不純な動機

不純な動機

 ……計画は失敗に終わった。
 
本当に金が欲しかったわけじゃない。単なるヒマ潰しというか、事件らしい事件など滅多に起こらない、ひたすら平和で長閑な町になんとなく嫌気がさしたから、つい出来心で大それた事をしてみたくなっただけだ。ちょっとの間だけ町を騒がして、寝起きのように呆けた町の人たちを興奮させたらそれで終いのはずだった。
犯罪のスリルだけ味わって元通りに金を返したら、また普段の退屈な生活に戻るつもりでいたのに現状の悪夢はまだ覚めない。
僕は想像以上に熱を帯びた町の大人たちに追われ、闇雲に逃げ込んだ町はずれの向日葵畑に息を殺して身を潜めている。
食用油を生産するために作られた広大な向日葵畑。中学に入ってから急激に伸び始めた僕の身長よりも高く育った向日葵たちのおかげで僕の姿は大人たちの視界からうまく消えていた。
真夏の強烈な日射しを受けて、向日葵の葉の緑と花びらの黄色のコントラストがやたらと目に眩しい。母親に餌をねだって鳴いている雛鳥のように一斉に太陽に向かって顔を上げる向日葵の群れを縫って、僕はジリジリと迫り来る追っ手たちの動きを気にしながら当てのない出口を目指して畑の中を這いずり回った。
「ヤツを畑の中から絶対に出すなよっ。みんななるべく散らばって周囲を囲むようにして追い込むんだ」
 追跡の指揮を取る警察官の怒鳴り声が聞こえた。そっと覗いた向日葵の隙間から、警察官の指示を受けた町の大人たちが角材や鉄パイプを手に畦道から畑の中に入り込んで来る。畑の所有者に配慮してか、出荷前の向日葵を出来るだけ傷つけないよう、細心の注意を払いながら僕との距離を詰めてくる。
 絶対絶命。もう後がない。
魔が差した中学生の悪いイタズラだ、と素直に名乗り出て許しを請うには事態はあまりに深刻になり過ぎた。歯車の狂ってしまった僕の計画は、僕に暗くて重い将来を約束し、はちきれんばかりに膨らんだ罪の意識は事態に対する正常な判断を失わせている。
時間を元に戻せたら……。そんな都合の良い奇跡を願ってみても、照りつける日射しが容赦なく頭上に降り注ぎ、僕に汗だくの現実を直視させた。
 親友と組んで一ヶ月前から計画していた偽装誘拐事件。僕と同じようにこの町に退屈していた親友は僕が考えた計画を面白がり、すぐに話に乗ってきた。
「誘拐かぁ、そいつはスリルがあって面白い計画だな。この町の連中はみんな平和ボケし過ぎてるからいい刺激になるだろ。新聞やテレビで騒がれるくらいの事件になるといいな。どれだけ騒がれても犯人と被害者がグルの事件なんて絶対バレやしないさ」
 犯罪として成立していない犯罪。僕と親友が考えた計画はこうだった。
 この町の有力者であり、町一番の金持ちでもある親友の家に、息子を誘拐した内容の電話を入れ、身代金三百万円を用意させる。誘拐するのは僕で、誘拐されるのは協力者である親友。身代金の三百万円は後日親友がこっそり家に返す事にして、身代金受け渡しまでの間親友を森で見つけた廃屋に待機させておく。人目につかない森の廃屋は人質監禁を演出する場所としてうってつけだった。あとは親友の両親に誘拐事件を信じ込ませ、警察が本格的に事件として動き始めた頃合を見計らって、僕が電話で親友の家に身代金受け渡しの具体的な指示を出す。
「息子は無事だ。こちらの言うとおりにすればこのまま無傷で返してやる。身代金の受け渡しは来週の火曜。午後四時きっかりにバックに現金を入れて、スーパーの横にある電話ボックスに置いておけ。分かってるだろうが、当然警察には連絡するなよ。受け渡し場所には母親が一人で来るようにしろ。もし何らかの妨害が入って身代金の受け渡しが失敗したら、その時は俺の仲間がお前の息子の命を消す。ただの脅しじゃないからな」
 少し臭いような気もしたけど、古い強盗の映画を見て状況をシュミレーションし、まだ声変わりを迎えていないキーの高い声を無理に大人びた低い声色に変えて、電話口で指示を出す練習を何度もした。
用意周到。計画に抜かりはない。そしてシュミレーションどおり人目を忍んだ公衆電話の受話器から嘘の誘拐事件が幕を開けた。
息子の命と引きかえに三百万円をふっかけられる親友の両親の慌てぶりが可笑しくて、受話器を置いてからしばらくその場で笑い転げた。それでも油断なく、事件に信憑性を持たせるために廃屋で待機する親友の両手足をロープできつく縛って猿ぐつわをはめ、狭苦しいクローゼットの中に入らせた。
親友は汚くて居心地が悪い、と言ってはじめはひどく嫌がったが、万が一誰かにこの場所を発見された時の保険になるし、ほんの少し辛抱すればすぐに出す、と説得したら不満げな顔をしながらも渋々了解してくれた。
クローゼットのドアを閉めてから親友に内緒でドアの取っ手部分に鎖を巻きつけ、南京錠できつく施錠した。外で細工する僕の不穏な動きを察知して、親友がクローゼットの中でジタバタともがき、焦った呻き声を発して抗議した。
「苦しいだろうけどごめんな。この作戦は真実味が肝心なんだ。中途半端な嘘はよくない。本格的にいかないと、こっちのスリルだって半減するだろ? だからちょっとの間だけ我慢してくれ」
 突然思いついた悪ノリ。親友に対するほんの僅かな罪悪感はあったが、おかげでこの罪悪感が僕を本当の誘拐犯のような気分にしてくれた。
町の人にバレないよう、目深にかぶったニット帽とサングラスで変装を施してから指定した身代金の受け渡し場所に向かう。僕が犯人とは露知らず、事件を信じきった親友の母親がきちんと指示通りに指定した電話ボックスにいた。
気が気でないのか親友の母親の顔は青褪めて視線に落ち着きがなく、あたりをキョロキョロ窺ってはバックを抱きかかえる背中が固く緊張していた。
計画は順調。少し離れた場所から親友の母親がバックを置いて立ち去るのを待って、すばやく電話ボックスから現金の入ったバックを取り出す。どこかに張り込んでいるかもしれない警察の目を気にしながら足早にその場を離れると、すぐに親友の待つ廃屋には戻らず、中学校裏のあまり人気のない神社に一旦身を寄せてバックの中身を確認した。
マネークリップで留められた一万円札の札束が三つ。一束に百人分の福沢諭吉の顔があった。はじめて見る百万円の札束に感動しつつ、意外と薄くて軽い百万円の実感に多少拍子抜けした。
念のために一枚一枚数えて三百万円あるかどうか確かめてから、一人ニヤケ顔で三百万円の使い道をあれこれ考えたりした。どうせ返さなければいけない金だから考えてもしょうがないけど、一時だけ味わうリッチな感覚は悪くなかった。こっそりいくらか抜いて返そうか? そんな邪まな考えもチラっと頭をよぎる。
 余程金に夢中になってたんだろう。目の前の茂みからガサッっと物音がするまで、僕は自分が誰かに見られている事に全然気付かなかった。
物音のする方に目を向けると、そこに小学校低学年くらいの小さな女の子が立っていて、不思議そうに首を傾げながらこちらの様子を窺っている。咄嗟の状況に戸惑い、しばらく硬直したままその子と見つめ合う。女の子にジッと凝視され、マズイと判断した僕は手にしていた三百万円の束を慌ててバックに戻した。
 その様子を見てハッと何かに気付いた女の子が僕の方を指さして、
「あっ、ゆうかいの犯人だっ お兄ちゃんでしょ? お兄ちゃんがゆうかいの犯人でしょ? アタシちゃんと見たよ。お兄ちゃん今、お金かくした。そのバックにいっぱいお金かくしたもんっ」
 僕の不審な行動を察知して女の子が急に大声で騒ぎ出した。すぐ近くに父親がいるのか、「パパっ パパっ」と叫びながら僕に背を向けて駆け出す。
体内に流れる血液が一気に逆流するかのような動揺が全身に走った。心臓の鼓動が急激に速度を上げ、ほとんど反射的に女の子の後を追いかけ、無我夢中で茂みの中を走る。
女の子の父親に見つかる前になんとしても捕まえなければならない。小さい女の子一人ならまだなんとか誤魔化す余地があるが、大人に見つかったら事態がものすごくややこしい事になる。
 小石につまずき、枝につまずきしながらも小学生と中学生の脚力の差は歴然。すぐに距離は縮まった。あと少しで女の子に手が届くという時、ふいに横の茂みから僕の視界に大人の姿が飛び込んで来るのが見えた。
「オレの娘に何をする気だっ」
 肉体がぶつかる衝撃と怒声。一瞬の事で避けることが出来ず、僕は目の前に飛び出した大人に勢いよく組み付かれて地面に倒された。女の子の父親らしき相手が荒い息を吐いてすかさず僕の上に馬乗りになろうとする。僕はそれを必死の抵抗で撥ね退けて立ち上がり、脱げそうになるニット帽を押さえ、慌ててその場から逃げた。
「パパっ、逃がしちゃダメっ。そのお兄ちゃんだよ、そのお兄ちゃんがゆうかいの犯人だよっ。お兄ちゃんがバックの中にお金隠したのアタシ見たもんっ」
 遠ざかる後方で女の子が父親にそう叫んでいる声が聞こえた。父親の追って来る気配があったので、僕は振り返らずにとにかくひたすら茂みの中を走った。スリルなんて言っていられる余裕はなく、頭の中はパニックに陥っていた。顔を見られていないのがせめてもの救い。
 どれくらい走ったか定かには覚えていない。気付くと女の子の父親が追って来る姿はなく、僕は神社から続く学校の裏山のかなり深いところまで辿りついていた。日はうっすらと傾き始めていて、昼間の暑さを残して蒸した森林に時折ひんやりとした山風が吹き抜ける。走り疲れた僕は全身汗だくの体を木陰に投げ出して、気持ちを落ち着かせながら今自分が置かれている状況を整理した。
 振り切ったものの女の子の父親はきっとあのあとすぐに警察に通報しただろう。町の駐在が本署と自警団に応援を要請して、今頃大勢で僕の行方を探しているはずだ。捜索隊がここに辿り着くのも時間の問題だろう。かといって迂闊に町へは降りられない。
 ニット帽からびっしょりと額へ伝う汗を腕で拭った時、僕はある事に気付いてハッとした。
……サングラス? 女の子の父親と揉み合った時に落ちたのか、僕は確かにかけていたサングラスをしていなかった。素顔を晒しながら逃げるのはマズイ。
でも幸い小さい女の子にしろ、父親の方にしろ僕の知っている顔ではなかったので、たとえ顔を見られていたとしても向こうも僕の顔は知らないはずだ。犯人が僕だと特定されていなければまだ逃れるチャンスはある。被害者役の親友に犯人はこの町の者ではない、見知らぬどこかの誰かだと証言してもらえばいい。
被害者と犯人がグルだという切り札。親友が犯人に監禁された廃屋から自力で脱出した事にして家に帰れば、それで全部が白紙に戻るのだ。退屈で平和ボケした町の事件なんてしばらく経てばすぐに風化する。夜になれば捜索もいったん打ち切られるだろうから、今日はとりあえず山で一夜を明かし、明朝、警察が動き出す前に廃屋に戻ろう。
僕は湧きあがろうとするネガティブな思考を無理やり押さえつけ、何度も深呼吸をして気を取り直し、安全に身を隠せる場所を探すため更に山の深いところに踏み入った。
 
次の日。神経が高ぶってろくに寝れないまま、僕はほんのり白み始めた夜明けの山中を注意深く下って親友を監禁したままの廃屋へ向かった。
親友をロープで縛ってクローゼットに閉じ込めてから、どれくらいの時間が経つだろう? 自分の状況に精一杯でつい親友の置かれている状況を忘れていた。何十時間も手足を拘束されて狭い所に放置される恐怖。閉所恐怖症の僕なら完全に気が狂っている。行き過ぎた悪ふざけだ、と憤慨し、極度の人間不信に陥った親友の姿を想像してふと青褪めた。 頼みの綱である親友が僕を見捨て、自分を純粋な被害者であるように証言する可能性をまったく考えていなかった。殴って気が済む程度の怒りなら僕は何発でも殴らせてやろうと覚悟を決めた。
「……おい、大丈夫か? 遅くなってごめん。本当に悪かった。金は受け取ったんだけど、そのあとヘマしちゃってさ、金を確認しているところを人に見られてしまったんだ。はっきり言って状況はかなりマズイよ。計画は失敗だ。とりあえず今出すから……」
 クローゼット越しから親友に詫びを入れ、南京錠を外し、固くぎちぎちに結んだ鎖を解いていく。眠っているのか、それとも僕と話したくないのか、親友が返事をする気配はなく、クローゼットの中は妙に静かだった。
 長時間暗くて狭いクローゼットの中。衰弱し切っているのは間違いない。静か過ぎる親友に否応なく最悪の事態を予感する。想定外の事だったからまったく想定していなかった。
おそるおそるそっとクローゼットのドアを開けると、窮屈な空間に自由を奪われた親友がうな垂れて体育座りをしている姿があった。おいっ、 と、強く揺すった親友の体は固くて冷たく、脱力仕切ってコンパクトに身を丸めているその姿には生気がまったく感じられなかった。
僕はその時、本物の犯罪者としての罪の意識を背負わされた。
 真っ暗で閉塞感だけがある世界。その中で親友はあっけなく死んだ。縛られた状態ではもがくにもがけず、猿ぐつわをされた状態では呻き声すら満足に出せなかったはずだ。固く閉じたドアをひたすら呪い、必要以上にコンパクトに折り曲げられた親友の姿は絶望感に打ちひしがれているように見えた。
 もう何の言い訳も出来ない。
「……太陽が眩しかったから」
 そんな理由で人を殺してしまった人の小説があったような気がするけど、退屈しのぎで事件を起こした僕の方がよっぽどタチが悪い気がする。
太陽が眩しかったから……。そう言った男の人は有罪だっただろうか? いくら考えても話の結末を思い出せなかった。とにかく目の前の光景をうまく処理出来ず、頭の中が真っ白になった。ただ呆然と親友の死体を見つめ続け、何かのきっかけが僕に現実の感覚を取り戻してくれるのを待った。
 外がすっかり明るくなって、早くも廃屋の周囲の森がじんわり汗ばむほどの熱気を帯びて来る。
 また熱い一日が始まった。今日僕は晴れて犯罪者としてこの熱い一日を過ごさなければならない。
 誘拐、殺人……。僕の犯した罪ってなんだ? 金はちゃんと返すつもりだったし、親友を殺すつもりも当然なかった。全てはヒマ潰しの遊び。ちょっと犯罪の真似事をしてみたかっただけなのに……。
「おい、お前っ そこで何してる?」
 突然背後から声をかけられて僕はハッと我に返った。振り返ると制服の警察官と数人の大人たちがこちらに訝しげな視線を向けて立っている。廃屋に一瞬にして緊迫した空気が張り詰め、お互いに相手を凝視したまま硬直した。よく知った町の人たちに敵視され、僕の感覚は最悪な現実に引き戻された。深く被ったニットの帽のおかげで皆は僕が誰だかまだ分かっていないようだった。
「アンタ、ここで一体何をしてる? ……ん、それは何だ、そのクローゼットの中……。ひ、人じゃないのか?」
 警察官と大人たちがクローゼットの中でぐったりしている親友の姿を見つけ、一気に警戒を強めた。普段は温厚でのんびりでしている町の大人たちが、皆一様に険しい顔をして手にした各々の武器を僕に向けて身構える。
 もうあと戻りは出来ない。僕は考えるひまもなく、反射的にひび割れた窓ガラスを蹴って外に飛び出した。一目散にその場を離れ、後ろを振り返らずただがむしゃらに走った。

 そして僕は向日葵畑が広がる町外れにいる。ギラギラと光る太陽を背に受け、僕は迷い込んだ野犬のように四つん這いで畑の中を右往左往した。僕の行動範囲をジリジリと狭めながら大人たちの足音が確実に近づいて来る。掻き分けた向日葵の群れの隙間から大人たちの慌しい足だけが見え隠れしていた。
 もう無理だな……。動き回った疲れがピークに達してその場にへたり込む。大きく息を吸って乱れた呼吸を整えようとすると、地面の乾いた土が微かに舞って口の中がざらついた。吸い込んだ土が肺の中に入ってむせる僕の声を聞きつけ、追っ手の足音が一斉にこっちに向かう。
もう一歩も動く気力がなかった。それよりも罪の意識だけが重くのしかかる腑に落ちない状態から早く楽になりたかった。そう思ったら不思議と捕まる事に対する恐怖感はなくなり、浅はかな行動を取ってしまった自分に対する途方も無い後悔と怒りの念だけがぽつんと湧いた。
「いたぞ、ここだっ。見つけたぞ!」
 一番最初に駆けつけた大人が倒れている僕の腕を後ろ手に捕らえ、馬乗りになって上から押さえつけた。後から何人か続けてやって来て皆が一緒になって僕を押さえつける。どんどん折り重なってくる大勢の敵意に僕は無抵抗でひたすら耐えるしかなかった。
僕に向けられた敵意は全部この町の親しい人のものだ。近所の八百屋のオヤジさんが僕の右足を押さえつけ、町内会の会長さんが僕の左手を捻っている。その横で親友の父親が狂ったように怒鳴りちらしている姿もあった。 小さい頃から僕の事をよく知り、僕と同じく平凡で退屈な生活を営む人たちが、町を脅かす共通の敵として今僕に全力で敵意を剥き出しにしている。
 町の自警団に遅れて、騒ぎを聞きつけた警察官が僕のところに駆けつける。白昼の大捕り物もいよいよクライマックスを迎える時が来たようだ。
自警団を退けて警察官が手錠を取り出す。そして慣れない手付きで少し興奮しながら僕の手首に金属の輪を押し当てた。これまで犯罪とは一切無縁だった平和な町のこと、きっとこの警察官は警察学校で使い方を教わって以来、手錠なんて一度も使用したことがなかっただろう。手首を締め付けてカチッと嵌まる手錠の冷たい金属音が耳の裏に重く響いた。肩と腕を抱えられて無理やり立たせられたあと、ニット帽が手荒く脱がされる。
 白日の炎天下に晒される疲労しきった僕の顔。太陽がやたらと眩しかった。犯人である僕の顔を見て、大人たちの敵意と好奇の目が驚愕と落胆に変った。
大胆な事件を引き起こした犯人がこの町の中学生だったという容易に信じ難い事実を突きつけられ、集まった町の大人たちは皆一様に困惑した顔を見合わせて押し黙った。大人たちの複雑な感情が入り乱れる変な空気に耐えられなくなった僕は、太陽めがけて堂々と顔を上げている向日葵の群れに反して、目の前の光景を伏目がちにしか捉えられなかった。険しい表情をぎこちなく和らげた警察官に背中を押され、僕はおとなしくパトカーに乗り込んだ。
長閑な向日葵畑に不釣合いに鳴り響くサイレンの音。もう堂々と顔を上げて生きていく事が出来ないんだな、と思い、パトカーの後部座席からふと空を見上げた。
陽気に燦燦と輝く真夏の太陽。その眩しさと気だるい暑さに微かな苛立ちを感じ、なんとなくだけど警察の人に犯行の動機を聞かれたら「太陽が眩しかったから」と答えようと思った。

不純な動機

不純な動機

何も起こらない退屈な町に飽きた中学生たちが仕掛けたイタズラが、本人たちの思惑を越え、やがて取り返しのつかない事態に発展していく。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-05-06

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

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