Fate/defective c.00

――汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者。

序章  ピエタ

『2017、3月18日 
身分証明書 時計 スニーカー 動きやすい服 筆記用具など  
冬木市 ■■駅 ■■■■センター 8:00受付 魔術協会研究一派 ■■■さん呼び出し 

3月19日、
器 完成間近
結晶化成功、微弱な欠損の修復中
やること 魔力回路の安定 媒体準備   数学Ⅲワーク3ページ 物理課題

3月20日、春分
■■■さんから電話 19:00に折り返し
聖杯の結晶化、全工程クリア 21:00冬木市にて作戦決行予定、30分前に待機
魔力回路、非常に良好 媒体、不備なし 作戦確認すること
狂化詠唱暗記 済
願望器聖杯 提出場所 魔術協会××派本部
報酬受取日 4月2日
4月3日帰宅後 新入生課題やる』



―― ああ、なんという欠陥品。

白く無機質なタイルの床の上に散らばった十人ほどの魔術師の残骸から、微かな水音を立ててぬるい血液が流れ出ている。
読んでいた黒革の手帳を床に捨てた。
清潔そうな床の上をまだらに染める血の上に立ち、僕はひどく重い頭をもたげて、その手帳の持ち主―― 魔術師の死体に囲まれてうずくまる少女を見る。
狭くて暗くてみじめな一室の中、一人怯えた色を顔いっぱいに湛えて、その少女もまた、僕を見た。
「…僕を喚んだのは、君?」
その問いかけに、彼女はゆっくりと頷いた。肩のあたりで切りそろえられた黒髪がさらさらと動く。痩せた細い体、切れ長の目、賢そうな口元。
どことなく、彼に似ている、そのマスターは微かに震えている。恐怖だろうか。何しろ想定外に人が十人死んだのだ。恐れて当然だろう。
マスターがいるということは、聖杯戦争が起こるということだ。現に僕は、既に六騎の英霊の気配をこの肌で感じ取っていた。聖杯は―――
足元の掠れた召喚式が流れる血で汚くなっていく。魔術師たちの死体で埋められた部屋で、僕は、なるほど、と漏らした。
「そう―― そうか。そういうことなんだね。君たちが聖杯を作り出したのか」
低い天井を仰ぐ。頭が重い。
生命の気配を一切含まないその天井を見上げた時、脳裏に嫌な記憶が掠めた。鳥の影のようにそれは素早く飛び去っていく。
それを振り払って、なお僕は前を見た。少女ではなく、前を見たのだ。
「そして僕はバーサーカーとして召喚された。ここまではおそらく君たちの『作戦』通りだろう。だけど、だけど――」
ああ、なんという欠陥品。
「君は本当に運が悪い。君に罪は無いのだから。あの聖杯は完成品なんかじゃない。君たちの作戦は永遠に完遂されることはない。君たちの聖杯が呼び起し、その狂化の詠唱で縛りつけたのは、君たちが一番呼んではいけなかった英霊」
ならば。

「僕は君をマスターと認めない。君には、死んでもらうからね」



初めから僕にはただ一つの信念しか無い。
そのためなら聖杯だって獲ってみせる。マスターすら殺してみせよう。僕自身の望みのために。その聖杯をみすみす奪われてはたまらない。
僕は僕の望むままに。或いは、過ぎ去りし日の彼のために。……いや、今度のこれはただの僕の強欲だ。傲慢だ。けれど知ったことか。
壁に押し付けていた無罪の少女の体がぐったりと力を失った。外傷はない。頸動脈を締め上げて殺した。僕が殺したのだ。
ただ僅かに残った理性が、彼女を引き裂く僕を許さなかった。僕はマスターの遺体を、十字架から聖者を降ろすようにそっと清潔な床に横たえる。名前を知ることも無かったマスターの少女の血の気のない顔が、彼のあの時の死に顔と重なる。


ああ、なんという欠陥品だろう。けれど僕は、それが欲しい。

Fate/defective c.00

to be continue

Fate/defective c.00

序章

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-28

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work