ペンションの隣に落ちている。わたあめ。

わたあめの拾い食い

 時間よりも早く到着したのは予想外だった。それは、わたあめを舐めると意外に早く飽きてしまい知らない子どもにあげてしまっては数分後に小さな後悔をする事の様で、私は多分、海馬の奥に白い毛の生えた犬が実は嫌いだとインプットされてるいのではないかと考えた。要するに白くてモコモコした物体が嫌いなのだ。それで右ポケットからチューインガムを取り出して口に放り込んだ。ミントの香りが舌の上で転がった後、鼻の天辺にポタリと水滴が跳ねた。玄関ポーチの天井からミツバチが蜂蜜を垂らす様に水がポタリと落ちる。穴でも開いているのかと私は思った。灰色の雲から湿気た水をゴボゴボと撒き散らす。雨。視線を適当に動かすと先に土色に染まった猫がこっちを向いてあくびをした。そうして濡れた身体を移動させ一本のやる気のなさそうな樫の木の足元にとまり、またあくびをした。とても優雅なあくびだった。
 風呂の水は好きだがどうもこの直接的に降り注ぐ天のシャワーは好きになれない。嫌悪感を抱くまではないが、それでも傘を持って服が濡れない様にする事は基本的に人が水に濡れる事に対して一種の躊躇いを感じると思う。まるで死んだペンキを指でなぞる様に。
「めんどうだな」と私は言って、息を吐いた。ため息だ。テーブルクロスに付いた汚れを落とす様にまた「めんどうだな」と私は二回繰り返して言った。
 或る委員会の行事でこの木造二階のペンションにやって来たとはいえ、予定よりも数時間早く着いたのは失敗だ。玄関の鍵は持っていないし、鍵は開いていない。それに加えてこの突然の雨。非常に困る。
 すると聞きなれた声が聞こえた。
「君。あすこに生えている、やる気のない一本の木にわたあめが落ちているよ」
「あっ、カエル先生。何時の間にか到着していたんですね」
 カエル先生は私の声に頷いた。半透明の傘を差していてクルクルと回して何処か嬉しそうだった。カエルであるからか? それで私はカエル先生が話した方向に目をやった。
「さっき、あのやる気のない木に土色に染まった猫が居ましたよ」
「あっそ」
 カエル先生は興味がなさそうに返答した。けれども次に「ああ。あの汚い猫かい? 確かに居るね。でも何だかわたあめの方をジィイって見てるよ」
「汚い猫って失礼ですよ。土色の猫です。あっ、本当だ。白くてモヤモヤした出店で売っているわたあめが落ちています……。私が見た時にはなかったのに……。何であんな所ににわたあめが?」と言って「猫ってわたあめ食べるの?」私はカエル先生に聞いた。
「猫がわたあめを食べないでしょ? 君って常識がないね。わたあめが猫を食べるんだよ」
「はぁ? カエル先生の方が言っている事柄が常識さがないんですが……」と私が言った二秒後である。白くてモヤモヤしたわたあめの腹が二つに割れて赤いスイカの中身に似た歯茎が飛び出し、ゴムマットを連想する大きな舌が猫を巻いて飲み込んだ。猫は一瞬の出来事に鼻息を立てる事無く赤い底に消えていった。その後、何事も無かった様に白いわたあめに戻り、雨の水滴が跳ね返る樫の木の足元でひっそりと、黙った。
「な、なんです? あれは?」
「だから言ったじゃないか、わたあめは猫を食べるって」
「わたあめは猫を食べませんよ! あれ、わたあめじゃないですよ!」
「それじゃあ、あれは何だい?」
 カエル先生は指を向けた。白いわたあめが落ちている。
「わたあめ……ですかね?」
「わたあめだ」
 と、私はカエル先生が長靴を履いている事に気づいた。黒の長靴でゴム製。つま先に半月の傷が付いていた。
「先生も長靴を履くんですか?」
「当たり前だろ、雨降ってんだ。普通の革靴を履けって言っているのか君は?」
「いや、別に私はそんな挑戦的にカエル先生に尋ねたわけじゃ……」
 カエル先生から視線を反らして、やる気のない木の方を見た。白いわたあめが二つに増えていた。私は思わず「え?」と言う。気味悪く思いながら、辺り一面を軽く見渡すとわたあめ達がこっちを見ていた。

ペンションの隣に落ちている。わたあめ。

ペンションの隣に落ちている。わたあめ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-12

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