ひかりの海
あたし、とべる、と思って、とんだ。
波消しブロックから、海に。
でも、とべなかった、から、海におちた。
ひかりの海、だった。
スマートフォンはしずんで、あたしは泳いだ。
まだ、春で、うすら寒い日、だった。
ひかりの海は、夜になると、白く光る。
白く発光するいきものが、夜になると、あらわれるから、だから、ひかりの海、と呼ばれている。
けれど、白く発光するいきもの、は、魚や貝を、無差別にたべるいきもの、であるから、漁師からは、害魚、または害獣、もしくは害虫、と、忌み嫌われている。
魚なのか、獣なのか、虫なのか、不明であるから、白く発光するいきもの、と呼ばれることが、多い。
どうでもいいが、スマートフォンのなかに、きのう撮影した、恋人の写真が、あった、のを、海をあがってから、思い出した。
これでは、あたし、恋人の顔を、思い出せない。
とべるか、とべないか、でいったら、とべる気がしていた。
限りなく。
けれども、とべなかった、ので、波消しブロックからとんだ、というより、波消しブロックからとびこんだ、とか、落下した、と表現した方が、いい、と思った。
べつに、だれにふれまわるでもなく、じぶんのなかで、そうしておいた方が納得いく、と思ったから、で、実際のところ、とべなかったのは、腹立たしいけれど、しかたない。
あたしは、とべないにんげん、ということだ。
白く発光するいきもの、らしきいきものは、いなかった。
夕方だったから、か、空が真っ暗にならないと、あらわれないのかもしれない、とはいえ、あたしは、白く発光するいきもの、の、姿を、知らないのだけれど、図鑑や、テレビでも、みたことがないのだから、いなかった、とは、言い切れないのである。
けれど、もし、白く発光するいきもの、に取り囲まれたら、からだを、喰ってくれ、なんて、角砂糖ひとつぶんくらいの祈りを、捧げてみたけれど、だめだったようだ。
角砂糖、みっつくらいないと、祈りを聞き入れてくれない神様、なのかもしれないと、思った。
おどろくことに、髪も、制服も、濡れていなかったけれど、靴のなかだけが、海水がはいって、ぐしょぐしょになっていて、雨が降った日のようだ、なんて思いながら、あたしは、波消しブロックがあった堤防のあたりを、あてもなく歩いた。
はっきり言って、傍目から見たら、あたしは、かなりの変人ではないだろうか。
ヘンジン、は、直球過ぎて、いやだなと思ったので、変な人、と思われたい、と思った。
思うことが、たくさんある、けれど、思うこと、は、楽しいと思う。
思う、あたしは、思う、ひかりの海で、白く発光するいきものに抱かれて、海のなかを永遠にさまよう、という人生を、選ぶとして、おとうさんは死ぬ気で止めて、くれるだろうか。
おかあさんは泣いて、くれるだろうか。
お兄ちゃんは怒って、くれるだろうか。
ともだちは心配して、くれるだろうか。
すでに、顔の大半を忘れてしまった、恋人は悲しんで、くれるだろうか。
夜になる。
白く発光するいきものが、あらわれる。
海面が白く、光る、まぶしいくらいの、光、鏡を太陽にあてたときの、よう、に、光る、海。
明日も学校に行くのか、と思うと、憂鬱だ、から、思わないように、する。
あしたは、あたし、学校に行かない、と思う。
ひかりの海