永遠に雪が解けない街

 雪の街を歩いた。
 雪の街は、永遠に雪が解けない街であった。
 雪が降れば、降った分だけ積もり、積もった雪が解けない内に新しい雪を被る。古い雪に新しい雪が重なり、積もりを繰り返し、今では建物の七階の高さにまで達している積雪の上で、わずかなにんげんと、何匹かのあらいぐまたちが暮らしているのだった。
 にんげんは、だめです。
 一匹のあらいぐまが、ぼやいた。
 にんげんはあきらめています。じぶんたちの街を元に戻そうという覇気がない。気持ちはわからなくもないのです。こんなの巨大なショベルカーでもないと、どうにもなりませんから。
 ぼやきながらスコップで、穴を掘っているのだった。
 街はどこまでも白く、ところどころ見える建物は、七階よりも上階が存在するマンションやオフィスビルである。つまり、ぼくが立っている真っ白い地面の下には、無数の民家、店舗、六階までの階層を有する建物が埋まっている。にんげんも、動物も、植物も、古い家も、新しい家も、学校も、公園も、図書館も、水族館も、ありとあらゆるものが、雪の下敷きになっている。
 積もった雪の下にはなにがあるのか、ではない。積もった雪の下には、なにもかもがあるのです。
 スコップで穴を掘りながら、あらいぐまは言った。
 軍服のようなものを、あらいぐまは着ていた。銃剣のようなものを、小さな背中に背負っていた。
 ちらほらとにんげんたちの姿も見えたが、彼らはふらふらと歩き回っているだけであった。男も、女も、老人も、子どもも、雪原の上を歩き回り、建物のなかに入ったり、出たりを繰り返していた。にんげんも、あらいぐまも、まいにち死にます。子どもっぽい調子で、あらいぐまがつぶやいた。
 私は救えるものは救いたい。
 ざく、ぼす、ざく、ぼす、と穴を掘り、スコップにのせた雪をおろし、また穴を掘る。
 あらいぐまがスコップひとつで、雪に埋もれた街を掘り起こそうとしている。
 永遠に雪が解けない街で。
 また寒くなれば雪が降り、降った分だけ積もり、積もった雪が解けない内に新しい雪を被る。古い雪に新しい雪が降り積もり、いま見えている建物もいずれは雪に埋もれて姿を消す。生きる気力をなくしたにんげんと、非力ながらも街を救おうとするあらいぐまが共存する、雪の街。
 ぼくはたばこに火を点け、穴を掘るあらいぐまの後ろ姿をしばし眺めていた。
 街はどこまでも白く、空気は冷たい。たばこをくわえるくちびるが、かすかに震えている。薄着で訪れたことを悔やみながら、たばこのフィルターを噛みしめて寒さを耐え忍ぶ。あらいぐまが背を向けたまま、ぼくに言う。
 あとで一本、いただけますか。
 ぼくは小さな声で、いいですよ、と答えた。思わず声をひそめてしまうほど、街は静かだった。

永遠に雪が解けない街

永遠に雪が解けない街

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-06

CC BY-NC-ND
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