*星空文庫

絶望には、もう飽きた。

AXIA 作

絶望には、もう飽きた。

 点と線が交差するような、曖昧でどこにでもある単なるそんな通過点。自分を取り巻くものは間違いだらけで構築された砂上の楼閣だった。
 己の望みはなんだ?
 簡潔に答えよ、と自身に問う事にはもう飽きた。
 過去と未来が入れ替わったとしても、現状は変化しない。願いは行く宛を失えば、霧のように彷徨って溶けて消えてしまう。
 ここにあるのはただの、現在。
 現状が変化しないのなら、どうして良いように変えようと思わないのか?それとも思えないのか。
 お偉い学者様ならば解るのだろうか?……いや、解るまい。変えていいのか、悪いのか、それを決めるのは世界の終焉に立ち会う者だけだ。
 思考の纏まりはどんどん歪んでゆくだけでそんな事を繰り返しながら、毎日、夜が明ける。
 己の事すら理解できずにいるのに世の行く末なぞ判るわけもなくただ時間が過ぎてゆく、それだけだ。
「……ん、」
「……」
 隣で寝返りを打つ、男の眉間にうっすら皺が寄って、それが私のせいだと感じる程には妄想にも慣れてきた。
 今ここでこうして二人でいる空間に、現実味が無い。自分だけが末端からボロボロと崩れて壊れていくような感覚と、この空間や触れているはずの世界が単に与えられただけ虚像の様な物のようにも思えているのだ。
 そう、これが、誰かに造られた世界なら壊すのも自分ではない誰かだ、と。
 誰かにとってのこの世界が壊れてしまえば、傷んだ玩具を捨てるかのように簡単に打ち捨てられるのだろう。それだけの事なのだ。壊れた物なぞはいらない、変わりはいくらでも創れるのだから。
 そんな話をすれば、きっと隣で眠るこの男は「何を、」と窘めてくれるのだろうか。と、考えて首を横に振った。
 そう切り捨ててくれるほど、この男は優しくはないだろう。たとえその場でそう返したとしても、その心の中の隅にいつまでもそれを包み込むかのように抱えてしまうのだろう。
「……、すぅ――……」
 吐息混じりの寝言で私の名を呼んで、寝返ったままのその背中にそっと寄り添う。昼と夜がもう繰り返さなければいいのだ。そうだ、このまま、狭間の刻の中でこうしていたい……これが造り物の世界ならなおさら……己が壊れるその前に。
 だが、それならば崩壊を起こす前に、その意思で壊して欲しい、壊したいとも想う。壊されるのならば何処かの見知らぬ誰かではなく、愛しい……男、その者に破壊して欲しい。
 それが今起こるとして、それが望みだったのかと問われても「そうだ」と嘘を吐く事など容易い。
 私は一体「何」であるのかですら、あやふやで脆い。
 望みが解らない。
 望むことが出来ない。
 絶望すら訪れない。
 淡い希望と辛らつな現状と、煩わしい事情が面倒になったのは、いつの頃か。生身の体を認識し、他への共感を始めた時からだったように覚えている。
 肉体と心が結びつき明確な物となった。嘘と真実とか混ざり合い、閉塞感が膨らんでゆくだけの世界を知ったのだ。
 共感が得られなかった頃には「こんな世に何の価値があるのだろう」と、思っていたはずなのに、と自嘲気味な笑みが漏れる。
 本能があればそれなりに情報伝達をして関係を築く。こまやかな関係をつくることはできず「刎頚の交わり」という程度ではあろうが。だが意志のあるモノはそれ以上に親密な関係性を築く。
 ……面倒なだけであるのに。
 言語が使えなかったら良かったのにと思うことがある。お互いに「わかる」ことができる事で個体の内部に発生している状態と極めてよく似た状態がもう一つの個体の内部にそれが生ずるそれが共感である。
 共感は同一化と表現される経過と重なりあっている部分が多く、自己と他者を置き換え「相手の身になる」という能力そのものが、もはや邪魔になってしまった。
 だがそれから私は逃げることが出来なかった、それだけの事だ。
 共感が重なれば厚くなる程に関係は深くなってゆく。所詮は暮らしを営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うことの累積なのだと、こうなってから実感しても遅かった。
 途中で考える事放棄し、享受した私には扱える代物ではなかっただけなのかもしれない が。
 お互いに交換しあうことなしに成立する関係というのは、酷いモノしか生まないのを過去に見知っていたはずだ。
 時間だけがどんどん過ぎていく。
 1秒ごとに明るくなっていく外に併せて崩れていく己の世界。私が見ていた歪んだそれは重く濁った色へと塗りつぶされて、真実は失われ偽りすらも消えてゆくのか。
 ああ、やっぱり取り残されたのは心だったのだ。そのうち、世界は色を失って、いつだったか夢に見た風景へ届くことはなくなるのだろうか。
 他人事のようにそうやって冷静に見つめるのにも慣れていたはず、だ。
「壊れたら捨てられ消えるだけ」
 第一選択肢が幸先のないものであると覚悟していても、"1人では嫌だ、誰か傍に居て欲しい"と願いながら奈落に落ちて行った者達を知っている。
 そこから拾い上げられる事は稀有で、私にそれが起こるとは思えないのだ。
 なのに、想いが止まらない。
 言語が使えなかったら良い、と思った私の思考を超え、伝えたいと思ったことをこの瞳が勝手に写し伝えている。
 それに応えが返って来てしまったのだから、精神は歓喜し欲望を覚え始めた。「他」を好きになったり嫌いになったりの繰り返しで疲れきってしまっているはずなのに。
 だから何もいらないと。……そのはず、だったのに。なぜ、こんなにも温かいのだろうか。
 待つ事が苦しくて、待たれる事が嬉しいのだろうか。
 傍にいて欲しいと、紡ぐ柔らかな声色とまっすぐな眼差しが自分に向けられると勘違いをしそうになるじゃないか。
 別に救われたいとか、助けて欲しいとかそういう考えは無いのに。
 気持ちが揺れるのではなくて悲鳴を上げているのは何故なのか?
 ……何も考えたくない。と、曖昧な気持ちのままで、もう少しだけな、と呟いて、まだ眠っている男の背中に顔を押し付ける。
 この想いを消す事に集中して己を保とうとしている滑稽な自分の姿を呪った。
 ああ、まだだ。
 この世界を壊せるわけがない。
 愛しいのだ。
 愛しいのだ。こんなにも、ただただ、愛しくて仕方がない。
 誰もいない朽ちた世界にはないものを知ってしまった私が心地よい静寂の中になんぞ戻れる筈がないのだ。
 愛しき者のいるところが、世界に変わるまで肯定を並べて私は行く。

 目の前の温もりがだんだん身体になじみ始める。荒れた思考や思いが優しいその体温に落ち着きを取り戻して安堵する。
 深く眠る一振を起こさないように、抱き懐に寄せ目を閉じる。
 究極の矛盾、突き詰めれば正論。
 さあ、存在理由を獲得したぞ、世界は少しずつ優しくなっているはずだ。

『絶望には、もう飽きた。』

『絶望には、もう飽きた。』 AXIA 作

  • 小説
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  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-05-12
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