*星空文庫

悪夢と告白

如月 作

「あなた!」
「パパ!」

 妻と涼香――誰よりも愛している二人に笑いかけられて、私は目を瞬かせる。

「あなた、大好きよ」
「パパ、わたしもパパがだいすき!」

 妻も涼香も幸せそうに笑っていて、つられて私も笑みを浮かべる。

(……幸せ、だな)

 そう思って、「私もあなたたちが大好きですよ」――そう告げようとして口を開いた瞬間、妻と涼香の顔から笑みが消えた。

「私達はあなたを愛しているのに、あなたは私達のことなんてどうでもいいんでしょう」

「……!」

 妻の氷のように冷たい眼差しに目を見張ると、涼香が顔を歪めて目元に涙を溜めた。

「パパ、どうしてパパははやくかえってこないの……?」

 涼香の問い掛けに何も答えられずにいると、妻が涼香の右手を握って、私に背を向けた。

「あなたには失望したわ。さようなら」

 妻が涼香をつれながら歩き出す。
 涼香は泣きながら私を見ていたが、彼女も顔を背けた。
 妻と、涼香の背中が遠ざかっていく。

(……待ってください……!)

 二人に手を伸ばす。しかし、その手は彼女達に届くことはなく、彼女達は姿を消した。

(……!!)

 あまりの衝撃に絶望の底に突き落とされた私は、俯いて、その場に膝をついた。

「――……涼香……」

 最愛の妻子の名前を呼んで、唇を噛み締める。

「……私を……独りにしないでください……!」

 悲痛な叫びは誰にも届くことはなく、目元にじわりと涙が滲んで、頬の上を零れ落ちた。

「……ッ、――……、涼香……!……う、……うっ……!」

 別れた妻子の名前を何度も呼んで、ひたすら泣き続けて――


「――さん、樹新さん!!」

 私を呼ぶ声がして、はっとして目を開けると、心配げに私を見る京さんの姿が視界に映った。

「……大丈夫?魘されてたよ」

 京さんの言葉に、自分が夢を見ていたことを理解して、夢の内容に顔を歪めて、体を震わせる。

「…………大丈夫じゃないみたいだね」

 京さんが眉を寄せて、両腕を伸ばして私の背中に回して、そっと私を抱き締める。

「……怖い夢でも見た?」

 京さんの温もりにホッとして、彼の肩に顔を埋めて頷く。

「そっか」

 京さんはゆっくりと私の背中を擦った。
 京さんの優しい手付きに、震えが引いていくのが分かって息をつく。

「大丈夫だよ。夢は夢だから」

 優しい言葉に、目を伏せる。
 あの夢は、夢であって、現実だった。
 妻の冷たい眼差しと、涼香の泣き顔を思い出して、縋るように京さんを抱き締め返した。

「…………京さん、」

 彼の名前を呼んで、懇願する。

「私を……独りにしないでください……」

 背中を擦る手が止まって、私を抱く腕に力が篭った。

「あなたを独りになんかしないよ。僕は、いつでもあなたの傍にいるから」

 力強い彼の言葉に、心から安堵する。

「ありがとうございます……」

 安堵した瞬間、睡魔が襲ってきて、私は京さんの腕の中で眠りについた。



 腕の中で眠っている樹新さんの顔を見つめて、僕は目を伏せる。
 樹新さんは苦しげに奥さんと涼香ちゃんの名前を呼んでいた。
 彼女達を求めるように、何度も――

(……この人は……まだ、奥さんと涼香ちゃんのことが……)

 最愛の人達と別れて出来た彼の傷は、彼の心の中に消えずに存在している。

(……僕じゃ、彼女達の代わりにはなれないんだろうか)

 そのことが悲しくて――悔しかった。


 
 樹新さんが悪夢を見て以来、僕は少し彼と距離を取るようになった。
 表向きは僕と樹新さんの関係は変わっていなかったけれど、僕達の間にはぎこちない空気が流れるようになった。
 そんな状態で、涼香ちゃんが樹新さんに会いに来て、彼女は樹新さんに可愛らしい包みを渡した。

「これを……私に?」

「うん、今日は父の日でしょ?だからパパにって思って」

 樹新さんは目を見開いて、包みを開ける。
 包みの中にはネクタイが入っていて、樹新さんは今にも泣きそうな顔になって、涼香ちゃんに手を伸ばして彼女を抱き締めた。

「ありがとうございます……大切にしますね」

 震える声で言う樹新さんを、涼香ちゃんが抱き締め返す。
 抱き合う親子を見て、僕は笑みを浮かべて彼らから離れた。


(涼香ちゃんには、敵わないな)

 会社の屋上で空を見上げながら、僕は息を吐く。
 最愛の娘に、ただの同僚でしかない僕が敵うはずがないのだ。
 そう思うと悔しくて、拳を握り締めると、「京さん!」と僕を呼ぶ声がした。

「涼香が私にプレゼントをくれたんですよ」

 僕に近寄って足を止めた樹新さんが嬉しそうに笑う。

「……良かったね」

 正直、悔しい。でも、この人が娘のことで笑っているのは嬉しかったから、僕も笑った。

「……私は、涼香を何度も泣かせてしまいました。でも……涼香はそんな私にも会いに来てくれて。嬉しいですね」

 優しく笑いながら樹新さんはそう言って、僕は少し眉を寄せる。

「……なんか、妬けるな」

「……え?」

 樹新さんに手を伸ばして、彼をぎゅっと抱き締めて――彼の耳元で囁く。

「僕は、涼香ちゃんよりもあなたを想ってる自信があるよ」

「……!」

 樹新さんの肩がびくりと跳ねる。

「樹新さん……好きだよ」

 たとえ、彼女達の代わりにはなれなくても。
 僕は、この人のことが――――

「……きょ……京さん……」

 樹新さんが息を呑んで、戸惑ったように僕を呼ぶ。
 樹新さんの体から腕を離すと、彼は頬を赤く染めながら弱ったように僕を見た。

「勿論、同僚としてだけどね」

 にこりと笑って誤魔化して、僕は樹新さんから離れた。



 その日から、樹新さんは僕を見ると恥ずかしげに目を伏せるようになったし、僕に触れられると、顔を赤らめるようになった。
 そんな彼に、僕はある推測をしたけれど、それを確信することは出来なかった。

 涼香ちゃんの結婚式が終わって、樹新さんと想いを伝え合って、漸く確信することが出来て――僕は樹新さんを抱き締めて、彼の唇に口付けた。

「……京さん……」

 樹新さんが求めるように僕を呼んで、唇を合わせてくる。
 角度を変えながら何度も彼の唇にキスをして、唇を離して、問い掛けた。

「……今も、悪夢は見るの?」

 顔を歪めて震えていた樹新さんを思い出して眉を寄せると、彼は首を横に振った。

「悪夢は、ずっと見ていませんね」

「……良かった」

 心からホッとして、樹新さんを抱く腕から力を抜くと、樹新さんは微笑んだ。

「あなたのおかげです。ありがとうございます」

 ううん、と返して再び樹新さんの唇に口付けて、ゆっくりと彼を押し倒す。

「樹新さん……愛してる」

 想いを伝えて、彼と深く唇を重ねて――僕は快楽の海に身を落としていった。

『悪夢と告白』

『悪夢と告白』 如月 作

キュン活二次。一つ前に投稿したAffectionの補足的なお話。時系列はAffectionの6と7の間と8の後です。BLなので苦手な方は注意してください。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-05-20
Derivative work

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