土星のひと

 土星のひと、が、ぼくのかばんに、白い、ふわふわしたものを、つめこんで、いる。
 白い、ふわふわしたものは、綿、のような、綿菓子、のような、ねこの毛玉、のような、とにかく、ふわふわした、白いもので、土星のひとは、ぼくの通学かばんにそれを、ぎゅ、ぎゅ、とつめこんでいて、いっぱい、いっぱい、つめこんでいて、つめこみすぎていると思うのだけれど、むりやりつめこんでいる感じで、ぎゅ、とつめこむと、ちがうところから、ぼ、と飛び出てくる白いものを、土星のひとは、また、ぎゅ、とつめこんで、そうするとちがうところからまた、ぼ、と飛び出てきて、なんだか、もぐらたたきみたい、なんて思いながら、ぼくは、自作の動画を配信しようかどうしようかと、なやんでいる。
 動画は、ぼくがエレキギターを弾いたり、テレビゲームをやったり、歌をうたったり、料理を作ったりしている、動画だ。
 おもしろくないかもしれない、けれども、つまらない、とは言い切れない自信が、ある。
 それなりに自信があったからこそ、動画を作り、しかしいざ、インターネットに動画をアップロードしようとしたとき、マウスをクリックする指が、止まったのだった。
 ぶぅぅぅん、という、パソコンのうなる音と、土星のひとが、ぎゅ、ぎゅ、と例の白いものをつめこんでいる音だけが、きこえる。
 部屋のなか。

(ぼくは、ここに、いますよ)

 ときどき、ぼくがちゃんと、この世界に存在していることを、誰かに知らしめたいと強く思うのは、あまりよくない思考であると、土星のひとは言った。
 土星のひとはそのとき、女のひとだった。
 土星のひとは気分次第で男のひとにも、女のひとにもなれるのだった。
 土星のひとは、昼は女のひと、夜は男のひと、であることが多かった。
 夜に女のひとになればいいのに、と思いながら、土星の女のひとの、学校の女子よりも大きく膨らんだ胸のあたりを凝視していると、土星の女のひとは、意味ありげにあやしく微笑み、でも夜になると、土星の女のひとは、土星の男のひとに、なりかわるのだった。
 土星の男のひとは、羊の皮をかぶった狼、であり、やさしい男にみせかけた、ひどい男であって、ぼくは、土星の男のひとのいいなり、みたいなひとになりつつあるので、いやなのだけれど、でも、死ぬほどいやかと聞かれると、そこまでいやではなくて、いやなら殺せば、なんて、土星の男のひとは嘲笑うのだけれど、ぼくは、土星のひとが何者でも、生きているものを、殺す、なんてことはできないし、したくないし、土星の女のひとは、悪いひとではないし、土星の男のひとも、やさしく撫でてくれるときも、あるし、だからぼくが、首を横に振ると、土星の男のひとは、マゾ野郎、と、鼻で嗤うのだった。
 苦痛のなかにときどき、幸福をみる。
 絵を描いて、うまいねと褒められたいひとがいるし、小説を書いて、おもしろいねと評価されたいひとがいるし、歌をうたって、素敵な歌声だねと感動されたいひともいるわけで、動画を撮って、配信して、きみってすごいひとだねとコメントされたいといえばそうだし、そういうのが目的ではないといえばそうだし、単純に、ぼくの存在証明としてのそれでもあるし、一概にそれだけのために動画を撮っているのではないし、つまり、シンプルにみえて複雑な、複雑にみせかけて案外と浅はかな、有名になりたいというより、ぼく、というにんげんのことを世界中のひとに知ってもらいたいのだけれど、でもそれって結局、有名になりたい、のとなにがちがうの、的な、そういう思考の迷路のなかを、ぐるぐるさまよっている。
 パソコンの前で、ぼくの通学かばんに白い、ふわふわをしたものを、ぎゅ、ぎゅ、とつめこんでいるのは、土星の女のひと、であるが、いつもより幼くみえるので、おそらく土星の女の子。

 こどもにも、なれるんですか。

 ぼくが、さりげなくたずねると、女の子は、そうだよ、と言った。
 かわいらしい声だった。
 きょうの学校はどうだったの、と、なめらかで湿った声を発する土星の女のひととも、痛いなら泣けばいいよ、泣きなよ、ほら、泣けよ、と、低く静かな声色でぼくのことを追い立ててくる土星の男のひととも、ちがう、雰囲気の、こどもの、土星の、ひと。

 あなたもこのなか、はいりたい?

 土星の女の子が、白い、ふわふわしたものがぎゅうぎゅうにつめこまれた、ぼくの通学かばんを、ゆびさして、このなか、あったかいよ、と笑う。
 土星の女のひとの、あやしい微笑みとも、土星の男のひとの、ぼくを小馬鹿にしているような嗤いとも、異なる、無垢な笑み、自然の頬のゆるみ、かわいらしい笑顔。
 動画のアップロードを待つパソコンが、上げるか下げるか早く決めろ、とでも言わんばかりに、ぶぅぅぅん、ぶぅぅぅん、と、うなる。
 ぼくは、白いふわふわしたものがつめこまれた、通学かばんのなかに、顔をつっこんでみた、ふわふわしていて、すこしだけちくちくしたが、なんとなく甘いにおいもしたし、かすかなべたつきもあった。
 綿のような、綿菓子のような、ねこの毛玉のような、ものだった。
 土星の男のひとに、首を絞められたときのことを、思い出した。

土星のひと

土星のひと

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-08

CC BY-NC-ND
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