にくのかたまり

 ああ、
 と鳴くのは、わたしの飼っている、鳥。
 ちいさくて、かわいらしい、鳥。
 にくのかたまりを、ついばむ。

 まがまがしい色の空を、きみはにらんでいる。
「あしたにはきっと、崩れるね」
 きみが言う。
 崩れるのは、星。
 わたしたちがいま、いるところ。
 おそらく、足元から、がらがらといく、というのは、ロマンチストなきみの見解であり、ドームの天井が落ちる、と言ったのは、有名な大学のえらい教授のひとであり、わたしはきみのいう、足元から、がらがらといく、に賛成であり、いまさらこの星が、半球体のなかにつくられた人工都市、あたらしい星に移住するまでの仮住まい、であることを掘り返すだなんて、まったく、いやになる。

 うう、
 と鳴くのは、わたしのかわいい、鳥。
 やわらかくて、かよわい、鳥。
 ピンク色のにくのかたまりを、ついばむ。

 まがまがしい色の空の下で、きみと、夢を語り合う。
「将来は、歌をうたうひとになりたい」
 きみが言う。
 わたしは、詩を書くひとになりたい。
 わたしが言う。
 あしたになったら、この星は崩壊する。
 地面が割れるのか、空が落ちるのかは、わからないけれど、そう、わからないけれど、ともかく、崩壊する。
 三〇〇年前に、この半球体の星をつくった、どこの馬の骨かもわからないひとたちの計画のせいで、わたしたちは故郷を失う。
 あたらしい星で、詩を書くひとになれるかしら。
 わたしはつぶやく。
 あたらしい星では、いままでとおなじ生活ができないような気がした。
 鳥は、連れていけないのだといわれた。
 犬も、猫も、ハムスターも、かえるも、宇宙船に乗せてはいけないとのことだった。
 へびも、りすも、さるも、かわうそも、うさぎも、ペンギンも、くまも、たぬきも、パンダも、ライオンも。
 グッピーも、めだかも、ザリガニも、カメも、金魚も。
 幼い頃に飼っていた、はりねずみのお墓も。
 にんげんに捨てられた野良犬も、野良猫も。
 からすも、すずめも。

 ええ、
 と鳴くのは、わたしの鳥。
 はかなく、うつくしい、鳥。
 にくのかたまりがおいしいのかどうかは、わからない。

 まがまがしい色の空、かすかに亀裂がみえる。
 わたしたちはあした、この星を捨てる。
 生まれ育った家を捨てる。
 通いなれた道を捨てる。
 学校を捨てる。
 行きつけの店を捨てる。
 命あるものを、見捨てる。
「どうして命が、選別されなくてはいけないのか」
という歌を、きみがうたう。
 伴奏なしで、うたう。
 力強くて、暴力的で、仰々しくて、でも、どこか物悲しくて、空虚で、夢みたいで、まるでこの、半球体のドームのなかにつくられた都市みたい。
 にせものの空しか知らない、このドームのなかの住人みたい。(つまり、わたしたち)

 おお、
 と鳴くのは、鳥。
 あしたになったら、ただの鳥。
 にくのかたまりはそもそも、なんのにくのかたまりだったのか。
 そんなことは、どうでもいい。

にくのかたまり

にくのかたまり

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-12

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND