおててを合わせて――」
「「「いただきます!」」」

 昼ご飯を食べ終えると、娘が眠いとごねだしたので、二人でお昼寝することにした。娘を撫でながら布団に横たわっていると、洗物を片付けた翼がやって来た。
「翼、洗物ありがとね」
「ううん、お礼を言うのは私の方だよ。一緒に寝てもいいかな?」
「どうぞ、ほら」
 スペースを開けたところに翼が入ってくる。ちょうど娘を挟んで、翼と横になったまま向かい合う恰好になる。翼は小声で話を続けた。
「さっきは私を止めてくれてありがと。私の片付けの都合で、この子の邪魔しちゃうところだった。……チューナーは本当に立派なパパだよ。私、年下の子の面倒はたくさん見てきたけど、自分の子供の育て方なんてよく分からないから……チューナーがいてくれて本当に助かるな」
「よしてくれよ。僕だって初めての経験なんだ。翼と同じでいっぱいいっぱいさ」
「あはは、そりゃそうだよね。私、少し肩に力が入り過ぎてるのかも」
「大丈夫だよ。翼は翼のままでいてくれればいいんだ。僕もこの子も、ありのままの翼が大好きだから。ほら――」
 僕は身を乗り出して、翼に静かに口づけをする。唇を離すと、翼は頬を染めながら、シーツを軽く握りしめた。
「や、やめてよ……子供の前なのに変な気分になっちゃうよ……」
「翼が好きだって言ったでしょ? 僕はもっと翼と愛し合いたいよ」
「チューナー……」
「ねえ、この子が目を覚ましたら、三人でお出かけしない?」
 すると今度は翼が身を乗り出してきて、僕の唇を塞ぐ。翼の舌がぬるりと忍び込んできて、ぴちゃ、ぴちゃ、と水音を立てながら僕たちはディープキスを交わした。キスを終えて、翼は微笑みながら、しかし諭すように言った。
「チューナー、それは言わない約束、でしょ」
「翼は僕とお出かけしたくないの?」
 翼の手が僕の頬を包み込む。きゅっと軽く挟まれる。
「チューナーの姿を他の女の人に見せるくらいなら、デートなんてできなくてもいいよ。私はチューナーの傍にいるだけで十分幸せだから」
「そっか、それならいいんだ」
「チューナーとこうして暮らしていられれば、それでいい。他には何にもいらない。ここなら、チューナーはどこにも行かないし、誰にも取られないし、私も一人じゃないから」
「翼……」
「ほら、チューナーも疲れてるんでしょ。少し寝よう?」
「うん、そうだね――」
 そう答えると、なんだか急に眠気が強くなってきた。そうだ、僕も翼もこのままで幸せなんだ、何か変わる必要なんて何も、どこにも――
「パパ、パパ」
「ん……」
 娘にぺしぺしと肩を叩かれて目を覚ます。見回すと、翼の姿が見当たらなかった。
「ママは?」
「おかいものにいってくるって」
「そっか」
 食卓を確認すると『留守番おねがい♪』というメモ書きが残されていた。そこに娘が僕の足を叩いて呼びかける。
「パパ、なにかきこえる」
「何か?」
 娘に連れられるまま、縁側に出てみると、春の風に乗ってフルートとバイオリンの音色がかすかに聞こえてきた。バイオリンのたおやかな伴奏にくるまれて、涼やかな旋律が優しく鼓膜を揺らす。
「――G線上のアリアだね」
「なにそれ?」
「曲の名前だよ。そこの公園で演奏してるみたいだ」
 遠くから聞いても、感情を揺さぶる演奏であることが分かる。誰か凄い人がやって来てるのだろうか。それにしても、この音を聞いてると、なんだか懐かしいような感じがする――。
「きれいなおと……どうやってだしてるんだろ」
「フルートとバイオリンって楽器を使ってるんだよ」
「がっきって、パパがいつもなおしてるのだよね?」
「うん。パパはチューナーっていって、楽器をお手入れするのがお仕事なんだ。ママも昔は楽器をやってたんだよ」
「そうなの?」
「うん。ママは、胡弓って楽器を使ってたんだ。ママの演奏、大好きだったんだけどなあ……」
「いまはひかないの?」
「きっぱりやめちゃったからね。多分頼んでも弾いてくれないと思う」
「そっか、ざんねん」
 娘は流れてくる音にじっと耳を傾けていたが、しばらくしてポツリと言った。
「……もっと、ちかくできいてみたいな」
「……じゃあ、一緒に聴きに行こっか」
「いいの?」
「うん、僕も興味があるんだ。久しぶりに、ママの演奏を聞いたときと同じ気持ちが湧いてきたから」
「ママもこれくらいじょうずなの?」
「そうだよ。これに負けないくらい、ママの演奏も凄かった」
「ねえ、やっぱりママにもたのんでひいてもらおうよ」
「……分かった、頼んでみようか」
 僕は部屋から、翼に内緒でこっそり保管していた胡弓を引っ張り出して、娘と共に公園に向かった。

 近所の市民公園で音のする方へ向かうと、通りの真ん中で演奏をしている二人の女子高生を見つけた。娘は二人を見つけると、とてとてと駆け寄って、彼女たちの目の前で演奏に熱心に聴き入り始めた。
 間近で聴くとなおさら良い演奏だ。音が鼓膜、全身と伝わって、心の一番奥の奥まで震わせるような――旋律や和音が揺れるたびに自分の中の喜怒哀楽さえ移ろいでいくような――そう、かつて翼の演奏を聞いたときと同じような――あれ? 何だっけ、僕はこの子たちをどこかで知っているような気がする。何か大事なことを忘れているんじゃないか――懐かしさの中で脳裏に誰かの声が流れてくる気がした。けど、それはあまりにおぼろげでよく分からない。これはかつての記憶? 誰の声? 何を言ってるんだ?
 と、そこにつんざくような声が飛んできた。
「チューナー!!」
 見ると、翼が買い物袋をうち捨てて僕のところに駆け寄ってきて、その勢いのままに抱き着いて来た。
「ダメだよ、外なんか出たら!! 約束してたよね? どうして裏切るの!? ずっと私の傍にいるって約束したじゃん!!」
 僕は翼を離すと、黙って奏者たちの方を指差した。翼はしばし演奏を聴いていたが、やがてポツリと言った。
「……音楽には、もう興味がないから」
「ママ、やっぱりえんそうしてくれないの?」
 娘が翼の足元で悲しげな眼をして言った。
「パパがいってた。ママもこれくらいじょうずだったって。パパはママのえんそうがだいすきだったって。わたしも、ママのえんそうききたいよ」
「無理だよ、私はもう音楽を忘れてしまったの。腕もすっかり鈍っちゃってるし、あの頃のようには、とても――」
 その時、突然演奏が止まって、フルートの少女が口を開いた。
「……大丈夫だよ」
「え?」
「翼ちゃんは音楽を忘れてなんかない。もう一度、私たちと一緒に演奏しよう」
「どうして私の名前を……?」
「翼、これ」
 僕は翼に持ってきた胡弓を渡した。翼は目を丸くして胡弓を受け取る。
「そんな、私の胡弓――処分したはずなのに、どうして?」
「ゴメン、こっそり回収して、今まで取っておいてたんだ。翼が音楽に打ち込んでる姿がどうしても忘れられなかったから」
「さあ、翼ちゃん。一緒にやろ?」
「大丈夫、ちゃんと身体が覚えているわよ」
 フルートとバイオリンの少女が、翼の背中を押して前に連れて行く。翼は強張った表情で立ち尽くしていたが、やがておそるおそる弓を弦に当てる。
 一つ、二つと音が続き、やがてそれは旋律の形を取り始める。初めはかすれていた音が、次第に透明さを取り戻していく。バイオリンとはまた違う、草原を駆け抜ける風のような胡弓の伸びのある音色。そこにフルートとバイオリンが重なる。ハーモニーが響き合って、互いの音を増幅させ、全身をビリビリと震わせる。心地よい振動、高揚感、一体感。そう、これだ、これが翼の、翼"たち"の演奏だ――。
 翼はいつの間にか口元をほころばせ、夢中に演奏に没頭しているようだった。娘の目からは涙が流れ落ちていた。僕はしゃがんで、娘――小さな翼の頭に優しく手を置く。
「"翼"、感じるだろう。翼は一人なんかじゃない。音楽と絆で、仲間と繋がってるんだ」
「ひとりじゃ、ない……」
 小さな翼の姿は淡い光を放ちながら、次第に薄くなり始める。
「孤独と不安に押しつぶされそうな時は思い出して。翼には音楽がある。音楽で仲間と一つになれる」
「ななみちゃん、さあやちゃん……」
 小さな翼が透明になって消えていく。
「それでもなんだか噛みあわない時は、僕を頼って。僕は翼の傍で、ずっと翼の心と音を守り続けるよ」
「チューナー、ありがと……」
 小さな翼が完全に消滅する。同時に僕の身体に熱い脈動が流れ出す。僕の右手の中に光が集まり、音叉の形を取っていく。
「当然さ、だってそれが僕の――」
 脳裏に声が響く。今度ははっきりと。
――チューナー君、私たちはここです! 私たちを呼んでください!
――さっさと返事しなさい! 私たちの声、届いてるんでしょ!?
 うん、音も想いも、しっかり届いてるよ。ありがとう、菜々美、紗彩。僕はノートゥングを握りしめて、魔力を解放した――。
「それが調律師としての僕の役目だ!!」

 ノートゥングを振るった瞬間、閃光とともに幻影が破れていく。昼下がりの市民公園は光の中に消え、翼から告白を受けた夕暮れの人工池のほとりへと景色が移り変わる。
 光が収まった時、背後から懐かしい声が聞こえた。
「チューナー君!」
「やれやれ、やっと届いたわね」
 振り返れば、菜々美と紗彩が笑っていた。僕の後ろから、二人に向かって駆け出した女の子が一人――。
「菜々美ちゃん!」
 翼が菜々美に抱き着く。菜々美も力強く翼を抱き返した。
「本当に、ありがとう。菜々美ちゃんの音、ちゃんと聞こえてたよ」
「良かった。この想いは、翼ちゃんに一番届けたかったから」
「私、バカだった。私には器楽部のみんながいるのに、一人ぼっちだなんて……」
「いいんだよ。仮に私が翼ちゃんより先に告白して、チューナー君の恋人になっていたとして、きっと私も翼ちゃんと同じような状態になってたと思う。翼ちゃんの気持ち、よく分かるから」
「菜々美ちゃん……ありがとう」
 二人の姿を微笑ましく眺めていると、紗彩に脇腹を小突かれた。
「ったく、あんな無茶なマネ、二度とするんじゃないわよ。こっちだって、その、めちゃくちゃ心配したんだから……」
「ははは、心配かけちゃってゴメン」
「あ、アンタねえ、これは笑いごとじゃなくて――」
「紗彩の言う通りニャ」 
 ホニャも呆れ顔をしながら姿を現した。
「チューナーも大概一人で背負い込みすぎるのニャ。……だがまあ、おかげで一気に勝負をつけられそうだけどニャ」
 ホニャが池の方に視線を向ける。水面に細長い影が現れて、不気味にうねり出したかと思うと、10mはあろうかという巨大なウミヘビが水飛沫とともに現れた。
「チューナーが身を挺して翼の想いを守ったおかげで、親玉がしびれを切らして現れたようだニャ」
「コレが翼ちゃんをおかしくした元凶ってことですね! 許せません!」
「後はこいつさえ倒せば、万事解決ってわけか。チューナー、やりましょう」
 菜々美と紗彩が武器を構える。翼が息巻いて僕に言った。
「チューナー! 私も一緒に戦うよ!」
「うん、力を貸して」
 ノートゥングを振るうと、翼が魔法少女へと変身していく。僕、翼、菜々美、紗彩の四人でウミヘビの怪物と対峙する。僕はノートゥングを高らかに掲げて叫ぶ。
「これが最後だ! みんな、行くよ!!」
「応!!」

***********

 身体が揺すられる感覚がする。瞼の裏にまぶしい光が差し込む。
「チューナー、朝だよ、起きて」
「ん~、むにゃ、むにゃ」
 目を開くと、翼が僕の顔を覗きこんでいる、ような気がした。
「つば……さ?」
 寝ぼけ眼をこすってもう一度見ると、そこにはやはり制服姿の翼が――ええっ!?
「なんで僕の部屋にいるの!?」
 僕の問いかけに、翼は小首を傾げた。
「なんでって、家族なんだから当たり前でしょ?」
「いや、待って待って」
 どういうことだ? 親ノイズを倒して、調律は無事昨日終わったはずじゃなかったのか? 錯乱していると翼が僕の頬を指でつついてきた。
「ふふっ、冗談だよ。昨日はありがと」
「あ……」
 な、なんだ――僕は安堵のため息をついた。
「ビックリしたじゃないか。またあの夢世界に戻っちゃったのかと思ったよ」
「ゴメンゴメン。チューナーの寝顔を見てたら、昨日のこと思い出しちゃって。ご飯できてるから、準備できたら降りてきてね」
「うん、ありがと」
 翼が出て行った後、僕は部屋で一人昨日の夢世界での出来事を思い返していた。翼と僕が家族――あの時の幸せな感覚は今も思い出せる。僕らは将来あんな家庭を築くことになるんだろうか。いや――僕は静かにかぶりを振る。まだ学生のくせに、結婚した後の生活なんて考えてもしょうがない。翼も待たせてることだし、急いで準備しないと。
 しかし、支度を終えて食卓に降りると、さらに想像の斜め上を行く光景があった。
「チューナー君、おはようございます!」
「ちょっと、寝ぐせ残ってるじゃない。出るまでに直しておきなさいよ」
「……菜々美? 紗彩?」
「みんなにお礼がしたくて、私が呼んだんだ」
 翼がキッチンから出てくる。翼がお盆に乗せて持ってきたのは、焼きたてのホットケーキだった。菜々美が目を輝かせる。
「わぁ、美味しそう~」
「これ、翼が?」
「ええ、アンタがぐっすり寝てる間に翼が作ってくれたのよ」
「チョコとかハチミツとかバナナとか、塗るものも乗せるものも色々持ってきたので、好きな組み合わせで食べてください!」
「菜々美ちゃんが機転を利かせてくれて助かったよ、ありがと」
「ふっふっふ、パーティを楽しむのに手は抜かないからね」
 翼と菜々美の間には、昨日までのしこりは影も形も見当たらない。菜々美たちと一緒に僕の家に乗り込むくらいだし、他の女の子を意識し過ぎることももうないだろう。彼女たちの笑いあう姿を見て、ようやく肩の荷が下りた気分になった。
 ふと、僕の分のホットケーキを見ると、なぜかすでにハチミツがかけてあった。そこには、透明なハートと『Love』の文字――。そちらに見とれていると、紗彩が咳払いをした。
「時間の都合もあるし、早く食べましょ」
「うん! それじゃ、みんな飲み物を持って!」
 言われるままにコップを持ち上げると、菜々美が音頭を続けた。
「翼ちゃんの復活と、恋愛成就を祝って、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」

 ホットケーキを食べ終えた後、菜々美と紗彩は片づけを手伝ってから、先に二人で学校へ出発してしまった。
「二人きりの時間も少しは欲しいでしょ」
「後は若い二人で! ってことで!」
 まだ朝なんだけど――と心中で思いつつも、紗彩に指摘された寝ぐせを直して、僕も翼と出発することにした。
 玄関の戸締りを済ませて、歩き出そうとしたところで、翼が口を開いた。
「チューナー、こっち向いて」
「ん?」
 瞬間、翼が背伸びして、僕にキスをした。唐突のことに面食らっていると、翼がえへへ、とはにかむ。
「夢の中でしか、したことなかったから……」
「……うん、そうだったね」
 僕は翼を抱き寄せると、もう一度、今度は僕の方から口づけをした。長く、長く――やがて、お互いに静かに身体を離す。
「器楽部のみんなにも言わないとね。ちゃんと、私たちの口から」
「うん。変な誤解がはびこってるだろうしね」
「……」
 少し沈黙が流れる。翼は僕の瞳をじっと見据えて、微笑んだ。
「チューナー、大好きだよ」
 僕は翼の手を取って答える。
「僕もだよ。世界中の誰よりも、翼を愛してる」
 僕はそのまま翼の手を引いて歩き出す。
「さあ、行こう。一緒に」
「――うん!!」
 力強く頷いた翼の手が、僕の手をぎゅっと握り返す。ずっとこうして二人で歩いて行こう――僕は決意を新たに、今日という一日へと踏み出すのだった。

~Fin~

【ららマジ翼SS】温もりは麻薬【後編】

【ららマジ翼SS】温もりは麻薬【後編】

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-24

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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