「―――っ!!」

 トントン、トントン、と線路を駆けだす音がして、ゆっくりと電車はホームから離れてゆく。
 駅のホームから、一両しかないその列車に大きく手を振る少女が一人。
 彼女は、徐々に加速してゆく列車が山のトンネルへ入り、見えなくなるまで、大きく大きく手を振った。見えなくなるまで振っていて、手が止まって、留まった。
 見えなく、なった。
 柵の向こうの青々と育った草花たちがさざめくように、ざわめくように風に揺られる音だけが周囲に流れた。
 少女は下唇を嚙み、俯くと共に、力なく手を下ろす。腕が少しぶらんぶらん。
「……」
 セミが鳴いてる音がする。
 彼女は静かに踵を返し、置いてあった鞄を担ぎ、ゆっくり歩きだす。
 ホームを抜け、結局お弁当を渡せなかった。不格好なおにぎりだけど。それは鞄の中にある。
 待合室を抜け、メールしていいか聞いてみたら、手紙のほうがいいって言ってきた。私の字が好きらしい。
 駅を出、道に出る。住所知らないし、って言ってみたら。メールで送ってくれるらしい。携帯電話はまだ沈黙。
 セミの鳴いてる声がする。
 徐々に、靴がアスファルトを打つ音が速くなる。
 徐々に徐々に、歩調と鼓動が速くなる。
 少女は走り出した。
 俯いたまま走り出した。
 夏の青空から逃げるように、夏の太陽から逃げるように、駆けだした。
 眩しい、眩しい。
 坂を上り、塗装の禿げたガードレールを横目に全速力で駆けていく。
 坂を上る。
 坂を駆ける。カーブに沿って右へ、左へ、うねって進む。
 路地に入ると、昔作られたのだろう、階段がある。
 彼女は息を切らせて五、六段上り、振り返る。
 彼の匂いがする気がする。なんだかここが落ち着くらしい。
 眼下には町が見える。家と緑と畑緑。遠くのほうに少し覗く海の青。
 少女は大きく大きく息を吸う。
「――――っ!!」
 彼女は、力の限り、大きな声で、叫んだ。
(了)

「―――っ!!」

「―――っ!!」

夏空の下、坂を走る女の子。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-09

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