有夫の婦

仁科 哲夫 作

いささか堅苦しい文章ではありますが、読了された方に満腔の敬意を捧げます。

 気移りトンボの元首相 鳩山由紀夫氏が、なにを思ったのかイラ
ンを訪問してひんしゅくを買ったと思ったら、今度は毎週金曜日に
行われている、首相官邸前の原発再稼働反対デモに参加して、あろ
うことかマイクでがなりたてて、またまた男を下げた。前の選挙で
「最低でも県外」と言って、にっちもさっちもいかなくなった挙句、
地政学という言葉まで使って投げ出してしまった御仁である。

 日本列島、南西諸島、台湾そしてフィリッピンと結ぶ弧線が、地
政学上の意味がある。国際法上の排他的経済水域(EEZ)は2百カ
イリで、東シナ海の沖縄本島と中国沿岸の間では重なってしまう。
そこで日本は中国に対して、お互いの中間線を境界にしようと提案
したが、中国は琉球列島の西側のすぐ近くにある、沖縄トラフまで
が自国の領海と称して譲らない。

 将来、沖縄基地問題がこじれきってしまい、米軍が沖縄から撤退
した後、中国が沖縄トラフまでの EEZ で日本の経済活動を禁止す
ると通告し、艦艇を派遣して実効支配したらどうする。お辞儀をす
る時、首相よりも頭(ず)が高い沖縄県知事が「どうかお助けくだ
さい」と懇願しても、政府は空海自衛隊を出動させるだろうか。

 前例がある。フィリッピンのピナツボ火山の大噴火で、アメリカ
軍の海空軍基地が大打撃を受けた。当時は反基地運動が盛んで、フ
政府は基地の修復費用を負担しないと宣言した。その結果、アメリ
カ軍は92年にフィリッピンから引き揚げた。すると95年に、フ
イリッピンが自国の領土としていたミスチーフ環礁に中国が軍隊を
派遣して占領した。現在ではコンクリートの建物が出来上がり、中
国領土として周囲の海域を支配している。これが地政学というもの
の現実である。

 魚釣島に上陸した中国人活動家を逮捕した時は、「国内法にもと
づき厳正に対処」と言っていたのが、「理性的な対応」にかわり、
強制退去と尻つぼみになった。同海域では、体当たりした漁船船長
の時も、こわもての中国女性報道官の物言いに、録画映像があるに
もかかわらず、反論らしい反論もせず、これまた国外退去させてい
る。しばらくして、いかにも政府の本意ではありませんよと言わん
ばかり、地方の海上保安官のサイト流出という形で映像が流れた。

 13億の人口を擁し、4千年以上にわたる文字の記録を持ち、中
華―世界の中心ーに君臨してきた矜恃(きょうじ)を保ち、長期的
な潜在能力や、将来の戦略的役割を緻密に判断して行動する国家に、
1億そこそこで、行き当たりばったりの日本がまともに渡り合える
訳がない。

 鳩山由紀夫氏は日本の国益を限りなく毀損(きそん)させた張本
人である。いさぎよく一死をもってその罪を償ってほしい。自分で
やらないのであれば、この手で絞め殺してやりたいとさえ思ってい
る。しかし、直接に手を下せば、倫理上はもちろんのこと、法律的
にも処罰される。これは「人を殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役若シ
クハ3年以上ノ懲役ニ処ス」という刑法199条の殺人罪の規定が
あるからだ。片仮名づかいの上に濁点や半濁点もなく、句読点さえ
もごくわずかで、かなり読みづらい。この刑法というのはなんと明
治42年11月1日に施行れた代物で、繕いながら現在も使い続け
ている。

 世の中はどんどん変わってゆくのに、法律などの決まりごとが追
っつかなくなるのはいつの世も同じ。いよいよ現状に合わなくなっ
ると、新しくしたり、書き換えたり、取り消されたりしてゆく。こ
れを「制定」、「改正」とか「削除」と呼んでいる。

 明治22年11月に施行された大日本国憲法は、君主が定めたと
いう意味で明治欽定憲法と呼ばれている。「不磨の大典」とみすか
らをたたえたこの憲法の、第一章天皇の第一条は「大日本帝国ハ万
世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と定められている。万世一系とは万の世
代を一つの家系でという意味である。かりに一世代を十年とすると
十万年になる。これはネアンデルタール人の時代で、天皇家があっ
たとは到底考えられない。いや、これは白髪三千丈と同じ表現です
よといっても、厳密な解釈を旨とする法律文、特に基本法たる憲法
に用いるのは不適切であると、異を唱えた法学博士はいなかった。
なぜなら、刑法に「不敬罪」というのがあったからである。よk

 これに変わり、昭和二十一年十一月に日本国憲法が公布され、翌
年五月に施行された。この大一章 天皇の第一条は「天皇は日本国
の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存
する日本国民の総意に基づく」と定められている。つまり、国民が
天皇は要らないと思えば無くすこともできるという意味である。

 昭和憲法に変わってからも刑法はそのまま使われたが、新憲法の
精神に矛盾する15カ条が削除されている。その中で、不敬罪と姦
通罪(かんつうざい)という、硬と軟の二つを取り上げてみる。

 不敬罪というのは、刑法第73条から第76条までの「皇室ニ対
スル罪」の4カ条だが、これが全部削除されている。

 その最初の条文は
「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ対シ危害ヲ
加エ」れば死刑であった。またその次にの第74条では、すべての
皇族に加え、
「神宮又ハ皇陵ニ対シ不敬ノ行為アリタル者」
も3カ月以上5年以内有期刑に処せられた。ひょっとしたら、明治
神宮の鳥居に犬が小便をひっかけても、飼い主が不敬罪に問われた
かもしれない。

 現行法で死刑だけの刑罰を定めているのは、第81条の外患誘致
罪(外国と通じて日本へ武力攻撃をさせる)だけである。かりに、
狂信的な宗教集団が教祖のご宣託により、自動小銃にサリン毒ガス
弾とロケット砲まで備えた戦闘部隊を編成する。根拠地を要塞化し
て、自衛隊と富士の裾野でイクサをおっぱじめる。そのために双方
で数千人の死傷者が出るというような動乱が起こったとしても、こ
れを裁く第77条の動乱罪では「死刑又ハ無期懲役」になるのは、
首魁(しゅかい)だけである。もちろん併合罪などの規定を捨象し
ての話だが、第一義的に「危害ヲ加エ」るだけで、控除規定がない
以上、全員が死刑オンリーという不敬罪がどれだけ厳
しい刑罰であったかと恐れ入る次第。

 また、条文の解釈で「危害ヲ加エ」というのはどの程度の暴力ま
でを指すのか、わたしにはわからない。

 昭和22年5月、A級戦争犯罪人を裁く、極東国際軍事裁判の市ヶ
谷法廷では、軍国日本の指導者たち28人が起訴された。被告の一人、
国家主義者の大川周明が狂気をよそおい、法廷でシャツをはだけただらしな
いかっこうで、ぶつぶつと何かを唱えながら合掌していた。とつぜん
一段下の席に座っていた、同じ被告で元首相の東条英機の、いがくり
頭をピシャリと叩くハプニングがあった。

 もしこの程度のことが皇族、中でも天皇陛下に対して行われた場合、
これを危害とみなすのだろうか。現人神(あらひとがみ)とあがめら
れた戦前から戦中にかけての、極端に神格化された皇室史観のもとで
は、限りなく拡大解釈されるような気がする。

 今上天皇がまだ皇太子のころの昭和34年4月、民間から初めて妃
殿下を迎えられることになり、期せずしてミッチーブームが沸き起こ
った。家電メーカーはここぞとばかりにキャンペーンを張って売り込
んだおかげで、まだまだ高嶺の花だった、カラーテレビがちょっぴり
手の届くところに近づいた。

 ご成婚のパレードでは、一人の青年がお二人の乗った馬車に投石し
て駈け寄り、大勢の警察官に取り押さえられるとい椿事が起きた。こ
れが旧憲法下の出来事であれば、石が当たったかどうかなどは問題で
はない。間違いなく死刑判決が下され、警視総監は割腹自殺して、不
祥事の責任を取ったことだろう。

 プラカード事件と呼ばれている、戦後の不敬罪についてのエピソー
ドをお伝えする。昭和21年、戦後初めてのメーデーが5月1日に、
そして同じ月の19日には食糧メーデーと名付けられた集会が、現
在では皇居前と呼ばれている、宮城前広場で行われた。

 敗戦を告げる玉音放送のあった前年の8月15日からその広場では、
ある者は最敬礼して号泣し、ある者は土下座して、京都三条大橋たも
との高山彦九郎の銅像よろしく皇居を遥拝(ようはい)し、またある
者は一死をもって謝し奉らんと自刃(じじん)して身の不忠を詫びた
臣民が、こんどは人民と名を変えて二度も広場を埋め尽くした。その
数は50万に25万と報じられている。

 当時はものすごい食糧難で、都会の給料生活者のほとんどは、その
日の夕食にも事欠いていた。だから食糧メーデーは飯米獲得人民大会
というのが正式名称であった。この大会名で天皇陛下に上奏文を提出
しているが、その出だしはこうなっていた。
「わが日本の元首にして統治権の総攬者たる天皇陛下の前に謹んで申
し上げます。私達勤労人民の大部分は、今日では三度の飯を満足に食
べておりません。
空腹のため仕事を休む勤労者の数は日毎に増加し、今や日本の総ての
生産は破滅の危機に瀕しております」

 これは決して誇張ではなかった。その現れとして、参加者の掲げる
プラカードにも食糧に関するものが多かった。
「働けるだけ食わせろ」とか「赤ん坊にミルクを」などである。その
中にこういうのがあった。「証書 国体は護持された。朕(ちん)は
たらふく食っている。汝臣民飢えて死ね。ギョメイギョジ」とやって
しまった。

 若い読者のために老婆心から付け加えると、国体というのは都道府
県別の競技大会のことではない。天皇制のことである。御名御璽(ぎ
ょめいぎょじ)というのは、オリジナルには天皇の名前を書いてハン
コが捺してあるよという意味である。

 新憲法の公布は十一月でまだ不敬罪のあるころだ。とうぜん立件で
きると、敗戦後意気消沈していた検察庁は色めきたった。第一審では
不敬罪ではなく、名誉棄損罪で有罪判決を受けたが、控訴審中に新憲
法が施行され、不敬罪が無くなってしまったので、免訴という結末に
なった。

 そのほかの削除された条文の中には、第183条の姦通罪というの
があった。これは「第2章 猥褻(わいせつ)姦淫(かんいん)及ビ
重婚ノ罪」の中にあるのだが、公然猥褻罪、猥褻文書配布罪、強姦罪
などと重婚罪は現在も残っているのに、真ん中の姦通罪だけが削徐さ
れている。わたしのような品性下劣な男は、公然猥褻罪や猥褻文書配
布罪を削除してくれたほうがどれだけありがたいことかと思っている。

 この姦通罪の条文は
「有夫ノ婦姦通シタルトキハ2年以下ノ懲役ニ処スソノ相姦シタル者
亦同シ
前項ノ罪ハ本夫ノ告訴を待テ之ヲ論ス但本夫姦通ヲ従容シタルトキハ
告訴ノ効ナシ」
つまり既婚婦人とその相方だけに姦通罪は適用される。有婦の夫であ
る既婚男性とその相方が無夫の婦であれば、罪に問われることは無か
った。

 旦那が本妻そっちのけで、黒板塀に見越しの松の妾宅に、いくら入
りびたりを続けてもお咎めはない。ところがそのご本妻が、
「クヤシイッ」
と歯ぎしりして、アパートに若いツバメを囲い、旦那が身勝手にも恐
れながらと訴え出ると、ご本妻は刑法上の罪に問われたのである。

 ずいぶんと女性をバカにした話だが、法の下の平等を掲げた新憲法
が施行されて、この条文が削除されるまでは、男の甲斐性としてりっ
ぱに世間で通用していたのである。

 昔はこれを不義密通と呼んでいた。近松物でも、道ならぬ恋はこの
世では添い遂げることができない。事が露見のあかつきには、武士で
あれば女敵討ち、二人重ねておいてバッサリと斬り捨てられてしまう。
町人なら橋のたもとの高札場に、二人とも粗莚の上に裸同然の姿で繋
がれる。三日三晩晒し者にされたそのあげく、非人の群れに下げ渡さ
れてしまうのである。

 当時の人たちにとって、この屈辱は死よりもつらいものであった。
そのような運命が待ち構えているのであればいっそのこと、あの世
の極楽浄土とやらで添い遂げよう。二人仲良く蓮の葉の上で念仏合
掌し、いつまでも安らかに過ごそうと願うのは当然の成り行きであ
る。だからこそ、心中への道行きは凄惨な美学として称賛され、浄
瑠璃の世界でも語り継がれてきたのである。

 ところが現在ではこれが不倫と呼ばれ、すこぶる即物的な風俗と
なっている。不倫小説はベストセラーになり、その題名は平成9年
の流行語大賞に選ばれ、「現象」という修辞までついて一世を風靡
した。その上に、これが映画化されると、熟年女性が大挙して映画
館に押し寄せたそうである。

 だいぶ前のことだが、「夫以外のセックスはどうしてこんないい
んでしょう」という週刊誌の見出しを新聞広告で見た。ショッキン
グな見出しにつられて買うと、なんだこれはという内容が多いので、
まず本屋で立ち読みするつもりでいた。そのうちに週が変わって見
そびれてしまったが、今でも心残りである。さぞかしこの見出しを
見た近松門左衛門は度肝を抜かし、草場の陰で卒倒していることだ
ろう。

 追記 文中の不倫小説は「失楽園」です。

有夫の婦

有夫の婦

題名は法律用語です。既婚夫人の意味です。 路地の奥まったところに、こぎれいな格子戸、黒板塀からのぞく枝ぶりのよい 松、これは妾宅の典型的な表現です。 旦那が本妻そっちのけで、この妾宅にいくら入り浸ってもお咎めはない。 ところが、そのご本妻が、 「クヤシイッ」 と歯ぎしりして、アパートに若いツバメを囲い、旦那が身勝手にも恐れながら と訴えでると、ご本妻は刑法上の姦通罪(かんつうざい)に問われた。 ただしこれは、現在の憲法が施行され、この条文が刑法から削除されるまでの 話です。

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更新日
登録日 2012-08-02

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