*星空文庫

きっと生きていける!

いしもち 作

歴史はこよなく変化しています。段々と日差しが差し込む時代に、わたしの内面と外状を書きました。

芸術性にすぐれ

芸術性に優れ、とんちき騒ぎさ!
頭で分かってこころで分からず。
当たり前や常識が分からず、妙にとびでたこの物体。この物体は思うようには動かず、精神はボロボロの勇者。
知る者は良しとし、人はこの物体を冷たそうに見つめた。
わたしも鏡を見ることはやめた方がいいと恋愛にも飽きかけている。
どうせ、こんな病気だから恋愛で幸せを得ることは不可能だと考え始めている。
しかし、病気のせいにするのも癪に触る。
何も産まれてこのかた38の今に至るまで、恋愛をしたことがないのだ。それを環境のせいや、自分のせいにしてきた。
だが、もう嫌になってあまり、最近はそこの幸せは考えていない。何故か?成果が上がることが今までになかったからだ、それは何にでもそう。生活面や仕事、恋愛面はもちろん、人生においてだ、気がつけば、岡山での騒ぎで精神病院のベッドで眠っていたのだ!
いったい?何が起こったのだ?
医師はいう!「先生!僕は一生懸命に生きてきましたが、どうやら、壁の厚がそれ以上を越え、エネルギーの限りを尽くしましたが、無理でした。」
こう、僕が告げると、腕を組み立っていた先生は頭を傾げた。
「しかしまあ、何故そこまで?」
と医師は言ったが、「わたしは今でさえ、自由に生きて楽しんでいますが、今までは人が楽しんでいるときに絶望の塊のように孤独で、人が嬉しいときに辛く、人が悲しんでいるときに、テンションが上がる奇妙な生き物でした。」
そう、先生に告げると、先生は黙って頷き、その部屋を離れた。

これまで、不屈の精神で生きてきたが、これから楽しく生きていこう!そう、決心し誰もが精神疾患で病んでいるときも、みんな、それぞれに悩みがあり、辛いときもある。何も僕だけが辛く、辛い勇者になってもしかたがありません。
なんとか、自殺は免れたものの、錆びついた鎖は右足を重くし、化け物は相変わらず真ん前に座りこんで動こうとしないので、けつりあげてやろうと思いました。

ある日、学校の先生に言われたことがあります。昼休憩中、弁当を食べていたとき、急に気分が悪くなり先生に告げると、先生は「気持ち悪い、何か取り憑いているんじゃないか!」と、わたしは先生を責めませんでしたが、それからのこと、こう思うようになりました。
わたしの見えない周りに何かいるのかもしれない。わたしに憑依し、悪さをしているのかもしれないと。そういう思いに駆られたとき、わたしはやはり、人とは違う精神世界で悩んでこころを塞いでいったのでした。

しかし、悩むが故の人生にも必ず神様はそんな切なる思いを受け入れ、わたしは光を見て、懐かしんだのです。悩みにくれた、中学生、高校生、大学生でしたが、必ず答えを神様は用意していたのです。

隣人は敵ではない、だから、怪我してはならぬと、隣人は友人ではなく、兄弟だと、そして、この世は非原理社会であり、原理社会とは愛に溢れた世界だと、諭してくれました。
わたしはあらゆる自然を愛の目でみて、人を愛することに専念するように心掛けました。
しかし、答えを出したわたしにヤイバのような口と思想は見えていない人にとっては鎖きった化け物であるのに、それを愛せと言うのです。

その精神のまま、いるから病気になったんだ、と憤慨するとき、わたしは知らぬうちに人を批判していました。これはいけないと思い始めたのも、やっとこの年になってからです。
当たり前のことを当たり前のように実践することはとても、わたしにとって難解で、回帰方程式をまるで解いているようでした。
やがて人の気持ちが分かり始めると少し希望が見えしっかりしました。現実をしっかり見つめて行動することは何よりも大切であると思いました。今まで精神世界にどっぷり浸かり現実社会を見ていなかったわたしは当時、あかちゃんそのものでした。
そんなあかちゃんのまま、社会に投げ出されたわたしは大海原を彷徨う一艘の舟に過ぎません。神様は厳しい方です。大海原に投げ出されたわたしを陸まで泳いでこい!と言うのですから空いた口が塞がらませんでした。しかし、それを超える精神的な苦痛は計り知れないものがありました。
今でこそ、まともに現実を見ていますが、わたしの若い頃の悩みは誰よりも重く深いものでした。ゴツゴツした精神は修復可能なものではなく、癒し解凍するには時間がかかります。
だんだん暖かく春になるこの季節からも愛が溢れ涙することもありましたが、わたしには幸せになって欲しいとおっしゃる先輩や同僚に感謝します。


歴史は続いています!長子権を持った人が難解でいる現実は続いています。あの人のようになりたい!もっと自分がこうであったらと自己啓発に躍起になっています。ただ、側にいるだけでいいという時代ですから、団塊世代の不純さも認められてきました。情報が溢れ物が行き渡った時代に、興味のあることだけの情報を得る自由さもこの時代ではあります。怒り喧嘩に溢れた時代ではなく、新緑や若葉を大切にする時代になりました。生き急ぐ訳でもなく多種多様に能力を発揮出来る時代です。厳かな悩みではなく、より高次元の悩みに奮闘する人も時代の流れでしょう。
息つく間もなく働いた時代が終わりを告げ、努力の成果が実り、新しい歴史に愛を呼び入れる時代、あなたはどうしますか?
見いて見られぬ苦しみを感じこころを塞ぐか?
やがて希望の芽を大地に花咲かせますか?

どちらでも、自分の人生です!

『きっと生きていける!』

一つの羅針盤になる、わたしたちの選択、わたしが何を思って生きてきたか?また、媚びることのない時代の背景にわたしがいれば。

『きっと生きていける!』 いしもち 作

短編的な思い。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-05-20
Copyrighted

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