俺は穴から

俺は穴から

tacica『ドラマチック生命体』からインスピレーションを受けました。歌詞の引用等は一切ありません。

俺は穴から

 ある日、部屋に穴ができた。


 その朝は寝坊した。ベッドから飛び起き急いでクローゼットへ向かおうとしたら、片足をその穴に突っ込んでしまい、朝から盛大に転んでしまった。意外にも僕の心は落ち着いていて、何が起きたかは把握できないながらも、はまった足を抜いてその穴を見る。
 50cm四方くらいの四角い穴。中は真っ黒で何も見えない。さっきは足を突っ込んでしまったが、次は何がおこるか分からない。なので、掃除用ワイパーの取っ手をその穴に突っ込んでみる。ワイパー全部を入れても届かない深さのようだ。
 丸めたティッシュを落としてみる。反応なし。今度は空のペットボトルを落としてみる。落ちて跳ね返るような音もしない。次第に僕はこの異常さを実感し、急に背筋がブルッと震えた。
 しかし、そんなことをやってる場合ではなかった。とっくに家を出る時間は過ぎているのに、僕は着替えてすらいない。ひとまず僕は穴にバスタオルをかけて隠し、急いで朝の準備に取り掛かった。


 当然その日は会社に遅刻し、上司から「私よりも近い所に住んでる君が遅れるんだね」と嫌味を言われた。仕事中も穴のことを思いだしてしまい、キーボードを打つ手が止まっていると、隣席の先輩女子社員に「固まってるよ」とからかわれてしまった。


 もしかしたらあれは夢で、僕はただ寝ぼけていただけかもしれない。そう自分の中で結論づける。
 しかし家に帰ると、バスタオルの下には相変わらず、四角い穴が存在していた。
 全身の血の気が引くのを感じながら、僕は何か穴をふさげるものはないかとクローゼットをあさった。
 そのときだった。
「わっ!!」
「うわあああああっ!!」
 突然背後で声が響き、僕も驚いて叫ぶ。その勢いで僕はクローゼットの中に半身を潜り込ませる。頭隠して尻隠さず。それきりしばらく物音もたたないので、3分ほどたった後、僕はゆっくりとクローゼットから抜け出した。そして穴の方向を振り返ると、そこには見知らぬジャージ姿の若い男が。
「うわあああああっ!!」
「わああああああっ!!」
 僕は叫ぶ。それに驚き男も叫ぶ。男は焦った様子で部屋の中を転げまわる。僕は叫びながら、男と距離を取るべく逃げ回る。
「だ…誰!?何!ひいいッ」
「な、何だよっ!!」
 互いに驚き合うばかりで、僕と男はしばらく部屋の中を駆けずり回った。どちらが追って、どちらが追われてるのか全く分からなかったが。
 お互い息が切れて動けなくなったところで、僕は男に何者か尋ねようとした。しかし男は一旦落ち着いたところで、
「あー疲れた」
 とつぶやきながら、そのまま穴の中へと足を突っ込んだ。
「…へ?」
 僕は一瞬何が起こったかわからなかった。男はそのままスッと穴に入りこみ、消えた。まさか、あの男は、この穴から出てきたのか?
 しばらくあっけにとられていたが、気づいてから僕は急いでクローゼットをあさった。ちょうど、引っ越しの時に使った段ボール箱があったので、それをつぶし、穴をふさぐ。段ボールの四方はガムテープで隙間なくびっちりとめた。その上から塩もまいた。


 翌朝、僕は起きぬけ一番におののいた。
「あー…会社行きたくねー」
 その声の方向を見ると、そこには目が据わった状態のあの男が。穴に足をいれた状態で、床に腰を下ろしている。はがされた段ボールはベッド脇で畳まれていた。
「あー、だりー、まだ寝てたい」
 後ずさりしてベッドボードに貼りつく僕に気づいているのかいないのか、男はつぶやき続ける。
「お前は誰なんだ!」
 驚きと恐怖で、僕の声が変に大きくなる。男は僕の方向を振り向く。目が据わっているので睨んでるように感じ、僕はヒッと震える。男はそのまま何も言わず僕をじとりと見つめていたが、けだるそうにこう答えた。
「は?俺はお前だよ」
 僕にはその言葉の意味がよくわからない。
「は?」
「んなことより、早くしないとまた遅刻するぞ」
「あっ」
 言われて僕は時計を見、ベッドから飛び起きた。そしてクローゼットを開く。
「あー、もーいっそ、会社やめてぇー!」
 男はそう叫ぶと、再び穴の中へと消えていった。思わず僕は何かを叫びそうになって穴を見たが、思いとどまった。


 その日、仕事で作成したデータの数値に誤りが見つかり、上司には「こんな簡単な仕事すら正確にできないのか」と叱られた。説教の合間に「はい」「すみません」と相槌を打っていたら、「なんだその情けない返事は」と更に叱られた。ようやく終わって席に戻ると、隣席の先輩女子から「次、気をつければいいよ」と差し入れのまんじゅうをいただいた。
 穴の件は大家さんにも連絡したのだが、僕の留守中に確認したらしく、「それらしき穴はどこにもありませんでしたよ」と留守電が残っていた。


 僕は早々にあきらめた。この奇妙な状況を受け入れることにした。
 よくよく見れば、男も口が悪いくらいで何か危害を加える様子もない。穴も、落ちないように気をつければ問題ない。もしやんごとなき状況になったら、その時考えよう。
「…で、お前は誰なんだ本当に」
「だから俺はお前だっつーの」
 男に聞いてもこれ以上は答えてくれない。男は幽霊ではないようで、物理的接触ができるようだ。試しに段ボールで頭をたたいてみたら、
「てっ…何すんだよっ」
 と段ボールを奪われてはたき返された。そこから取っ組みあいのケンカに発展しそうになるも、お互いそういうケンカをするほどの腕力は持ち合わせてないため、もつれあって頭のたたき合いで終わった。またあるときは、
「落語」
「ゴリラ」
「ら…ラッコ」
「コアラ」
「ら?ら…ラスク!」
「クジラ」
「ら…ってお前、ラばっかじゃねーか!」
 暇つぶしもした。ゲームもできるかと思ったが、生憎僕は3DSを1台持ってるだけなのであきらめた。
 どうやら男は、僕が留守中の時は穴から出られないらしい。僕が帰ってくると穴から出現する。だからといって、僕が家にいるときにはずっと出ているわけではなく、僕が漫画や本を読んだり、ゲームをしたりしているときは大人しくスッと穴に戻っていく。僕が何かに集中する時はその邪魔をしないようだ。
 しかし、一度だけ仕事を家に持ち帰り、PCで作業をしていたある日の夜。
「あー、やだよー、だりーよぉー」
 と、男はうざいほど駄々をこねて床を転がっていた。そのときは僕も機嫌が悪く、
「うるさい!仕事終わらせたいんだよ!」
 と男の頭をはたき、男にはたき返され、再び幼稚な取っ組みあいに発展した。そして、
「もういい加減静かにしてくれ!」
 と、僕が男を無理やり穴に押し込めたことでその場は終結した。再び出てこないよう、段ボールとガムテープで穴をふさいで。


 その次の日の仕事中。夜遅くまで作業をしていた影響か、僕は会議で居眠りをしてしまった。上司にはこっぴどく叱られた。
 確かに僕が悪い。反省はしている。でも、僕の中で消化しきれないモヤモヤしたものが滞る。その帰り、僕は酒を買い込んだ。


***


 家に帰ると、男は不機嫌な様子で床であぐらをかいていた。やはり段ボールではすぐに破られてしまうようだ。
「…そんなに、穴に閉じ込めたことが嫌だった?だとしたらごめんな」
 謝るも、男は動じない。僕は肩をすくめ、そのまま座って買ってきた酒を座卓に広げ、まずビールの缶を一本開けた。今までの行動パターンからみて男は飲食が不要なようなので、僕は男に構わず酒をあおり、つまみのさきいかを取りだす。男は一向に動じない。
 モヤモヤが晴れないまま一缶空けたころ、男がおもむろにつぶやいた。
「わかってねえ」
 その第一声に僕は男を見る。すると男は座卓を勢いよく叩く。僕はその音に驚いた。
「…あの上司は人の使い方を分かってねえ」
 言いながら男は立ち上がった。僕は男を見上げて眉をひそめる。
「…え?」
「最初の指示がざっくりすぎるんだよ!その割に細かいとこ間違えると『ちゃんと俺の話聞け』だぁ?だったら、最初から、フローに基づいて指示しろってんだッ!」
 男が僕を無視して叫ぶ。僕は圧倒されると同時に、更にモヤっとした。
「え…ちょ」
「今日の会議もなんだあれ!?参加しても全く意味ねーじゃん!俺の業務に関係ねーじゃん!?わけ分らなけりゃそりゃ寝るわ!!おっさん達の不毛な水掛け論で30分かかるとかもう俺の存在意味ねーじゃん!!」
 言いながら男はオーバーな身振り手振りをつけながら部屋をズカズカと歩きまわる。僕はそれを目で追う。
「ちょっとまって」
「他の奴らもよお!上司がいない間にぐずぐず文句垂れてるならさあ!陰口じゃなくて!しかるべき方法で意見をきちんと伝えろやああ!!」
「ちょっと待て!!」
 僕は思わず立ち上がり男の肩をつかんだ。
「何でお前が僕の会社の内部事情知ってるんだよ!?」
 そう言うと、男はふと真顔になり僕に振り向いた。男の目が僕をとらえる。男と僕は顔つきがまるで違うが、目だけは僕とそっくりだ。
「だって、俺はお前だから」
 真顔のまま男が答える。またそれか。
「お前…何者なんだよ」
「だから。お前だよ」
 繰り返される言葉と同時に、ベシッと頭をはたかれる。
「てっ」 
 僕は憮然として男の頭をはたき返し、そのままどさっと腰を下ろす。そして2缶目のタブを開けた。男はしばらく黙って僕の様子を見おろしていたが、
「飲みすぎんなよ」
 ボソリと伝えると、そのまま大人しく穴の中へ入っていった。僕は味のしないさきいかを口に入れ、奥歯で噛みしめた。


 翌日。隣席の先輩からランチに誘われた。といっても洒落た場所でもなく、サラリーマンでにぎわう近所の老舗洋食屋で一緒にチキンカツ定食を注文する。先輩との話の内容は他愛もない雑談だった。好きな食べ物は何、学生時代は何してた、休みの日は何してる、等。実は同じゲームをプレイしているという共通の話題で盛り上がった。話しながらも運ばれたチキンカツ定食をたいらげたあたりで、先輩がある一言を発した。
「色々、溜めこんでない?」
 不意なことだったので、僕はすぐに反応できなかった。
「貴方は普段から物静かだし、何言われても反論しないから。あの上司もちょっと最近当たりが厳しい気がする」
「そうですか?でも僕も悪いですし」
「そうは言ってもね…」
 淡々とした口調だからか、先輩からあまり毒気を感じない。
「…もし、上司になにか意見があって直接言い辛いようだったら、遠慮なく私に言っていいから」
 先輩なりの気遣いなんだろうが、また僕の中でモヤモヤしたものが渦巻いた。


「お前はそれでいいのか?」
 その夜、家に帰ると男が仁王立ちで待ち構えていた。既に出てきているとは思わず、僕はヒッと声を出してしまった。
「いきなりなんだよびっくりするなあ」
 僕は男の脇を抜けてクローゼットを開ける。
「いいのかよこのままで」
 男はなおも尋ねる。僕はスーツからスウェットへと着替えながら横目で男を見る。
「何が?」
「言われっぱなしで、お前は何も返さず受けるだけ。そんなんでいいのか?」
 お前もその話か。僕はひとまず上下をスウェットに着替え終えてから、答えた。
「別に、僕は何も言うことがないから言わないだけだ」
 すると、憮然とした表情で男は近づき、
「うそつけ」
 突如、僕の頬を打つ。不意の出来事に、僕はその一発で倒れこんだ。
「…え!なんで!?」
 頬を押さえながら起き上がると、男は立ったまま近寄り、僕を見おろす。その表情は今までにない、怒りを秘めた真顔だった。
「言うことがない?嘘つくな」
 今度は僕の脚に蹴りを入れる。痛みはないが、体内が冷える感覚がした。それに気を取られてたら肩を強く蹴られ、僕は再び仰向けに倒れこむ。その隙をついて、男は僕にまたがり上に乗る。男の体重で腰を押さえつけられ、同時に男の両手が僕の首を締め付けてきた。僕は男の手首をつかんで外そうとするも、ビクともしない。体をよじらせると、首が締められて苦しくなる。足をバタバタさせるも無駄な抵抗だった。
「くる…っし…やめ…」
「ああそうだな、苦しいだろうよ。でもお前にはこれくらいしないと分からんだろうからな」
 男の顔を見上げると、笑っているような怒っているような表情で、しかし目は潤んでいた。僕はこの状況とその表情に、自分の中のモヤモヤが激しく渦まく。男は僕を見て、声を出してあざけるように笑う。首を締め付けられる苦しさで、僕の目も涙で潤みだした。
「苦しいだろ?」
 笑いながら男はつぶやく。
「なあ、苦しいんだろ?だったら苦しいって言えよ」
 笑っているような泣いているような、かすれた声で男は僕に呼び掛ける。こんな状況で言えるわけがない。でも、そう言わなければならない気がした。
「く…くるっ…しい」
「だよなあ!」
 男は笑う。僕の目から涙が溢れ、耳の上へと伝って落ちる。
「俺も苦しい!」
 男は笑いながら叫ぶ。
「ちゃんと言え!苦しい、辛い、嫌だ、逃げたいって!」
 男が僕の顔を覗き込む。狂ったように見開かれた目からは涙があふれている。僕はえずきそうになり、顔をしかめる。膝で男の腰を蹴ってもびくともしない。
「言えよ、さっさと言えよ!俺ばかりに言わせんじゃねえ!」
 だったらその手を離せ!…とも言えず、僕は必死にもがき、足で床を叩く。
「お前がいつまでもそんなだから、俺がこうするしかなくなるんだよ!」
「…がはあっ!!」
 僕は決死の叫びをあげ、男の顔を叩いた。それによって男の力が一瞬ひるみ、その隙をついて僕は男を突き飛ばす。すぐに立ち上がって逃げようとするも、僕は何かに足を取られる感覚がした。
「あっ」
 すっかり忘れていた。この部屋には穴があった。僕は音もなく落ち、視界は一気に暗闇に包まれた。


***


 穴の中に落ちても、意識はまだなおはっきりしていた。暗くて何も見えない。むしろ自分が目を開けているのかすらわからない。はたして今自分は落ちている途中なのか、穴の底にいるのか、重力を感じることすらできない。まるで無重力状態。ただ、表現しがたいのだが、あの男の存在を感じることはできる。見えないが、男に背後からホールドされる感じがした。
「逃げんじゃねえ!」
 男が僕の動きを固定する。
「やめろ!離せ!こんなところで殺されてたまるか!」
「んなことで死ぬか馬鹿!お前のせいだろうが!」
「はあ!?」
 逃れようと脚をバタバタさせるも、無駄だった。そもそも、男が僕をどうやって捕まえてるのかすらわからない。
「いい加減気づけよこの馬鹿!俺は、お前だ!」
 男の声が僕の頭の中で響く。
「だから…どういう意味」
「俺から逃げるな。俺の言葉を無視するな。俺の言葉を受け止めろ」
 男の言葉が震える。僕の中のモヤモヤが、腹の底からゆっくり上昇していく。
「辛い。苦しい。逃げたい」
 男が震えた声でとつとつと言葉にする。
「…やめろ」
「毎朝起きるのがしんどい。満員電車に乗りたくない。会社に行きたくない」
「やめろ」
「パソコンを立ち上げたくない。資料なんて見たくない。上司と顔を合わせたくない。人と話したくない」
「やめろ…」
「仕事がうまくいかない。早く帰りたい。もう明日なんか来なければいい」
「やめろ!」
「もう存在してる意味なんてない。消えてなくなりたい」
「やめてくれ!!」
「でも!」
 暴れようとする僕を男が押さえる。その力がグッと強くなる。
「先輩はお前を見ている」
 その言葉。僕は息をのんだ。男はなおも言葉にする。
「先輩は気にかけてくれる。仕事ができないお前に対しても。なのに」
「なのに僕は、先輩の優しさにすら答えることができない」
 気づいたら僕が言葉にしていた。
「でも、言うのが怖い。怖いんだ。本音が」
 男の力が緩む感覚がした。僕の身体からも力が抜ける。
「言ったら、幻滅されるんじゃないか。空気を壊すんじゃないか。そう思うと何も言えない。言ったところで相手が困るだけ。だから、言っても意味がない。そう思うと、僕は…」
 僕の中のモヤモヤが湧きあがる。
「僕は…僕は…」
 目からは涙が溢れでる。この先の言葉が、僕の喉元でせき止められる。出してはいけない、そう感じて。
 男の力が再び強くなる。
「逃げんじゃねえ。俺も、お前の言葉を受け止める」
 男の声が頭に響く。
「出せるもんは、全て出しちまえ」
 自然と開いた口から、僕は、湧きあがるものを絞りだす。
「僕は…」
 まだ喉がつまる。しかし、
「出せえ!」
 男が叫ぶと同時に、僕も一気に吐きだした。  

「僕が嫌いだ!大嫌いだ!!」
「何もかも大嫌いだ!!」

 出た言葉がスイッチになり、それからは言葉にならない声を腹の底から吐きだした。

「ああ…うああああああっ!!あああああああああ…!!」
「うおおおおおああああああっ…!!」

 僕が叫ぶ。男も叫ぶ。叫びが僕の頭の中で共鳴する。
 叫び、叫んで、叫び続ける。
 出し切るまで。声が枯れるまで。頭が空っぽになるまで。

「ああああああああ…!!」

 空っぽになる僕の意識と身体が、次第に離れていく感覚におちいった。


***


 気がつけば僕は、部屋の床で寝た状態で朝を迎えた。あれは夢だったのか。いや、起き上がった僕のそばには、相変わらず穴が存在している。そして、夢じゃない証拠に、喉が枯れて声が出なかった。それを除いては体調は悪くなかったから、マスクをして出社したのだが、あまりの声の出なさに先輩から
「病院行きなさい、上司には私から伝えておくから」
 とたしなめられた。
「で…も…」
「そうでなくても、貴方は今休んでおくべき」
 なので僕は出社20分で帰るはめになった。
 帰り際、僕は付箋にメモを残し、先輩に渡す。それを読んだ先輩は、フッと微笑みこう返した。
「こちらこそ。元気になったら、予定合わせて対戦でもしよか」
 つられて僕も笑みを浮かべた。会社で笑ったのは、久しぶりかもしれない。 


 あれから時が過ぎても、部屋には相変わらず男がいる。未だに何者かわからない。
「だから、俺はお前だって」
 いつもこればかり。
「そもそもお前は人間なの?幽霊?座敷童子?」
「うるせーな」
 そして頭をはたかれる。
「てっ…そうやって都合が悪くなるとすぐに手がでる」
「それはお前もだろ」
 ただ。何となくではあるが、男の言葉の内容が少しずつ変わってきた気がした。
 僕がバタバタと朝の準備をする中で、男は窓の外を眺めながらつぶやく。
「あー、今日もいい天気だー。会社に籠りたくねーわこれ」
「…そうだな。じゃあそろそろ出るから」
「おう、いってら」
 僕はいつものように、家を出る。
 見上げれば確かに、会社の中にいるのがもったいない程、快晴の青空であった。


<終>

俺は穴から

俺は穴から

日常の中の非日常。冴えないサラリーマンに突然起こる、少し不思議な出来事。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-13

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