くもり空の日々

 もぐらが、芝生をだめにするから、と言って、もぐらを退治する液体(つまり、毒だ)を、土に注入したひとがいて、そのひとは、もぐら愛護団体に捕まった、と聞いたけれど、捕まってからそのひとが、どうこうなったのかは知らないのだが、ごはんがおいしいから、ええか、とキミは言って、ぼくも、まぁ、そうだよね、なんて言った。
 日曜日の午後。
 くもりの日は、きょうで三〇一日。
 あしたも、くもりの予報。
 まったく、地球のお空はどないしたんや、とキミはぷりぷり怒り、怒るキミもかわいいね、と思うと自然と、頬がゆるんで、キミに、気色悪い笑い方すんな、なんて、どつかれるのだけれど、そのやりとりもまた、なんだか楽しくって、ぼくは、ゆるんだ頬をどうにかすることができなくて、きっと、表情筋がだめになっちゃったみたいだから、許してほしい、ごめんね、とかなんとか言いながら、キミのことを、抱きしめる、という一連の流れが、好きだ。
 ぼくのうでのなかで、なんやねんそれ、とつぶやくキミの、耳がほんのり赤い、という事実が、ぼくのからだをしびれさせ、火照らせる。
 キミからはいつだって、甘やかな匂いが、する。
 きょう、偶然、同級生に会った。
 ショッピングモールで、同級生は、赤ちゃんを抱っこしていて、ぼくは、声をかけられなければおそらく、気づかなかった。
 幼稚園と、小学校がおなじで、小学生のときに何回か、家に遊びに行った覚えがあるが、なまえをすぐには、思い出せなかった。
 一〇年以上会っていないと、そんなもんやで、とキミは言ったけれど、ぼくは自分が、とても記憶力のないにんげんに思えて、いやだった。
 それからその同級生が、ちゃんと、オトナ、になっていて、複雑だった。
 ぼくだって、年齢的にはオトナだけれど、結婚はしていないし、子どももいない。
 結婚していて、子どもがいることが、オトナ、ではないし、結婚しない、故に子どもも産まない、というひとだっていまは多いだろうけれど、でも、なんとなく、結婚適齢期を迎えても結婚していない、子どももいない、という自分が、ひどく、惨めに思えるときがあるのは、なぜだろうか。
 そういう雰囲気が、あるのだ。
 そういう雰囲気を醸し出すなにかが、この社会には存在している。
 恋人がいない年数イコール年齢のひとを、稀有なことのように紹介するテレビ番組だとかが、そうだ。
 そんなん気にしとったら、負けやで、と、キミは言うし、ぼくもそれは、わかっているし、そういうのがいやならば結婚を、すればいいのだけれど、ぼくが結婚する、ということは、キミを、手離さなくてはいけない、ということで、キミを手離してまで結婚を、したいとは思わないわけで、親がなんと言おうと、キミは、いなくなってはいけないので、つまりぼくは、やっぱり、結婚をしない、ということ。
 だから同窓会とか、行かないようにしている。
 また、なまえも思い出せないようなひとが声をかけてきたら、困るし、ぼくってほんとう、だめだめだぁ、なんて、自己嫌悪に陥って、キミに逢いたくなるから。

「宇宙に行って、地球のまわりのくもを、ぶわああああっと吹き飛ばしたいな」

とキミが言う。
 実際に地球の内側からではなく、外側からくもを消そうと試みる団体は増えていて、いまはいろんな団体が発足されているから、もぐら愛護団体なんてのもいて、でもいちばん多いのは、雲を散らそう会とか、お天道様を拝み隊とか、そういうので、地球は、わたがしのようなものを製造する異星人に支配された、なんて噂もあるけれど、ぼくはなんでもいいやと思っていて、キミと過ごす時間を奪われなければ、キミが、ぼくの横にいれば一生、空がくもっていようが、もぐらを退治するだけで誰かが愛護団体に捕まろうが、ぼくには関係ないと思っている、ので、キミが宇宙に行くことに、ぼくは反対だ。
 ロケットがなくても、宇宙に行けるキミ。

くもり空の日々

くもり空の日々

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-02

CC BY-NC-ND
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