親切な同居人

親切な同居人

好きな時間に起きて、好きな時間に寝て、好きな時間に遊んで、好きな時間に飯を食う。
これがどれだけ恵まれているか、俺はここに住んでから痛感した。
ある日から、俺はこの女と一緒に住むことになった。
同居人の女は、それはそれは親切だ。
無理やり叩き起こされることもなければ、さっさと寝ろとやかましく言われることもない。
腹が減ったと言えば、すぐに飯を用意してくれる。
仕事をするだなんて言語道断、ずっと家で過ごしていても、働けの一言も言ってこない。
それがすべて許されるのだ。贅沢三昧とはこの事だろう。

その日は昼頃に起きた。
大きな伸びとあくびをしてキッチンに行ったら、女が洗い物をしていた。

「おい、メシ」

無愛想に声をかける。すると女がこちらを向き、笑顔になった。

「あら、おはよう。ご飯ね、ちょっと待ってて」

そう言うと女は洗い物を中断して、鼻歌を歌いながらご機嫌に支度を始めた。

「おい、はやくしろ」
「はい、どうぞ」

せかしても文句の一つも言わず、機嫌よく用意する。
女がどんなに急いでいても、俺が一声かけるだけで飯が最優先される。
目の前に置かれた豪華な食器には飯が彩られている、これを見る瞬間が何ともたまらない。
俺はいただきますも言わず、飯にがっつく。

「おいしい?」

向かい合わせに女が尋ねた。

「イマイチだな、昨日の飯のほうがいい」

と言うと、女はなぜかフフッと笑う。
もしかしたら、今夜はそいつを出してくれるかもしれない。大いに期待しようじゃないか。

俺は仕事をしていない。
生きていくうえで働くほど不快なものはないってのに、そいつをやらなくてもいい。
というのも、全部この女が稼いでくれるからだ。
働く必要もなく、金で食っていけるうえ、好きな物まで買ってもらえるんだから、これほど幸せなことはない。

退屈になって俺は外に出かけた。
別に用があるわけじゃないが、ずっと家に居ても体がまなってしまう。
むろん、無断で外に出ても女には何も言われることはない。
しばらく歩いていると、同じくらいの体格のやつとすれ違った。

「おい、なに見てやがる」

やつは立ち止まり、俺を睨みつけ、声を荒げて喧嘩を売ってきた。
なぜかは知らんが、俺はよく吹っ掛けられる事が多い。

「お前こそなに見てやがる、とっとと失せろ!」

俺も睨みつけ、相手より一段ドスをきかせた声を出すと、やつはビビってすぐさまどこかへ行った。
こう見えても、喧嘩には自信があるんだ。
時間を無駄にされ、俺はすっかり機嫌が悪くなった。

家に帰ると、掃除機のやかましい音が聞こえる。女が部屋の掃除をしているようだ。
俺はさっきの気晴らしに、ウォールシェルフに大事そうに立てかけてある大きな皿を、ためらいなく床に落としてやった。
派手に割れる音がして、床に皿の破片が飛び散る。
慌てて駆け寄った女は、皿の破片を見ては軽く肩をすくめ、小さく鼻でため息をついた。

「しょうがないわねえ」

よほど大事そうな皿だったのに怒鳴られやしない。
むしろその顔は、少し笑って見えた。
いたずらをしては毎回こんな具合なもんだから、まったくいい気分だ。

ただ、この女には一つ困ったところがある。
それは、俺が椅子に座っていようがテレビを見ていようが、ところかまわず写真を撮ってくる。
こないだなんか、俺がトイレに行ってるところをわざわざスマホを持ってきて何回もカシャカシャ言わせていた。
嬉しそうな顔で写真を撮っては、SNSで俺の顔を沢山載せる。
こんなことをして一体何が面白いんだ。
呆れた俺はその場で寝たが、この姿もどうせ撮られているのだろう。

しばらく寝て、起きて窓を見てみると、空はすっかり赤く染まっていた。
すぐそばで女も寝ていた。

「おい、メシ」

腹の虫が鳴り始めたので、飯の催促をした。
声をかけてもなかなか起きないので叩いて起こしたら、ガバッと起き上がった。

「やだ、もうそんな時間なの......」
「いいからメシだ、はやくしろ」

更に催促をすると、女は目をこすって伸びをする。
こういうとこだけは俺に似ているな。

ゆっくりと腰を上げ、立ち上がった女は台所へ行く。するとピタッと立ち止まって、俺の方を振り返りじっと見つめた。
舐め回すように俺の身体を見て眉をひそめる。すると笑顔になってこう言った。

「ずいぶん汚れてるわね、ご飯の前にお風呂に入りましょうか」

その言葉に俺は背筋が凍った。
待ってくれ、俺は風呂が大嫌いなんだ。
体が濡れるあの感触、想像しただけでぞわぞわしてくる。
風呂なんかに入るくらいなら、晩飯抜きの方がマシだ。
急いで俺は逃げるが、すぐに女の長い腕に捕まった。
必死に抵抗するが、女の方がはるかに力が強く、まるで歯が立たない。
がっしりと体ごと捕まり、俺はそのまま洗面所へ連れていかれた。

「おい、やめろ!俺は風呂になんて入りたくない!さっさと離せ!」
「はいはい。大人しくしましょうねえ、私の可愛いタマちゃん」

女は顔を歪めるどころかクスクスと笑い、余裕綽々で俺を風呂場に連れていった。

親切な同居人

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親切な同居人

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-15

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