三月の雪

 三月に、雪、つもりましては、てりやきバーガーをたべているところに、きみ、あらわれる、そういう季節と、なりました。
 冬と春の、はざま。
 てりやきバーガーをたべている、ぼくのところにあらわれた、きみが、冬のおわりから、春がはじまる頃にあらわれる、ひと、であることを知ったのは、二年前の、十四才のときで、いまは、十六才、ぶじに高校生となり、高校生、を楽しんでいるけれど、これといってやりたいこともなく、放課後のハンバーガーショップで、てりやきバーガーをたべながら、ぼおっとしているような日々だけれど、そんな時間も、わるくないと思っている、三月。
 学校には、登校日にしか行かなくていい、三月の、あたたかくなってきたと思ったら、とつぜん、冬に逆戻りしたような寒さがおそってきたある日の、雪が、三〇センチメートルくらい、つもった日の、ハンバーガーショップに、きみがあらわれた。てりやきバーガー、ではなく、てりたまバーガーを持って、あらわれた、白いワンピースに、はだしの、きみ。
 白いワンピースのすそから、白いあしが、のぞく、細く、白いあし、ぷくりとふくらんだ、くるぶし、三月の、きみ、ぼくのとなりにすわり、てりたまバーガーの包みを、あける、きみ、喧騒、放課後のハンバーガーショップは、高校生の溜まり場、黒や、紺の制服に埋め尽くされる店内で、きみだけが、白く、光り、浮いている。
 息苦しい。
 
「むかえにきた」
 
 きみが言う、はだかになったてりたまバーガーを、ぱくり、とたべる、そういえばポテトとか、ナゲットとか、サラダとか、ドリンクとか、サイドメニューはきみのトレイに一切、のっていなくて、注文しなかったの、とたずねたら、これしか買えんかった、とつぶやく、きみの指は、あいもかわらず、枝のよう。
 
 いかない。
 
 ぼくは言う、ぼくのてりやきバーガーは、あとひとくちで、おわる、女の子の、豪快な笑い声が、きこえる、マジ、とか、やばい、とか、かわいい、とか、インプットされた言葉しか話せない、人形のよう、これならば、さいきんのロボットの方が、あたまがいいのでは、なんて思う、決して彼女らを、ばかにしているわけではなく、率直な感想、そう、きみがたべているてりたまバーガーの、厚みのある目玉焼きが、ぼくはニガテだ、どうでもいいが、とりあえず、ぼくのポテトでもたべればいいと、ぼくは、自分のトレイにあるフライドポテトを、きみの方に向ける、外の、つもった雪はまだ、溶けない。

「こんなところ、タイクツだろう。つまんねえだろ。はやくこいよ」
 
 きみが言う、華奢な見た目に反して、きみは、乱暴な言葉をつかうけれど、ほんとうはやさしいひとだって、しっている、走って転んだ子どもを、起こしてあげたり、横断歩道を渡るおばあさんの、手をひいてあげたり、階段をおりる妊婦さんに、誰かがぶつからないよう、さりげなくとなりを歩いてあげたり、する、やさしい、いきもの、やさしい、いきものは、やさしいがゆえに、ときどき、ざんこくで、きみが、ぼくを、きみの世界に連れてゆくことは、ぼくにいずれ降りかかる災厄から、ぼくを守るためのこと、らしいのだが、その災厄ってやつが、虫に、腹の中身をたべられること、なんて、ホラーが過ぎて逆にコメディ、みたいな映画の、内容かよっ、て思うのだけれど、未来がみえる(らしい)きみの言葉に、うそ、いつわりはないようで、二年前から、冬と春のはざまになると、ぼくを迎えに、やってくる、冬と春のはざまにしか、つながらない世界の、ひと。

 家族がいるから、いかない。
 
 そう、ぼくには父も、母も、弟も、妹も、祖父も、祖母も、いる、ドリンクの、コーラを、ストローで、じゅっ、と吸い上げる、いかない、と言ったときにした、きみの顔が、泣きそうだけれど、がまんしている、怒りたいけれど、抑えている、そういう微妙な、フクザツなものだったけれど、それはそれで、なんだかおもしろいくらい、かわいかった。
 
「家族なんて向こうで、つくればいい」

 これからつくる家族と、いままでいた家族は、ベツモノだ。

「ぼくがおまえの家族になるから、だから、こい。こっちにくれば、いままでいた家族のことも、いずれ忘れる。ぼくとあたらしい、永遠に最高の家族をつくろう。おまえが親になれというなら、ぼくは父にも母にもなろう、兄や姉、弟妹にもなろう、じいさんばあさんだって、かまわない、犬でも、猫でも」
 
 こどもがほしいのならば、からだを変えてもらう、なんて、なんてことを、カンタンなことのように言う、きみを、やっぱりざんこくだと思うよ、ぼくは、てりたまバーガーを、ぱくぱくたべて、ぼくの買ったポテトを、もりもりたべる、きみの、その細いからだの、どのあたりにその肉が、パンが、たまごが、じゃがいもが、蓄えられるのか、ふしぎでたまらない。
 虫に、お腹のなかをたべられる感覚って、どういうものなのか、まったく想像つかないから、ぼくは、だから、きみの世界には行けないし、行かない、家族以外に、ぼくがいなくなると困るひとなんて、この世界には、いないと思うけれど。
 
 いかない。
 
 ぼくはもう一度、はっきり言った、はっきりと、い、か、な、い、と一文字、一文字にちからをこめるみたいに、言ったら、きみは、ため息をひとつ吐いて、ぼくのコーラをうばい、ストローでじゅじゅじゅうううと、コーラをすすって、なんかちょっと、音がエッチっぽい、なんてくだらないことを考えていると、きみが、怒鳴った、

「じゃあおまえが腹の中身、虫にくわれるまえに、ぼくがくってやるよ。くってやる、それが嫌なら、ぼくといっしょにこい」
 
と叫んで、となりにいた女の子二人組が、やばい、とか、なんかプロポーズみたい、とか、なんかヤンデレっぽい、とか、つうか病んでるでしょ、とか、やばい、とか、マジやばい、とか、おなじ言葉しか言えない人形がささやきあっているみたいな、状況、町はいまだに、雪化粧の、三月、二十四日、午後四時五十五分、呼吸のしかたを、わすれる。

三月の雪

三月の雪

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-25

CC BY-NC-ND
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