僕たちのミュージック

僕たちのミュージック

僕たち犬には、色んな物の音や人間が話す言葉が音楽の様に聞こえるって知ってた?

朝の音楽。お母さんが朝食の用意をしている包丁の音や食器の音は幸せな音楽。僕のごはんの用意も忘れないでね。お父さんがヒゲを剃る音は少し耳障りな音楽。萌音ちゃんが髪をセットするドライヤーの音は少し苦手な音楽なんだ。おばあちゃんが僕を抱っこしながら新聞をめくる音は眠りを誘う音楽。いけない、起きたばかりなのにもう眠くなってきたぞ…

皆んなが楽しそうに話しをながら朝食を食べている。
「お父さん今日は遅くなるの?」お母さんの声は優しい音楽。
「今日は少し遅くなりそうだ。夕ご飯はいいよ」お父さんの声は力強い音楽。
「私も今日は会社の飲み会だから夕ご飯いらない」萌音ちゃんの声は魅力的な音楽。
「じゃあ今日のお夕飯は二人で簡単に済ませちゃいましょ」おばあちゃんの声は懐かしい音楽。

昼の音楽。お母さんが洗濯機を回す音は少しうるさい音楽。おばあちゃんが掃除機をかける音楽は僕が一番苦手な音楽。怖がって逃げ回る僕を見ておばあちゃんは懐かしい音楽で笑う。

夕方の音楽。お母さんが夕ご飯の用意をする音楽は朝と同じ。おばあちゃんがテレビを見ている音はクルクル変わるから不思議な音楽。不思議そうに僕が首を傾げるとおばあちゃんが懐かしい音楽で笑って僕を撫でてくれる。

夜の音楽。遅くにお父さんと萌音ちゃんが帰って来て一気に賑やかな音楽になる。
「少し小腹が空いたな」力強いお父さんの音楽。
「お茶漬けでも食べる?」優しいお母さんの音楽。
「私も食べたい!」魅力的な萌音ちゃんの音楽。
懐かしい音楽のおばあちゃんはもう眠っている。僕ももう眠いよ…

いつもならそのままいつも通りに朝が来るんだけれど、その夜は少し違っていた。遠くから聞こえる救急車のサイレンの音は何度も聞いた事があるけれど、その夜遅くに家の近くでサイレンの大きな音が鳴り響いた。僕はびっくりして飛び起きた。サイレンの音は胸がザワザワする音楽。
「おばあちゃん、しっかりして」
「萌音は家で待っていなさい」
「いやだ、私も行く」
皆んないつもと違う音楽で話している。知らない人達が家に入って来て眠っているおばあちゃんを連れて行った。皆んなもその人達と一緒に家を出て行ってしまって僕は怖くなって、皆んなが帰って来るまで寂しい音楽で鳴き続けた。

懐かしい音楽のおばあちゃんは、それから家に帰って来なかった。もう二度とあの懐かしい音楽で僕に笑いかけて貰えないんだと知った僕は、悲しい音楽で鳴いた。お父さんもお母さんも萌音ちゃんも心が張り裂けそうな位の音楽で泣いていた。いつも僕を懐かしい音楽で包み込んでくれていたおばあちゃん。突然いなくなるなんて寂しいよ、悲しいよ。掃除機を怖がる僕を見て懐かしい音楽で笑ってよ、テレビを見て首を傾げる僕を見て懐かしい音楽で笑ってよ、もう一度。

家族の一人がいなくなると言う事は、音楽が一つ消えてしまうと言う事。僕の家から一つ音楽が消えて、五重奏から四重奏になった。一つ無くなるだけでこんなにも寂しくなるなんて僕は知らなかった。皆んなが寂しくないように僕がおばあちゃんの分も頑張って音楽を鳴り響かせたら、皆んなにうるさいと怒られた。どうやら僕の音楽はうるさい音楽だったみたい。

おばあちゃんの一回忌。変な音楽のお坊さんが家にやって来てしばらく経って、今度は萌音ちゃんが結婚して家からいなくなった。四重奏が三重奏になった時、僕は寂しい音楽で鳴かなかった。寂しかったけれど、結婚は素敵な事だから…萌音ちゃんは新しい家で新しい音楽を奏で始めるんだ。

それからおばあちゃんの三回忌でまた変な音楽のお坊さんが家にやって来た後に、僕の家に新しい音楽がやって来た。
その音楽は今までに僕が聞いた事がない音楽だった。とても弱そうで、でも力強いその音楽は愛らしい音楽で、その音楽を奏でる小さな赤ちゃんはとても可愛かった。また久しぶりに五重奏になって賑やかになりそうで僕の胸はワクワクした。

「マーチ、私の赤ちゃんだよ。名前は琴音。しばらく一緒に暮らすから、よろしくね」魅力的な萌音ちゃんの音楽。
「マーチ、吠えてビックリさせるなよ」力強いお父さんの音楽。
「マーチ、舐めちゃダメよ」優しいお母さんの音楽。
ここにおばあちゃんが居たら何て言ったかな?
「マーチは偉いから大丈夫よね」きっと懐かしい音楽でそう言って、優しく僕を撫でてくれるはずだと僕は思った。

僕たちのミュージック

僕たちのミュージック

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-21

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