*星空文庫

化け物の話し

烏梟 作

ここには現在も未来もありません、私はただ膨大な過去を彷徨うだけの存在です。
今日は、私が人間だった頃の話しをします。

その記憶のはじまりには、お父さんとお母さんがいました。
お父さんとお母さんは、いつも笑っていました。私が笑うと喜ぶので、私も嬉しくていつも笑っていました。
外は光に溢れてました。みんな楽しそうに笑って遊んでいました。私も加わり楽しく遊んでいたのを覚えています。

幸せな食卓、溢れる笑顔、人の優しさ、助け合う人たち、夢、希望

そんな世界が一遍したのは、女の存在を知ってからです。私は女を見ると、血が騒ぎ、鼓動が早くなりました。
それはいままで感じたことのない衝動でした。生きていることそのもののような気もしました。
私はわたしではなくなってしまったようでした。私は誰だかわからなくなってしまいました。
時にわたしは赤でした。時にわたしは青でした。黄色にだって、ピンクにだってなることができました。
でも、わたしは震えていました。

ある日わたしは思い切って女に近づきました。すると男たちは今まで見せたことのない顔を見せ始めました。
私に敵意を向けるようになったのです。溢れていた笑顔はまやかしだったと知りました。
男たちは私を攻撃するようになりました。男たちは私を侮辱するようになりました。
私は居たたまれなくなりました。私は怖くなりました。私は不安になりました。

そして、その女は別の男の元へ行きました。



歪んだ食卓、溢れる悪意、人のやましさ、足を引っ張る人たち、悪夢、絶望

それ以来、私はひとりで過ごすようになりました。
ただ寝て起きて、食事をして排泄をして、一日を浪費する、その繰り返しでした。

ある日、私の内側から声が聞こえてきました。
お前のその姿を、その無様な姿を見てみろ!
シネ、カス、ゴミども!
シネ、カス、ゴミども!



夢?なんだっけ?希望?私は誰?
それでも、お父さんとお母さんは今日も笑っていました。

太陽が溶け、目がただれ、酷い姿になる夢を見ました。
それでも、お父さんとお母さんは今日も笑っていました。

はいあがろうとしても、はいあがろうとしても、見えない、大きな宇宙の力で、元に戻されてしまう夢を見ました。
それでも、お父さんとお母さんは今日も笑っていました。

あなたは誰ですか?鏡は答えてくれませんでした。私は鏡を壊しました。
それでも、お父さんとお母さんは今日も笑っていました。

あなたは誰ですか?鏡は答えてくれませんでした。私は鏡を壊しました。
それでも、お父さんとお母さんは今日も笑っていました。

あなたは誰ですか?鏡は答えてくれませんでした。私は鏡を壊しました。
それでも、お父さんとお母さんは今日も笑っていました。



外からの視線に恐怖を感た、そして灯りを消した
その感覚はとても恐ろしかった、全身が渇く感覚
何度も何度も水を飲む
外からの視線に恐怖を感じた、そしてまた灯りを消した
恐怖が恐怖を呼び、暗闇が怖くなって、また灯りを付ける
それでも消えない恐怖
声が聞こえる
私のことを話している
舌が渇く、すごい勢いで
何度も何度も水を飲む
私はまた恐怖を感じる
渇きへの恐怖

わたしは一体何をしているんだろう



ある日私は、お父さんとお母さんを殺しました。ところが、どうやって殺したのか覚えていません。
お父さんとお母さんを殺したのは、私ではなくもうひとりの私でした。お父さんとお母さんを殺すともう1人の私はいなくなりました。いや、私のどこかに身を潜めてしまったのです。私がわたしに戻ったとき、私は空洞になりました。その空洞に悲しみが押寄せ、幾年も泣き暮らしました。私はまたひとり閉じこもりました。

暗闇は私の全てでした。私は暗闇と同化したのでした。
全てを否定することが唯一自分を守る術でした。
全てに背を向けて生きるしかありませんでした。
太陽と反対を向いて生きるしかありませんでした。

そしてまた、ある日、あの声が聞こえてきました。

お父さんとお母さんを殺したのは、お前らだ!
もう1人の私を生み出したのは、お前らだ!
わたしをこんなに苦しめたのは、お前らだ!
シネ、カス、ゴミども!
シネ、カス、ゴミども!

そうして、また歪みが生まれ、もうひとりのわたしは肥大化していきました。
それは狂気となって、私をのみ込み、私の血肉になるのでした。
私は身体中の体毛が増え、みるみる醜い姿になりました。

綺麗ごとをいうあいつらを許すな!
あいつらはただの臆病者だ!
神なんてどこにもいない!
あいつらは論理の集合体で生きてるだけだ!
あいつらの魂を奪え!
脱皮するんだ、過去のわたしは捨ててしまえ!
のっぺらぼうのわたしをころしてしまえ!

やがて、私は、顔がただれ、さらに醜くなりました。そして体毛も一層増えていきました。
私は男どもへの憎悪で、張り裂けそうでした。女への渇望で、張り裂けそうでした。
私は血肉の塊となりました。

人間どもに挑戦するんだ!
精子だった時代を思い出せ!
生き残れ、人間の扉を開けるんだ!

しかし、この姿では外にでることはできません。私は身体中の毛をむしり取りました。
身体中から血が流れ、何日も何日もむしり取りました。
私は震えていました。涙が止まりませんでした。



私は抜け落ちた体毛で化けの皮を作ました。
化けの皮をまとった私は、どこからどうみても善良な人間の姿でした。

あいつらは私と一緒だ!
王は無力であうことを知らしめるんだ!

生まれ変わった私は、外へ出ました。
人々は死んでるように生きていました。
なんて主体性のなさだろう。
なんて魂の弱さだろう。
なんて精力の乏しさだろう。
私は何も怖くはありませんでした。

肌色の生きものたち、私にとっては豚も人間も一緒でした。
そして、男どもへの復讐が始まりました。

私は手始めに、男を数人殺しました。それだけで十分でした。
すぐに、男どもは私にへつらい、私に媚を売るようになりました。
卑しい男どもも、よってたかってくるようになりました。私は男どもに、私の全てを与えてやりました。

そら、俺の右手もくれてやる、貪れ、病気になるまで食い尽くせ!!!
ほら、女の子が来たぞ、現実を隠せ、さあ、みんなでおままごとを始めるんだ!!!
死ぬまで逃げればいい、卑怯者!!!
ふん、豚を殺せないなら、豚を食うな!!!
うんこ食って、うんこして、うんこをまた顔に塗って!!!
死ぬまで繰り返せ!死ぬまで繰り返せ!!!

私はかつての私がそうされたように、男どもに不安を与えました。男どもに恐怖を与えました。
そいつらはかつての私でした。うすうすおかしいと思いながらも自分の意志では動けないのです。
男どもは全て私の意のまま動くのでした。

そしてまた私の中に歪みが生まれ、さらなる狂気は、私をのみ込みました。

主観的たる男の生命、それは血肉に象徴されるのだ!
放出される生命、それは私の意志だ!
女へのほとばしる生命が私だ!
女に宿せ!

血肉の塊となった私は、化けの皮を被り女に近づきました。
そして、女を欲しいがまま手に入れました。私に恐れるものは何もありませんでした。

私に生を与えられた女どもは、もう私には逆らえませんでした。
全て私の意のままに、私に従うしかなかったのです。
私は女どもに化けの皮を作らせました。女どもは競い合うように化けの皮を作りました。
それを男どもに与え、現実を覆ってやりました。
男どもは、その虚構に慰められ、盲目的に動かされるしかないのです。
毎日毎日、不安を与え、そして、現実を覆いました。
毎日毎日、恐怖を与え、そして、虚構の檻に入れました。

私は孤独の王となりました。私にたてつくものはもう一人もいませんでした。

権威それは大衆の注目だ!
あいつら下衆の求むるものは、我が生命なり!
そして私が求むるものは、穢すことへの快感なり!

しかし私は、ときおり恐れを抱くようになりました。
それは、男どもが不安と恐怖の殻を破ることに対してでした。
かつての私のように、化けの皮を剥がされることへの恐怖でした。
私は男どもに、さらなる不安を与え、さらなる恐怖を与えました。



ある霧の夜、私は化けの皮をかぶり、深夜の徘徊に出掛けました。
その日は、視界が悪かったせいか、町には人影すらありませんでした。私は町を抜け、郊外の森に辿り着きました。
池のほとりで、一休みしようとすると、物音が聞こえました。
近づいてみると、霧の中に色白の綺麗な曲線が浮かび上がりました。池の対岸で若い娘が水浴びをしていたのです。
私はしばらくその妖艶な姿に目を奪われました。ところが、娘はこちらに気付くと、渇いた目を向け、すぐさま森の中へと消えていきました。それは、一瞬の出来事でしたが、その渇いた目は、私の全てを見透かしていたように感じました。
しかし、私の血肉は張り裂けそうでした。

私は幾日も、幾晩もその娘のことが頭から離れませんでした。
そしてある日、とうとう娘の居場所をつきとめました。わたしは、化けの皮をまとい、娘の家を訪れました。

娘の家は、池から離れたうっそうとした森の中にありました。それは、今にも壊れそうな山小屋でした。
小屋の前まで辿り着くと、父親らしき者が、薪割りをしていました。
父親は私に一瞥しただけで、また元の作業に戻りました。娘と同じ渇いた目をしていました・・

森の奥と言えどもこの界隈で私を知らないものは1人もいないはずでした!!!
私を前にして、たじろかない男は一人もいないはずでした!!!
私を目にして、ひれ伏さない男は一人もいないはずでした!!!

私は得たいの知れない恐怖に襲われました。私は気が付いたら父親をめった刺しにしていました。
わたしは短剣で父親の腹を刺しました。これでもか、これでもかと突き刺しました。
父親は地面に倒れ込み、口を開きじっと私を見つめていました。何かを言っていたような気がします。
私は返り血を浴びて血だらけになっていました。娘は真っ青な顔をして、立ちすくんでいました。

私はもう張り裂けそうでした。わたしの血にまみれた血肉を娘に突き刺しました。
父親が死んだ悲しみを打ち消すように、娘は悶えました。森中に娘の声が響き渡りました。そして私は娘に生を与えました。
それから、幾晩も私は娘を訪ねました。

時が流れ、私の身体は、むしばまれていきました。
そうして、ある日また一人の娘が生まれたのでした。

『化け物の話し』

『化け物の話し』 烏梟 作

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-04-21
Copyrighted

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