*星空文庫

黄昏の頃に

AXIA 作

黄昏の頃に

 夕刻、主に黄昏の頃。
 日が沈んで周囲が闇に浸かるこの時間帯は一般的に奇妙な感覚を覚えたり幻覚を見たりしやすいと言われ、その為なのか事故などが多い時間帯でもある。
 あらぬものを見る、事故を起こす。一番 “魔”に遭遇しやすい時刻。魔に出逢う刻…それが逢魔ヶ時というらしい。
「はぁ―……」
 目の前に広がるのは闇というより悪夢…かもしれない。徹夜明けに世界が黄色く見える、とはよく言うが今、私が目にしている風景は黄色くも青くも黒くもない。
 ……白い。
「どうした?のぼせた?」
「ううん……」
 後ろから抱き込まれている状況では迂闊に動けば苦しくなるだけだ。
 ただでさえ、狭い湯船に二人が詰っている状況だ。私の肩に顎を乗て、表情を覗き込むようにする彼の顔にぱしゃ、っと湯を掛けた。
 一気にのんびりしていた表情を引き締めて私の首にゆるく噛み付く辺りが実に好戦的だなと考えて、下に伸びようとしていた手だけはしっかりと押さえた。
「もう無理」
「……了解」
 残念、といいつつも首には舌を這わせたままでいる彼の腿を抓ると、ようやく離してくれたはいいが、暫くするとまた耳を齧り始めたりして全く寛げない。
「あれだけ好き勝手しておいて、よくもまあ……」
「一回一回が別腹っていうじゃん?」
「オヤジ発言きた。それ以前に野獣だ。この人野獣だよ」
 げんなりしながら、脱力する。後ろからは相変わらず上機嫌な鼻歌なんかが聞こえてきたが、それに対しても「まあ、仕方ない」と思い始めている自分が憎い。
「上がろうよ」
「はいはい」
 立ち上がろうとする私を制して抱えたまま引きずり出すようにする彼の体力はマジで侮れない。
「……水中はともかく、重くないの?」
「愛は重いほうが良いに決まってるだろ」
「……うわぁ」
 聞いた返事に退いたまま立っているとバスタオルで包まれてワシワシと拭かれる。
 タオルの隙間から窺えば、恥ずかしい事を言ったのにも関わらず恥ずかしがっている様子もなく、いっそふてぶてしくも思える始末だ。
 されるがままに着替えをさせられてソファーに置かれる。すぐにドライヤーで髪を乾かし始められて、手持ち無沙汰な私は寄って来た飼い犬を足の上に乗せて構っていた。
「熱くないか?」
「平気」
 自分でやるといってもどうせ難癖つけらるのは想像に難くないので、もうどうにでもしてくれという気分だった。
 そんな気分になっているのは、今日、連れ込まれてから自分で一歩も歩いてないからで。部屋の中の移動は全部抱っこ……考えれば考えるほど唸りたくなる扱いだが彼はそれにかなり満足しているようで上機嫌過ぎて怖い。
 とりあえずむくれて反抗して噛み付いても怒ることなく流されてしまった。この人のスルースキルの高さに参った。そして反抗は諦めた。
 ……途中からもう自分で自分の身体が判んなくなってしまったせいでもあるが、ちょっとでもそれに幸せを感じてしまった私は負だ。
「……ん、眠くなって、きました」
「もうちょっとで終わる」
 じゃれていた犬もいつの間にか離れていってしまい、ぼーっとしていると眠気が一気に押し寄せてくる。
 温かい風に吹かれてながら、うつらうつらと意識が揺れて視界がどんどん狭くなってしまうのを止められずにいた。
 小さな音が聞こえて風が止まったのが合図のように、私の意識はゆっくり遠のく。
「眠いか?」
「うん、」
 傍にある温かい身体に擦り寄るようにすれば、優しく抱き返されるのがわかった。
 湯上りで入浴剤の匂いがするはずなのに自分は確実に彼の匂いを追ってそれを見つけた。
『どこまで捕らえられればいいんだろうか』
 そんな事を考えながら最後の気力を振り絞って目を開けたのに、瞼に口付けられてしまえばもう開くことが出来なくなってしまう。
 悔しいなぁ、と思ったのは夢の中でだった。

『黄昏の頃に』

『黄昏の頃に』 AXIA 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-04-25
Copyrighted

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