先生と私

とある大学に通う理系学生の日常。ありふれた日常のはずが気づいたら何かおかしなことになっていた。
偶然の出会いから急速に変わり始めた人生。一体どうなってしまうの?

170419

(なんか…なんか気になる)
視線を感じる。
(潜ってるのバレたかなぁ)
明らかに先生と目が合う回数が多い。
私が履修登録もしないで、自分の学科じゃない授業に出ていることがバレたのかもしれない。
或いは、もしかしたら私のことを覚えているのかもしれない。
私はこの先生の授業を一年生の時も受けていた。
好きな授業だった。先生が面白いから好きだった。
二年生になって同じ先生の授業がまた開講してることを知り、必修を蹴って潜ることにした。
確かに一年生の時に、授業中のアンケートでおかしな質問をしたし、「この質問した人今いる?」と聞かれた時挙手もした。でもそれ以外目立つようなことはしてないつもりないんだけど。
ちなみにその時の質問は
『なんでK大からうちの大学に来たんですか』
だった。
某有名大学からうちみたいな何の面白みもない私立の理系大学に来たのか不思議だったから。
もしも覚えていてくれてるとしたら、それくらいしか理由がない。


結論から言うと、先生は私のことを覚えていてくれたんだけども。

170425

視線を感じた授業から6日が経った。
生協で消しゴムを買ってラウンジに戻ろうとしていたら向こうから見覚えのある人物が歩いてくる。
(あ、宮原先生だ。)
潜っている授業の先生だ。
先生「ねぇ、君!」
すれ違うと思っていたのに、急に話しかけられた。
先生「もしかしてさ、僕の授業出てたりする?水曜の2限のやつ。」
私「…受けてます。」
とりあえず答える。なんだろう、なんとなく、この人は他の先生より距離感が近い。
先生「そうだよね。あのさ、もしかしてもしかすると、1年生の時も僕の授業受けてた?」
私「受けてました。一年前期の生理学。」
先生「やっぱり!」
状況が飲み込めない。教授は満足そうに頷いている。数秒して頭が落ち着いたので今度は私が質問する。
私「えっと、あの、私のこと覚えててくれたんですか...?」
先生「勿論。明らかにうちの学科じゃない子がおるなって最初思ったんや。えらいクールビューティーな子がおるなって。どっかで見たことあるって思って思い返してみて、やっぱり1年生の頃に見たことあるなって。あの日の夜、気になって仕方なかったんよ。それで話しかけようと思ってな。バイオでしょ?」
先生の言葉にちょっと動揺する。クールビューティーという単語にかなり思考を引っ張られながらも、質問に答える。ちなみにバイオというのは私が在籍するバイオサイエンス学科のこと。
私「そうです。バイオです。1年生の時は生理学を受けてました。」
先生「だよね。あ、ところで名前は?」
私「ええと、宮原知子(みやはらあきこ)です。スケート選手と同じ漢字なんですけど、読み方は”さとこ”じゃなくて”あきこ”です。あ、でももしかしたら名簿の名前は違うかも。」
先生「え、ちょっと待ってどういうこと?」
混乱している。無理もない。
私「私、小さい頃にお寺で名前をもらってまして...出生時の名前とは別に大学ではそのもらった方の名前を通称として使用してるんです。通称の方が知子(あきこ)で本名は博子(ひろこ)です。すみません、紛らわしくて。時々試験の時も名簿と学生証の名前が一致しなくて呼び出されたりするんですが...戸籍を変えるのが面倒で...」
先生はイマイチわかっていない顔をする。それもそうだ。私も可能ならこんな面倒なことしたくない。親に文句を言いたいくらいだ。
先生「ようわからんけど、とりあえずわかった。名簿確認してみるな。もしかして成績すごく良かった?」
私「わかりません。そんなに良くないと思いますけど。」
先生「そう?それも確認してみるな。あ、そうそう。今度の授業の後話そうと思ってたからちょうど良かった。分子生物学の授業はバイオにも必修であるやろ?僕の方の分子生物学の授業を受けても必修を履修したことにはならんからな。だからちゃんとバイオの必修受けないとダメだぞ。」
どうやら先生は私の履修の心配をしてくれている。思った通りに優しい人だ。成績は確認しなくていいけど。
私「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ、ちゃんと自分の学科の必修は受けてます。先生の授業は履修登録しないで潜ってるだけです。」
先生「そうなんか、なるほど。なら大丈夫やな。っていうか潜るほどの授業か?」
私「先生の授業、すごく面白くてどうしても受けたいから潜ってるんですよ。明日の授業も楽しみにしてます。」
先生「いやいや、何言ってるん。とにかく話ができてよかった。呼びとめてごめんな。じゃまた。」
少し照れたような素振りをしたあと手を振りながら去って行った。
私は嬉しくて早足になる。胸がドキドキした。
(覚えててくれたんだ...!)
あの授業の日、目があったのは勘違いじゃなかったんだ。先生は私のことを覚えてて、気になったから見てたんだ。そう思えば思うほど、嬉しさで頬が緩むのがわかった。
次の授業が楽しみで、なんだか落ち着かなかった。

170426

例の先生の授業の日。
昨日話しかけられたせいでちょっとそわそわしてた。
授業自体は何事もなく終わった。教室を出るとき、偶然先生と同じタイミングになった。
先生「そういえばさ」
なんか急に話しかけてきた。しかもまるで友達に話しかけるようなノリで。
私「なんでしょう?」
先生「名前どっちだっけ?さとこ?ともこ?」
私「あきこです。」
先生「あーごめん。」
私「よくあるので大丈夫です。」
5階の教室から1階まで降りていく。なぜか一緒に。
先生「あのあとさ、結局名前のこととか夜も気になって。あ、あとね、成績Aだったよ!」
私「は、はぁ…それはよかったです。」
成績のことは別に言わなくてもいいのに。何で調べてるんだ。
私「名前、本当は変えたいんですけど、めんどくさくて。成人してるから自分で裁判所行けばいいんですけど。」
先生「ほぉ〜。裁判所とか行くんだ。」
私「そうなんですよ。私2浪してるからもう21歳なんです。だから親の承諾がなくても自分で名前は変えられるんです。」
先生「2浪してるんだ?僕もだよ。」
私「え、そうなんですか?」
ちょっとびっくりした。もともとすごく頭が良くて、ストレートで入ってるイメージだったから。
私「私は、高校の時は吹奏楽しかやってなくて。小中高と吹奏楽部なんですが、高校は吹奏楽のために行ったんです。勉強なんて全くしてなかったので卒業したときは頭が空っぽで。やりたい事も決まってなくて。でも、何かで食べていかなきゃいけないってなったとき、勉強も好きだったので大学へ行きたいなってなったんですよ。」
ちょうど一階まで降りてきた。そのまま先生が向かうのに合わせて生協へと一緒に歩く。
私「それで、一浪目は宅浪して高校の内容を自分で勉強しました。そうしてるうちに一層勉強が好きなことに気づいて、二浪目は予備校に通わせてもらいました。まぁ…結果として滑り止めのここに入ることになったんですけど。」
ちょうど生協の前に着いた。先生が足を止める。
私「でも、どこの大学でも入ったら自分次第だなって思いました。私は学ぶことが大好きで、何でだろうって思うことが大好きで。だから大学に来たんです。学ぶために大学にきました。だから凄く楽しいです。授業もですけど、図書館で本を読むのも楽しくて。」
一方的に私が話していたけど、先生はふむふむと聞いてくれていた。途中で自分が二浪した時の話もしてくれた。前期で落ちて、後期駄目元で受けて受かった学部に入ったとのことだった。どの学部でもK大に入れること自体が凄いけども。
先生「勉強、好きなんやな。僕も何でだろうって考えるのが大好きでな。いやあ、勉強が好きで大学入ったなんて子、なかなかおらんからびっくりしたよ。本もいっぱい読むん?」
私「確かに同じような子はいないですね…ええ、よく読みます。好き嫌いなく。」
先生はとても嬉しそうだった。興奮しているのが声から伝わってくる。
先生「なあ、もしよかったら研究室遊びにこーへん?研究費で買ってる本がいっぱいあるんよ。貸してあげるから遊びにおいで。」
私は嬉し過ぎて思わず声のトーンが上がった。
私「え、え?!いいんですか!!行きたいです!でもいつ行ったら…」
先生は自分の授業日を話し始めた。でも結構多くていついけばいいかわからない。
私「えーっと、うーんと」
私は頭の中で先生の空いてる時間と自分の空いてる時間を照らし合わせようとしていた。
先生「なんなら、LINE交換しようよ。来たいときに連絡くれればいいから。」
私「え、いいんですか?」
先生「もちろんだよ。僕のIDはね…」
驚き過ぎて訳がわからなかった。好きな先生とLINEが交換できるなんて…
というか先生から交換しようって言ってくれたのが嬉し過ぎてドキドキした。
私「ありがとうございます!後ほどご連絡しますね。」
先生「うん、いつでも遠慮なく連絡してね。」
LINEを交換し終えて別れた。
嬉しくて嬉しくて、次の教室に向かいながら私は小躍りしてしまった。
今思うと、この頃から先生のことを特別に感じていたのかもしれない。

170428

先生とLINEを交換した日、早速連絡をした。
結局2日後の金曜日、授業の後に研究室に遊びに行くことになった。
私『金曜日は実験なので、終わってから行きます。遅くなってしまったらすみません。』
先生『わかった。実験頑張ってね。』
先生の「頑張ってね」になんだかドキドキした。
研究室に入ると、何やら取り込み中のようだった。部屋の外の椅子で本を読みながら待っていると、10分くらいして先生が出て来た。
先生「待たせてごめんね。」
それから私と先生は4時間くらい話をした。
お互いが読んでる本のこと、先生のお勧めの本のこと。本の読み方について。学問や勉強についてどんなことを考えているかとか、先生が若い頃どんな風に勉強していたかとか。先生の大学時代の話、ご両親の話。私の兄の話。他愛もないことをいっぱい話した。
本の読み方が一緒だったり、学問やサイエンスに対する考え方が似ていたり、共通点が結構あった。
それもあってずっと話し込んでしまった。
先生「研究室で話すとちょっとアレだから、外で話そうか。」
学問や研究についての話しは、ちょっと他の人に聞かれたらまずいとのことで外に出て話した。
少し風がある日だった。
強い風が吹いたとき、ふわっと先生からいい香りがした。先生を一人の男性として意識したことはなかったけど、その時だけちょっと意識してしまった。
先生「いやあ、話してると時間があっという間やね。そうだ、今度飲みに行こう?」
私「いいですね!私ももう成人してますし。」
先生「そうだよね。あ、お酒は強い?」
私「ええまあ人並みには。」
先生「よし決まりだ!でも学校的には二年生と飲みに行くのはダメなんだよ。だから新宿でばったり会った程で飲もうな!」
私は笑った。先生、なんだか可愛いなと思った。
私「じゃあばったり会って飲みましょう!」
先生「授業、履修登録してなくてよかったよ。利害関係があると飲みづらいからね。」
そういうのも気にしなきゃいけないのか、と思いながらも、潜ってるのが結果としてはよかったなと思った。


その日の夜、LINEがきた。
話せてよかった、同じ感覚の人と会えて感動した、そんな内容だった。
嬉し過ぎて家でまた小躍りしてると、さらにLINEがきた。
名前のことについてだった。
私と先生は名字が一緒だ。だから先生は私のことを下の名前で呼びたいということだった。
しかも呼び捨てで。
照れくさいというか恥ずかしいというか…
でもなんだか凄く距離感が近いた気がして嬉しかった。私は下の名前で呼ばれることを承諾した。

借りて来た本を読みながら、次はいつ会えるかなとぼんやり考えた。

170901

お昼頃、昨晩のLINEに対して返信がきた。
最近、寝落ちすると大体昼頃に返信がくる。授業があるときは朝に返事があったけど、今は夏休みで固定された時間割もないので恐らく手が空いた時に返事を打っているのだろう。
返信に絵文字がなかった。きっとPCから返信したのだなと思いながら、今日も頑張ってください、と送信した。
今日は大学で行われているワークショップの最終日だ。
先生はこの手の業務に対して口を開けば「めんどくさい」「大変だ」「疲れる」と愚痴をこぼす。
本当は自分の研究に時間を使いたくても、こういった仕事で時間を奪われているのだから愚痴を言いたくなるのも頷ける。
私は大抵その愚痴を丁寧に聞き、時と場合によって励ましたりもする。
立場的に考えると何かおかしい感じもするが、もうこの関係が普通だと感じるくらいには色々麻痺している。

夜、明日の読書会の場所と時間を確認するためにこちらから連絡をした。
夜中の12時ごろ返事が来て、その後既読がつかなくなった。
(また寝落ちか...)
呆れながら、とりあえず私は眠くなかったので勉強を続行した。
私『先生?大丈夫ですか?寝ちゃってないですか...?』
早々に寝落ちと決めつけてしまっては良くないかと思い、ひとまず様子を見ようとLINEを送る。
30分ほどして返事が来た。寝落ちしてると思っていたのでちょっとびっくりした。
先生が寝落ちする前に布団に向かわせなくてはと思い急いで返事を送る。
既読がつけばいいのだけれど...
そうこうしているうちにもう2時だ。
私も眠くなってきたのだけど、先生は今頃どうしているんだろう...?

先生と私

先生と私

現在進行形で進むとある大学のとある理系女子学生の日々をただ綴っただけのお話。 この物語はフィクションです。現実とは異なります。多分。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-13

Copyrighted
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