*星空文庫

空人 作

雨だれが唄う春の宵、
微かに鼻先をくすぐる
桜の香。
去年も一昨年も、
耳をふさいで、目を固く瞑って、
移ろう季節のはにかみも
空の色変わりも
知らんふりを決め込んでいた。

だけど、香はだめらしい
街が色をなくした冬の日、
濃い夜気は、散歩道の落ち葉の香・・
陽炎の揺れる日盛りの夏、
雨宿りの軒先は、花火大会の煙の香・・
そんな風に、あの頃の景色を
連れて来る香。

桜は、あの日も
強く香っていたね・・
病室の窓の向こうには
薄紅の花びらが中庭の
ベンチに撒かれていたから・・
こっそり連れ出して
手のひらにいく片かの花びらを
そっと乗せて・・

あれから3度目の春、
季節が嫌いなわけでも、
桜の下でさんざめく人々が
息苦しいのでも無く、
香の記憶が、よみがえる
こんな、雨の夜がただ恨めしいだけ。

『桜』

『桜』 空人 作

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-03-21
Copyrighted

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