視点


暗闇の中の発光体ほどに目立つものはない。しかしそれも,発光体が所在する場所に,発光体を目撃する誰かがいないと意味を成さない現象となる。そして実際に,その発光体が現在するここには,意識をもって発光体を見ることが出来る存在は一つも見当たらない。発光体のおかげで見渡せる周りをぐるっと見回しても確かであり,また発光体がここを訪問する前に,夜目が利くこの目で見た時からそうであった。したがって,いま現在,発光体が時間を過ごすここには,こうして語るワタクシ以外に,この光景を目にすることができる存在は一つもない。発光体が動くたびに消え,目の前に浮かび上がる各空間において現れる,白い塑像の姿と,その囁き合いとして明かりが遮断された結果,生まれる影の層は,発光体に重なってやはり消え去る。注意して見なければ気付かない程に,小さく細かな変化も含めると,その誕生と消滅は両手の指を何周しても足りない。そしてワタクシは,発光体がここを訪問してから今までずっと,それを目撃し続けている。おかげで夜目が利かなくなりそうな気がしてならない。番人のように夜を徹してここを守る役目を考えると,ワタクシはそれを怖ろしく思う。そして,そういうワタクシを,反対の壁に置かれた王冠の上に乗っかる鷹の塑像が笑う。自身もその翼を広げた格好のまま,見ようによってはその王冠を奪い去ろうとしているかのように見えるくせに,どこにも羽ばたけやしないままであるにも関わらず,ピューイ,ピューイとワタクシを笑う。ワタクシは背後にある鎧の塑像の一部を取り外して,鷹に投げつけてやろうかと考える。しかし,それは一度も成功しない。発光体はワタクシと鷹の間を動き回る。ここにある物を見るために,立ち止まり,そこにある塑像を浮かび上がらせて,動き出して消し去る。その歩みは落ち着いたもので,その訪問時間を気にする様子がない。発光体にとってはそれが当たり前なのだろう,とワタクシは考えている。ピューイと笑う鷹も,同じように考えている。発光体に見られてきた塑像はそう確信している。向こうに控える他の塑像たちは何が起きているのかを察して,各々がその姿形に合うように,それぞれの身なりを整えて待っている。澄ました横顔を見せている。ワタクシは,それを羨ましく思う。ワタクシは,おそらく発光体がもたらす明かりをもってしても,浮かび上がることはない。ワタクシはまるで影のようにして,発光体が向かう先と,反対の場所に現れるものである。見つからないように移動し続ける。ワタクシは潜むものである。だからこそ,余すところなく,すべてを見ることが出来るのである。だからこそ,ここの番人の役はワタクシにしか担えない。それを自負するワタクシであり,誇りに思うワタクシである。だから一方で,それ以外を羨ましく思うワタクシでもある。ワタクシは,だから矛盾を抱えられる,と考えている。ワタクシはワタクシであることから生まれる,そのすべてを受け入れている。見られないことも,見ることができることも,ワタクシがいてこその結果である。同じことは,あの発光体にも言える,とワタクシは考えている。暗闇の中にあるものを浮かび上がらせることができる発光体は,ものを暗がりに隠し続けることができない。だから,もしかすると,発光体はワタクシを羨ましく思うかもしれない。この生来の夜目をもってして,暗がりにあるものを,暗がりにあるまま見ることができるワタクシを,発光体が見つけることができたのなら。あの鷹に笑われるまでもない。そんなことは叶わないことだと分かっている。ワタクシは,この場所を守る番人である。見えないところから,そのすべてを見るのである。


仮面を外して眺める舞踏会は,存外,面白みに欠けるところが多かった。そこで繰り広げられていたのは,同じような姿をした者たちが踊る形式的なやり取りの繰り返しで,ペアとしての個性も何もなく,観ているものを飽きさせるのに十分だった。仮面がもたらす秘匿性の興奮は,結局,あそこに参加している間にだけ感じられるものであり,他人には決して伝わらない,本人だけの楽しみなのだ。そして,仮面を身に付けた舞踏会の興奮は,そうした楽しみ方をしている個々人が一箇所に集まることで生まれる,発散途中の熱気の塊でしかない。だからあれを味わいたいのなら,持っている仮面を外してはならない。仮面を被り,あそこに飛び込んで,自分勝手に興奮し続けないといけない。
したがって,冷めてしまうともう駄目なのだ。手の中に収まった仮面を持て余す。その鼻を掴んで,私はそれを床に落とそうとした。割れはしなくても,ここから立ち去るのに良いきっかけになると思った。しかしそれを止められた。
豪奢なドレスを身にまとい,仮面を身に付けたその人物は「捨てるのなら,ワタシにそれを譲って欲しい」と私に言い,仮面の隙間から覗かせる目を輝かせた。黒い瞳と白目の部分が,その願いの強さを訴えていた。その人物は本当にこれを欲しがっていた。私はそれを見て取った。
仮面を外して味わえた,初めての興奮だった。手が震え,仮面を落としてしまいそうになり,それをどうにか回避して,私はその人と踊りたいと思った。しかしそれはもう出来ない。仮面を外した私であり,仮面をその人に譲り渡そうとしている私である。そこで私は交換条件として,その人に仮面を外して欲しいと要求しようとした。実際にそう口にしようとして,直ちにやめた。私が惹かれたその両目は,仮面から覗くそれであるのだ。なら,仮面はその人の顔に被せられたままでなければならない。それを剥がしてはいけない。剥がした途端に,それはここから消えて無くなる。
それから後,私とその人との間で,仮面をめぐる長い長い交渉が始まった。それは互いの命が尽きる程の,気が遠くなるような日数とともに過ぎていった。
私は幸せを感じ続けた。


「前にも言ったと思うが,行為をするってことは,行為から多大な影響を受けるってことを必ず意味するんだ。なぜって,そこには行為者が立たされる受動的な立場があるからなんだよ。」
私はすぐに訊いた。「どういう立場?よく分かんないよ」。
お爺さんは私に言った。「行為が有する意味内容のありありとした存在感に,その行為をするって決めた時に,感じた感情。それは誰かに向けられたものでもないし,むしろその行為をした奴にしか感じ取れないものだろ。だから,その行為をしたそいつは,一方的に行為からの影響を受ける立場に立たされるのさ。格好よく言えば,能動的な選択に含まれる,受動的な主体性って感じだな。どうだ?格好いいだろ?」
喧嘩をしたか何かで,前歯の数本が抜けたお爺さんは,満面の笑顔で私に訊いた。皺くちゃにもなったその笑顔を,私は嫌いじゃなかったけど,何となく自慢げなその訊き方は嫌だったし,その言い方が格好いいのかどうかもよく分からなかったから,私は曖昧に頷いて,話を逸らした。ピクニックに持って行く水筒には,何を容れようか。お爺さんはまだ決めていなかったから。私はリンゴのジュースを持って行くことに決めた。 悩むかなって思っていたお爺さんは,けどすぐに紅茶にするわって私に言った。私はそれをママに言って,ママはキッチンでコポコポと水筒に紅茶を容れていった。それを待つ間,私とお爺さんは外の空気を吸い込みながら,そう言えばって話し合った。その内容は, 街で行われている実験についてのもので,また失敗したみたいだね,次も失敗するんだろうねっていう,二人の感想だった。お爺さんは言った。
「機械に結婚を勧めるのと同じだわな。するのは勝手だろうが,機械にもそれをするかしないかの自由はあるってやつだ。意味がないことに終わっても,そりゃ自業自得。文句を言うなら,お前に言えってね。まあ,そんなこと言ったって,意味のないことだろうがな。」
私はお爺さんに訊いた。
「あれも,さっき言ってたことになるの?行為したからどうだとか言ってた,さっきの。」
お爺さんはさっきと同じ笑顔を向けて,私に言った。
「どうだろうな。考えてみろ。それで,答えを後で教えてくれ。」
私はそういうお爺さんの意地悪を受け入れた。だって,いつもそれは面白いことになるから。それから私たちはリュックを背負って,玄関に向かった。シューズを履き終わったところで,ママから水筒を受け取って,二人で「行ってきます」って言った。
「行ってらっしゃい」ってママが答えてくれた。
その道の途中で,感情に込められたものの全てを掬い出す夢のような発明品についても話した。便利そうなのに,使えないものだって捨てられた。私は「何で?」ってお爺さんに訊いた。お爺さんは言った。
「その発明品を使って掬い出したものがどういうものかを検討する時に,仲間たちの間で意見が対立してな,終いには罵り合いになって,ケンカしたのさ。結局な,掬い出したものをどう解釈するかについても,『俺ら』が付きまとうのさ。そこにある感情に対してまた,発明品を使っても堂々巡りだろ。だから捨てたんだ。そんなものを使う前に,まずはてめぇで考えてみろってな。」
「それはお爺さんのこと?お爺さんも仲間の一人?」
いや,とお爺さんは言って,長い指を伸ばして口の方に持っていった。それ以上のことをお爺さんが言わなかったから,どうやら秘密のことらしい。それに加えて,私はこう解釈した。お爺さんは発明したんじゃなくて,捨てた人の方かもしれない。それでゲンコツで殴られちゃったんだ。それでお爺さんの歯はいなくなっちゃんだ。それで,お爺さんはケンカを止めたんだ。それを秘密にしたいんだって。
それが当たっているといいな。だって,そっちの方が素敵な話なんだもん。ピーヒョロロって,知らない鳥もそう言ってるし。ねえ,あなただって,そう思うでしょ?


プライベートな時間に,想像上でも誰かに流させた血を吸って生きる生き物に,嫌いなものを訊いてみた。
「そうですね,噛んだりしても,血が一滴も出ないものは全般的に嫌いですね。」
そう答えてから口元を綻ばせる生き物は,鋭く並んだ歯をカチャカチャさせて,翼を広げて,畳んで広げた。その様子はまるで,人が手を叩いて笑い転げているようだった。もし自分で言った冗談に,自分で笑っているのなら,それはそれでアリだろうと思った。笑っている人を見て,誘われる笑いもある。笑いはそうして拡がっていく。それ自体は悪いことは言えない。
次の質問をした。トマトは好きだとある雑誌で言っていたが,それは赤い色があなたの栄養源である血液を彷彿させるからなのか。もしそうなら,赤い物で,他に好きな物は何か。個数は問わない。思い付くだけ挙げて欲しい。
「あれ?そんなこと言いましたっけ?言ってました?ああ,それじゃここで訂正させて下さい。好きか嫌いかに関わりなく,わたしはトマトが食べられません。だって,わたしは血を吸って生きるのですよ。それ以外は体が受け付けません。」
そう言い切って,改めて,雑誌における発言を謝罪した。取材をさっさと終わらせるために,そのときのわたしはそう答えたのだろう,と。口元を引き締めていても出ているはずの,生き物の鋭い歯が一本も姿を見せなかったことから,その生き物が実に真剣な気持ちでいることが窺えた。翼が広がることもなかった。僕はそれを受け入れた。その合間を縫って,ウェイターが僕の目の前から空いた皿を取り上げて,静かに奥へと控えていった。
そしてこの場にいるのは、僕と生き物だけになった。最後に,僕はこう質問した。想像上で構わないが,僕の血を吸ったこともあるのか。あるいは,あのウェイターの血も。
聞かれた生き物は答えた。
「あるかもしれませんね。ただ,わたしが血を吸うとき,その対象が誰であるとか,そういうことを気にすることはありません。それが想像上のものでも,わたしはただ血を吸うのです。なので,先の答えは間違っているかもしれません。わたしはあなたや,あのウェイターの血を吸ったことはない。どっちの答えがいいかは,あなたたちで決めてくれて構いません。」
そう言って,その生き物は目を閉じた。それとともに口元がモゴモゴと動き出した。多分,どこかの誰かの血を吸っているのだろう。忙しないな,というのがそれを目撃した僕の感想だった。遅れて,吸われているのは僕かもしれない,という考えが頭に浮かんだが,体調に何の異変も生じていなかった。それはそうだ,だってそれは想像上のものに過ぎないのだから,と思わず口にすると,閉じた目を少し開けた生き物の,不快そうな抗議がこちらに向けられていた。僕は素直に謝った。
「これは失礼。」
しかし気まずさは残ったので,僕はグラスを手に取り,冷えた水を飲んだ。一口のつもりが一気に半分以下まで飲んでしまった。僕はどうやら喉が渇いていたらしい。
それに気付けて本当に良かったと安堵した。そして,戻って来たウェイターには,水を注いでくれるようにお願いをした。それを快く引き受けてもらえた。その一連の所作が終わるのを待った。
グラスの八割が輝いていた。


柱の陰に隠れて心を奪おうと試みる人物。その様子は,陽に当てられて丸見えになっていた。それに気付いているのは,狙われているあの方以外にも大勢いる。なのに,誰もそのことを教えてあげないのは,それぞれに何かしらの理由があるからだ。その理由も,誰の口からも語られない。分かりきっているからか,分かりたくないからか。予想できる失敗の結果をあざ笑おうと準備している人達は,そわそわし過ぎて,その意図がかえって目立つが,あれはあくまで参考例の一つでしかない。各々が抱える理由は全く違って,挙げればきりがない。そんなことは,樹上で休んでいる蛇に言われるまでもない。だから,彼らがすべきことは考えることじゃない。仕掛けるべきものを仕掛けおいて,しかるべきその時に向けて編隊を組み,為すべき時にそれを為す。大量に射かけて,一本でも当たれば大成功。真っ赤な明かりの点灯と同時に,運命の輪が回り出す。それを繰り返す。それが彼らの存在意義であり,それを行わない彼らは存在しない。可愛らしい外見で描かれることが多い彼らは,しかしその行いによって人々から愛される。この理由だけははっきりしている。それと同時に,彼らはその行いがもたらす結果のために,人の憎しみの対象ともなるが,彼らに非はない。それは人の間の事情でしかない。したがって,彼らもまたその内心を語りはしない。人に向かって語るべき事が,彼らの方にない。全ては黙して行われる。運命は勝手に回っている。したがって,柱の陰に隠れて,その人物は心を奪おうと試みる。そして,その姿はあからさまになっている。
尽きないテーマになるはずである。飽きたフリした詩人も,密かにそれを見守っている。それを知っている私(わたくし)である。


花がくっ付いた枝を置いて,怒られる前に逃げる。やましい理由と,想った理由が半分半分。
結末を知らない寝返りが,心地よさげに,要の部分を軋ませる。日差しの強さと角度で生まれるものが,なくなるのも時間の問題。


占いの話題で,一喜一憂。おまけで,もうひと喜び。小さいけど,嬉しいもんだ。

視点

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-19

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