わにちゃんのおうち

 わにちゃん。お肉をたべます。ぶたのお肉とか、うしのお肉とか、とりのお肉なんかを、たべます。わにちゃん。わたしのともだち、です。
 一戸建てのおうちに住んでいる。わにちゃん。二階はなくて、二階がなければ当然、三階も、四階もなくて、一階しかないおうちで、でも、わにちゃんは、それでいいのだと言います。
「めんどうくさいじゃない、かいだん」
 たばこのけむりを、ふへーっと吐きながら、わにちゃんが笑う。
「ほら、あたし、あんたたちにんげんみたいに、二本足で歩く系のいきものじゃないじゃない?」
 わたしは、うんうんと頷きます。わにちゃんのおうちは、おしゃれです。ソファはふかふかで、絨毯は見たことない模様で、壁には小学生が描いたような絵が飾ってあります。うまいのかへたなのか、わかんないね。いつぞやのことですが、絵に対してそんな感想を述べたわたしに、わにちゃんはこう答えました。絵は、うまいへたで選ぶものではないわ、直感よ。なんて。わにちゃんはそのとき、白ワインをのんでいたっけ。二本足で歩く系のいきものではないけれど、ソファに腰かけて、ワイングラスを持つことができるのです、わにちゃんは。ナイフとフォークをあつかうこともできるのです、わにちゃんは。
 わたしはハーブティーをのんでいます。おいしいです。わにちゃんのおうちに行くと、わにちゃんがかならずハーブティーを淹れてくれるのです。どういったハーブが入っているかは、おしえてくれないのだけれど、とてもおいしい。とてもおいしいのだけれど、わたしもときどき、お酒をのみたい夜があります。わにちゃん、きょうはわたしも、ワインをのみたい気分です。そう言うと、わにちゃんはこう答えるのです。酔っ払って無防備にでもなってごらんなさい、どこをかじられても知らないわよ、と。あやしい笑みを浮かべながら、わにちゃんが言うのです。そして、わたしは思うのです。おそらく、かじられるだけでは済まないでしょう、と。わにちゃんは、なんたって大きい。わたしのからだなんて、ぺろっと丸呑みできるくらい、わにちゃんは大きなくちと、大きなからだを持っているのです。ああでも、わにちゃんのからだのなかは、どんなんかしら。想像すると、おなかのなかのなかの方が、ぎゅぎゅっとなるのでした。
 わにちゃんのおうちは、でも、居心地がいいよ。
 わたしが言うと、わにちゃんがたばこの火をガラスの灰皿でもみ消しながら、あたりまえじゃない、と鼻で笑いました。こういうところも、わにちゃんだから気にならないのでした。にんげんにも、こういった高慢ちきな態度(というのでしょうか)をしても、まあ、この子だから仕方ないかって、ゆるせることがあるでしょう。そんなかんじ。わにちゃんの高慢ちきな態度は、むしろ、これこそわにちゃん、というかんじがして、わにちゃんらしい、ので、わたしは大丈夫なのでした。ほかのひとは、わからないけれど、でも、にんげん関係って、そうでしょう。あの子がその子のことをきらいでも、わたしはその子のことが好き、とか。
「住みたかったら、住んでもいいのよ」
 わにちゃんがガラスのティーカップに、ぽちゃぽちゃと角砂糖をいれます。わにちゃんもきょうは、ハーブティーをのんでいる。わにちゃんはハーブティーに、お砂糖をいれるひと(ひと?)です。お肉が好きで、ワインが好きで、ハーブティーにお砂糖をいれてのむ、わにちゃんは、お野菜をたべませんので、わたしがいっしょに暮らして、お野菜をたべさせるのもいいなと思いました。

わにちゃんのおうち

わにちゃんのおうち

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-30

CC BY-NC-ND
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