*星空文庫

初夏

北城 玲奈 作

 四月も二十日をすぎた。桜の枝には新緑が台頭し、花びらはコンクリートの上に踏みしめられて二度と動かない。

 その時つよい風が吹いた。わたしの帽子は追いかける手もむなしく空へ舞い遠くなった。巻き上げられた砂埃が鼻孔をにごらせる。視界がこまかく遮られたので、まばたきを繰り返し明瞭な風景を取り戻そうとした。目をつむるたびに瞼と眼球とのあいだに入り込んだ砂粒を感じる。小さいころ、お前の眼はわりあい丈夫だと目医者にいわれたことがあったような気がする。確かではない。もしかしたら何か、小説やらテレビ番組やら、誰かほかの人の話やらを経験に書きかえているだけかもしれない。しかし、ともかく、そんなような気がしたので、まばたきをつづけることにした。

 つづけているうちに砂粒は目を開けるときの瞼の動きに引っ張られ眼窩のほうへと移っていった。しめた。そこまでいってしまえばあとはからだの仕組みがうまくやってくれるだろう。どんどんまばたきをした。

 途中、道の真ん中に突っ立っているのは邪魔になるし、さぞ風変りに見えるのではないかと気づく。わきに続く石塀が引っこんで形成されている、人ひとりぶんくらいの窪みにしゃがむことにした。昼の真上からの日差しは入りこめない。窪みは静かに涼しかった。いい場所を見つけたと思った。腰を落ち着け、さっそく目をつむって開けるのを繰り返す。何度目かで粒は完全に瞼の感覚から消えた。満足して、出ようとしたら、再び突風が吹いた。窪みは吹き溜まりになっているらしくさっきよりも埃のにおいがつよい。眼にはいくつもいくつも砂粒が向かってきている感じがしてわたしの瞼は視界を細めていた。

 細くなった視界の中で、窪みの一角になにか白いものがひらひら集まっていくのを見た。風がやむのを待ち、近寄ってのぞくと、それは桜の花びらだった。どれも萎れてはいるが、まだ軽やかであった。まだ押し固められぬ花びらがあったのかと感心した。ほかに吹き集められているのは砂とごみばかりである。花びらは吹き溜まりの小さな山の中で際立っており、数枚しかないにも関わらず容易にそれと判別ができた。この間まで景色を麾下に置いていただけのことはある。見つめながら、新たに入り込んだ砂粒が気になって目をつむったり開けたりした。

 また瞼のごろごろする感覚を追いやったのち、わたしはいよいよ立ち上がって窪みを出た。外では太陽が幾筋も光を放ちすべてをきらめかせていた。きらめきに慣れると、次第に風景の中に色彩があざやかに浮かび上がってきた。

 さわやかな気持である。まわりに誰もいなかったので、ちいさく伸びをした。もうすぐ五月だと思うと時がたつのは早い。ここにこうして立ち止まっている間にも季節はうつろいゆくのだろう。惜しく感じられて、石塀の道をあとにした。これからどこへ行こう。日差しにあてられるうち帽子のことを思い出した。いっそ新調するのもいいかもしれない。なんとなしに窪みを振り返った。花びらは影にのまれて見えなかった。

『初夏』

『初夏』 北城 玲奈 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-04-24
Copyrighted

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