お母さん

仁科 哲夫 作

 戸籍法改正の前にとっておいた旧法の戸籍謄本が残っている。薄
い和罫紙は変色し、青いカーボン複写の手書き文字も色あせている。
原本認証の文言と昭和三十二年九月の日付に、長崎市長名、公印が
末尾に捺されたものだ。

 最初は本籍地で、その下に前戸主の祖父、隣の戸主欄には長男の
伯父(おじ)の名がある。次のぺージから一族十四人の名前と続柄
などが続く。次男の父や少しあとに母とわたし、大好きな文(あや)
叔母さんも載っている。

 祖父は三十代半ばに持ち船とともに遭難し、家は没落したと聞いてい
た。伯父がわずか十一歳で戸主を継いでいるので、この年の出来事
だと読み取れた。残された祖母が抱えていた九ヵ月の乳のみ児が文
叔母さんで、十二歳の春、宮崎県南那珂郡吾田村大字戸高へ養女に
出されている。戦後の町村合併で日南市戸高と変わったが、わたし
が平成十二年から住んでいる南郷町の北隣になる。

 謄本によると、兵庫県朝来郡生まれの母が、昭和三年の暮れに神
戸で結婚し、二度目の桜のころにわたしを生み、その十一ヵ月後に
亡くなっている。当時、北大阪の阪急宝塚線豊中駅前で、八百屋を
営んでいた伯父夫婦は子宝に恵まれず、祖母も同居していたので、
男やもめの父は伯父たちに私を預けた。その後、父が再婚して腹違
いの妹ができても、なぜか戻ることはなく、戸籍上は伯父夫婦のま
ま看取った。

 どちらも片親の顔をしらぬ叔母と甥が、南宮崎でつながっている
のも因縁話めいている。この赤い糸をたぐって日南市役所の戸籍課
へ行き、謄本を示して調べてもらうと記録が残っていた。直系親族
の委任状がいると言われ、奈良に住んでいる娘さんの委任状を取り、
代理受領した謄本と本籍地での聞き込みや、娘さんの話を総合する
と、文叔母さんは戸高には来ていなかった。養父は早くから故郷を
離れ、長埼に寄留しており、戸高は本籍地として記載されているだ
けであった。娘さんの話では恋愛結婚で養家から出ている。相手は
近くに下宿していた福井の青年で、県立旧制中学の体操と数学の教
師に、剣道師範も兼ねていた、豪放磊落(ごうほうらいらく)だが、
ちょぴり助平な道治(みちはる)伯父さんである。

 わたしが小学校三年か四年生の春休みに、里帰りする伯母に伴わ
れて長崎へ行った。その時にわたしだけが、文叔母さんの家で一晩
泊まることになった。

 叔母夫婦にはまだ子供がなかったので、大変かわいがってくれた。
本を読んでくれる叔母さんの膝であまえ、伯父さんの馬に大はしゃ
ぎし、居合刀をへっぴり腰で抜かせてもらう。柔道では大外刈りや
背負い投げの技を教えてくれた。これが面白いように決まり、もち
ろん決まらせてもらったのだが、大の男がひとひねりで転がる。ひ
とかどの武芸者にでもなったような気分であった。

 晩御飯に何を食べたいかと聞かれたのもはじめて。少し考えてカ
レーライスと答えた。白磁の皿に盛られていたのは、阪急百貨店の
食堂で、スプーンを包んでいる紙ナプキンをわくわくしながら開き、
ひと匙すくって口にいれたあのカレーと同じだ。噛みしめた肉の繊
維のとろける脂の濃厚な旨味は、さらりとした我が家のものにはな
い、洋食の味がした。

 家業の忙しさから、あまり構ってもらえないのに慣れていたので、
愛情につつまれた家庭とはこういうものだろうかと思った。

「伯父さんちの子になるか」

 豊中の暮らしに比べるとまるで天国。布団の襟元を抑えながら、
そっとのぞきこんでくれるお文叔母さん。乳首をくわえたまま、ま
どろんでいる赤子のようなやすらぎをおぼえていた。

 翌日、伯母が迎えにきたが、文叔母さんはもう一晩泊まったらど
うかと勧めてくれた。伯母もよいと言ってくれる。もちろん泊まり
たい。このままずっと居てもいいとさえ思っていた。ところが、わ
たしの口をついて出たのはまるで正反対の言葉だった。

「いやだ、ボク 帰る」

 まだ見ぬ母の面影を重ね、ひそかに慕っているのを悟られるのは
死ぬほど恥ずかしい。甘えた心を隠したいばかりに、心にもないこ
とを口走ってしまった。思いもかけぬ激しい拒絶に、叔母さんの顔
が心なしかすっと縮んだように見えた。むごい仕打ちをしたという
苦い思いだけが心の襞(ひだ)に沈んだ。

 文叔母さんの訃報が届いた。定年後は夫の故郷の福井県三方郡鳥
浜へ移っていた。そのご主人が亡くなってから十年近く過ぎていたが、
この地を終(つい)の栖(すみか)として九十一歳の天寿を全うした。

 葬儀は一人娘を喪主にして営まれた。地区のひとたち総出の、菩
提寺のご本尊、阿弥陀様に導かれが野辺の送りである。

 最後のお別れの時がきた。嗚咽(おえつ)のもれるなか、一人ひ
とりが花を手向けてゆく。わたしも列の終わりちかく、棺(ひつぎ)
に近づいた。花に埋もれた死化粧の顔は小さく清楚だ。

 白菊の花を添え

 ―お母さんー

 その冷たい頬にそっと触れた。

お母さん

お母さん

少年の屈折した言葉は文(あや)叔母さんにショックを与えた。 心なしか顔がすっと縮んだように見えた。 むごい仕打ちをしたという苦い思いだけが、心の襞(ひだ)に沈 にだ。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2012-08-05

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