「消しゴムに好きな人の名前を書いて全部使い切ったらその人と結ばれるんだって~」
「何それ」
たわいもない会話に少女たちが教室の片隅で花を咲かせている。
「他にはどんなこと書いてある?」
「え~...好きな人の髪の毛を抜いて自分の髪の毛と結んでって何かキモイ」
ケラケラと本を持っている少女が笑った。終業のベルが遠くから聞こえてくる。
「あ、もうこんな時間じゃん。帰らないと」
「その本貸してくれない?ちょっと興味あるかも」
「この本図書館で借りたやつなんだけど...ま、いっか。明日ちゃんと返してね」
「ちゃんと返すってば~、もう。ありがとう」
2人の少女は教室から出て、靴箱へと向かうために歩き出した。
「その本に書いてあるまじないなんて気休めにもならないよ。佐々木君のこと気になってるんでしょ?さっさとLINEのIDくらい聞きに行けばいいのに」
「タイミングとかあるじゃん。急に話しかけてもキモがられるだけだし」
「そんなんだから中学の時吉田君をヒトミに取られたんでしょ?」
「うん...」
少女たちは靴箱に前で止まると上履きと靴を履き替え、校門へと再び歩き出した。
「影でこそこそまじないなんかやるより直接アタックするのみだぜ。ガンバ!」
「そうだよね。この本はちょっと興味あるだけだから、そんなに本気にしてないよ。ありがとう」
「うん。じゃあ、また明日ね」
「うん。また明日」
少女たちは手を振りあいながら別れた。

少女は帰宅すると自室にこもって借りた本を読んでいた。いくら本を読み進んでもどれもこれもありふれたどこかで聞いたようなまじないばかりだった。最後のページを読み終えるとその裏に鉛筆で何か書いてあることに気がついた。ページをめくらなくても何が書いてあるかはっきりと読み取れた。

三面鏡を合わせ鏡にしてその中で手
首から血を流せ1月続けれ
ば望むものが手に入る
効果が
なければ両の手首
を切り落
とせ

誰かの落書きだろう。少女は図書館の本に落書きするデリカシーのなさと書いてある内容の気味悪さに嫌悪感を覚えたが、まじないの内容にはなぜか惹きつけられていた。少女の家の洗面所にある鏡は三面鏡だ。就寝前に少女は三面鏡を合わせ鏡にし手首を針で刺し、血を流した。左右に移る大量の自分に目配せしながら少女は血を使うんだから何かしら効果があると自らに言い聞かせた。

「本ありがとう返すね」
「はいはい。どうだった?なんか利きそうなおまじないはありましたか~?」
「あ~特になかったかな。そういえば最後の方に落書きしてあったよ。先生に言った方がよくない?」
「え?マジ?高校生にもなって図書館の本に落書きするやついるんだね」
「何か変なこと書いてあったんだよ」
「どれどれ....これかえ~と...文字が全部逆になってて読めないぞこれ」
「裏のページに書いてあるから、ここを」
予鈴が鳴った。
「あ、次移動教室じゃん。ま、内容はどうでもいいや。私から先生に言っておくね」

少女は三面鏡の中で血を流すまじないを続けた。来る日も来る日も就寝前に同じことを繰り返した。30日経ったが思ったことは叶わなかった。
血を流して31日目の夜。少女は合わせ鏡にした三面鏡の中でため息をついた。もちろん当てにしていたわけではないが落胆は大きかった。効果がなければ両の手首を切り落とせと書いてあったが、手首を1つ切り落とした時点で2つ目を切り落とすことは無理に近い。所詮誰かのいたずらだったのだ。そう思い少女は三面鏡を元に戻そうとした。その時、どこからか奇妙な音がした。その音はどんどんと大きくなっていく。少女以外に家で起きている家族はいない。隣の家から聞こえてくる音としてははっきりとしすぎている。奇妙な音は何か硬いものをこすり合わせているような音だった。少女は足がすくみ動けなくなった。

ボトッ

何かが落ちる音がして後に音は止んだ。少女は早く三面鏡を元に戻して自室に戻らないとと思ったがまだ体が動かない。再び音が聞こえてきた。次は硬いものを噛んでるような音だった。その音も次第に大きくなり少女はすぐ隣で人が骨を噛んでるような気がした。

ボトッ

再び何かが落ちるような音がした。ようやく少女は体を動かせるようになると三面鏡に手をかけ元に戻そうとした。その時、少女は三面鏡の左の奥の方に明らかに自分とは様子が違う自分を見つけた。その自分は他の自分と同様こちらを真っすぐ見ているが口元は血だらけで両方の手首がなかった。

少女は慌てて三面鏡を元に戻すと急いで自室へと駆け込んだ。

朝が来た。少女は昨日の三面鏡に映った自分が忘れられなかった。起床し、顔を洗うために洗面所へと行かなければならないが気が向かない。胸に何かがつっかえたような気分を抑え込み、洗面所へと入った。三面鏡に映る自分の顔色が悪いのに気づく。合わせ鏡の奥にいた血まみれで両手首のない自分を思い出す。見間違いであることを確かめるために少女は三面鏡へと手を伸ばし合わせ鏡にした。血まみれの自分がいた左の鏡へとゆっくり顔を向けた。
いた。連続した自分の最奥に血まみれになった自分が両手首がないことを見せびらかせるように両腕を上げている。しかも、昨日のように血まみれなのは1人だけではなかった。こちらに近づくようにもう1人血まみれになっている自分がいた。少女は小さな悲鳴を上げて乱暴に三面鏡を元に戻した。
「どうしたの?」
大きな音を立ててたため居間にいる母親が心配して声をかけてきた。
「なんでもないよ。虫がいたからたたいたの」
声が震えないようにしようとしたが、喉から漏れ出た声は弱弱しく震えていた。

少女はその日からあまり鏡を見ないようになった。家の洗面所の三面鏡はもちろん、友人が持っている小さな手鏡でさえ敬遠するようになっていた。それでも、全く鏡を見ないようにするということは不可能だった。全く鏡を見ないように生活することはできないと諦め、少しずつ警戒心を解いて鏡を見るようにした。最初は鏡の前に立つと手が震えたが、何も起こらない。再び、鏡の前に立ったが何も起こらない。あくる日もあくる日も鏡の前に立ったが変わったことはなにもない。次第に鏡に対する恐怖心も薄れ、1月後にはあの自分を見る前のように鏡の前に立てるようになった。それでも三面鏡を合わせ鏡にすることは一切なかった。

少女はその日も友人と遅くまで学校でおしゃべりをした後、帰宅し、手を洗うために洗面所へと向かった。三面鏡の前に立つと鏡に映る自分の様子がおかしい事に気がついた。体が震えている。そしてしきりに首を振って周りに誰かがいるような仕草をしている。少女自身は洗面所に入ってからほとんどうごいていない。鏡の中の自分が口を大きく開けている。何かを叫んでいるようだが何も聞こえない。しばらくすると聞き覚えのある音が聞こえてきた。1月前に同じ洗面所で聞いた硬いものを噛んでいる音だ。鏡の中の自分の目から大粒の涙があふれてこぼれる。大きく開いた口からよだれを飛ばしながら何か叫んでいる。鏡の中の自分の手首が赤くにじみ始め血が噴き出てくる。赤く染まった白い欠片が手首からぽろぽろと落ちてくる。少女は空いた口が塞がらず鏡の中の自分がもだえ苦しみながら手首が破壊される姿を見ていた。

ボトッ

鏡の中の自分の両手首が落ちた。鏡の中の自分が顔を伏せた。少女は洗面所に入ってからこの時初めて瞬きをした。再び目を開けると鏡には大量の血にまみれた自分が映っていた。少女が振り返ると背後には誰もいない。もう一度、鏡に向き直った。そこには何も映っていない。自分さえも。何か液体が手に触れた。もう一度少女は後ろを振り返った。背後には無数の血まみれになった自分が少女を睨んでいた。

ある家庭から少女が1人消えた。家から帰ってきて洗面所へと向かうところを母親を見ていた。少女がなかなか出てこなかったため何かあったのかと母親が洗面所へと入った。そこには少女のものと思われる両手首が落ちているだけだった。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-03

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