ワスレナグサ

随筆第2弾

ㅤ私は日々何かを忘れていく。そしてぽっかりとできた大きな穴にふと気付いて、一人動揺する。とても悲しくて泣く。それはベットの上であったり、机に向かっている時であったりするが、最も多いのは車に乗っている時である。涙で枕を濡らした回数よりも、うんとシートを濡らした回数の方が多い。

ㅤすきなものは昔から沢山あった。それから頭の中で遊ぶことが多かった気がする。幼いうちの私は特に引っ込み思案であり、その上兄弟もいず、そのせいか一人で歌ったり、話を考えたりすることが好きだった。同年代の友だちもいたけれど、もし一人で遊んだ時間がなかったら、確実に私が今と同じように感じることはないと思う。
ㅤ随分前のことだが、少しボロくなったソファの上に立って、紐のついた棒をクルクルと回して、バレリーナ魔女ごっこをしたり、セーラームーンの可愛いシーンを繰り返しみたり、好きな絵本を枕の下にしいて寝たり、いろいろした。田んぼの中に飛び込んだり、図書館の飲食スペースで涼んでみたこともある。カーテンを机の上にかけて作った小さいテントは、絵本の中で動物たちが病院のベットを使って行ったピクニックを意識していた。
ㅤ思い返せばどれもがキラキラと輝いているわけではなく、ちょこん、と記憶の引き出しに閉まっていたようだ。
ㅤしかしあの時々に「絶対に忘れたくない」と思いながら記憶したトキメキの元はすっかりなくしてしまった。サビた感覚だけが手元に残りおり、一体私が何に心踊らせていたのかわからない。楽しい気持ちの時に「大人になっても」と思っていたことを、全て思い出せないのだ。こうして私は、どうしようもなく切なくなる。もうどこにもないのだな、と。幼い私の大切にしている記憶が抜け落ちているのだ。

ㅤ私は今でも物体が好きで、何かとカメラ的に視界を捉えることが多い。(と言われた。少し嬉しかった。)情景描写も細々と書きたくてうずうずすることがある。(我慢するけれど!)
ㅤことは先週、帰りに急な雨に降られた私は仕方なく歩いて帰った。強い雨であったし、前髪も額に張り付いていたので、気分は最悪だった。けれども悶々としながらテクテク歩いているうちに、そこに理想の家々が姿を現しはじめたのだ。私の大好きな町並みが実はそこにいた。私は呆気に取られていた。だけれど写真は取らなかった。忘れてしまいそうだと直感したからだ。
ㅤ先日は幸運にも町をみつけられたが、あれはレアケースだったのだと私は思う。確かに好きな映画のセリフを、花火の匂いを、よく聞いた音楽を、いつかの夜にみた夢の風景を、いくつも私は忘れてしまった。

ワスレナグサ

ワスレナグサ

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-23

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