魔界のひとたちは、はだかだった。
「魔界のひとたちは、はだかだった」
きみが言った。
ぼくは、そうなんだ、と言いながら、ほこりをかぶったバスケットボールを拾い、だむ、だむ、だむ、とドリブルをしてみた。
バスケットボールはとつぜん破裂して、茶色い液体が飛び散った。
腐ってるじゃん、なんて不愉快そうな声を、きみは出した。
三十二時に、待ち合わせをしている。
正確には三十二時五分。
ぼくは言った。
飛び散った茶色い液体(バスケットボールだったもの)を、靴の裏でこすった。腐ったバスケットボールのにおいは、腐った半魚人のにおいほど、臭くはないと思った。
「そんなことより、きいてよ。魔界のひとたちは、はだかのひとが多いんだけど、なかには洋服を着ているひとたちもいて、そのひとたちは、人語がしゃべれる」
ところどころ、板の抜けた体育館の床の上をきみは、滑るように踊る。板が抜けて、穴が開いているところを器用に、よける。
ぼくは、魔界にはあまり興味がないので、魔界のひとのほとんどがはだかでも、洋服を着ているひとたちが人語をしゃべれても、どうでもよくて、そんなことよりも三十二時の、正確には三十二時五分の待ち合わせのことで、あたまのなかはいっぱいだった。
体育館は、あと半月で解体される。
体育館に棲んでいた、アレや、ソレや、アンナノや、コンナノは、みんな連れていかれた。みんなみんな連れていかれて、解剖されたときいた。
バスケットボールのゴールは、はんぶん欠けている。
ステージはすでに腐り落ち、天井から落下した照明器具は死に、宙ぶらりんのままの照明器具はきーきーと悲鳴をあげている。
用具倉庫には鉄板が打ちつけられ、かたく閉ざされている。出てきてはいけないものが、ひそんでいるからである。
「しかも、かっこいいひと、いたよ。白い肌で、角がはえてた。指が長くて、瞳が赤かった。背が高いひとで、漆黒のロングコートがよく似合っていた。さいしょはわたしをたべるつもりだったらしいけど、もったいないからやめるって、だからまたここにくるといいよって、通行許可証をくれたの。これでわたし、いつでも魔界に行ける」
そう言って、きみがみせてくれたカード型の、魔界への通行許可証、とやらには見たこともない文字がずらずらと、ならんでいた。
なんて書いてあるの。
たずねたら、きみは、
「わかんない」
なんて、まぬけっぽい声で答えた。
三十二時、正確には三十二時五分の待ち合わせまで、あと三時間。
体育館の天井が、さわがしい。
ねむっていた方々が、目を覚ます時間のようだ。
二十七時を過ぎると空気が、こおったように冷たくなる。
冷蔵庫のなかに、いるみたい。
魔界への通行許可証、とやらをブレザーのポケットにたいせつにしまいながら、きみは言った。
「ひまだから、なんかしよう」
なんかって、なにするの。
「あのひとたちとバレーボールでも、する?」
にぃ、と笑いながらきみは、天井をゆびさす。
目を覚ました方々が、ぼくたちのことを、じっと見ている。
じいっと、見ている。
魔界のひとたちは、はだかだった。