*星空文庫

黄昏コンテンポラリー

茉莉花(まつりか) 作

黄昏コンテンポラリー

「えらく楽しそうだね?」
 急ぎ足で仕事場を出て行こうとすると、同僚に声をかけられた。
「楽しそうに見えますか?」
 問えば同僚は、にっこりと微笑んでうなずく。
 職場のガラス戸に映る自分の姿を見ても私には自分が嬉しそうにしているようには全然見えないのだが彼に言わせれば楽しそうに見えるらしい。
「……デート?」
「え?いや、全然」
 どこか疑うようにする同僚だが、私をからかうようなその表情は意地悪そうに笑っていた。
「でも、気合入れた服装じゃね?」
「どっかおかしいですか?やっぱ着替えてから行った方がいいのかな」
「やっぱ、デートじゃん!」
 同僚は呆れたように「おかしくないよ」と、笑う。
 からかわれているのは判ったのだが少しむっ、とした表情になると余計に笑われてしまった。
「デートなんかじゃないですって」
「まーいいから。で、誰と?俺の知ってる人?」
「……違うって言ってるのに。私が誰かと出かけるのそんなに不思議ですか?」
「いやぁ。だって、最近の君は付き合い悪いから。でも、そうか~へー」
 同僚はニコニコしならが私の背中を押して廊下に一緒に出てくる。
 しかし、通路に見知った顔の二人組を見つけて、「天変地異が起こるぞ!大変だ!」とバタバタと走って行った。
 失礼な、と思ったが、時間がなくなる前に行ってしまおうとその場を後にする事にした。
 私の後方からは案の定、驚いたようなどよめきが聞こえてくる。
「私をなんだと思ってるんだ……覚えてろよぉ」
 待ち合わせをしているのは間違いないのだが、そこまでどよめかれるのは実に心外だ。



 たぶん、相手は時間に遅れて来ることはないだろうからと、私はだいぶ早めに待ち合わせ場所に来ていた。
 かといってその場にずっと立っていれば後で色々言われるのが目に見えて判るので近くのコンビニに入って適当に時間を潰す。
 先週の事である。
 その日も待ち合わせをしてたのだが、天気の悪い日だった。待ち合わせ30分前には曇っていた空は徐々に傾いてとうとう雨が降り出してしまった。
 小降りだったし、頭上には一応雨よけになりそうなものもある。大丈夫だと私は思ってそのままその場で待っている事にした。
 だが思い外、雨足が強くなってしまい滴る程ではないが、時間きっちりに現れた待ち合わせ人を呆れさせるくらいには濡れてしまった。
 せめてコンビニとかに入っててくれ、と頭をタオルで拭かれながらしつこく何度も言われてしまった。
 当然、その日の予定は全部狂ってしまったが私に対する扱いはやけに優しかった事が記憶に新しい。

 流石に早く来すぎたのか、暇をもて余す。
「食べ物は……いいか。雑誌とか……マジ読みになりそうで怖いけど買っておこう」
 たくさん並ぶ雑誌から比較的厚い雑誌を選んでパラパラとめくる。
 ふと、横を見ると空の写真に詩を載せた詩集に目にとまりそれを手に取ると、あっという間にそれに夢中になってしまった。
「……それ、面白い?」
「っ、うわあ……むぐっ!!」
 驚いて大声を上げそうになるのを寸前の所で止められた。
「な、何……!?ビックリさないで……」
「なにもそんなに驚く事ないだろうに」
 ぱっ、と口を塞ぐ手を放されてからも息が上がるくらいに心臓がバクバク言う。
 店内の時計を見れば待ち合わせ時間を10分程過ぎていた。
「あ。ごめん……」
「別に構わないけど」
 すぐわかったし、と私の横に並んでさっきまで見ていた詩集と同じものをパラパラ捲ってからそれを持ってレジに向う。
「それ……」
「……後で貸してあげるよ」
 それを会計して駅に向かう。電車に乗っている最中から並んで歩く今も一切の会話が無い。
 別に不快とかそういうものは感じないが、一言の会話も無いと不安にはなる。
 横を歩く男を見れば、少し痩せたようにも見える。何かを考えているのかは判らないが、眉間に寄せた皺で気分を察することは出来る。眠そうだな、とぼんやり思いながら見つめた。
「随分早く来てたんだ」
「ぅえ、と。他に用事もなかったから」
 急に話しかけられて、思いっきり声が裏返る。
 早く来すぎても疲れるだろう?と問われ、それに「そうでもない」と返す。「そうなのか」と返って来た声のトーンが一瞬落ちたのに気が付いたがそれはそっと流すことにした。
「あ、色々持ってきたんだ」
「何を?」
「コレ」
 鞄をごぞごぞと開け中の携帯用ゲーム機を見せて笑う。
「なんだ?これ」
「……音消せば邪魔にならないから大丈夫」
 邪魔、というのは仕事の邪魔という意味だ。自宅でつめる事が多いであろうこの人の邪魔になってはいけない。
「普段こういうのしてんのか」
「うーん。他にもいろいろするけど。流行に逆らえないのは確かにあるなぁ」
 ゲームのレパートリー的には普通だと言うと、たいして興味なさげにふーん、とまた前を向いた。


「…………」
「…………」
 全くの無言だ。……今度はイヤフォンも持って来よう。音がないと少し落ち着かない。
 TVの音どころか外の音まで聞こえない。部屋の中は本当に静かで、ソファーに寄りかかるちょっとした軋む音すら大きく聞こえてしまう。
 ゲームの電源を切って一息つくと、今度は雑誌を手に取って捲る。
 居間のテーブルに沢山の本と紙を広げて黙々と書き物をしている人の表情を盗み見ると、この上ないくらい厳しい表情がそこにあった。
 うわぁ……怖いくらい真剣だ。やっぱり、来るべきじゃなかったのだろうか。
「……ん?何?」
「ええと、なんか飲む?私、買ってくるけど」
 コンビニで買ってくれば良かったなと言いながら笑うとそうだな、と疲れた返事が返って来た。
 最近合う時はいつもこんな感じだった。仕事をしている横で私がゲームをしたり、本を読んだり雑誌をめくる。
 あまり会話という会話もなくただ二人でいるだけ。
 事前に前もって「やることがある」と伝えられていたし、それでもいいと望んだのは自分だった。
 そして別段不満も無く今に至るのだが……。
「冷蔵庫にお茶入ってるから好きに飲んで」
「あ、はい」
 立ち上がっていそいそと冷蔵庫を開ける。一応、二人分のカップを持って戻る。
 すると、私の買った雑誌をペラペラ捲りながら不機嫌そうな顔をもっと顰めていた。
「コレは……何か、新手の嫌がらせ?」
「嫌がらせというか、ただの下着のカタログ雑誌だけど」
 パタン、と閉じて傍らに置く。
 不機嫌な表情がどこか可愛く思える自分は重症なのだろう。
「それ大本命なのに。可愛いの多いんだよこのメーカー」
「……よかったな」
 呆れたように苦々しい顔をしながら、ペットボトルから注いだお茶を一気に飲み干してまたテーブルに向かう。
「TV、つけていいよ」
「気が散るでしょ、いいよ」
「……暇だろ?」
 ぴ、と小さな音がしてTVをつけるとリモコンを私に押し付け、また書き物に戻る。
 気にかけて貰った事に嬉しくなって、邪魔だと思いながらもついつい声をかけてしまった。
「何そんなに考えてたの?」
「……ん、いや。最近の広告って殆ど両面印刷だろ?裏が空いてる方が少ない」
「そうだけど、なんで?」
「チラシの裏に書いておけ、って表現成り立たなくなってくるなぁと思って」
「あー……」
 小難しい顔してると思えば考えていた事はしょうもない事だったりする。
 可笑しくなって、声を出して笑ってしまう。
 考えるのを放棄したのか開いていた本を閉じて紙をまとめ始めながら家主はポツリと呟いた。
「なんかさ、不思議だよな」
「何が?」
「オレの家に君がいて、あまつさえ下着カタログ持ち込んで読んでたり、普通にお茶飲んでる事が」
 不思議、と言うわりに何でもないような物言いで言われると余計にそんな気になるのは仕方ない。
「そんな居心地いい?」
「うん。いい」
 またふーん、と気にしてなさそうな返事を返される。
「でも、君も忙しいのになんで来るかな」
 せっかくの半休に、と何気なく呟く。
「いや、なんとなく……って迷惑ですよねさすがに」
「うち来たって何も出ないのに……別にいいけど。迷惑じゃないし」
「……え?」
「それに、君がオレの事すごく意識はしてるのはモロ判りなので隠さなくていいよ」
「……うっ」
 毎回、話しかける度に驚かれれば丸解かりだ、という。変に意識しすぎててモロ判り、面白いらしい。
 だからたまに全く脈絡なく不意打ちで話しかけたりするのか……心臓に悪い。
「驚くの判っててこっちも意地悪言うしね」
「……うわぁ。やっぱ確信犯だ。ドSだ」
「たち悪いよ?オレは」
 ガックリと肩を落していると、頭に何かを乗せられた。
「貸してあげる。明日まで」
 受け取ってみると、コンビニでついついマジ読みしてしまった詩集だった。
「じゃ、明日も来ていい?」
「いつでもどうぞ」
 夕暮れ時にの空を見上げながら帰途に着く。
 もうすぐ梅雨入りの時期を迎えるする空は春の霞がかった空よりずっと澄んでいて、夕焼けの色も一段とクリアな赤に見える。
 明日は何を持って来ようかと考えて急に楽しくなってきた。
 ……同僚が私が楽しそうに見えるといったのは嘘ではなかったようだ。


「……楽しそうな微笑だったなぁ」
「そうだね」
 通りの飲食店の窓から外を窺う人影三つ。
 出歯亀していた訳でもスネークしていた訳でもなく、たまたま入店した飲食店の前を実に嬉しそうな足取りで歩く彼女が通りかかっただけだ。
「まあ、本人が幸せならいいんだけれど」
 呟く同僚の黒い微笑を目の前で見ていた彼の友人は視線を逸らす。
 楽しそうなその表情に、絶対何かする気だという雰囲気を感じ取りつつ、友人は黙って暗雲が来そうな予感に少々の不安を覚えつつ隣でコーヒーを啜る自分の先輩を見上げた。
「まあ、仲間の幸せは祈ろうか」
「……それにしてはいい笑顔だよ、アンタ達」
 友人の呟きは後姿をまだ見ている二人の耳には届かずに消える。……ふと、先の事が少し判った気がして友人は彼女に対してかわいそうだと思いながらも、自分に害がないならまあいいかと思ってメニューを開いた。

『黄昏コンテンポラリー』

『黄昏コンテンポラリー』 茉莉花(まつりか) 作

  • 小説
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更新日
登録日 2017-05-12
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