ドトールSF

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 この文章は過去、Webに掲載したものを、一部改変した上で転載したものです。あらかじめご了承下さい。
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 東京のドトール、店舗数が尋常では無いらしい。
 突然どうしたのかというと、まあ長くなるのだが、話は六月第三週頃にまで遡る。僕は飢えていた。なにに飢えていたか。充実した休みにだ。
 実は大学に入って以降、生活サイクルが変わった上にアルバイトやら課題やらテストやらに忙殺され、満足に休暇を堪能できずにいたのだ。この辺りが元・浪人生のまずいところで、ある程度勉強なり仕事に精を出した後は納得がいくまでぼんやりしないと、精神の平衡を保てないのである。ものすごく厄介な性質を身につけてしまった、と思うのだが、高校生の時分よりは遥かに落ち着いたようにも感じているので、まあいいか、と正す機会も見送っている。
 話は逸れたが、とにかくそんな理由で有意義な休暇の過ごし方を考えていたところ、天啓のように降って湧いたのが「ドトール巡りしたい」というアイデアだった。最近ドトールにハマっているのだ。スターバックスほど五月蝿くないし、宮越屋珈琲ほどお高くないのがいい。「喫茶店」という括りで言えば、一番好きな店は他にあるのだが如何せん個人経営で、席数も値段もちょっと心もとない。だからお金と時間のある時以外は、専らドトールで作業しているのであった。
 早速某SNSで「写真を撮ったりぼんやりしたりうまいもん食いつつ自転車で移動して、東京のドトール全てを回りたい」「ひと夏かけて」などと、以前より抱いていた願望を混ぜ込んで発信したところ、東京都内に存在するドトールが何軒あるかを調べてくれた親しいフォロワー様がいらっしゃった。しかもわざわざわかるように知らせてくださったのだ。なんともありがたい、と感謝しつつ送られてきたリンク先へジャンプしたら、その数なんと五百超。ふざけているのかと問いたい。ちなみになぜ東京かというと、単に久々に行きたいのと、札幌市内だと三日もあれば全店舗を制覇してしまえそうだからだ。だって十軒しかないんだぜ。三日も要らない気さえする。さらにここで札幌市の面積はおよそ一一〇〇平方キロメートル、東京都のそれは約二二〇〇平方キロメートルである、というデータを挙げれば、都内のドトールの数がどんなに滅茶苦茶かお分かりいただけるだろうか。
 とにかくおかしいと思う。札幌の軒数がやたら少ない事実には目をつぶろう。しかし他の喫茶店チェーンやその他様々な店舗がひしめく中で、あの狭苦しい都市に、五百ものドトールを内包する余裕が今更あるのだろうか。僕も何度か訪ねているが、もう破裂寸前といった印象を受けた。とはいってもドトールを経営する会社の公式サイトによる計上だから、間違いではないはずだ。ますます信じられない、というか信じたくない。熱と人と情報が飽和するあの街で、一体何が起きているというのか。
 もしかすると東京は、カフェに食いつくされつつあるのではないだろうか。奴らは空き店舗を見つければ一切の躊躇いもなく入り込み、根を深く張って、金という名の都市の養分を貪る、無機寄生体なのでは。立地や自らの奴隷である店員の接客態度等の条件に左右されやすいものの、基本的に人が集まるかぎりは不死であるのだ。しかも完璧に「ただの喫茶チェーン店」として擬態している。なんと恐ろしい侵略者であろう。
 きっともうすぐ輝かしき日本の首都はドトールに覆い尽くされ、吸い尽くされて、やがてその高質量・高エネルギーに物を言わせて、空への進出を試みるはずだ。多層構造存在と呼ばれるようになったそれらは、そうしてスカイツリーを支柱として、朝顔の弦じみて巻きつき伸びて成層圏を突破。長い時を経て、国際宇宙ステーションとコンタクトし、架け橋になる。金持ちはこぞってこの構造体に移住し、真空に広がる無数の光点を窓越しに眺めながらコロンビアを啜る。一方貧しいものたちはスラムと化した地球に残り、軌道エレベーターならぬ軌道ドトールの住人たちのために、劣悪な環境の中で懸命にコーヒー豆を育てる。貧しい彼らの口にはコーヒーなど、もちろん一滴も入らない。豆カスを固めてできた合成食料と、軌道ドトールの下水をろ過した水、たまに降ってくる残飯。そうしたものが日々の糧なのだ。
 「皆さん」と、軌道ドトール市自治委員長が、カメラに相対して厳かに告げる。「誉れ高いドトール市民の皆さん。ご報告がございます」
 市民は熱心に耳を傾ける。彼らの視線は一様にカラーの画面に向いている。そこには白髪頭で中肉中背、しかし目つきの鋭いアジア系の男が立っていて、今まさに再び口を開くところだ。
 「えー、我々の暮らすこの構造体が、今なお増殖し成長を続けていることは、ご存知のことと思います。ですがこの度、軌道ドトールの研究を委託している外部機関によって、ますます構造体の増殖が加速しており、それに伴いまして、あと数十年足らずで太陽系を抜けて、他の惑星に到達するという事実が判明いたしました。ひいては到達予定のこの惑星を『エクセルシオール』と名付け、今後開拓の準備を進めてまいります。なお、市民の皆様方におかれましては、この一大プロジェクトに対し、えー、何卒ご協力のほどお願い致します」
 市民たちは歓喜と期待、少々の不安にどよめき、抱き合い、決意の声を上げた。一丸となって新天地を拓く、誰もがそう誓った。
 ところでこの衝撃的な発表を聞いていたのは、宇宙に進出した市民だけではない。地球に残された人々も、店内放送の電波を盗んで、ラジオで流していたのだ。悲嘆に暮れる者、さっさとどこかへいっちまえと悪態をつく者、ことの重大さがそもそもわかっていない者、様々であった。某国・某地の定期市、その広場で、眼の奥に強い感情の炎を宿したひとりの少年も、放送を聞いていた。
 「俺は」少年はつぶやく。「ぜったいお前らを追い落としてやるぞ」
 後に革命の英雄と称えられる彼は、名をベローチェという。

 ところで東京でドトール全店制覇を試みた場合、各店舗でコーヒーを一杯注文するとして、一体いくらかかるのか試算してみた。およそ十一万円だった。諦めたほうがいいかもしれない。

ドトールSF

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過去にTumblrに載せたやつです

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-11

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