*星空文庫

Turn out the Light

ボブ・ツカダ 作

ない。
書きなおす。

間違ったことを言ったかもしれない。
人生を大きく狂わせるかもしれない選択を提示した。
それは目の前に『現状の維持』以外に道が他ない人物にとってどれだけ得かを示していて、こっちに行けと、おそらく周りの誰もがそれを同じように言いそうなことを提示した。

実際、得ではある。
渋る理由もない。

だが、それがあとで「良かった」とその人物に思わせることができるだろうかと言うと、提示した時から違和感があった。
これはお前の押しつけ、本意ではない、お前のエゴじゃないか?そう罵ってくれてかまわなかった。
その時だって、今だって思っている。しかし、彼女はそれを言う力がなかった。
今日まで、自分自身の力でなんとか生きてきた彼女にとってそれが、傍から見てたしかにボロボロだろうが
そんな己のこれまでの人生すら虚しくさせているような気がした。

言う力がなかったのだろう。
言い返すほどの何かがなかった。
悔しさも持っていなかっただろう。
ただ自分に力がないということを知った、そこには自分への落胆のみがあったのかもしれない。

自信がない。でも、どう考えても俺は、今のままでは、緩やかな螺旋階段を2段飛ばしで降りていくように、降りきったところで倒れてしまうくらいの負荷を足に与え続けることを、見過ごすわけにはいかないと、どこかで一度言うべきだと思ったのだ。だからそうした。

快速電車が通り過ぎた駅のホームで痰を吐いた。
ガラガラと作った時に脳みそからついでに何か出て行った気分だ。しかし、もう吐いてしまった。

終わった。

これは終わった。

「終わった」と口から本当に10分ごとに、家に帰るまで、帰りのタクシーでも、家の鍵を開ける瞬間でも呟いた。
寒い。春はまだ冷える。布団を被ってもまだ冷える。
そして、まだ呟く

「終わった」は微睡の中でも

「終わった」といって、そして寝りについていく。

外の白い夜の光が寒い。
夢の中で光っている気がする。
俺の現実の体はこの年中白くて寒い光にきっといま背を向けただろう。

「…終わった。ムニャムニャ」と。

頑張って生きている人はいくらでもいる。
無器用に生きている人はすごくたくさんいる。
うまくいかないで不幸な人間はたくさんいて。
助けるべきだと俺は思うことだろう。
でも、俺にはそんなにたくさんの人間は救えない。そうするほどお人よしではない。

昨日の午後3時の空は、3か月前の空よりも明るかったけど、なんにもなかった。
夜はどうして、黒い色はどうしてあんなにも狭く周囲を見せることができるのだろう。
とても歩くのには楽だと思った。
いくつかしかない光をあてに歩けば家に帰れるのだから。
でも、俺とそいつは4月の午後3時を、あの明るい中を、見渡せる周囲の中、たとえ雑踏の中でも、閉塞なんていうものは感じない。
ひとごみなんて、隙間を縫えばどこまでもいける。どこまでもいける。

だから行った先にはなにもない。
それはそうだ、宛のない歩きに行き先は当然ない。
どうしたらいいんだろうと延々と考えながら歩く事になるということだ。

やがてその足がふたり止まると、俺が考えたのはどこかの店に入ってお茶でもしないかということで、彼女はそれに応じるだけだった。
彼女のことをそろそろ言おう。

ここまでのことをすこしだけ、その役目を担わないくらいの振り返りで少し言おう。

俺は「彼女」が好きだ。
出会ってから数回顔を見て、仲良くなったなんてことはこの年じゃもう一生ないんじゃないかってくらいなのに、そこへさらに俺は彼女を好きになったのだ。

でも、俺は彼女に好意を伝えることができない。あの頃もダメだったけど。
いまさらすぎる、そもそも今は本当にダメだ。この傷心の人間になにができるだろうか。
だめだ。だめだ。おれはこの気持ちを抑えるべきなんだ。
わからないんだ、こういう時にどうすればいいのかなんて俺にはわからない。
ヘタができない。

さっき、振り返ると言ったが、実のところよくわからないというのもある。
この前は、最後はいつかはわからない。
数年前だった。
数年前の…1月。突如として終わりを告げた二人の会っていた場所はもうない。
あの頃、あの時、数日前に行ったはずの、ふたり餅を食った場所だったのに、突然、すっかりもぬけの殻になっていたのだ。
インタンーネットでなにがあったか調べた。
思い切って警察にも聞いた。
だけどそこから出る情報は、一連の事件を伝えながらも、彼女自身の所在を伝えることはなかった。
それはそうだ、あそこに居た皆が消えたのだから。

彼女の顔が忘れることができないでいる日々がかなり続いた。
未練だった。
あの場所のあった駅のホームに、もしかするとまたいるかもしれない。
そう思って、仕事帰りにホームのベンチに腰かけていた。毎週に数回はそのホームで快速が通り抜ける音を聞いた。
数年。あの時の彼女は若かった。ほんとうにそうだった。若い頃に無理した親子くらいは年が離れていた。そんな少女を好きでいた。
そんなさえないオッサンが、四十に手をかけ始めたくらいの頃。

彼女は駅のホームに立った。

大人びて、あの頃の面影のほとんどない姿。
いや、それは大人びたなんてものじゃない。
あの頃だってどこか危うさを感じていたのに、その纏う雰囲気は崩れかけた砂の城のようになっていた。
俺は言葉を失いながら見つめていた。
すると彼女も言葉を失いながら見つめ返した。

どうして、俺はなにもできなかったんだろう?あの頃。
どうして、今すぐ足を出すこともできないのだろう、今。

3メートルのところで、お互いはただ、「久しぶり」という言葉だけをまず吐いた。
そして、「いまどうしている」ということを彼女から言い出したので。俺は答え、恐る恐る、こちらも返した。
「どうしている?」

言わなかった。
いわないでもわかった。それはろくでもないことだった。

俺達は駅を少し降りて、散歩をすることにした。
我ながら変な提案だったと思う。散歩っていうのは。
彼女に荷物はなかった。俺には会社勤めのビジネスカバンしかない。
気兼ねなく話す時間を設けようと思ったけど、何を話すかもわからないし。知れば知るほど恐ろしい事だとわかっていた。
すぐにわかる。
誰が見ても異常だと思うさ。通りを歩き、ふりかえる奴はきっと多い。
心底壊れている人間なんて、社会に暮らせばだれにでもすぐにわかるじゃないか。…まぁ、そうでなくてもわかるかも知れないけど。

指に触れたかった。あの頃の指ではなかった。ペラペラだった。
二の腕も、肌の色もすべてが骨と皮のようになっていた。
あの女子高生だった彼女が、ハリのある肌、日焼けのあとを気にしていた彼女が、こうも変わってしまっていたなんて思えなかった。

喫茶店で、彼女はつとめて冷静を保とうとしていたがそれもよくわかった。
コーヒーをもつ手が震えても、手を添えることなく、片手で飲み切ろうとしていた。
彼女は、そんな自分の姿をいまどう思っているんだろうか。
認識しているのだろうか?つられて自分のコーヒーの手も震えた。さすがにやめた。

「生きてます」
そう言った。
寒気を感じた。

「心配だった」
辛うじて言った言葉に彼女は

「ごめんなさい」と謝るにとどめた。
一体それがどういうことかなどわからない。

「これから、どうにかします。」
彼女の額から汗が噴き出ていた。

「俺は、君がどうにかできるとは思わない。…君があの頃頼りにしていたものが、裏切ったんだな。」

「はい。」
わかりきっていた。あんなまやかしの中にいて、なにも不審に思わずいたというわけだろう。

「それからどうしてた。」

「…。」

「ごめんね。なんでもない。」

俺は現状を察することしかできなかった。
だから、このあと、いくつかの有益になりそうな提案をした。
数時間。彼女の前に何杯かのコーヒーを置きながら。
じっくりと話した。
そして最後に電話の番号を渡して、店を出た。
そうだ。あの頃、俺はこの番号を渡していたと思う。
でも、あの事件以来、電話は一度だって来なかった。
このあと来るだろうかと待ったが、そんなことは起きなかった。

「…終わったな。」

ああ見てくれよ、役立たずのやつがここにいる。

その後。俺の思いなど関係なく、彼女は彼女の願いを彼女自身の手でつかんだ。
数年越しの願いを。

『Turn out the Light』

ふと、この題名の曲を駅のホームで聞いていて思った。イントロがすごいハマったので、これで生まれた空気を書こうと思った。
そしたら過去作のヒロインをバッドにしちゃった。

『Turn out the Light』 ボブ・ツカダ 作

自著の続編。if。バッドエンド。いつか書きなおす。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-04-19
CC BY

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。