*星空文庫

いるか

北城 玲奈 作

 子が生まれたので名前をつけようと思った。私のは、画数にこだわるあまり、なんだか人名でないような響きをもつ。なので、名前に関しては、あまりよい思い出がない。せめて子には、人らしいのをつけてやりたい。

 どういう名前がいいか、と尋ねると、子は、いるかがいいです、といった。子は生まれたばかりなので、まだ歴史を知らぬ。したがって、この場合のいるかとは、おそらくあの海にいる哺乳類を指すのだと思われる。

 一応聞いてみると、子は、あれは魚ではないのですかとびっくりして、直後、あっと小さくつぶやいた。驚いた拍子におもらしをしたのである。おむつを替えようとマットに仰向けにする。子は、そうですかそうですかとしきりに感心しながら天井をながめている。終わると今度は、私の顔を見て、お腹がすいたという。抱いて、乳房をふくませると、いきおいよく吸って、それから目を閉じた。満足したかと聞くと、はい、と答えた。やっぱり私はいるかですねとこちらを見上げてにこにこしている。

 まいったな、と思った。このままいるかという名をつけてもよいものだろうか。人らしくない名前は、もはや珍しいものではないというのを、この間ワイドショーでみた。むしろ古い感じのする名前のほうが、少なくなってきているという。その点で、まあ、安心できるといえばできるのだった。しかしいるかは由来を日本史に求めれば、古い。子の場合は、生き物のいるかが由来だが、もしわけを取り違えられれば古い少数派の名になってしまう。シャチならまだ、よかったのにと思う。返事に迷ううちに子はすやすやと寝息を立てていた。

 直後私はひどいめまいを感じ、次いで倒れた。倒れながら、子を、私はどうしたか。記憶がない。放り投げてしまっては一大事である。

 いそいで目を開けると、視界はぼんやりとして何もわからない。光源が真上にあるらしく、つよく照らされている。光の感じや、背中や腕や太ももの裏が接している均一さから考えるに、どうやら私は寝かされている状態らしかった。マットに転がされる子の気分である。子、子は、どこにいるのだろう。目をまるくしたり細めたりしてなんとかまず明瞭にものを見ようとしたが、光源のかたちが小さい円であるらしいこと以外、わからなかった。首もうまく動かない。もどかしい。私は次第にいらいらしはじめた。子はどこなのか。

 だしぬけにあっと高い声がした。手にあたたかさが走り徐々にやわらかく包まれていく。声のするほうを見ようと眼球をえいとやると、鋭い痛みが底をさらうので仕方なく目を閉じた。うす赤の中で、お母さんお母さんと聞こえる。子はそこにいたのかと思い、何かいおうとしたが、いるかと呼ぶのはやはりまだ憚られた。返事に迷っている。

『いるか』

『いるか』 北城 玲奈 作

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-04-07
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