黒蛇と紅い華

鳴子の詳細情報まとめ

ショウノ·ナルコ(25)
コロレー区出身の内務調査課局員。同じコロレー出身のモーヴ本部長に憧れコロレー区支部入局以降本部への異動願いを提出し続け、晴れて本部への異動が決まった。
5長官 リーリウム長官より目を掛けられている。

緊張を解くカクテルを

バードン区の高級コンクリートジャングル郡。
その内の一棟の最上階の洒落た扉の中に、シックな雰囲気を持つバードンに住む有識者御用達のそのバーは存在する。

見慣れぬワインレッドのドレスを身に纏い、髪を結んだ彼女は普段の明るいお調子者からは一変し、大人びたその新鮮さに驚きを隠せず。
安月給なACCA局員が、この知ることすら叶わない空間に萎縮してしまうことは火を見るより明らかで、彼女もまた緊張の抜けない張り詰めた表情をしている。

「緊張する必要は無い、落ち着いて振る舞えばいいんだよ。」

彼女の手を取り、最上階故に開放的に作られた窓の近くまで導いてやれば、窓から見えるバードンの夜景に目を輝かせる。その様子を見て、やはり連れて来て正解だったと心から思った。
会員ではあるものの、あまり好まない場である為来店する頻度も少ない中自主的に来ただけでも驚かれていることであろうに、更に追い討ちを掛けて、年下の女性を連れて来ている己の様子は会員達にさぞや衝撃を与えていることだろう。


「長官、私お酒が飲みたいです。」
化粧を施された唇から零れた言葉。その嘘の無い言葉に彼女なりにこの場を楽しんでいる様で安心しつつ、彼女の手を引きバーテンダーに声を掛ける。
「彼女に似合うカクテルを頼めるかな?」

快く応じたバーテンダーが差し出した苺を用いた紅い酒 ─ストロベリーリキュールは彼女に大変よく似合っていて。一口含んだところで味の感想を聞けば、美味しいですとはにかみながら彼女は答えた。


ここでウイスキーを頼むのも大いに結構だろう、しかしここは敢えて。

「さて、今度は私の飲む酒を君に選んでもらえるかね?」
メニューをしばし眺めてから、彼女が指し示したのは ─ブロンクス。オレンジを用いた濃い琥珀色のカクテルで。

─彼女はこの酒の言葉を知っているのだろうか?もし知っているとしたら…

まさか、な…


余計な考えを振り切るよう、一口含み飲み込んだ。こちらを見上げる紅に微笑み掛けながらいい酒だ、と答えた。

ブロンクスの酒言葉「まやかし」を酒と共に、もう一口飲み込んで。

鮮血

落ち着いた雰囲気。静寂に包まれた仄暗い執務室。
もちろんここは私のような者が持てるような部屋ではない。ここは、この組織の頂点に立つ5人のうちの1人の執務室である。

その部屋の主は今、祖国より送られた花を満足げに愛でている。花の香り溢れる区の生まれだけあってか、大輪の白い薔薇は彼によく似合っていて。


「今年も庭園の薔薇が咲き誇っているようだ。美しいだろう?リーリウム家の庭園をいつか是非とも君にも見せたいものだよ。」

生憎、私には花を愛でる趣味が無い。けれども彼がこうして花を愛でる様を見るのは悪くは無いと思うのである。


と、不意に彼が声を詰まらせる。
薔薇の棘が刺さったらしく、彼の指先に血が滲んでいる。

取り敢えず止血してください。 ─そう言おうとした口は、残念ながら噤まなければならなかった。
おもむろに顎を持ち上げられ、先程棘が刺さった傷口を唇に宛てがわれた。この行為だけで何を言われているか考えることなど雑作も無く。


彼の指先の傷口に滲む血を舐め取る。
口の中に広がる薄い鉄の味は大好きな甘いスイーツとは掛け離れていて、お世辞にも美味しいとはいえない代物で。

などと考えていると口から指が引き抜かれ、代わりに執務室の机上へと押し倒される。
彼の表情は陰に隠れて窺うことは叶わない。そう言えば、彼の秘書も補佐官も出払っていたような気がする。そういう事かと、意味を理解してももう遅い。


「こうして花のある中に居ると、君も花のように見えるな?」

それはどうも、そういう事なら付き合ったりますよ、部下としてやなくてね。
言葉には出さず笑みだけ返し、相手の首に腕を回して。

Viper snake

彼の発する「大丈夫」と「心配無い」は宛にならない。これは彼に目を掛けられるようになってから知ったこと。

彼の祖国、フラワウ区に務めるACCA監察課局員の間で知られている噂。
「フラワウに行くと自信喪失して、どんなに優れた人間であれど指示を得なければ動けなくなる。」と。


正直この噂が本当だとは思っていなかった。どうせ誰かが言い出したデタラメだろうと思っていた。
しかし、その考えは甘かった。

美しい薔薇に潜む棘のような。
身体を徐々に蝕む猛毒のような。
獲物を絞め殺し捕食する蛇のような。

彼の優しい言葉は全て甘い呪いで、抗うことなど許されない。どんなに抵抗を試みても惑わされてしまう。


何か思い悩んでいるのかね?
─大丈夫、君が心配すべき事などありはしないよ、それに美しい花が枯れてしまっては皆が悲しむ。
君には笑顔が1番似合うのだから…さぁ、笑いなさい。


1度知ってしまえば引き返すことなど叶わない麻薬に溺れさせられて。

己に向けられた妖艶な漆黒の深淵に、言われた通りの眩しい笑顔で応じた。

花の中に2人、同じ空気を吸う

明るい月夜の青白い光に照らされるリーリウム家の花咲き誇る庭園。おもむろに彼女が足取り軽やかに駆け出しながら言った。

「こんな広いんですし、鬼ごっこしましょ?アタシが逃げますから捕まえてください。」


ドーワー王国フラワウ区、現在はフラワウ国。
頂点を欲したものの、それを手に出来なかったフラワウは国として独立した。離れたことに対する後悔は無く、会えぬことを惜しむ人も居ないと思っていたが意外とそうでもなかったようだった。

外からフラワウのどの花々より鮮やかな紅色の髪の娘が来た、そんな小さな噂に期待してしまって。
目の前の相手は間違いようもない、己が長官の地位を手放すまで愛していた人で。
会えないことを惜しむべき相手が居なかったなんて嘘だった。

静まり返った庭園を見渡す。
見つけなければならない。彼女を。


庭園の中で最も開けた場所。
月を見上げ、髪を風に悪戯に弄ばれる彼女はあまりにも美しく、そして儚く見えた。このまま手放してしまえばもう2度とこの手に戻らないとすら思わせるほどに。
どうしようもない不安に襲われ、考えるより先に身体が動くまま、駆け寄り彼女を腕の中に閉じ込める。

アタシの負けですねと笑う彼女を抱き上げ、花の中に埋もれて地に身体を預ける。
視界に映るのは色とりどりの花々と鮮やかな紅色のみ。

─嗚呼、何と美しい。

花々の中の彼女に欲が鎌首をもたげたのは、きっとこの花を愛する国に生まれたが故の性なのだろう。

─この娘が欲しい。美しいものを愛する気持ちは人が誰しも持つ気持ちである筈だから。


「いっそこの国に、この庭園に閉じ込めてしまいたい…」

誰の耳にも届かぬ声で小さく呟き、彼女の薄紅の唇に己のそれを重ねた。
閉じ込めることが叶わないなら、せめて今だけは2人きり花々の中で同じ空気を吸っていたい。この空間でだけでも君を独占していたい。
己は所詮欲しいものを手に入れられず、美しい花に魅せられてしまった愚かな蛇でしかなかったのだから。

この願いは彼女はもちろん、庭園の花々すら知らない己のみが知る秘め事。

黒蛇と紅い華

黒蛇と紅い華

弱虫ペダル×ACCAのクロスオーバー リーリウム長官×鳴子♀の短編まとめ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-26

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 緊張を解くカクテルを
  2. 鮮血
  3. Viper snake
  4. 花の中に2人、同じ空気を吸う