旅路


砂漠を旅するラクダのようにはいかないことを,ロバはちゃんと知っている。背中からずり落ちそうになった荷物を背負い直して,踏み締める度にずり落ちる,蹄と砂の間を何度も取り直している。一歩ずつ前へと進めるように,また夜目を効かせて,自由自在に飛べるはずなのに,ロバのお尻の辺りの荷物の上に留まり続けているフクロウに気を遣って,ロバは足取りを正すように努める。同伴していた案内人は,水を探して旅立った。必要な食料は分け合った。お互いの無事を祈り続けている。昼間と違い,その目を開けっ放しのフクロウが要所要所で「ホーホ」と鳴くから,ロバはその度に目印を付けている(心の内で,鼻を広げながら)。毎夜,毎夜を迎える星座は等間隔を保って見えるが,フクロウは時々,その線を書き変えている。そうして現れる姿に,ロバは名前を付けている。その全てを覚えている。お気に入りの順番で整理していた,でも改めて,名付けた順番に変えた。思い出のように,大切に感じられるようになった。「ホッホー」とフクロウが鳴いてくれることが増えて,ロバが何だか嬉しくなった。


そのうち,ロバは自分でも歩ける道を見つけるだろう,とお爺さんが子供に言った。目的地に辿り着いた後で,ロバは再びそこを通り抜け,無事に家路に着くことが出来るとも。それを大人しく聞いていた子供は,しかしお爺さんに「ロバはどこに向かっているの?」と訊き続けていた。その答えは毎回違っていて,ある時には世界中の鳥が集まり羽ばたく,素敵な森の住処であったり,またある時には生まれたばかりのように綺麗になれる,水で満ちた湖の国になったりした。それらを答えとして受け取った子供は,お爺さんのウソみたいな話の結末を楽しんだ。どれもワクワクしたし,その道中のハラハラにドキドキしたからだ。けれど,いつしかお爺さんの答えはたった一つだけになった。それはお爺さんの大切な場所であり,会いたいものに会える場所だった。だからお爺さんは待っていた。途中で別れたロバとフクロウに,また会えると嬉しそうに子供に話した。これはウソだと思った子供は,お爺さんに対して,ロバとフクロウと別れた後の話をして欲しいとお願いした。どうせ話せはしないんだ,これでウソだと分かるんだ,と。しかし,お爺さんはこれを気持ちよく引き受けて,その話を子供に対して語っていった。今までより詳しく,具体的で,本当に旅をしてきた人だとしか思えない,それぞれの話を子供は聞いた。そうして子供は,お爺さんに「すごい!」と大きな声で言った。それを聞いて,お爺さんは笑った。波打つような皺が目尻に浮かんで,搾った一滴のように,水が流れて消えていった。


昼間に目を瞑るフクロウが見て,そして聞いているのはひどく大切な話だろうと察せられるのは,フクロウが真面目な表情と姿勢を崩さず,羽毛を吹く風に任せたままにしているためだった。気持ち良さそうな見た目に反して,その胴体分の自然を,ぴりりと引き締めている。そういう印象を与えた。
夜間に至って,目を開きっぱなしのフクロウは,「ホーホ」と鳴く以外にその声を発しなかったが,それでも話しかければ一晩中お喋りを続けたがっているような,オープンで,かつ,リラックスしたような雰囲気を醸して,ロバと旅人を和ませた。ロバは歩みに忙しかったため,旅人よりはフクロウに話しかけたりはしなかった。旅人はよく遠くを眺めていたため,ロバよりフクロウの変化に気付かなかった。そのために,旅人はフクロウに対して,ロバのお尻から飛び立たない理由を訊いては,その分かりやすい態度をもってして,フクロウから怒られた。その度にロバは大きく息を吸って,少し重そうに息を吐いた。そして,旅人が着ているものの裾を軽く噛んで,旅人をたしなめた。旅人はそれで一つのことに気付いては,一つ反省して,大切にしていた水を口に含んだ。そのまま静かな時間がちょっと過ぎて,また,ロバとフクロウと旅人は前に進んだ。いつもと違う,いつも通りが生まれていった。砂が踏まれて,足取りが離れていった。
フクロウが羽を広げて翔んだことがあるとすれば,それは初めて,ロバのお尻の辺りの荷物の上に降りた時になる。最初に降り立った場所が気に食わなかったフクロウは,一度羽を広げて翔び,瞬時に移動して,それから一度も変わらない,その場所に落ち着いた。ロバと違って,旅人はそれを見ていたのだ。
夜が明ける前の最後の光景として。すべての粒が向こう側に流れる音とともに。

旅路

旅路

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-10

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