同調率99%の少女(14) - 鎮守府Aの物語

同調率99%の少女(14) - 鎮守府Aの物語

=== 14 川内型の訓練1 ===
 川内と神通の基本訓練は続く。最初の一週間は艦娘として基本中の基本、水上航行をひたすら繰り返し練習する。二人の運動神経が災いし差がついてしまうが、一週間の後、二人は無事水上航行できるようになるのか。

軽巡艦娘たちの準備

 初日の夜、自宅の自室でのんびりしていた那美恵は流留と幸に、翌日は先に鎮守府に行っているから二人で適当に都合をつけて来るように伝えた。

「りょーかいです。」と流留からの返事。
「承知致しました。提督と何か打合せされるのですか?」と了承+想定をする幸からの返事。
「おぉ?さっちゃんは突っ込んでくるねぇ~。まー隠すことでもないし、返信返信っと。」
 幸の返しになんとなく感じることがあった那美恵は考えをそのまま返信する。

「明日は提督丸一日来ないから、あたしが朝早く行って本館開けて待ってるよ。」
「鍵いただいたのですか?」すぐさま幸からの返事がきた。
「うん。だからぁ、明日はあたしが臨時で提督かな~?提督の席にふんぞり返って座って、君たちの出勤を待ってるぞよ!」
「うわ~なみえさん提督! 那美恵提督?光主提督?素敵!」流留から返事が来た。呼び方にノリノリである。
「でしたら私達も朝早く行きますよ。朝の涼しいうちにやれることは済ませたいですし。」
「ん~まあそのへんは二人に任せるよ。」
「りょーかいです。」
「承知いたしました。」

 流留と幸に連絡をして同意を得た那美恵は携帯を置き、明日朝早く鎮守府に行くためにベッドに飛び込むことにした。

 ベッドの中で眠りに落ちるのをひたすら待っている最中、那美恵はふと思いつきベッドを出てテーブルの上にあった再び携帯電話を手にすると、再びベッドの中に潜って携帯電話をいじり始めた。

「こんばんわ。凛花ちゃん。そっちは夏休みはじまたー?」
 程なくして返信が来た。五十鈴こと五十嵐凛花とのやりとりが始まった。凛花とはメッセンジャーでのやりとりだ。
「えぇ。そちらはどう?」
「うん昨日からね。それでね、流留ちゃんとさっちゃんの基本訓練の監督役してるの。今日から訓練始めたんだよぉ。」
「そうなんだ。頑張ってね。」
「ねぇねぇ、凛花ちゃん今度いつ鎮守府来る?」
「7月中は任務のスケジュールないから行く機会ないわ。夏休みだし、学校も艦娘のことも忘れてのんびりしたいわ。」
「そっかぁ。凛花ちゃんもし暇そうにしてるなら、流留ちゃんたちの訓練の監督役手伝ってもらおっかなって思ったんだけど。」
「暇そうってヾ(*`Д´*)ノ" 確かに暇だけどさ。なるべく早いうちに宿題や課題終わらせておきたいのよ。でもいいわ。訓練の指導とか興味あるし。」
「おぉ、凛花ちゃんの協力ゲット! 明日どぉ?提督もいないから好き勝手できるよ?」
「え?西脇さん来ないの?」
「凛花ちゃんにおかれましては複雑でしょーけど。」
「うっさい。で、いつ行けばいいの?」
「あたし提督から鍵もらってるから、朝早めに行くつもり。凛花ちゃんはいつ来てもらってもいいよ。あたし、提督の席でふんぞり返って待ってますから!」
「鍵もらってるって・・・あんたいつの間に。それに勝手に西脇さんの席いじったらいけないわよ。」
「凛花ちゃん真面目だなぁ~ちょっとくらいいじったってあの人のことだからなんも言わないって。凛花ちゃんだってあの席に好き放題し放題だよ?」
 凛花から返信がこなくなり会話が途切れた。1分待っても来ないので那美恵は催促する。
「おーい、凛花ちゃん?」
「・・・あんたね。発想が少しキモイわよ。男子じゃないんだから。」
「キモイとか未来の艦隊のアイドルに向かってひどくねー?」
「ひどくないひどくない。明日行くのはわかったから。私がやることだけ教えて。」
「えーとね。」

 その後、那美恵は会話形式で進めるメッセンジャーにもかかわらず長々と訓練の方針を書いて投げたため、凛花から怒られてしまった。

「あんたね!長いのよ!読む気なくすっての。あーもうわかった。あんたが行く時間に私も行く。それで話を聞くから。行く時間教えて。」
「8時すぎに行くつもり。」
「8時とか早くない?」
「だってさぁ、提督が来ないってだけだし、明石さんたちとか普通に出勤してくるだろーし、鎮守府で働いてる人達に合わせたほうがよくない?」
「わかった。じゃあ駅で待ち合わせしましょ。」
「おっけー。じゃあ8時○分に。」
「わかった。じゃあお休み」
「おやすみー」

 凛花とのやりとりを終えた那美恵は安心して眠りにつくことが出来た。



--

 次の日水曜日、8時15分頃に鎮守府のある駅についた那美恵は改札を抜けると、すでに凛花が待っている場所に小走りで近寄った。那美恵よりも時間にきっちりしている、いざというとき真面目である那美恵に輪をかけて普段から真面目な凛花である。

「おはー。凛花ちゃん早いね~。」
 那美恵は片手をシュビっと上げて挨拶をしながら近寄る。
「おはよう。じゃあ行くわよ。」
「うん。」

 雑談をしながら鎮守府までの道を進む二人。凛花の高校も那美恵の学校と同じく、月曜日に終業式で翌日から夏休みだった。彼女が語るところによると、7月中は任務がないとはいえ、自己練習のために鎮守府には行く予定だった。やるべきことはあらかじめきちんと済ませておきたい真面目な凛花は、7月中に高校の全ての宿題・課題を終わらせて、それで艦娘としての鍛錬に臨む気でいた。何もかも忘れるとは言ったものの、やはり真面目な彼女であった。
 那美恵は凛花のようにがむしゃらにやることを済ませるタイプではなく、ペースを保って的確に物事を済ませていくタイプである。学校の宿題・課題は凛花の学校のそれと量はさほど変わらない。ただ那美恵は数が多い少ないにかかわらず、休み中変にだらけてしまわないよう課せられた宿題・課題を一定の数に分けて一定期間ごとにこなす予定だ。

 お互いのやり方を語り合った二人はなんとなしにクスクス笑いあった。
「私の学校の友人はみんな最後のほうで慌ててやって最後は私に頼ってくるのよ。進学校なんだからきちんとやれっていっても聞かないし。」
「へぇ~。うちのみっちゃんはねぇ、凛花ちゃんに似てるかな。いつも8月入ってすぐの頃には宿題終わったって言ってたし。多分今年のみっちゃんも同じだろーなって思ってるよ。」
「頼られたりはしないの?」
「みっちゃんも普通に成績いいしね~。他の同級生はたまに。凛花ちゃんところは進学校だから大変なの?」
「ううん。そんなの関係なく、きっと私の友人たちがみんなルーズなだけだと思うわ。」
「アハハ。大変だね~。」

 鎮守府の本館に着く頃にはほとんど凛花の愚痴の吐露だけになっていた。那美恵は凛花の話を適度に相槌を打って聞いていた。
 本館についた二人はまずは那美恵が一足先に駆けて行って鍵を取り出して本館の玄関を解錠して扉を開けた。二人はロビーとトイレ、更衣室、待機室と窓を開けて換気していき、最後に執務室に入る。

「むふふー。今日はあたしが提督だよ。というわけで凛花ちゃん。今日はあたしのこと光主提督ってよんd
「呼ばない。」
 いつもの調子でおどけつつ冗談を言った那美恵だが、超高速で返された返事を聞いてまたおどけつつ食い下がる。
「はえー。もうちょっとノってよぉ。」
「着替えに行くわよ。あと明石さんたちに顔見せておいたほうがいいんでしょ?」
「はーい。」
 食い下がってもなお受け流す凛花のスルー力に那美恵は感心しながらも軽い返事をした。先に出て行った凛花を追いかけて更衣室に行った。

 艦娘の制服に着替えて那珂と五十鈴になった二人は、まず工廠に行って明石たちに挨拶をすることにした。
「「おはようございます。」」
「おはようございます、早いね~二人とも。今日は出撃ですか?」
 すでに作業着になっていた明石は二人を見て尋ねてきた。それに那珂が回答する。
「いいえ。今日は提督いないので鍵もらってたので、本館開けに早く来たんです。それから川内ちゃんと神通ちゃんの訓練です。」
「あ、鍵借りたんですね、なるほど。でも五十鈴ちゃんは?」
「私は那珂たちの訓練の手伝いです。」

 ひと通りの挨拶を終えた後、那珂は明石にお願いをした。
「明石さん、今日は川内ちゃんたちに艤装付けて同調してもらうところまでする予定です。なにかあったらその時はよろしくおねがいします。」
「はい。了解しました。お待ちしてますよ。」

 明石に話を取り付けた那珂は五十鈴と一緒に本館に戻ってきた。艦娘ならば普段は待機室に行ってそこで会話なりなにか作業なりをするのだがこの日提督は丸一日不在。鍵を任されている那珂は資料が沢山揃っている執務室をずっと使おうと考えていた。
 執務室に入った二人。那珂は提督の席に置いたバッグからカリキュラムの資料を取り出し、早速とばかりに五十鈴に説明を始めた。
「じゃあ五十鈴ちゃん、訓練の内容と方針を簡単に説明しておくね。」
「えぇ、お願い。」
 那珂は至極真面目な雰囲気で五十鈴に川内たちの訓練内容とその進め方を五十鈴に説明した。五十鈴は自分のバッグからメモ帳を取り出し、那珂の語る内容に相槌を打ちながら真摯に聞き始めた。
「なるほどね。大体わかったわ。」
「でね、五十鈴ちゃんには、神通ちゃんのサポートをしてほしいの。」
「いいわよ。」
「彼女はね、ちょーっと基礎体力ないから、体力つけさせつつかなって思ってるの。ただ訓練と並行してやってると遅れちゃうかもだから、訓練のときは五十鈴ちゃんには彼女の専属講師みたいな感じで付き添ってあげてほしいんだ。五十鈴ちゃんならきっと神通ちゃんと仲良くやれると思うの。」
 那珂から指示を受けた五十鈴は了承した。那珂は彼女の反応を確認すると、その日のスケジュールを改めて五十鈴に伝える。

「今日のところは川内型艤装の基礎知識を覚えてもらうのと、艤装を一人でも装備できるようにしてもらうのと、同調をひたすらやって慣れてもらうところまでかな。時間はあるし、明日以降しっかりとこなしていってもらうの。そこからは二人の出来具合を見てカリキュラムの進め方を分けるつもり。」
 那珂からスケジュールを聞いた五十鈴は考えこむような仕草をしたあと、那珂に提案する。
「川内型の艤装となると私じゃ教えられることはないわね。今日のところは二人のケアに回ろうかしら。」
「うん。そのへんは任せるよ。」
 そう言った直後、那珂は思い出したように高めの声をあげて言い直す。
「あっそうだ!五十鈴ちゃんにもう一つお願いしたいこと。」
「なに?」
「付き合ってくれる日だけでいいんだけど、訓練の進捗をチェック表に記入して欲しいの。」
「チェック表?」
「うん。提督に提出するやつ。それで二人の成長度をちゃんと測るの。それに訓練中の日当を出してもらうものさしになるし。五十鈴ちゃんもしてもらったでしょ?」
「あー、あれね。あの評価って、チェック表使ってやってたんだ。知らなかったわ。」

 五十鈴も着任当時基本訓練をしたが、その時は提督が監督役として事を進めていた。そのため基本訓練中に充てられる日当のための評価の仕方なぞ、訓練者であった彼女が知るはずもなかった。それは那珂とて同じことだが、那珂は先日提督と打ち合わせしたときに訓練の運用の仕方を聞いていたため、川内と神通のチェック表を素早く五十鈴に見せてそのやり方を伝えることができた。

 五十鈴は那珂から運用周りの作業を依頼され、ただ戦いに参加するだけの艦娘としてだけではなく、この鎮守府の重要ポストにつく将来像をなんとなく思い浮かべ始めた。那珂はすでに提督からそういうポジションを期待され、足を踏み入れている。五十鈴はそれが羨ましく思った。ライバル認定している以上は自分も負けていられないと感じたため、なるべくライバルに近い場所でその相手と似た作業を行なって経験を積んでいこうと密かに決意したのだった。

「任せてもらうのはいいけど、付け方わからないわ。」
「あたしもチェックの仕方ぶっちゃけわからないけど、多分川内ちゃんたちが出来た!って様子になったら評価書けばいいと思うの。まー、一緒にやってこー。」
「えぇ。」
 二人とも打合せが終わり、ソファーの背もたれに体重をかけて上半身を楽にし一息つくことにした。時間は9時を回っていたが、川内と神通は来る気配はまだない。


--

 那美恵から鎮守府に行く時間を適当にと任されていた流留と幸は、何時に行くか前日に二人でやり取りしていた。その議論の結果、先日と同じくだいたい10時ごろに駅前で前で待ち合わせと決めた。
 鎮守府のある街の駅の改札を抜けた幸は周りを一切振り向かず、人が少なそうな一角を選んでそっと立って流留を待つことにした。先日の流れからすると、流留は絶対時間通りに来ないと想像できるため、幸は周りをキョロキョロせずに自分の世界に安心して閉じこもって待つことにした。
 念のため幸はメッセンジャーにて流留に連絡を取ってみた。

「内田さん、今どこですか?」
「今家出たとこ。もうちょっと待ってね~m(_ _;)m」

 幸は予想どおりの時間で動いていた流留を確認できた。幸は流留の自宅がどこかは知らないため、正確な時間を把握することはできなかった。流留はメッセンジャーでやりとりしたあと30分くらいして駅の改札口を通って幸の視界に姿を現した。待ち合わせの時間から30分をすぎるなど、あまりにもルーズすぎないか?と幸は内心思ったが口には出さない。
 今度から、遅れる時間を考慮して本来の30分前くらいに設定しておくべきかと幸は考えることにした。

 幸と流留がお互いに気づいたのはほぼ同時だった。ただその後の行動はまったく違うものである。流留は幸を見つけると、駆け足になって彼女に駆け寄り、すぐに謝った。

「ゴメンねー。遅れちゃった。」
 前回と同じくまったく悪びれた様子のない謝罪である。幸はすでに心の中で流留を咎めるイメージを散々こねくり回していたので実際には何も言い返す気なく、当たり障りのない言葉だけ返した。
「ううん。大丈夫……です。」
「そっか。じゃあ行こう!」

 のんびり歩くと20分ほどかかる鎮守府までだが、訓練の時間もあるためバスを使って行った。結局二人が鎮守府に着いたのは10時半となった。
 本館に着いた二人は早速待機室に向かう。二人とも那珂が執務室にいるという考えにはまだ至らないのだ。入ってすぐに二人はそこに誰もいない=那美恵が別のところにいると把握した。

「あれ?誰も……いないね。なみえさんどこいったんだろ?お手洗いかな?」
「……あっ。」
「ん?どうしたのさっちゃん?」
「なみえさん、きっと執務室です。昨日のメッセージで、提督がいらっしゃらないとおっしゃってましたし。」
「そっかぁ!さすがさっちゃん。よく覚えてるなぁ~」
 幸の一言で執務室に行くことにした流留たちは、その前に更衣室で艦娘の制服に着替えてから向かうことにした。


--

 執務室にいる那珂と五十鈴は訓練の打ち合わせも終わり、暇を持て余していた。これから訓練を指導する立場であるにもかかわらず、ダラダラと雑談をしていた。勝手にテレビをつけて見たり、給湯コーナーでお茶を出して飲むなど執務室を好き勝手使っていた。
 那珂もだらけ始めていたが、常に真面目姿勢な五十鈴も待ちくたびれたのか、冷房の効いた執務室で気が緩んでしまったのか大きめのあくびをしてソファーに深く座って背もたれに身体を預けて、寝る準備が整ってしまった。
 五十鈴が2回めの大あくびをしようとしたそのとき、執務室の扉が開いた。

ガチャ

「あ!那珂さんいた!おはようございます!」
「……おはようございます。那珂さん。……あっ。」

 川内は完全に那珂しか見ていなかったが、神通は入ってすぐに左右を見たため、那珂以外にいる人物に気がついた。

「……五十鈴……さん?」

 自分の艦娘名を呼ばれて五十鈴はすぅっと眠気が覚めて上半身を起こした。
「あら?二人とも来たのね。おはよう。」
「「おはようございます、五十鈴さん。」」
 川内と神通は執務室の中に入り、那珂たちが座っているソファーまで歩いて近づいた。神通は那珂に話しかけると同時に五十鈴にも気を回した。
「あの……那珂さん。なぜ五十鈴さんが?」
 神通の疑問に那珂は素早く答える。
「うん。実はね、五十鈴ちゃんに二人の訓練を手伝ってもらおうと思ってね。」
「ほぉ~~」
 川内は呆けた声を上げて感心の様子を見せる。

 那珂はソファーから立ち上がった後五十鈴の座っている隣に駆け寄ってソファーに膝立ちになり、五十鈴の肩を抱きながら言った。
「むふふ~五十鈴ちゃんはあたしたちの先輩だからねぇ~。」
 那珂のいやらしい笑いと肩たたきで嫌な予感がした五十鈴は 顔をひきつらせながら隣の那珂を見る。
「な、何よその笑いは?」
「こちらのお姉さんに身も心も委ねれば大丈夫ってもんですよぉ~。このお姉さんはおっぱいもおっきいし包容力も抜群ですよ~~……このおっぱい魔人がぁ!」
「ちょ!いたっ!なにすんのよ!あんた羨ましがるのか普通に紹介するのかどっちかにしなさいよ!」
 なんとなく茶化すつもりが言葉の最後の方に私怨を交えてしまい、憎たらしい巨大な二つの膨らみを持つ"先輩"を小突き回す那珂。そんな彼女を見ていた川内と神通は苦笑いをしながら那珂を収めようとする。
「は、はは……那珂さん、胸にコンプレックス持ちすぎでしょ。」
「(コクリ)」
「那珂さぁん。わかりましたから話進めてくださいよ。」

「ん~~~?こっちにも五十鈴ちゃんに負けず劣らずのおっぱい魔人がいたんだっけなぁ~~~?」
 那珂は私怨の矛先を五十鈴から川内に変え、わざとらしく目を細めて彼女の胸元を睨みつけて中腰で手をワシワシさせながら近づく。那珂の動きに気味悪がった川内は胸を両腕で覆いながら那珂にツッコんだ。
「だ~~から!やめてってばー!そういうの!」

 気の合う仲間が揃ったので午前にもかかわらずエンジンフルスロットルな那珂であった。

基本訓練(地上を歩く艦娘)

 その後五十鈴からのチョップでようやく我に返った那珂はコホンと一つ咳払いをした後気を取り直して川内と神通に向かって訓練の内容を説明し始めた。

「え~、基本的にはあたしが指示した内容を進めてもらいます。んで、五十鈴ちゃんは二人のフォローに回ってもらうから、わからないことがあったら五十鈴ちゃんに聞いてくれてもいいからね。」
「「はい。」」

「それじゃあ、まずは工廠行って、艤装をじっくり観察してお勉強しましょ~。」
 那珂の指示のもと、一行は執務室を出て工廠へと向かった。
 工廠についた那珂たちは明石に全員分の艤装を出してもらい、まだそれほど暑くない屋外、外にある出撃用水路の側の日陰になる広い場所に集まった。

「これから川内型の艤装の部位の説明をするよ。細かいところはあとでこのテキスト読んどいて。あたしはこれからかいつまんで説明するから。」
 川内と神通は黙って頷いた。五十鈴も黙って那珂を見ている。

「まず、艦娘にとって大事な物があります。それはこのコアユニットです。」
 那珂は言いながら自身の艤装のコアユニットを手に取り掲げた。それを見て川内と神通も自身の艤装のコアユニットを触ったり手にとったりする。

「コアユニットの電源をONにして同調をすると、コアユニットがあたしたちの精神状態や全神経を検知します。もう同調したことあるからわかるだろーけど、全身のあらゆる感覚が変わります。そりゃーもう色んなところが敏感になってぇ~~
「ンンンッ!!」
 脱線しそうな気配を感じた五十鈴が咳払いをして那珂の軌道修正をした。

「コアユニットはいわば艦娘の力の源です。これがあたしたち艦娘のあらゆる力を何倍にも高めたり色んな武器を簡単に使えるようにしてくれます。これを破壊されるとあたしたちは普通の女の子に戻って、どっぽ~~んと海に沈みます。だって人間だもの。そんでね、コアユニットは艦娘の種類に合わせて装備する箇所が違います。弱点はみーんな違うところになるっていうことです。……ちなみに凛花ちゃんの装備する軽巡洋艦五十鈴のコアユニットはあたしたちのとは形が違うはずです。五十鈴ちゃん、見せてもらえる?」
「えぇ。」
 そう一言言って五十鈴は自分の艤装のコアユニットを川内たちに見せる。目にするその形は川内型のそれよりもはるかに大きい。
「それが……ですか?」
 神通がおそるおそる尋ねると五十鈴は身振り手振りを混じえてテキパキと答え始めた。
「私の五十鈴の艤装のコアユニットはね、背中から腰にかけて取り付けるこの円筒状の機械の中に内蔵されてるそうなの。この塊の中にあって頑丈に守られているのよ。」
 説明する最中、コアユニットがあると想定される部分を指差して川内たちに教える。

「へぇ~。あたしたちのはほぼむき出しに見えるんですけど、これヤバくないですか?」
 川内が那珂と五十鈴を交互に見て質問する。川内の様子を見て那珂は自慢げな表情で答えた。
「ふふ~ん。だから狙われにくいように腰とおしりの中間につけるようになってるの。でもなんとなく不安だよね?」
「「はい。」」川内と神通はほぼ同時に返事をした。

「これは明石さんから聞いたことそのまんまなんだけど、川内型艦娘の艤装は砲雷撃という形にとらわれないで自由で細かい作業が行えるように設計されたんだって。だから五十鈴ちゃんや他の艦娘とは違って、目に見える形で装備する艤装が少なくて動きやすい、身に付けていてもかなり自由に動けるの。他の艦娘が艤装自体で攻撃を防ぐなら、川内型はその身軽さと装着者の運動神経で攻撃にそもそも当たらないようにして戦うことが求められるの。だからコアユニットも動く際邪魔にならないようになるべく小さくなってて、普通にしてたら見えない位置つまり死角となるところに装備するようになってます。つまりあたしたちの頑張り次第でどうにでもなるということ。まぁ、難易度高めの艤装といえばそうかな。でも慣れれば弱みなんか見せずに済みます。」
 那珂が説明すると、思い出したように五十鈴が付け加えて語った。
「そういえばあなたの初めての出撃やその後の何度か出撃でも、めちゃくちゃトリッキーな動きして戦ったわよね。あなたとの初めての演習でも私はあなたのその奇抜な行動でやられちゃったもの。私の五十鈴の艤装ではあんな動きはできないわ。さすがというかなんというか。」

 初めて他人から先輩の艦娘としての実力を聞いた川内と神通は、そのすごい動きを生で見てみたいという要望だった。そして川内と神通はそれぞれ違うことを思った。
「へぇ~、攻撃は最大の防御なりみたいなものですね。あたしも好きです、そういうやり方。早く使ってみたいなぁ~!」
「わた、わたし……あまり自信ないです。身を守れるパーツが多いほうが安心できるのですが……。」

 二人の反応は想定済みな那珂はそれぞれに対してフォローをした。
「うんうん。川内ちゃんはきっとノッてくれるって思ってた。神通ちゃんはね~まずは体力つけよっか。きっと自信もついてきて普通に使いこなせるようになるよ。」
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど、やっぱり自信がない……です。艤装の仕組みとか歴史を学んでるほうが好きというかなんというか……。」
 自信のなさに満ち溢れている神通の一挙一動。しかし最後に尻窄みに口にしたことを那珂は聞き逃さなかった。二カッと神通に強く微笑んで那珂はあえて強調した。

「うん。さっちゃんならきっと大丈夫。きっと神通に慣れられると思うよ。」
 那珂はあえて彼女を本名で呼んだ。
 神通は、那珂のその自信はどこから来るのか根拠がわからなかったが、なんとなく彼女に身を委ねれば大丈夫だと、これまた根拠の無い安心感をほんのり抱いた。これから学べばきっとわかると、神通は唯一の取り柄らしい取り柄の勉強熱心さを強く自信を持つことにした。
 その後那珂は川内と神通に川内型の艤装の部位の説明を続けた。


--

「それじゃあね、次はこれ。」
 那珂が次に指し示したのは、足に取り付ける脚部のパーツだ。
「これって……確か足につけるやつですよね?」
 川内は那珂が手に取ったそのパーツを見て言った。神通は黙ってコクリと頷いて見続けている。

「そーそー。艦娘にとってまさに足でコアユニットの次に大事な部分だよ。」
「でも……これとかこれはどうするんですか?あたしはこっちのほうが気になるんだけどなぁ。」
 川内が不満気に指し示したり手に取ろうとしたのは、小さな装砲や接続端子のついたカバー、そして魚雷発射管である。川内は見た目で非常にわかりやすい艤装のその部分が気になって仕方なかったのだ。
 しかし那珂の方針に当てはめるとその部位に視点を当てるのは那珂の考えにはそぐわない。

「うーん、それらは後ね。まず二人には艦娘として当たり前で基本中の基本である、移動を先に体験して色々感じてもらいます。いーかな?」
「はい。」
「うーーーーーわかりました。」
 神通はすぐに返事をしたが、川内はまだ不満があるのかはっきりとしない返事を返した。那珂は二人の反応には特に触れずに説明を再開した。

「これは正式には主機関って言って、実際の船でも同じ言い方するものね。でもまぁあたしたちは足の艤装とか、ブーツとか、日常で例えやすい言い方で呼んでます。このパーツはね、まあ普通に履けばいいんだけど、川内型のこのパーツは素足だと少しぶかぶかなので、適当な靴と一緒に履くことをおすすめするね。で、このパーツは、本物の船の主機と同じく水上を滑るように進むための推進力を生み出すんだけど、艦娘の世界ではそれプラス、同調することで浮力をものすんごく発するようになってます。だって人間が二本足で水上で浮かぶなんて忍者でもないかぎり……ね?」
「あ~、忍者の水蜘蛛ですよね?」川内が例えを実際に口に出して確認する。
 那珂はそれにコクリと頷いて言葉を再開する。
「そーそー。人間に及ぶ浮力だけじゃ全然足りないので、この足の艤装が浮力をカバーしてくれます。このあたりのことはアルキメデスの原理って言って……。」
 那珂がかいつまんで原理の話をしだすと、川内は目を丸くし、神通はウンウンと頷く。反応がまるで変わったのに気づいたが、あえて説明を止めたり茶化す気はなく続けた。
「そんでもって明石さんの説明によると、考えたことをある程度理解して動いてくれるらしいの。実際使うときは前へとか、右へとか、後ろへとかその程度。あとは足の動きや姿勢で移動ができます。」
「あの。それは……五十鈴さんや五月雨さんの脚部の艤装もそうなのですか?」
 神通が質問をした。
「多分そーだと思うけど、五十鈴ちゃん?」
 他の艦娘の艤装のことは詳しく知らないため那珂は五十鈴に視線を送ると、五十鈴は了解とばかりに自身の脚部を手に取り説明をし始めた。
「そうね。私の脚部のパーツも同じよ。ちなみに私の装備する五十鈴のパーツはね、スネの下半分から爪先まで覆われる形で装備して水に浸かることになるから、実際水上に浮かんだら那珂とは少し身長差が発生するの。その分滅多なことでは転ばないし安定感があるわ。けど足を踏みしめるような踏ん張る動作がしにくくなるから未だに違和感が取れないわ。」
 説明に交えて自身の艦娘としての運用の愚痴を交える五十鈴であったが、その愚痴を那珂と川内は特に気に留めなかった。神通は五十鈴の愚痴を言う時の影を落とした表情を察して一言だけ声をかけた。
「なんと言いますか、大変なんですね……。」
 五十鈴は眉を下げて苦笑いをして神通に反応した。

「まー、仕組みは気になったら各自調べてみてね。あたしがしてあげるのは二人に使い方を教えることだから。ここから実地で行くよー。」
 那珂はそう言って立ち上がった。
「いきなり海に行って試すのも心配だろーから、しばらくは演習用プールでするよ。その前に、ここで履いて歩く感覚を覚えてみよっか?」
 那珂は川内と神通に向かって手で立ち上がるよう合図をして立ち上がらせる。そして自身の脚部のパーツを掴み、履き始めた。
「さ、二人とも履いてみて。それから同調して。」
 那珂が脚部のパーツを履き始めると、それを見て川内と神通も立ち上がって同じように履き始め、最後に同調をした。その刹那、3人とも完全に那珂、川内、神通に切り替わった。
「地上での歩き方はすり足を意識して歩く感じで。力や素早さの感覚が慣れないうちはさらに意識してゆっくりすり足をする感じでね。そうしないととんでもないスキップをした感じになってコケちゃうよ?」
 言い終わると那珂は歩行を実践し始めた。その歩き方はすり足という感じではなく、少々ガニ股気味になった普通の歩き方である。至極普通に歩いている様子を見て川内は何かを感じたのかニンマリとする。
「なーんだ。簡単そうじゃないですか。よし、私も……。」
 そう言って川内が第一歩を踏み出した瞬間、さきほど那珂が注意したとおり後方へ力を入れた左足、前へ出した右足は彼女が考えていた以上に距離を開けてしまった。左足で蹴る力のほうが優っていたため、川内は思い切り前へつんのめってバランスを崩して右肩から転んでしまった。

ヒョイ!
ズデン!!

「かぁ~~……いったぁ~。」
「ちょ!?だいじょーぶ川内ちゃん?」
 那珂は近寄って声をかける。

「すみません。力の加減が全然わかりません。」
「だから言ったのに。慣れてないんだからもっとつよーくすり足を意識するんだよ。」
 那珂と川内がそう言って話していると、二人の後方から声が聞こえた。
「こ、こうですか?」
 二人が振り返って見ると、神通がかなりゆっくりめであるが、右足を前に出し一歩、左足を前に出しもう一歩と二人に近寄ろうとしていた。
「おぉ!!神通ちゃんすごい!ちゃんとできてるよぉ~!」
 褒められて照れる神通。それでも歩みを止めずに二人に近づく。
「そ、それほども……。ゆっくり動くのは……日常的に当たり前なので。」
 神通が歩くのを見た川内は、数秒呆けていたが、すぐに我に返って眼の色を変えた。
「くっ、神通が先にできるなんて。納得いかない!あたしだってぇ!!」
 川内はゆっくりと立ち上がって、側にいた那珂に離れるよう手で合図をすると、神通と同じくそうっと一歩を踏み出し始めた。

「すり足で一歩、すり足で一歩ーー。」

 川内は先程コケた力加減を参考にして足を踏み出すがやはりうまくいかない。その後1時間ほど掛けてようやくコツを掴んできた川内は5mほどは超スローペースながら歩くことができるようになった。先にコツを掴んで歩けるようになっていた神通も大体同じくらいの成長度であった。
 すでにお昼近くになっていたが、二人とも一切やめようとせず、ひたすら超スローペースな歩行練習をしていた。事情を知らない者が見ればおかしなことをしている女子高生たちだと思う光景だ。

「地上であたしや五十鈴ちゃんみたいに普通に歩けるようになったらもう十分だよ。今日はそこまでを目標にやってみよっか。」
「「はい。」」
 一旦お昼休憩をはさみ、午後は暑くなってきたので本館の冷房の効いた執務室に4人でこもり座学をし、夕方になってから川内達は再び工廠脇に行って同調後の地上の歩行練習を続けた。

 夕方、ひたすら練習した成果が出たのか、川内はもともと運動神経が良いためか、彼女は12~3m程度は同調していないときと同様に歩けるようになった。神通というと、不安の種だった体力が影響して川内とは距離も劣る6~7mは問題ない歩行ができるようになってきた。
 那珂と五十鈴が見る二人は、最終的にはかるく駆け足くらいの移動速度をマスターできていた。二人の様子を見た那珂は満足気な顔になって二人に声をかける。

「うんうん。二人とももー大丈夫そうだね~。お姉さんは嬉しいですよ~。」
「アハハ。もうだいぶ慣れてきました。」
「私もです……。」
 川内と神通は微笑んで穏やかにその成果に喜びを感じていた。

「まー、地上であたしたち艦娘は戦うわけじゃないから、あくまでもいざというときの基本の動きとしてね。ここからが本番だよ。明日はいよいよ水上で浮かんでもらいます。」
「「はい!!」」
 そう掛け声を那珂がかけると川内と神通はハキっと返事をした。

「それじゃ二人とも、同調切っていいよ。お疲れ様~。」
 那珂の一声で川内と神通は同調を切り、その場にへたり込んだ。肩で息をしたり大口を開けて酸素を取り入れようとする二人の様子を見た那珂と五十鈴は二人に微笑んで労いの言葉をかけた。川内と神通も少し呼吸を整えた後に笑顔で返す。
 その後各自の艤装を工廠に運び入れ、明石に声をかけた。

「明石さん、艤装ありがとうございました!」
「いえいえ。ちゃんと仕舞って置きますからね。それにしても川内ちゃんと神通ちゃん、上達しましたね~。時々ちらっと見てましたよ。」
 大人が見ていたと知ると途端に照れ始める川内と神通。
「ま、マジですか~。うわぁ~なんかはずい~。」
「うぅ……はい。ただ歩いただけなのに……。」
「何言ってるんですか。小さな一歩は大きな一歩ですよ。頑張ってくださいね。」
「「はい。」」

 明石に労いの言葉を掛けられた川内と神通は照れてはにかみ、しばらく談笑した後、那珂らとともに工廠を後にした。


--

 那珂たちは本館に戻り、更衣室で普段着に着替えはじめた。川内と神通は汗をかなりかいていたため一通りタオルで吹いた後着替える。

「あ~、やっぱり訓練後は素早くシャワー浴びたいな~。」
 川内がそう愚痴をこぼすと、全員がウンウンと頷いた。
「確かにそーだよね~。早くシャワー室だかお風呂だか作って欲しいよね~。」と那珂。

「その話は私も提督から伺ったことあるけれど、一体どこに作るのかしらね?」
 五十鈴も話題に乗って誰へともなしに質問をする。
「多分すでに水回り来てるところだろーから、お手洗いの隣か更衣室の隣かなぁ?そのあたり提督以外だと五月雨ちゃんが詳しそーだけど。」
「そうね。あの子に聞いてみるのがいいかも。」
「あ、でも五月雨ちゃん、今週は家族旅行らしくて来ないんだって。だから明日提督に聞いてみよ?」
「あら、そうなの?……仕方ない……わね。」
 五十鈴の提案に那珂も川内も神通も同意の様子を見せた。

「ウンウン。どうせ催促するなら4人で色仕掛けすればあの人はコロッと落ちますよ~。」
 那珂が発言すると、その途中の言葉を耳にした他3人はまた始まったと思った。その後続く言葉はそのものスバリだった。

「五十鈴ちゃんと川内ちゃんのそのでっけぇ!タンクで!直接攻撃するでしょ~。あたしと神通ちゃんで言葉責めするでしょ~。もーイチコロでメロメロですよあのおっさんは。」
 前半は手をワシワシさせながら言い、後半は吐息を吹きかけるような仕草で言う那珂。

 直接的な言い方は避けたのは那珂の良心だった。それでもすぐにその比喩の表すところに気づいた五十鈴と川内は顔を赤らめて、着替え中の手に取っている私服のシャツや上着で隠す。
「も~~!那珂さんのそういうところあたし嫌なんですよ~!ねぇ五十鈴さん、この人どうにかしてくださいよぉー!」
「本当、私もそう思うわ。ねぇ、そういう下ネタ気味なおちゃらけやめなさいな。特に人を弄るようなこと。」
「そんなぁ!あたしが真面目だけになったらあたしじゃなくなるよぉ?」
 那珂は指摘されても依然として変わらずおどけ混じりの返しで五十鈴たちに応対する。

「別に真面目になれって言ってるわけじゃないのよ。その下ネタ気味の発言を控えればそれでいいのよ。どうしても続けるならあんた、アイドルじゃなくて芸人目指しなさい。艦隊の芸人。それなら100歩譲って許してあげないこともないわ。」

 五十鈴が何気なく言い放った皮肉発言は、先程まで茶化した発言をしていた少女に衝撃以上の大ダメージを与えるのに十分すぎてオーバーキルになってしまった。那珂は目を見開いて口をパクパクさせて声に出ない悲鳴をあげようとしていた。
「ちょっと(笑)。 とっさにそんな芸人っぽいリアクション取らなくてもいいのよ。冗談なんだから。」

「う、うぅ……うわぁ~~~ん!」
 那珂は2~3歩後ずさったのち、近くのテーブルまで駆けて行って頭を抱えて突っ伏してしまった。

「? 那珂さん?どうしたんですか?」と川内。
「……?」
 神通はあえて話題に入らないようにしていたが、那珂の様子が気になり心配そうな視線を送った。二人の視線を受けたのに気づいてか気づいてないか那珂はタイミングよくか細い声で心の叫びをひねり出した。

「芸人は……違うよぉー……。言われるまで気づかなかったよぉ……。あたしが目指すのはアイドルなんだよぉ……」
 自身の仕草やリアクション等の振る舞いが傍から見るとアイドルのものではなく、芸人寄りのそれになっていたのか!?と、那珂はアイデンティティを失いかけて先程までの勢いはどこへやら、意気消沈してぐすんと鼻声になってしまっていた。
 那珂のその様子をいち早く察した神通が駆け寄って小声で様子を聞き慰める。そののち神通は五十鈴と川内の方を向き、頭を振った。

「え?どうしたっていうの?」と川内。
「な、那珂?」と五十鈴。
 神通は五十鈴たちに駆け寄って行って、那珂からなんとか聞き出したその思いをやはり小声で二人に耳打ちした。神通から那珂の思いを聞いた川内と五十鈴は顔を見合わせ、呆れたという様子で言い放った。
「芸人って言われてショックだったんだ……那珂さん。」
「そりゃあね、アイドル目指してたはずが芸人さんですよねって言われたら自我崩壊しかねないわね。まあ、あの娘には悪いけど、これで弱点一つ握ったわ。フフフ。」
「うわぁ、五十鈴さんめちゃあくどい顔……。」
「……(コクコク)」
 艦娘としてのライバルの弱みを握ることに成功した五十鈴の呟いた言葉とその時の表情は、那珂の後輩たる川内と神通をドン引きさせるほどだった。とりあえず神通が察したことは、この二人には第三者に言えぬ何か因縁があるのだろうなということであった。

 那珂はガチすすり泣きをしていたので、五十鈴は自分の発言が予想以上の大ダメージを与えたことに責任を感じ、寄り添って頭を撫でてなだめた。
「ほーら、いい加減泣き止みなさいな。謝るわアイドルさん。」
 那珂はキッと泣きはらした顔で睨む。五十鈴はその顔を見てハァ…と一息ついて再び声をかけた。
「あとでいくらでも私達をからかっていいから。あんたあの二人の先輩でしょ?シャキッとなさいな。」
「……うん。後で提督のいる前でめいっぱい下ネタ言って口撃してやる。」
「……あんたそれやったらマジで張り倒すからね? そ・れ・以外で! それに本気で艦隊のアイドルとかそんなよくわからんもの目指すなら、せめて髪型普段と変えたり、歌の一つでもやってご覧なさいな。」
「ブー!」
 一通り慰めの言葉をかけるとそれ以上は那珂の様子を気にしなくなり、五十鈴は自身のロッカーに戻っていった。那珂は普段学校で自身のボケやアクションに応対してくれる一番身近な人と比較してしまい、やや不満気だった。

基本訓練(水上移動)

基本訓練(水上移動)

 翌日木曜日、那珂と五十鈴は前日と同じ時間に来た。前日と全く同じルートで本館の窓を開けて換気していき、工廠に行って明石や技師の人に挨拶をしたのち執務室に戻ってきた。なお、提督はまだ出勤前だった。

 前日皆の前での取り乱し思わぬ弱点を晒してしまった那珂は駅で五十鈴と出会って本館に来る最中は妙によそよそしく振舞っていたが、五十鈴が一向にその弱点をついてこないのを見ると、すぐに普段の調子に戻って明るい態度に戻った。
 朝の一回りを終えて執務室で五十鈴と打ち合わせする頃には完全に普段の、やるときはしっかりやる真面目モードの那珂に切り替わっていた。

「今日の訓練は水上移動をやらせる予定。昨日の様子を見る限りだと、他に余計なことはしないほうがいいかなって思うの。どうかな?」
「えぇ。それがいいでしょうね。あとはあの二人に今日でそれだけ差が出てしまうかだけど、それによって今後の進め方も変えるのよね?」
「そーそー。それが一番気になるところ。あとは水上移動の練習での影響だけど。」
「影響?」
「今日は多分、というかほぼ確実にびしょ濡れになると思うから、昨日二人には着替えを多めに持ってくるよう伝えてあるの。」
「あ、そういうことね。なるほど。」那珂の不安点に五十鈴は納得した。


--

 那珂たちが打ち合わせをしている時間はすでに9時を回ってもうすぐ30分になる頃だった。
「そういえば提督、今日は何時に来るか知ってる?」
「いいえ。連絡してみたら?」
 普通ならば遅刻の時間である。しかしここは国の艦娘制度の管理署・鎮守府なのでそう言った勤務の枠組みには当てはまらない。とはいえ那珂たち二人は、自分らの上司たる西脇提督が来ないことに不安を感じていた。
 那珂は五十鈴の提案通り、すぐに携帯電話を手に取り提督にメールを送ってみた。

 しばらくしてピロリと次に携帯電話が鳴ったのは、五十鈴の携帯電話だった。
「私の携帯? 誰かな……はっ!!?」
 疑問を口にしながら画面を点灯させて通知を確認した五十鈴は瞬時に顔を赤らめた。そこには"西脇栄馬さん(艦娘仕事関連)"という、連絡先に登録した名前が宛先になった形でメールの通知が来ていたからだ。
 五十鈴がすぐに顔を上げ、側にいる小癪な真似をしでかした張本人を見ると、その人物はわざとらしく顔をそむけて吹けない口笛を吹いていた。

「あーんたねぇ……昨日の仕返しってわけね。ふーーん?」
「え?え?なんのことぉ?提督が宛先間違ったんじゃないのー?」
「……私一言も提督からメール来たって今言わなかったんだけど?」
 那珂はペロっと舌を出す仕草をして言葉なく五十鈴に返すのみにした。

「まぁいいわ。ともかく、提督は午後からこっちに来るそうよ。それまでは本館の管理は私たちに任せるそうよ。」
「そ、りょーかい。」
 一通り必要な確認を済ませた二人は、前日と同じように川内と神通が来るのを執務室で待つことにした。
 二人が来た時間は、前日とほぼ同じくらいだった。


--

 着替えて来た川内と神通が執務室に入ってきた時は、10時45分だった。午前中にこなせる時間も少なくなってきたため那珂は二人が落ち着く前に声をかけた。

「それじゃあ今日は、二人に水上移動をしてもらいます。これをマスターすれば艦娘の艦娘らしい動きはできるようになります。とっても大事なことだから、たっぷり時間をかけて身体に覚え込ませてね?」
「「はい!」」
 各々タオルなど必要なものを持って4人揃って工廠へと向かった。

 工廠前に着くと那珂は大声で中にいる人物に声をかけた。
「明石さーん!」
 しかし当の本人は工廠内の事務室にいて何か作業をしているようで聞こえていない様子だった。那珂は五十鈴たちに自分が言いに行くと合図し、断って工廠の中を進み事務室の扉をあけて中に入った。
「明石さん。」
「あ!はーい。なんでしょうか?」
 明石はテーブルに置いた図面のようなものから目を離して身体ごと那珂の方を向いた。かけていたメガネを外して図面の上に置いて聞く体勢になる。

「川内ちゃんたちも来たので、これから演習用プールに行って水上での訓練をさせたいと思います。」
「はい。わかりました。みんなの艤装は外にいる技師の○○さんに言って出してもらって下さい。何かあったら知らせに来てくださいね。当分は事務室にいますので。」
「はーい。それじゃあ。」
 那珂はお辞儀をして事務室から出て行った。

 工廠の外に出て川内たちの側に戻ってきた那珂は改めて号令をかけた。
「明石さんには連絡してきたから、これから演習用プールに向かいます。艤装は持って行ってね。あたしは全部身に付けていくけど、二人はムリしないで、辛そうだったら工廠に置いてきてもいいよ。プールで使うのは脚部のパーツだけだから。」
 那珂は皆の前に戻ってくる前に技師に艤装を使うことを伝えていたので、ほどなくして技師の人たちが台車を使って4人分の艤装を運んできた。各々それらを確認し、手に取る。
「それじゃあ私も全部装備して行こうかしら。」
 那珂と五十鈴はそう言って艤装を全部装備し始め、同調したのち演習用プールへと続く水路に向かって歩き始めた。
 二人に先に行かれて残っていた川内と神通はどうしようかまごついたのち、二人で話して決めた。

「えーっと、えーとどうしよっか神通?」
「落ち着いて……ください。まだ私達慣れてないですし、那珂さんのおっしゃったとおりに、足のパーツだけ持って行きましょう。」
「うん、わかった。そうしよ。」
 川内と神通は脚部のパーツを装備して同調し、工廠の演習用水路のある区画から離れて工廠を出て、演習用プールへと向かうことにした。艤装の扱いにすでに慣れている那珂と五十鈴は演習用水路へさっそうと降り、そのまま浮かんで進んでいった。川内たちはその様子を羨ましそうに数秒間眺め見ていたが、はっと我に返ってやや駆け足で(周りに気をつけながら)歩みを再開した。

 演習用プールについた川内と神通は先に到着していた那珂と五十鈴をプールのど真ん中に視認した。川内たちが演習用プールの敷地内に入ってきたのを見た那珂たちはスイーッとプールの水面を横切って進んでプールサイドに近寄った後上がった。
「はぁ。はぁ。昨日歩きは慣れたはずなのに……これだけの距離だと同調しながらだとまだ結構しんどいですね……。なんていうんだろ、疲れは疲れなんだろうけど。」
 川内が息を切らしながら言おうとしたこと、それを神通が補完した。しかし彼女も相当息を切らしており、かつ汗が玉のように流れ出ている。汗を拭って呼吸を整えた後言った。
「……同調してるということは、精神的にも……疲れるという……ことかと。(ゴクリ)思います。」

「神通ちゃん正解。艤装はね、最初に同調した時にフィットしたな!って感じるのと、それを自分の体の一部かのよーに身体に馴染んだと感じるのはまた別なの。まだ二人とも装備してるって感じがするでしょ?」
「は、はい。」
「……はい。」
 体力があり運動神経も良い川内でさえ、工廠脇から演習用プールまでの数十メートルでバテている。とはいえ彼女は身体的というよりも精神的な疲れのほうが上回っていた。神通はもともと体力がないため、精神面とダブルで疲れが溢れ出ていた。歩行に慣れたとはいえ、同調したことで超絶パワーアップした感覚と力の加減に、体力がついていけてなかった。

「あたしも五十鈴ちゃんも、もう一体化してるかのように艤装が身体に馴染んでるから、これだけ動けるんだよ。ここまで当たり前のように出来て、初めて艦娘らしくなるってところかな。ね、五十鈴ちゃん?」
「あなたは慣れすぎだけどね。さすが同調率98%を叩きだしただけあるわ。まぁ那珂ほどじゃないにせよ、私も物を身に付けてるという感覚はかなり薄れてるわ。さすがにこのライフルパーツは手に持つ感覚普通にあるけれど。」
 那珂も五十鈴も手足を動かしたりクルッと回ったり、ライフルを掲げたりしている。

「じゃー、みんな一旦同調切ろっか。……二人は、ちょっと休まないとダメかな?」
「さ、さすがにヘトヘト。休みたいです。」
「わ……私も、です。」
 那珂は側頭部をポリポリと掻いて眉をひそめ、二人の状態を見た後、しばらく休ませることにした。


--

 10分ほどして川内と神通の呼吸が落ち着いてきたのを見計らって那珂は説明を再開した。
「それじゃーいくよ。これから水面に浮いてもらいます。と言ってもそんな難しいことじゃないよ。同調してれば、足のパーツから浮力が発生するから、ボーとしてても思いっきり力入れて踏ん張って沈もうとしても勝手に浮くの。浮かぶんだって考えというかイメージを頭に思い浮かべること。考えたことを艤装が検知して、自動的に浮力とかを調整するんだって。あとはバランス感覚。まーこっちのほうが大事かもね。これは慣れないと時間かかるかも。」

 それじゃあと言うが早いか那珂は再び同調し始め、プールサイドからプールの水面へと普通に歩くような勢いで足を乗せ始めた。それを見て五十鈴も再び同調し、プールの水面へと足を乗せる。那珂と五十鈴では浮かぶ高さが変わるため、若干の身長差が発生した。

「よし、じゃあやろっか、神通。」
「は、はい。」
 先輩二人の様を見ていた川内と神通も同調を済ませ、数歩歩いてプールの水面に後1歩というところまで来た。そこからの一歩が二人は中々踏み出せないでいる。

 先陣を切ったのは川内だった。
「うーー、よし。てりゃ!」
 川内は右足を少し上げて前へゆっくり突き出して水面に下ろした。その足はまるでトランポリンか何かに足をつけたように跳ね返される感覚を覚えた。それですぐにピンときたのか、川内は続いて体重を前方にかけて左足も水面におろし、全身が水面の上にある体勢になった。
 川内は、ついに水面に浮かぶことに成功した。
「は、はは……、アハハ! うわぁ!うわぁ~! すごい!おもしろーーい!あたし、水に浮かんでるー!忍者みたーーい!」
 川内はすぐに慣れたのかその場(水上)で足を上げ下げして水の上に浮く感覚を堪能しまくっている。その最中後ろを振り返り、左手を突き出す。
「ほら神通!あなたも来てごらん!おっもしろいよ!!」
「は……はい。」
 興奮がとまらない川内の様子に若干引きつつも次は自分だと再認識し、意を決して神通は次の一歩、右足を水面に下ろした。両手は伸ばされた川内の左手をなんとしてでもつかもうと足よりも少し前に出す。川内はその手を掴み、神通のバランスを補助する。

「いい?離すよ?」
「ま、待って……離しちゃ嫌です。もう一歩。もう一歩出てから。」

 神通は数秒後にようやく残りの足を水面に下ろした。川内の手を掴んでやや安心してるためか、おしりがまだプールサイド側に残っておりへっぴり腰になってしまっているが、誰もそのことを気にしないでおいた。体重をゆっくりとプール側にかけてへっぴり腰を解消していくと、彼女もようやくバランス感覚を理解したのか、川内の手を掴む強さが弱まる。川内はそれがわかって、神通の両手からそうっと左手を手前にひいて完全に手と手を離した。
 神通も、ついに水面に浮かぶことに成功した。

「わ、私……やりました。私も!浮かんでます!!」
 神通の感情も溢れだした。その目にはうっすら涙が浮かんでいる。側で見守っていた川内、そして少し離れたところで五十鈴と一緒にその様子をじっと見守っていた那珂もウンウンと頷き合い、その成功を自分のことかのように喜んだ。
「やったね神通!あたしたち、これで本当に艦娘なんだよね!?」
「は、はい……!実感が……うぅー。」
「やだぁ!泣かないでよ神通。あたしまで……泣けてきちゃうじゃん~。」
 感極まって揃って泣き出す川内と神通。だが、気が緩んだためか、体勢を大きく崩してしまった。

「「きゃっ!!」」
ドボン!!

「ちょ!?ダイジョーブふたりとも!?」
 初めて出せた艦娘らしい雰囲気が一瞬にして台無しになってしまった。
 水上ですっ転んでほぼ全身水に浸かってしまった二人の近くに那珂と五十鈴はスーッと近づいて二人立ち上がりをサポートする。
「気を緩めたらダメよ。慣れてないうちは特にね。ほら、一旦プールサイドに上がって。また最初からやってみなさい。」
「「……はい。」」
 一度目は水面に立つことができた川内と神通だが、午前中には水上移動までは叶わず、とにかくプールに足をつけたその場にひたすら立つ、バランスよく立つことを練習した。

 何度か練習を経た川内がふと質問をした。
「ねぇ那珂さん。なんとなしに足を少し動かしてますけど、このまま水面を歩いたらいけないんですか?そのほうが楽そーな気がするけど。」
「おー。よくそこに気がついたねぇ。やってもいいけど艦娘の移動としては非効率だからオススメはしないかな。」
「……なるほど。なんとなくわかりました。」
 那珂の説明にいち早く納得の様子を見せたのは神通だった。
「ん?何がわかったの?」
 いまいち理解が追いついていない川内は神通の方に振り向いて尋ねた。神通はコクリと頷いた後答え始める。
「地上で、歩くのと走る速度は違いますよね?」
「うん。」
「水上で艦娘が足の艤装を使って歩くのと進むのでは、地上のそれよりも速度が段違い……だと思います。これから私達はその速度を体験することだと思いますけれど。深海凄艦はどこに現れるかわかりません。戦ったり調べるために長距離の移動をするかもしれないです。そこで、地上よりも広く自由に動ける分、移動時間に差が出来てしまうんです。」
「あー、なるほど。やっとわかってきた。ステージクリアするのに普通にダッシュ移動すればいいものを、すり足忍び足スキル使ってクリアしようとするようなもんか。あたしは他のスポーツやゲームで例えたほうがわかるわ。」
「同じ疲れるでも効率の良し悪しがあるし。あくまで近い距離向きなのが、水上歩行ってことだよ。」と那珂。
 川内はゲームのプレイで例えてようやく水上歩行のメリット・デメリットを理解した。
 出来ることだがあえてしない水上歩行。その意味を川内と神通はそれぞれ理解したのだった。


 那珂はスイーッと二人から離れて方向転換して二人に説明を続けた。
「さて、午前はここらで終わりにする?それとも続ける?」
「うーー、ちょっと休みたいです。いいよね神通?」
「……はい。私も休みたいです。」
「よっし。それじゃ着替えたらお昼食べにいこっか?」
「「はーい!」」
 那珂の提案に気を緩めて返事をした二人はまた転んで全身を濡らしてしまった。その日何度目かの全身びしょ濡れ状態である。


--

 びしょ濡れになってしまった川内と神通は艤装を工廠の一角に預けたのち、演習終了後に艦娘が使うケア設備の一つ、瞬間乾燥機を浴びて艦娘の制服と自前の下着を簡単に乾かした。強力な乾燥機とはいえ、すぐに乾くものではなく、生乾きの状態になってしまっていた。完全に乾かすにはやはり脱いできちんと当てないといけないと判断した川内と神通は全部着替えるべく、一旦その状態のまま更衣室に戻ることにした。

「うえぇ……生乾き気持ち悪い。」
「……(コクリ)」
 気持ち悪がる二人を見ていた那珂と五十鈴はケラケラ笑いながら二人に声をかけた。
「それも艦娘の経験の一つだよ~。ね、五十鈴ちゃん?」
「そうね。私達みたいに制服が配られる人はまだましだけど、時雨や夕立たちみたいに学校の制服や私服だと毎回大変でしょうねぇ。」
「アハハ!それは言えてる~!」
 五十鈴の発言にアハハ、クスクス笑い出す那珂たち。
 その後全員着替え終わり、財布を取りに執務室へと向かった。川内と神通は鎮守府を出る前に工廠に立ち寄って乾燥機のところで制服をきちんと乾かすことにした。

 執務室に入るとやはり誰もいない。まだ提督は来ていない様子がひと目でわかった。
「まだ提督は来てないようだねぇ~。」那珂は軽い足取りで提督の机に近寄り、机に置いたバッグから財布を出した。
「……そうね。午後からって書いてあったけどもうすぐ1時になるのに。」

 五十鈴、川内、神通も秘書艦席やソファー側のテーブルに置いたバッグからそれぞれ財布を取り出して準備を整えた。
 その後4人は執務室、そして鎮守府の本館を出てお昼ごはんを食べに町へ繰り出した。4人が食事をしたのは駅前にあるファミリーレストラン。鎮守府Aの面々がしょっちゅう使うため、レストランの従業員や店長にもすでに顔を覚えられている。すでに顔馴染みとなってその度合が高い五十鈴と那珂は常連さんよろしくな挨拶をして先に入っていき、その後に川内と神通がやや申し訳無さそうに入っていった。
 4人は何の遠慮もせず艦娘の優待特典を使って格安で豪華な食事をした。(主に川内が)


--

 昼食が終わり4人が本館に戻ると、ちょうど提督が男性用トイレの区画から出てきたところに遭遇した。
「お、4人ともご苦労様。お昼かな?」
「「「「はい。」」」」
「そういや五十鈴はどうしたんだい?7月中は任務もないはずだけど?」
「実は那珂に頼まれて、川内さん達の訓練を一緒に監督することになりました。」
「そうだったのか。それじゃ二人でよろしく頼むよ。」
「はい。任せて!」
 久々にガッツリ声をかけられた感のあった五十鈴は少しだけ上ずった声を出しかけたが、すぐにいつもの真面目調子の声に修正して提督にその意気込みを聞かせた。

「提督はいつ来たの?」那珂が質問した。
「ついさっきだよ。訓練はどうかな?こう暑いと嫌になるだろ?」
 提督と那珂たちは合流して執務室に喋りながら向かう。
「大丈夫大丈夫。今日から水上移動の練習でプールにいるからなんとなく涼しく感じられるかなぁ~って。だっていつでもその場で水浴びできるし。」
 川内は気楽な回答を口にした。彼女の頭の中には制服が濡れてその後のケアが大変ということがすっぽり抜け落ちているのが容易に他の3人には想像できた。提督は事情を知らないため、川内の口ぶりに軽く吹き出すように微笑んで言葉を返した。
「ハハ。そうか。水上移動の訓練ならまぁそうなるな。もし今後どうしても暑かったら水着持ってきて適当に遊んじゃってもいいぞ。もちろん訓練終わったらだけど。」

「おやおや提督ぅ~?そんなこといってあたしたちの水着姿見たいのかなぁ~~?」
 那珂は屈んで上半身を低くし提督を見上げるような体勢になって茶化し始めた。その表情は提督もすでに知っているように、可愛いが小憎たらしいそれだった。
 那珂の茶化しに提督は少し慌てて言い返す。
「コラコラ。俺はただ君たちの健康を心配してだな……」
「はいはい。そーいうことにしておきましょ!だいじょーぶだよ。その時はちゃーんと提督も一緒にプールに誘ってあげるから。その時はあたしたちのしなやかで美しいJK肢体をご堪能あれ~」
「はぁ……まったく那珂は。」
 那珂の相変わらずの茶化しに提督は那珂の期待通りの反応をし、那珂を満足させるのだった。そんな二人を見た五十鈴や川内は、昨日の一連の出来事のように、下手なことを口走らないか肝を冷やしていた。


--

 執務室にバッグ等を置いていた那珂たちは、提督が出勤してきたということでそれらを待機室に持って行こうとしたが、提督がそのままソファーか秘書艦席にまとめて置いておいてもよいと許可したため、4人は好意に甘える事にした。
 バッグからタオルや簡単な着替えを取り出し、率先して行こうと言い出す川内。
「さーて、ご飯も食べたし、午後も行きましょうよ!」
「ちょっと待ってね。午後は今日も夕方からだよ。」
「えぇ~~!?いいじゃないですかー!」
 那珂は不満を垂れる川内に警めた。
「夏だし、熱中症にならないためにもこれだけは守ってね。一応提督とのお約束だから。責任者としては不必要に病人を出したくないそうなの。ね、提督?」
 那珂はウィンクを提督に送る。すでに執務席に座っておにぎり片手にPCに向かって仕事をし始めていた提督は喋らずにウンウンと2回頷いてその意を示した。その返しを見た川内は少し不満を残しつつも納得の様子を見せる。しばらくは不満気を残したままだったが、神通と一緒に教科書を読み始めるうちにすぐにそんな気分を雲散させて、二人でじっと没頭していた。


--

 その後夕方になり、那珂たち4人はその日の午後の訓練をしに執務室を出て工廠に向かった。工廠にやってきた4人は入り口付近にまとめて置いてあった自身らの艤装を技師に断って再び外に運びだす。演習用プールへは午前中に行ったとおり那珂と五十鈴は水路を通って、川内と神通は今度は腰にコアユニットを、それ以外は脚部のパーツ一式を手に持って同調せずにプールまでの距離を歩いて行った。
 先についたのはやはり那珂と五十鈴の二人だった。その後追って川内と神通は必要最低限にしたパーツを抱えてプールサイドに入ってきた。

「あれ?二人とも同調して来なかったの?」ひと目で気づいた那珂が言った。
「はい。だって大した距離なくてもすっごく疲れるんだもん。」
「……本来する訓練の前に……疲れたくないので。」

 二人の言い分ももっともだと理解した那珂は優しく言葉を返した。
「アハハ……まぁもっともだねぇ。仕方ないや。」
 那珂は二人に言葉をかけた後、早く装備をして同調するよう促した。そして説明を再開する。

「さて、ここからが重要だよ。前も言ったと思うけど、コアユニットと足のパーツには脳波制御装置っていって、考えたことを検知してそれを艤装の動作やバランス制御の補助に変換してくれる機械があるらしいの。だから、前に進みたいとか水面でジャンプしてちゃんと着水したいとか、今まで以上になるべく自分の動き・やりたいことをを意識すること。自分じゃ足りないバランス感覚を艤装の各パーツが補助してくれるんだって。ま、詳しいことは実際に身体で覚えていこー。」
「「はい!」」
 川内と神通は揃って返事をした。

「よーし。それじゃあいってみよ。色々言ったけど、つまりはスケートみたいなイメージしてもらっていいと思う。機械的なこと言うとね、あたしたち川内型の艤装の足のパーツはね、普通の船みたいなスクリューがついているわけじゃなくて、衝撃波が出る装置が内蔵されてて、そこから出る衝撃波で進むんだって。それの強弱を決めるのが、考えること・思うこと。」
「思っただけで前に進むだなんて、なんだか魔法みたいだなぁ~。それこそゲームとか、昔の人が考えてた未来の光景だよね。」
 川内が那珂の言ったことに対して感想を口にした。

「明石さんや提督みたいな機械やプログラム知ってる人なら当たり前のことなんでしょうけど、私達普通の学生からすれば本当、魔法かなにかよね。艦娘ってどれだけの高度な技術で成り立ってるのかしら?なんだか、提督の本業のIT関連の世界に興味湧いてくるわ。」
 川内の感想を受けて五十鈴がそう口にすると、那珂がそれに目ざとく反応して茶化し始める。
「おぉ?五十鈴ちゃんは提督自身だけじゃなくて彼のお仕事にも興味アリアリですか~?常に一緒にいたいとかそう言ったことですかねぇ~~?」
「ちょっと……あんた……!?」
 五十鈴は自身の思いを那珂が他人にわざと聞こえるように茶化して話そうとしたと感じ取り、とっさにキッと凄んで睨んだ。睨まれた那珂はハッとした表情になってわざとらしく口を塞いで弁解をした。
「おっと。なんでもないですなんでもないです。」
 その様子に川内は?を顔に浮かべ、神通は前髪の奥の隠れた顔に苦笑いを浮かべながら見ていた。


「コホン!さーじゃあ二人とも。まずは復習から。もうサクッとプールの上に浮かんでみて。」
「「はい。」」
 那珂の指示に従って川内と神通はパーツを装備して同調していた状態でプールサイドを歩き、やがてプールの水面に足をつけてそのまま一歩、また一歩と普通の人間ではありえない動きをした。二人が水面に出てきたのを見届けた那珂は再び口を開いた。
「それじゃ次の一歩進んでみましょっか。スケートを滑るような体勢で、頭のなかでは自分が進みたい速度をイメージするんだよぉ~~」
 説明しながら那珂は自身で実演してみせる。その場から半径数mを移動しながらである。

 那珂の実演の後、先陣を切ったのは川内だった。
「よーし。頭のなかでスピードをイメージしてぇーー、スケートを滑るように……。」

 川内は歩幅はそれほど極端に変えずに調整しながら前傾姿勢になって前に進み始めた。頭の中では徐行運転ばりのスピードをイメージしていたのか、進むスピードは相当遅い。が、それでも進んでいることに変わりはない。

「お~~こういうことかぁー!なるほどなるほど。那珂さーん。あたしコツわかりましたよー!」
 徐々にスピードを上げていき、さきほどから縦横無尽に移動している那珂のそばに近寄っていく川内。すでに那珂や五十鈴に近い速度で動けるようになっていた。
「あー、でもこれ結構疲れる。これも慣れればそうでもないんですかねぇ~?」
「うんー。そーだよぉー。」
 川内は調子に乗ってスピードを上げて進んでみたが、すぐに疲れに気づいてスピードを落としてぼやく。那珂はその言葉に相槌を打って返事をした。

 その様子を見ていた神通は浮かんだ時の感動もつかの間、途端に不安を表情に出していた。果たして自分にあのようにスムーズにできるのかと。
 神通の側にいた五十鈴は彼女の肩に軽く触れ、囁くように声をかけて鼓舞した。
「ここまでできたんですもの。できるわ。さ、やってご覧なさい。」
「は、はい。」
 神通は先程の那珂の説明どおりのイメージをしながら、足を前に出してみた。するとかかと辺りから衝撃波が発生したのがわかった。しかし自信がないなりに考えた彼女の進むイメージは、極端に強く早く進みたいというイメージだったため、艤装はその考えを忠実に検知してしまった。

ズザバァーーー!!!
「ひぐぅ!?」

 神通は右足に引っ張られながらそれ以外の身体はやや後方に体重がかかり、前に突き出た右足と他全身合わせて人か入という文字を描きながら水上をものすごいスピードで進み出した。変な悲鳴付きのスタートダッシュ状態だ。

「きゃーーーー!!!!」
「うわぁ!神通!?」
「ちょ!!神通ちゃん!?スピード緩めて緩めて!止まるイメージしなさーい!!」
 川内と那珂が水上移動を楽しんでいたポイントまで一直線に進んでいった神通は、那珂のとっさのアドバイスどおり、“急停車”するイメージをした。すると右足のパーツからの衝撃波は弱まるのではなく瞬間的に止まり、反動で神通は真正面に向かって吹っ飛んで激しく転んでしまった。
 水面とはいえ、猛スピードから一気に止まったので反動は激しく、全身を水面に叩きつける力も強烈だ。

バッシャーーーーン!

「だ、大丈夫?神通?」
「おーーい、返事して~神通ちゃん?」
「ちょっと……今の止まり方はいくらなんでもダメよ! ホラ起きなさい。全身沈んじゃうわよ。」
 遅れて近づいてきた五十鈴も神通に声をかけるが反応がものすごく鈍い。全身水面に倒れこんだ神通は足以外は徐々に沈み始めていた。意識が朦朧としていたために普通に水に浮かぶ体勢すら取れずにいるのだ。その様子に気づいた五十鈴と那珂は慌てて神通の腕を掴んでそれ以上沈むのを防ぐ。

「あ、ヤバ。神通ちゃん気失ってる?」
「ちょ!とりあえずプールサイドに運びましょう。」
 那珂と五十鈴に抱えられてプールサイドに上げられた神通は同調が強制切断されるほど気を失っていた。

「あれだけ猛スピード出たってことは、神通ってばどんなふうに考えたんだろ?」
 那珂と五十鈴に支えられてプールサイドまで行く神通をぼーっと見ながら川内はつぶやき、随伴しながらプールサイドへと向かう。
「あっぶなかったよねぇ~。あたし危うく激突してたよぉ。」
「彼女、脚を出す前に考え込んでた顔してたから、相当強く想像してたんでしょうね。きっと二人がスイスイ動いていたのを見て慌てたんでしょう。初めてなんだから慌てなくていいのに……。」
 そう言ってチラリと那珂と川内に視線を送る五十鈴。その視線に気づいた那珂は川内と顔を見合わせ、悄げた仕草をして気を失っている神通に謝った。
「うー、ゴメンね神通。あたしはすぐできちゃったからあなたのことまで気が回ってなかった。」
「あたしも二人に早く動けるようになってもらいたくて見せることばっか考えてた。ゴメンね、神通ちゃん。……幸いにも顔とか怪我してないみたいだからいいけど。」


 神通が目を覚ますまで数分かかった。その間五十鈴は一旦工廠へ行き明石を呼んで介抱を手伝ってくれるよう願い入れる。明石は念のためと救急セットを持ち演習用プールの那珂たちがいるプールサイドへと駆けつけた。
「あらあら大変!那珂ちゃん川内ちゃん、彼女の艤装全部はずしてあげて。」
「「はい。」」
 明石の指示通り二人は神通の身につけていた脚部のパーツを外し、続いてコアユニットを腰のベルトから外して側に置いた。神通を神通たらしめるものは艦娘の制服だけになっていた。ほぼ、素の神先幸状態である。

 那珂は神通の意識が早く戻るよう頬を優しくペチペチと叩き続けた。川内はその後ろでやや慌てふためいた様子で先輩のすることをじっと見守っている。明石も神通を診てみたが、目立った外傷はなさそうだった。思い切り叩きつけられるように転んだとはいえ水面であったのが幸いした。明石は念のため救急セットから必要そうな薬を出して神通に処置し、しばらく様子を見ることにした。
 その後神通が目を覚ましたのは約5~6分後だった。目を覚ました神通はまだ意識が朦朧とするなかで那珂たちの質問に「ふぁい」と答え、若干怪しい言動で那珂たちを不安にさせていた。
「神通ちゃん、今日はやめとこっか?」
「……すみません。……うぅ……。」
 那珂が念のため意思確認をすると、神通はそれを受けて承諾した。川内は無言で後頭部をポリポリ掻いて神通を心配そうに見つめていた。
 明石は五十鈴に呼びかけ神通の艤装を工廠に仕舞うのを手伝わせて先に戻っていった。演習用のプールサイドには那珂たち3人が残り、日陰で休ませてからその場を後にした。


--

 那珂たちは更衣室で着替えを済ませ、執務室に戻った。その頃には神通は見た目とその様子にはひと目ではわからないくらいには回復していたが、念のため那珂達は提督に神通が水上で転んで顔を(水面に)ぶつけたことを報告した。

「神通!大丈夫かい!?」
 提督は少し身をかがめて神通の顔を覗き込むように僅かに近づけて言った。
「あ……は、はい。もう、大分……意識ははっきりと。」
 自身の失態に猛烈に恥ずかしくなり、神通は提督の顔をまともに見られなくなってしまった。そんな顔を真っ赤にしてうつむく彼女の様を、那珂や五十鈴も提督と同じように心配げに見つめる。
「もう帰るかい?それとももう少し休むならソファーに横になっていいけど?」
提督は身内が怪我したかのごとく心配症な様子を見せて神通を気にかけまくる。
「神通、遠慮無く寝かせてもらえば?正直まだ少しボーッとするんでしょ?」
「……はい。それでは横にならせて……いただきます。」
 神通は川内に寄り添わされてソファーに行き、身を横たえて寝始めた。彼女の介抱は川内が受け持つことになった。

 その場所から少し離れたところで那珂は五十鈴と小声で話し始めた。
「今日はもう続けられないね。」
「そうね。まぁでも焦る必要はないでしょ。まだ夏休みたくさんあるんだし。」
「うーん、そうは言うけどねぇ。日当の事とは別にしても、なるべく早く全てこなさせてあげたいんだよね。水上移動までは艦娘の基本中の基本だから、2~3日中には終わらせたかったんだけどなぁ~。」
「あんた……ちょっとペースが早くない?私なんか水上移動までを5日くらいかけたわよ。」
「およ?五十鈴ちゃんそれは時間掛けすぎだよ?もしかして限界まで日当もらうつもりだったの?」
 那珂の言い草にカチンときた五十鈴はすかさず反論した。
「んなわけないでしょ!?私そんなにずる賢くないわよ!私はしっかりやった結果予想より日当もらってしまっただけよ。」
「はいはい。五十鈴ちゃんは努力家だもんね。それだけかけたから強いんだもんねぇ~」
 また那珂はいやらしい表情になって五十鈴の言に言葉を返した。完全にからかう気満々であった。
「くっ……あんたそれイヤミ?どうせ私は天才なあなたに叶いませんよ!フン!」

 真面目な返しを期待できないとふんだ五十鈴は拗ねて自分のバッグのある秘書艦席にスタスタ歩いていってしまった。それを追いかける那珂。
「ゴメンって五十鈴ちゃん。あたしはホラ、アレだし。同調率たまたま高かったから慣れるのも早くてあっという間に終わっただけだしぃ。」
「それが天才だって言うのよ。私の同調率は92%だったわよ。ふつーよふつー。」
「だから拗ねないでよぉ~。帰り何かおごってあげるからぁ!」

 その後那珂と五十鈴は神通が完全に回復するまで雑談して時間を潰した。


--

「ご迷惑を……おかけしました。もう帰れそうです。」
 ソファーから立ち上がって川内、那珂、五十鈴たち、そして提督に頭を下げて謝った神通。確かに顔色は(髪の毛で隠れてはいるが)問題なさそうと那珂は捉えた。が一応確認してみた。
「神通ちゃん、ホントにだいじょーぶね?無理とかしてないよね?」
「は、はい。本当に、大丈夫です。」
「うん。信じたよ。帰り道とか気をつけてもらわないと、交通事故とかシャレにならないからね。」
 那珂の本気で心配してるという声色の声掛けを聞いた神通は単純にしつこく聞いているわけではないと気づき、再び頭を下げてお礼の意味を込めた謝罪を重ねた。

「それじゃ提督。あたしたち帰るね。提督はまだいるの?」
「あぁ。」
「あ、そうだ。鍵返さなきゃ。」
「いいよいいよ。しばらく預けておく。俺がいないときに本館開けて入りたいだろ?前も言ったけど、訓練終わるまでは貸しておくよ。」
「それならお言葉に甘えて借りておくよ。ありがとね。」

 那珂は川内と神通を引き連れて執務室を後にしようとした。
「あ、そうだ。五十鈴はちょっと話があるから残ってくれ。」
「え!?な、何かしら……?」
 那珂たちと一緒に帰ろうとしていた五十鈴は立ち止まり、そうっと振り返って提督に視線を送った。突然提督に呼び止められて心臓が跳ね上がる思いで焦りを隠しきれずにいたが努めて平静を装う。

「おぅ?提督、五十鈴ちゃんに何の用かなぁ?気になるのぅ~。あたしたちも残ったげよっか?」
 五十鈴につづいて那珂も振り向き、いつもの調子で茶化し気味に提督に向かって言う。しかし彼が返した言葉は、那珂の想像の範疇を超えた声色の言葉だった。
「那珂たちには関係ないことだから遠慮してくれ。」
 聞いたことのないような鋭く真面目な言い方。普段の調子で反応してくると思い込んでいた那珂は途端に萎縮してしまう。

「へ?あ……ゴメンなさい。そ、そーだよねぇ。あたし……たちに聞かれたくないこともそりゃあるよねぇ~。那珂ちゃんちょい無神経だった!テヘ!」
 その瞬間提督が怖くなった那珂は努めて普段の調子を演じて軽い返しをした。さすがに那珂の態度に無理が感じられた五十鈴は何か声をかけようと思ったが、適切な言葉が見つからずに黙っていることしかできないでいる。
「そ、それじゃ、失礼しました。」
 那珂の態度に違和感を覚えた川内と神通だったが、さすがに問いかけたり空気を読まずに口を挟むのはよくないと察して何も言わなかった。やや慌てて退出の言葉を述べて出て行った那珂を追いかけるようにして二人も退出した。
 本館を出る頃にはいつもの調子を戻していた那珂だったが、未だ心の中の感度は荒ぶっていて落ち着かない。自身の真の態度を後輩二人に悟られまいとし明るく振る舞っていた。
 結局その日はなんとなく落ち着かない、前日・前々日より早めの帰宅となった。


 その日の夜、夕方のことが頭から離れずに落ち着かぬ時間を過ごしていた那美恵は、携帯を片手にベッドに寝っ転がり、メールアプリを開いて新規作成ボタンを押すか、メッセンジャーアプリを開いて連絡先リストから望みの相手を選ぼうかどうか迷っていた。
 考えすぎて頭が重くなったような感じがし、やがて那美恵は携帯電話を持った手を力なく落とし、ベッドに横たわった。携帯電話が手の平から掛け布団の中にコロリと落ちる。
 これまで激として怒ることがなかった西脇提督が自分に対して怒った。この数ヶ月であたしのこと多少知ってるんだからいきなりあんなに怒ることないじゃん、と那美恵は真っ先に思ったが、それと同時に不必要に首を突っ込みすぎた自分のミスをも理解していた。
 確実に自分の失態だ。鎮守府は学校ではない。提督は民間の会社員とはいえ、れっきとした国の組織に携わる管理者たる人だ。艦娘としての自分たちの上司。これまで数ヶ月在籍して活動しておきながら、それぞれの本来の立場でその人を捉えて接していた。つまりは公私混同とも言える最悪な状態。提督の普段の優しくて気さくな性格と振る舞いに甘えていた。少し控えなければ……。これは自分の落ち度。那珂の落ち度。中落ち?
 那美恵は真面目に真剣に考え思いを張り巡らせるが、完全に堅苦しい真面目さは嫌だったので自分でオチをつけて締めた。しかし虚しさだけが残る夜となった。

基本訓練(水上移動続き)

 翌日金曜日、那美恵は前日までと同じく凛花と待ち合わせて鎮守府に来た。道中、昨日提督と何を話したのか那美恵は凛花に尋ねたが、凛花は特に顔色を変えずに今は言えないと一言だけ言ってその話題を続けようとはしなかった。その様子を敏感に察したのか、那美恵は茶化すことはせず彼女の望むとおりにその話題を打ち切って別の話題で雑談を賑わせた。
 ただ一つ、凛花は提督から預かっていた言葉を那美恵に伝えた。

「そういえば、提督ね、昨日言ってたわよ。」
「えっ、な、何を?」
「きつい言い方してゴメンって。」
「……そんなの気にしなくていいのに~」
 エヘラエヘラと笑う那美恵の様子は、昨日の感情がぶり返して動揺を完全に隠すことができないでいた。凛花はそれを見て追加で言う。
「実はね。提督ったら自分の言い方がどうだとか全然気づかなかったようなの。だから私、本題が終わった後に言ってあげたの。少々言い方きつすぎなかったかってね。……余計なお世話かもと思ったんだけど、でもあなたのあの時の表情を思い出したら言わずにいられなかったのよ。」
「凛花ちゃん……うん。ありがとね。素直にお礼言っておくよ。」
「べ、別にいいのよ! あなたのあの時の気持ち、なんとなくわかるから。……何の気なしに普段気軽に接してた人からさ、怒鳴るではないけれどもきつい言われ方したら誰だってショック受けるわ。き、嫌われたんじゃないかって。そうでしょ?」
「確かにそうかも。でも実際あたし調子に乗ってたし。怒られても当然かなぁって反省したの。」
「あんたでも失敗と反省なんてするのね。」
「おぅ!?それはひどいぞー凛花ちゃん!あたしだって挫折と苦労を味わって今の地位に甘んじることなく日々修行に修行を重ねてd
「わかったわかったわよ。とりあえず今回のは貸しにしとくわよ。」
「うぅー、なんか高く付きそう~!凛花ちゃんには頭上がらなくなるかも~~。」
「ふふ。言ってなさいな。」
 凛花はクスッと笑って那美恵の言葉をサラリと流した。後半の那美恵の言葉は普段の調子を取り戻しつつあったからだ。


--

 鎮守府の本館に来ると鍵は開いてない。提督はまだ来ていない。
「提督は今日もお昼からかなぁ~?」
「そういえば、今週はもう来られないって言ってたわ。なんでも本業の仕事で開発が大詰めで忙しいとかなんとか。カタが付けば週末は顔出すかもしれないって。」
「……はぁ。提督もいそがしーねぇ。本業の方が。」
「だって本業ですもの。」簡単にツッコむ五十鈴。
「いや、そうは言うけどさー。提督も不在、秘書艦の五月雨ちゃんも不在で、艦娘もほとんどいない。うちの鎮守府ダイジョブなのかな~って思うのですよ。」
 那美恵の心配ももっともだと強く感じた凛花は自身の展望を述べた。
「まぁ……それはね。だからこそ早く艦娘増えて欲しいと思うわ。」
「そーだねぇ。ま、当面あたしは川内ちゃんたちの教育に力を注ぐっきゃないけどね。」

 那美恵と凛花がそんな展望を語り合いながら鍵を開けてロビーに入ると、その先のグラウンドが見える窓から人影が見えた。那美恵と凛花は顔を見合わせて恐る恐るグラウンド側の出入り口に向かっていき、扉を開けた。
 グラウンドに出ると、幸が高校の体操着を着て運動している姿が目に飛び込んできた。

「あれ?さっちゃん?」
「なんで彼女こんなに早く来てるのかしら?入れないでしょうに。」
「うん……。とにかく来たってこと教えたげよ。おーーーーい!さっちゃあぁーーん!」

 那美恵の叫びにグラウンドを走っていた幸はヘトヘトになりながらも那美恵たちの方を振り向いて返事をした。到底聞こえる距離でもなくそもそも幸の声量では近づいていても聞こえないことが多いので那美恵たちはとりあえず幸が気づいてくれたという事実だけ理解してよしとした。
 那美恵たちは幸が完全に止まったのを見届けてから近寄って行き声をかけた。

 幸は止まってはいたが呼吸が落ち着いていないのでしばらくハァハァと息を吐き続けて2~3分後、ようやく反応した。
「さっちゃん!どうしたの?」
「あ、あの……私。」
「うん?」
「私、朝練しようかと思って。」
「「朝練!?」」
 那美恵と凛花はハモった。

「はい……。なみえさんの言いつけ通り、体力つけようと思いまして。」
 幸から聞いた発言に那美恵は呆気にとられたがすぐに我に返り、次に湧き上がってきた感情を幸に思い切りぶつけた。
「さっちゃーーーん!!」
 ぶつけたのは感情だけではなく、身体もだった。
 ガシッと幸に抱きつく那美恵。幸は目を見開いた後、顔を真赤にさせて慌てふためき始めた。
「あ、あの!?なみえさん……? 私汗かいてるので……離れたほうが……!」
「さっちゃん!あなたホントーにいい子!寡黙な頑張り屋さん!!さすがあのわこちゃんのお友達だけあるぅ!!わこちゃんもそうだけど、二人ともあたしのマジ好きなタイプの子!!」
 汗まみれなので離れてくれと幸が懇願するにもかかわらず那美恵は彼女に次は頬ずりといわんばかりの密着をし続けた。その様子を見ていた凛花はやや引き気味にポツリと呟いた。

「あなた……両方イケる口だったりしないわよね……?」
 凛花の余計な心配は幸に萌えまくっている那美恵には届かなかった。


--

 落ち着いた那美恵は幸を連れて本館へと入った。まだ冷房を効かせる前だったため暑さがこみ上げてくるが、つけるとほどなくしてロビーは涼しくなった。

「それにしてもさっちゃんはホントに練習し始めたんだぁ。」
「……内田さんに、なんとか追いついて一緒に訓練を終わらせたいので。」
「ほほぅ。それじゃあ、頑張って毎日続けないとねぇ。てかいつの間にか流留ちゃんとかなり仲良くなってる?」
「……恥ずかしいですけれど。」
「同学年だしねぇ。ま、二人で頑張って乗り切ってね。あたしはガンガン教えてあげるだけだから。」
「お、お手柔らかに……お願いします。」

 その後幸が落ち着いたのを確認すると、3人は艦娘の制服に着替え、執務室へと向かった。訓練を始めるには、まだ来ていない川内が足りない。時間にしてまだ9時を回ったばかりであった。

「川内ちゃんはいつ来るんだろーなぁ。てか神通ちゃん早いよね?何時頃来たの?」
「私は……8時ちょっと前です。」
「7時台って……学校じゃないんだからもうちょっと遅くてもよかったのに。」
「昨日と同じように内田さんを待っていると……確実に10時すぎて時間がなくなってしまいますし、走ってるの人に見られるの……恥ずかしいです。」
 那珂が苦笑しながらもう少し肩の力を抜いて取り組んでもいいことを伝えると、真面目かつ恥ずかしがり屋な神通はもっともな事実を述べて答えた。
「いいじゃないの。やる気があって早いのはいいことよ。」
 神通の意見に賛成な五十鈴は給湯コーナーの冷蔵庫から冷えたお茶をコップに入れて神通たちに差し出しながら言った。


--
 このままただ待っていても仕方ないと判断した那珂は神通に連絡を任せ、自身は五十鈴と打ち合わせをすることにした。

「内田さん。おはようございます。今日は私は先に鎮守府に来ました。内田さんはいつごろ来ますか?なるべく早く来てください。待ってます。」

 神通はメッセンジャーで伝えた。さすがにすぐには返事はこず、川内からの返事は15分ほどしてから来た。
「おはよー。さっちゃん早いね。あたしは今起きたところだよ。そんじゃこれから支度して行くね。10時くらいになるかな。」
 準備込で10時になるならまぁいいほうかと神通は考えることにした。しかし彼女のことだから+15分程度は予想しておかないと余計な気苦労をしてしまうとも頭の片隅で思っていた。

「那珂さん、五十鈴さん。内田さんは10時すぎに来るそうです。」
「そ、わかった。それじゃあ神通ちゃんは教科書でも読んでおいて。」
「わかりました。」

 本を読むこと、座学大好きな神通は那珂から指示された課題が楽しくて仕方がなかった。身体を動かすよりもとにかく知識を仕入れたい。調べ物をしたい。自分の好きなモノを好きなだけできる。学校外でそんな居場所がある。そのことは神通に今までにない喜びを湧き上がらせていた。
 彼女もまた内田流留と同じく、最終的には艦娘の世界と鎮守府に自分の居場所を見出して安定していくことになる。


--

 その後流留が来たのは神通が予想したとおり、10時を15分ほど過ぎたころだった。私服のままで執務室に来たため、那珂から早く制服に着替えてこいと注意された流留は慌てて更衣室に行き、服も気分も川内に切り替えてから執務室に再び足を運んだ。

 川内が来たことでようやくその日の訓練開始である。那珂は五十鈴と打ち合わせていた内容を川内たちに伝える。
「今日は水上移動の続きね。昨日は神通ちゃんはちょーっとやらかしちゃったから、今日はイメージを大切にして続けてみよっか?あたしが側でみててあげるから。」
「……はい。」
「それから川内ちゃんは結構できるようになったから、引き続きそのまま水上移動の練習。しばらくは自由に動いていてもいいよ。」
「あたしはそれだけですか?」
「うん。」
 自由にしていてくれと言われて若干喜びつつもその中に不満を感じる川内。それを素直にぶつけた。
「なんか物足りないっていうかなんというか。」
 川内の文句は想定の範囲内なのか那珂はすぐに返した。
「あとでブイとか浮かべていろんな水上移動の訓練やらせてあげるからしばらく待っててよ。」
「はーい。」

 4人は執務室を後にし工廠へと向かった。艤装を運び出し、演習用プールに行き早速水上に浮かび始めた。川内も神通も水上に浮かぶだけならば問題なく安定した状態になっていた。
「うん。二人とも、浮かぶのは問題ないね。」
「バランスの取り方とかわかりましたし。」
「……私も、なんとか。」

 二人の返事を聞いて那珂はウンウンと頷き、早速指示を出した。
「それじゃ二人とも始めよー。」
 那珂は神通のそばに行き指導し始める。川内は自由にと言われた指示通り、早速だだっ広いプールをひたすら移動し始めた。五十鈴は二人を監視しつつ、当初の役目通り、訓練のチェック表をつけてまとめている。


--

「それじゃあ神通ちゃん。イメージの練習ね。」
「はい。」
「昨日はきっととんでもないスピードの何かを想像したんだろーけど、そうだなぁ~~。」
 那珂はどうやって教えようか、例えを考えた。
「そうだ!蛙!蛙が泳ぐのを想像してみよー!」
「……えっ?」
 きょうび蛙なぞ実際に見ることがない都会に住んでいる神通はいきなり言われた例えに困ってしまった。神通が明らかに困惑の表情を浮かべているのに気づいた那珂は乾いた笑いをして言った。
「あはは……流石に無理……かな?えーとえーと……」
 那珂が別の例えを言おうと必死に考えていると、神通は諦めたかのように那珂に提案した。
「あの……いいです。普通にのんびり歩くの想像しますから。」

 後輩がしっかりしていてよかった。そう切に感じる那珂であった。

 その後自身が宣言したようにのんびり歩く様をイメージした神通は、足元に意識を集中させ、姿勢をやや前傾にした。コアユニットからごく微弱の電流のようなピリッとした感覚が足元に流れて集まるのを感じる。相当意識を集中させていないとわからない、艤装の各パーツへの連動動作の影響。
 神通の集中力と意識はそれを感じてしまうほど相当なものだった。

 神通の雰囲気が変わった。那珂は気づいたので黙ってそうっと3~4歩離れて固唾を呑んで見守ることにした。

スゥ

 神通はその場から小幅で2~3歩分、非常にゆっくりとしたスピードだが進んだ。それを見た那珂はとっさに声を上げて喜びを表そうとしたが我慢して見守る。
 もう2~3歩、合計6歩ほど進みつつ、静かに那珂に向かって言った。

「あの……止まり方が、わかりません……!」
 そう言いながらさらに進んでいく神通。もはや自分の意識とは関係なく勝手に進んでしまい困り果てていた。
「歩くの止めるのと同じように想像すればいいんだよ~。」
 勝手に進む神通に並行して進んでいた那珂は彼女を横目で見届けながらアドバイスをする。

 ほどなくして神通は倒れこむというおまけ付きでその水上移動を止めた。

「まぁ、止まり方もしっかりイメージしないといけないよね。この辺りはスポーツやってる人のほうが感覚的にも掴みやすいと思うな。」
「うぅ……すみません……。」
 神通はびしょびしょになった服をギュッと絞りながら謝った。
 その後神通は午前中一杯かけて超スロースピード・超短距離ながらも移動開始、停止の動作をひたすら練習し続けた。その間何度も身体を水面にぶつけて濡らしていたが、練習を重ねるにつれ転ぶ回数は減っていく。

 那珂はそれを見て思った。
 頭でしっかり考えようとする神通はそれ自体は問題ない。むしろ真面目で慎重なその思考は今後武器になりうる。彼女自身のペースでやらせれば上手く出来る。しかし彼女に失敗を誘発するのは、彼女の思考を乱す外的影響だ。つまり那珂自身や川内など周りの艦娘。しかし実際戦闘海域に出ればそうは言っていられない。神通には水上移動の練習の他、外的要因からの影響を物ともしない、強い精神力・意識の保持が必要だ。
 一方川内は、神通とは逆であろう。彼女はまず身体で覚えようとしている。もともとスポーツが大の得意で他の部活の助っ人をしたこともあると彼女は、身体でコツを覚えれば艦娘の基本動作もあっという間だ。そして艦娘に必要なイメージすること、精神や意識を強く保持すること、むしろその辺りも我が強く、ゲーム等で慣れてるため問題ないと踏む。

 そこまで分析を進めた那珂は、今後のカリキュラムの進め方を調整する必要があるかもと感じていた。
 
「よーっし神通ちゃん!午前はそこまでにしよ!おーーーい!川内ちゃん!!戻ってきてー!お昼にするよー!」
「はーーーい!」
 個人練習をして荒削りながらもかなり自由にスピードを調整して移動できるようになっていた川内はスキーで雪を撒き散らして止まるかのように水しぶきを巻き上げて那珂たちの近くで止まった。

「あの……ね。川内ちゃん。もうちょっと静かに止まろっか。周りの人のこと、よく見てね。」
 水しぶきをガッツリと浴びて神通と同じ程度に濡れた那珂は静かな怒りをたたえながら川内に注意をした。
「あー……ゴメンなさい。気持ちよくってつい止まるのもアレで。水上スキーみたいで。」
 まったく反省の色なしで言い訳をする川内。那珂は深く突っ込んで注意する気は失せていたのでサラリと流すことにした。

 その後お昼休憩のためいつもどおり艤装を工廠に一旦仕舞い、お昼を食べに出かけた4人。午後の作業も前日までと同じく夕方日が落ちるまでは座学をし、夕方になってから再び工廠に向かった。
 艤装を運びだして演習用プールに集まった4人は早速続きを始める。今回は予めプールサイドの倉庫からブイを運びだして水上に浮かべるというプラスがある。


--

「それじゃー続きいってみよっか?」
「「はい。」」
「川内ちゃんはお待たせしました。ブイを用意したので、障害物を避けるながら移動する練習ね。あたしも一緒にやるから。」
「はーい。」
「それから神通ちゃんは午前中の続きで、自分のペースでやってみて。もうちょっとスピード出して距離進んでも大丈夫なくらいになろっか。五十鈴ちゃん、彼女の側についててあげて。」
「……わかりました。」
「了解よ。任せて。」

 午後は神通を五十鈴に任せ今度は川内の訓練の指導をすることにした那珂。那珂は川内に指示を出し、プールサイド脇の倉庫からブイを運びだした。
「川内ちゃん、ブイをプールに浮かべるの手伝って。」
「はい。」

 二人でブイとアンカーを両手に持ち、水上を移動して等間隔に放り投げ始めた。アンカーは1kg程度だったが、同調している二人にとって大した重さではない。何往復かして必要なブイを浮かべ終わった。
 等間隔に並べられたブイのある水面を眺めて那珂は川内に改めて指示を出した。

「さて川内ちゃん。これからあのブイを避けながら向こう側まで行って、戻る練習をするよ。」
「はーい。簡単ですよこんなの。」
「まぁまぁ。簡単だからこそきちんとやってマスターしないとね。最初はとにかく避けながらやってみよっか。まずはあたしから行くね。」
 そう言うが早いか那珂は手本とばかりにブイへ向かって移動し始めた。那珂の移動は波しぶきがほとんど立たない。両足を進行方向に一列に並べてなめらかにブイを右へ、左へそしてまた右へと避けていき、あっという間にコースの端へとたどり着く。着いたあとに那珂は片足を水面から離して片足だけになり、クルッと小さく一回転をしてポーズを取った。
 そして再び両足をつけ縦一文字に足を並べて移動し始める。ブイを今度はそれぞれ逆の方向へと避けていき、川内の側へと戻ってきた。最後もやはり小さくターンで締める。
 那珂の移動は最初から最後までほとんど波しぶきが立たず、散らばらずの綺麗な発進・移動・停止だった。

「さ、次は川内ちゃんだよ。」
「は、はい!」
 川内は目の前で展開された光景に見とれていた。那珂の移動は普段の彼女のチャラけた態度とはまったく違ってしとやかで美しいと感じて驚いてしまっていた。彼女が時々口に出していたアイドルばりの振る舞いだと川内は感じていた。
 少しほうけていたが那珂の合図にどもりながら返事をする。

「よーし。あたしも。」
 川内はゆっくり発進しはじめ、ブイへと向かっていった。そしてほどなくしてスピードに乗り、ブイをレーシングカーのドリフトよろしく大きく波しぶきを立てながら豪快に避けて次のブイへと進む。傍から見ると"避ける"と"波しぶきを立てる"が気持ち良いくらいの豪快さだった。ただし綺麗な避け方ではない。
 次のブイを逆方向に避ける。そしてまた次のブイを避けるを繰り返して川内はブイの回避による蛇行を終えた。川内の通ったあとのブイは那珂の時とは違い、ゆらゆら揺れていた。

「うん。お疲れ様。」
「ほら。簡単だったでしょ?これだけ動ければあたしもう大丈夫でしょ?」
「うーーーーーーん。ダメ。」
 かなり溜めたあと、那珂はハッキリと駄目出しをした。
「えーー!?なんでですかぁ!!?」
 那珂の言葉を聞いてのけぞりながら驚く川内。そしてすぐに食って掛かった。それを受けて那珂は回答する。

「まず動くこと自体は問題ないよ。ただね、あれだけゆらゆらさせたらダメ。あれじゃあ避けるというよりも、ブイを揺らしてぎりぎりで強引に避けてる感じになってるの。あたしたちは海の上を滑って遊ぶわけじゃないし、今後出撃したら仲間と一緒に行動するから、なるべく波しぶきを立てまくる豪快な動きは避けるべきなの。言ってることの意味わかる?」
 那珂はしごく真面目に、厳しく川内に説明する。
「……はい。なんとなく。」
 川内はさきほどの自信たっぷりな様子から一転して片頬を膨らませてつまらなそうに返事をした。
「あたしみたいにする必要はないから、もう少し波しぶきが立たないように丁寧に避けてみて。」
「って言われても……まだ慣れてないんですよあたし?」
「そこはほら、そうイメージしながらやってみて。艤装はそれに答えてくれるよ。川内ちゃん、もしかしてさっきレーシングカーとかバイクとかそういったものを想像してなかった?」
 那珂が言った瞬間、川内は軽く目を見開いて視線を宙に泳がし始めた。
「……図星なんだね。」
 ハァ、と那珂は一つため息をついてアドバイスをした。

「神通ちゃんもそうだったけど、あたしたち艦娘の動きはね、身体ですることだけじゃなくて、想像すること・思うことも大事なんだよ。艤装はそれを検知するようにできてるから。スポーツ万能な人でも想像力に欠けてたらダメ。逆に想像力豊かな人でも身体がついていかなかったらもちろんダメ。変に極端なイメージしちゃうと艤装の中の機械はそれに素直に反応しちゃうから、身体と心の両方で制御できるようにしないと。」
「……那珂さんはそれ全部わかってやってるんですか?」
「最初からじゃなかったけどね。あたしは教わるのが提督だけだったから、言われたことはとにかく意識してやってみて、頭と身体に叩き込んできたつもり。だからこの数ヶ月でここまでやってこられたんだと自信を持って言えるよ。」

 川内は那珂の話を聞いてうつむいて思った。目の前の先輩・生徒会長・友達たる人が出来る人なのは今まで接してきた中でなんとなくわかっていたつもりだった。事実、自分を説得した時、励ましたときの彼女の熱意や振る舞いは見事なものだったと実感した。ただ頭の中ではそれ以外の点は本当なのか疑惑を抱いていた点も少なからず彼女の頭の片隅にあったのだ。
 だがここに来て、艦娘としての光主那美恵の振る舞いを見て、川内は僅かな疑念をも完全に払拭させた。この人は学外でも本気ですごい人だ、そう川内は感じた。口ぶりや立ち居振る舞いは時々イラッとくる調子者だが、そうされても笑って許せるだけの実力が伴っている。
 川内はスポーツや運動神経では勝てると考えていた自分が途端に恥ずかしくなってきた。そして自身の考えが幼いことも理解した。

「…ゃん? 川内ちゃん?そんなに考えこまれると逆にこっちが調子狂うんだけどなー。」
「へ!? あ、あぁ。だ、大丈夫です。もう一回やらせてください。」
「ん。おっけー。川内ちゃんは身体の方は大丈夫なんだから、あとはイメージと細かい動きを丁寧にしていけばいいよ。そうすりゃあたしや五十鈴ちゃんなんかあっという間に超えられるよ~」
「ハハ……そんな日が来ればいいですけどね。」

 そして川内はブイに近寄って行った。那珂は小さくクルリとターンして川内と一緒にいたポイントから1mほど離れて再び方向転換して川内の方を向き、見守る体勢になった。

「よーっし。いっくぞー。」

 掛け声とともに川内はブイに向かってスピードを上げて突っ込んでいった。それから3~4回繰り返した川内の動きは、回を経ても那珂の振る舞いに近くなったとは言えない様だったが、彼女なりの配慮があったためか、ブイを避ける際に波しぶきが立つ方向を微妙に変えられるようになっていた。


--

 川内がブイを並べて練習している水域から離れた場所、プールサイドの側では神通が一足先に練習を再開していた。側には五十鈴が監督役として付いて見ている。川内の動きとは比べ物にならないほどのスローペースで発進、前進、停止を繰り返し練習している。

「大分安定して発進から停止までできるようになってきたわね。」
「……はい。でも、早く川内さんのように……なりたいです。」
「焦ることないのよ。那珂からも言われたんでしょ?周りに影響されて自分のペース崩したらダメよ。それにあなたまだ体力足りてないんだから無理したらダメ。」
「……はい。それはわかっているのですけど。」
 神通はそう言いながら水面から足を上げて方向転換しはじめ、完全に逆方向を向いてから再びゆっくり発進した。神通はまだ、滑るようなターンによる方向転換ができなかった。

 ふと神通は川内が練習している方をチラリと見た。その視線につられて五十鈴も見る。ちょうど、その方向では那珂がブイを避けるデモをしているところだった。
 
「さ、次は川内ちゃんだよ。」

 そう叫ぶ那珂を遠目で見つめる神通の瞳は潤み、頬は僅かに朱に染まっていた。川内が那珂にみとれていたように、神通もまた離れたポイントで那珂の移動の様にみとれていたのだ。
「綺麗……!」
「那珂ったら、あれはガチでやってるわねぇ。」
 サラリと語る五十鈴は、これまで共にした任務で那珂の立ち居振る舞いを見ていたため、感動こそ薄いが、その語るところは彼女のことがわかっている口ぶりだった。神通が尋ねようとして五十鈴に視線を移す。それに気づいた五十鈴は神通の方を見て言った。
「あれは本気というか見せるためというか。ともかく、今さっきの那珂は間違いなく本気の実力の一端を見せてたわ。本気でやればあそこまで素早い移動・回避と華麗さを両立させることができますよということ。」
「す、すごいです那珂さん……。」
「まぁね。あんなの見せつけられた日にはさすがの川内でもヘコむでしょうに。けど相当疲れるでしょうから那珂も滅多にしないはずよ。普段は普通に波しぶき立てるし、雑な移動だってするわ。さて、神通。あそこから読み取れることは何かしら?」

 急に質問をされて焦る神通は答えに詰まってしまう。答えを言えない様子の神通を見た五十鈴は別段本気で教育的な質問をしたわけではないのですぐに解答を言った。
「状況に応じて振る舞い方を変えられるようにしようというのが、私が考える正解。そして多分あの娘も暗にそう言いたいのだと思うわ。まぁ、あれだけ出来るのはさすが艦隊のアイドルになりたいっていうだけあるわね。確かダンスやったことあるって前に言ってたし、普段のお調子者に見合うだけの実力があることは確かよ。」
「……はい。私もそう感じました。それにしても……」
「うん?」
「五十鈴さん、那珂さんのことよくわかってらっしゃるんですね。」
「まぁ……ね。これでも那珂とは数ヶ月の付き合いになるし。さぁほら。あの二人は気にせず続けましょう。」
「はい。」
 五十鈴はもう少し思いを語ろうと思ったが、言葉を飲み込むことにした。

 那珂の華麗な移動、そしてその後行われた川内の豪快な移動の立ち居振る舞いに触発されたのか、神通はやる気を見せて提案した。
「私、もう少し速くして移動してみます。」
「ちょ、大丈夫? さっきも言ったけれど、周りに変に影響受けて自分のペースを崩すようなことはしないでよ。無理は禁物よ。」
 五十鈴の言うことはまったくもって当然だと神通は感じていた。しかし今神通の心の中にあったのは、無理や無茶ではなく、自分も早くああなりたいという、冒険心にも似た向上心だった。それは目立った事をせず無難に生きてきた神通の変化である。
 しかしそれをすべて悟れるほど神通のことを知らない五十鈴は、ただただ那珂から懸念された通りの心配しかできずにいた。ただそれでもじっと五十鈴を見つめる神通の視線と密やかな気迫でなんとなく察したのか、一言だけ言って神通の思うがままにさせることにした。

「……わかったわ。やってご覧なさい。」
「はい!」

 その後神通はさきほどまでよりも若干速度を上げて発進・移動・停止の練習を再開し始めた。五十鈴の心配は無用に終わり、その日神通はそれ以上の速度を出すことなく、一度上げたスピードを保って練習をし続けた。


--

 日はまだ落ちてないが、時間はすでに17時をとうに過ぎていた。定時で帰る整備士たちがプールの外から、那珂たちが見える位置まで回ってきて声をかけてきた。訓練が始まって数日経つので工廠の人間たちは那珂たちが何時までやっているのか大体見慣れてきていた。とはいえ、未成年が住宅街から離れた、海岸沿いに作られた人の少ない施設の端で夕方まで作業していることが、大人としては気になって仕方がない。一声かけられて気づいた那珂たちは彼(彼女)らに返事をする。

「はーい!私たちももうそろそろ終わりますのでー!皆さんはお帰りになられていいですよぉ~!」
 那珂は整備士たちに手を振って答えた。整備士たちは返事をし返したり、両手で○を作って了解したという意を伝え、そして帰っていった。

 五十鈴が時計を見て改めて今の時間を確認する。
「あら、もうこんな時間なのね。」
「うん。そろそろ終わろっか。二人ともいーい?」
 那珂から離れて一人でブイを避ける練習をしていた川内、スピードの増減を細かく調整しつつ直線移動を練習していた神通、二人は那珂の問いかけにそれぞれの場所から返事をした。
 那珂、そして五十鈴がプールサイドへ上がると、川内と神通もその場所まで進んで上陸した。

「はー、はー。あ~かなり疲れたけど充実した疲れっていうのかなぁ。かなり楽しいです!」
「いいなぁ……川内さん。私はやっとほんの少し速度上げて進むの慣れてきたところです。」
「お疲れ様。」と五十鈴。
「二人ともお疲れ様!ちょっと差が出てきちゃったけど、二人とも自分のペース保ってね。なんていうのかなぁ~艤装に自分の心の焦りとか不意な考えを察知されないように気をつけましょー!ってことで。」
「傍から聞いてると何言ってんだこいつという注意だけれど、私達艦娘にとってはよく身にしみてわかる注意だわ。」
 五十鈴が那珂の注意にツッコミ混じりの冷静な分析を加えてほんのりと笑いを誘う。4人はその後、雑談をしながらプールを後にし本館へと戻った。そして相変わらず誰も居ない本館の戸締まりをして4人揃って帰宅の途についた。

基本訓練(水上移動総括)

 翌日、土曜日も4人は前日までと同じ流れで訓練を進める。川内のほうは荒削りで細かい制御がまだできていないながらも、水上移動自体は五月雨や夕立たちと変わらぬレベルにまで達していた。神通はやる気はあって練習の密度もあるのだが、体力が足りずに思うように進めずにいる。

 この日も幸は那美恵たちよりも先に来て、グラウンドで走りこみをしていた。地上を歩く・走るのと水上を歩く・移動するのは何もかも感覚が異なるのが前日までに身にしみてわかってきていた幸は、その走りこみは単に体力をつけるためだけにしかならないと感じ、とにかく無理せず毎日続けられるように、周を一旦減らし、少しずつ距離を増やしていくことにした。訓練を始める前に疲れ過ぎないことを念頭においたプログラムだ。
 那美恵たちが来るまでの間、余った時間は艤装を持ってプールに行こうと考えていたが、鍵を持っているのは那美恵、工廠にはまだ明石たちが出勤してきてなかったため艤装を出そうにも出せず、暇を持て余すことになってしまった。

 ふと思いついたことがあり、幸は本館の裏口からグラウンドまでの短い距離にある沿道にテクテクと歩いて近寄っていった。バランス感覚を磨くならば、この縁石が使えるのではと頭に思い浮かんだのだ。試しに縁石に片足を乗せ、体重をかけてもう片足を地面から上げて縁石に乗せる。これで完全に縁石に乗った形になった。細い縁石の上、彼女は何気なく乗っただけなのでバランスが取れずにすぐに地面に降りてしまうがもう一度乗り、縁石の上を一歩また一歩と歩き始めた。
 これは使える!幸は実感とともに、何やら心にワクワク湧き上がる波のようなうねりを感じていた。つまり遊びのように楽しくなってきていた。裏口の扉に近い方から縁石に乗り、速度を毎回変えて縁石の上を歩く(走る)。そうしてグラウンドに近い方の縁石で降りる。
 それを何度か繰り返し、幸は那美恵たちが来るまでの時間を潰した。


--

 というような光景を、那美恵と凛花は本館裏口の扉を開けずに側の窓からじっと眺めていた。
「あれ……なにかしら?」
「うーん。ま、いいんじゃない?本人めっちゃ楽しそーだし。」
 凛花と那美恵が感想を言い合っていると、本館裏口側に戻ってきた幸と窓越しに目が合ってしまった。

「「「あ。」」」


 那美恵が扉を開けて声をかけようとすると、幸は耳まで真っ赤にしてグラウンドへ駆けて行き、東門のほうへと走り去ってしまった。
「あーあ。さっちゃん行っちゃったよ。そんな恥ずかしいことでもないでしょーに。」
 那美恵があっけらかんと言うと、凛花が静かにツッコんだ。
「一人の世界に没頭してるの知られたら誰だって恥ずかしいでしょうに。あんたにもそういうことあるでしょ?」
「まぁね~。そういう凛花ちゃんにもあ
「はいはいあるわよあるわよ。彼女追いかけるわよ、ホラ。」
「うー、有無を言わさずかよぉ……」
 茶化しキャンセルをされた那美恵は不満気に凛花の背後についていった。

 凛花と那美恵は玄関から出て、右手側をぐるりと回って駐車場の側の道路を通り、東門に向かった。すると駐車場の端でバッグに頭をうずめてうずくまっている幸を発見した。
「うわっ、めっちゃ恥ずかしがってる。あれだと余計に恥ずかしいと思うけどなぁ。」
 那美恵の意見に同意だったのか凛花は短く「えぇ」とだけ言って相槌を打った。
 二人が幸の側まで近寄ると、平静を取り戻しつつあったのか幸はゆっくり立ち上がり、那美恵に向かってなぜかお辞儀をした。那美恵はそれを受けて何を言おうか一瞬困ったが、当り障りのないところで幸の朝練を労った。
「さっちゃん。今日も朝から自主練お疲れ!えーっと、まぁアレですよアレ。あたしの指示守ってやってくれてるようで何よりですよ。うん。ドンマイ!!」
「うぅ……普通に、茶化してくれたほうが……まだいいです。」


--

 本館に入り、着替えを済ませた3人は執務室で話していた。
「水上移動の練習の代わりに?」
「……はい。バランス感覚を鍛える練習になるかと思って。」
 さきほど自身がしていたことの真相を打ち明ける神通。那珂はそれを聞いて苦笑いをする。
「まぁ時間が時間だったしね。明石さんたち出勤前だったなら仕方ないね。だったら今度から明石さんか誰か、一番早く来る人の時間聞いてそれに合わせて来れば?あとで時間聞くといいよ。」
「そ、そうですね……ちょっと考えてみたいと思います。」
 やや恥ずかしさを残していた神通は戸惑いながら返事をした。

 神通は来ているが、川内はまだ内田流留として自宅で居眠りこいている状態だとその場にいた全員が容易に想像出来ていた。ひとまず神通に連絡を入れさせた那珂は川内抜きで一足先に訓練を始めることにした。
 もちろん目的は、差がついてしまった神通へ比重を置くためだ。

 工廠で艤装を受け取り演習用プールにやってきた3人は早速訓練を始めることにした。しばらくは講師2人に生徒が1人というフルバックアップ体制である。
「神通ちゃん。今日は昨日よりスピードあげてやってみようか?」
「はい。」
「神通ちゃんの午前の目標はね~、方向転換ができるようにしよっか。昨日の川内ちゃんみたいな障害物避けるところまではしなくていいから、普通の速度で方向転換して移動がスムーズになるようにね。」
 那珂から本日の目標を定められた神通は昨日の那珂の様を脳裏に焼き付けていたため、やる気に燃えていた。無理はするなと言われていたが、多少無理してでも上を目指したい。大人しい性格な神通ではあるが、内に秘める思いは活発になり始めていた。

 神通は先日と同じ速度で発進、移動し始めた。程なくして速度をじわじわと上げる。その調整は非常に細やかなものだ。
「へぇ……川内ちゃんとは全然違う……」
 那珂は目の前でゆっくりと進む少女の動きを見て一言そう漏らした。那珂は気づいたのだ。神通の艤装の制御は五月雨たち、下手をすれば自分らと同じかそれ以上に丁寧に細かく出来かけていることに。神通の集中力はすさまじいもので、那珂と五十鈴が脇から感嘆の声を上げてもまったく動じないほどだった。
 なんだ、やればできるじゃないの、と那珂は思った。那珂がなんとなく予想したとおり、神通は一旦集中して取り組めば周りの声や動きに影響されないでやれる。そのことに気づいたので那珂は満面の笑みを浮かべ、神通の未だスローだが着実にスピードを上げて進んでいく様を眺めていた。

「神通ちゃん。そのまま体重を右にかけてみて。足先だけはそのままで、すねから上を傾けるイメージで。」
 那珂は神通の成長のために助け舟を出すことにした。だんだん距離を伸ばしつつある神通は先輩の言ったアドバイスどおり、スピードはそのままに、体をゆっくりと傾けた。すると神通の進行方向は右に傾きだした。

「あ……あ、はい。……はい。」
「そーそースキーやスケートと同じ感じでね。」
「……スキーとかスケートって……こんな感じなんですか? あ……このあとは?」
「逆に傾けてみて。……って、神通ちゃんもしかしてスポーツ全般ダメ?」

 神通は那珂のアドバイスどおりに今度は体を逆に傾けて進行方向を微妙に変えて進みながら答えた。
「ダメと言いますか……ほとんどやったことないです。学校の体育以外で唯一あるといえば……お散歩くらいでしょうか。」

 その返答のあと、プフッと吹き出したのは五十鈴だった。何事かと那珂と神通は五十鈴の方を振り向く。
「あ、ゴメンなさい。でも散歩って……。それ運動じゃないわよ~」
「五十鈴ちゃ~ん、笑ったら失礼だよぉ~」
「そう言いながらあんたもにやけてるじゃないの。」
「だってぇ~~。はっ!?」

 クスクスと笑いかけていた那珂と五十鈴が気づいて見た時は、神通は顔を真赤にして俯いて停止してしまっていた。
「あ!あ!ゴメンゴメン! 笑っちゃって悪かったよぉ~」
「い、いいですいいです……!どうせ、私なんか運動ダメで艦娘に向かないんです……!」
「拗ねないでよぉ~神通ちゃ~~ん。」

 笑われて拗ねる神通をなんとかなだめた那珂と五十鈴は改めて彼女の運動経験の無さを踏まえて訓練の進め方を話し合うことにした。

「コホン。えーっと、神通ちゃんが運動らしい運動の経験がないことは大体わかりました。ホントならスケートくらいはやったことあるとスムーズなんだけど、それじゃあ改めて。」
 わざとらしく咳をして話しだす那珂。言葉の途中で自身の実情に触れられたので神通はしょげたが五十鈴はあえてフォローせずに話を進めるのに任せた。
「スケートやったことあればね、体の傾きとか足の出し方とか諸々似てるから伝えやすいんだけどね。まぁスキーでもいいんだけど。」
「そうね。滑るスポーツを一度でもやったことあればイメージもしやすいし体の動かし方もすぐに対応できると思うわ。」
「……私、ウィンタースポーツだってまったくやったことありません。」
 五十鈴も那珂と同じイメージを抱いていたのでアドバイスを出したが、二人の説明を受けた神通はダメ押しでさらに自分の運動経験の無さを語って二人を悩ませる。
「うーんそこなんだよねぇ。」
 那珂は後頭部をポリポリ掻きながら悩ましい問題点を指摘した。
「ま、神通ちゃんの滑るスポーツの初体験が艦娘の水上移動ってことで、一から覚えてくれればいっか。そのうち鎮守府のみんなで冬とかにスケートやスキー一緒に行こ?」

 那珂は神通の前方に十分に距離を離したところまで移動する。五十鈴は神通の横に移動したのちやや距離を開けた。神通の水上移動の訓練には方向転換が加わるため、十分距離を開ける必要があった。
「それじゃあ改めて再開。さっきあたしがアドバイスしたことをすれば簡単に方向転換できるよ。普通のスケートとかと違うのは、艤装がバランス取りを助けてくれるから、よっぽど極端に変な体勢や思考をして傾けない限りは転ばないから大丈夫だよ。」
「……はい。やってみます。」

 神通は発進しはじめ、しばらく進んだ後に那珂からアドバイスを受けたとおりに体を傾けた。今度は、初めて意図した方向に向けて曲がって進むことができた。その次の動きとして逆方向に体を傾ける。また曲がって進む。そして最後は体をまっすぐにして直線で進み、やがて神通は止まるイメージをして動きを止めた。

「……はぁ。ふぅ……。もう一度します。」

 神通は足を水面から上げて逆方向を向き、先ほどと同じ動きをプラスして進み始めた。
 那珂と五十鈴はその動きをじっと見守っている。
 神通はさっきよりもスピードを上げ、体を傾ける。つまさきをずらさないように、右足の土踏まずを水面から離し、左足の土踏まずを水中に沈めるように重心を傾けた。スピードが早まった分、早く右斜め前へと進んでいく。安定して曲がっている感覚を覚えた。

 しかし疲れる。

 訓練で神経と体力を使っているという疲れもあったが、神通は取っていた姿勢でも疲れを感じていた。自身が告白したようにスポーツらしいスポーツをしたことがなく、身体の使い方のコツがわからない。そしてここまで神通はスキーの初心者よろしく、ずっとおしりを後ろに下げ腰が引けた状態、いわゆるへっぴり腰の状態で練習していた。
 那珂と五十鈴は気づいてはいたが、恐怖が先に来てしまう初心者の気持ちはわからないでもなく、ある程度慣れるまでは本人の好きにさせておこうと、あえて触れないでいた。

 疲れが溜まっていくのを感じていたが、とにかく停止するポイントまでは進もうと決め我慢して神通は移動を続けた。何回かの蛇行を繰り返してようやく停止ポイントまでたどり着いた。これで1往復した形になった。
 それを見届けた後那珂は口を開いた。

「うん。身体の傾けから体重のかけ方、わかってきたみたいだね。もう一回やってみよっか?」
「えっ……? あ……はい。」

 休む間を与えず那珂は指示を出す。神通は文句を言わずにその指示通り再びもう一往復し始めた。


--

 神通からメッセンジャーで連絡を受けた流留は目を覚ましてそのメッセージを見て、驚きベッドから飛び起きた。2時間半前だ。部屋の時計を見ると、すでに10時を過ぎて半近くなっていた。こうも毎日一人だけ遅いと、あの生徒会長でも激怒するに違いないと、彼女の厳しさの一旦を垣間見ていただけに想像に難くなかった。流留は急いで着替え、朝食もほどほどに家を飛び出していった。
 今からだと間違いなく11時半を超える。ヘタすると鎮守府に着く頃には昼食の時間だ。さすがにこの遅刻っぷりはまずいと流留は焦りに焦りを感じていた。とりあえずメッセンジャーで幸経由で那美恵に連絡を入れる。しかしそのメッセージを二人が見たのは、午前の訓練が終わってからのことだった。

 流留が想像したとおり、電車とバスを乗り継いで鎮守府に着く頃には、すでに11時35分を回っていた。時間的に那珂たちは演習用プールにいる頃だろうと想像した流留はひとまず本館に入り、更衣室で着替えて川内になり、覚悟を決めて工廠へと向かった。
 工廠に入って身近な人に艤装を取り出してもらおうとそうっと入ったところ、偶然明石と一番仲の良い女性技師に出会った。一応面識がある女性だったので川内は早速話しかけた。

「あのぅ。あたしの、川内の艤装出してもらえませんかぁ……?」
「あら川内ちゃん。今日は遅いのね。もう那珂ちゃんや神通ちゃん訓練始めてだいぶ経つわよ?」
「アハハ……はい。なのでこっそり艤装出してくれると助かります。」
 女性技師は川内の態度に呆れて苦笑いしつつ、望み通り川内の艤装を運びだしてきた。歳が一回り近く離れた少女を見て、こんな感じで遅刻してくる子、クラスに一人はいたっけなと思い返してなんとなく同情の念を感じていた。


 脚部の艤装だけ手に持ちプールの正面の入口から入ろうとしたが、ここは少しでも良い所を見せて先輩二人の気を引いて怒りをそらそうと企んだ。プールの正面出入り口から工廠に戻り、女性技師に断りを入れて演習用プールへと続く屋内の水路へと向かった。
 そういえば、水路から発進するのは初めてだったと気づいたが、ここまで慣れたのだ。イケるだろうとふむ川内。水路に降り立つ前に同調し、ゆっくりと水路脇の短めのスロープを歩いて水面に足をつけた。続いてもう片方の足をつけ、川内は完全に水上に立った。
 思った通り、水路といってもプールとなんら変わらないじゃないの。少し構えて考えていただけに川内は拍子抜けをした。

「よーっし。行っくぞー!!」
 工廠内と演習用プール、距離はもちろん何枚もの壁があるため聞こえるわけはないのだが、川内は小声で掛け声を出して水路から発進し、あっという間に屋根のある工廠から湾へと飛び出していった。
 そして川内は演習用水路を少し進んだところで横に空いた脇道に曲がり、湾とプールを遮る凹凸を越えるべくジャンプしてプール側の水路に入った。


--

「川内、参上しましたー!」

プール脇の水路から飛び出てきた川内に那珂たちはその大声に驚いて振り向いた。
「川内ちゃん!?」
「川内……さん?」

 驚いたあとに那珂から飛び出した言葉は、川内の想像通りの内容だった。
「コラー!!おっそーい!少しは神通ちゃんを見習いなさーい!」
「うわぁ!ごめんなさい!!」川内は頭を抱えるような仕草をしていつもの軽めの口調で謝った。

「いくらなんでもこうも毎日だとね……そりゃ那珂だって怒るわよ。」
 五十鈴は那珂のように怒るわけではなく呆れ返っていた。

「だ、だからせめてものおわびに、成長した証を見せようと思って水路使って来たんですよ~。」
 普段の彼女の態度そのままでまったく反省の色を見せていないその口ぶりに那珂はまた叱る。
「謝るんならちゃんと謝りなさい!川内ちゃん、たまには早く起きてこようって気にはならないの?神通ちゃんは早起きしてあたしたちより早く来て自主練してるんだよ?」
「え!?神通連続で早く来てるの?」
 川内は目を見開いて機敏に頭の向きを変え神通をみつめる。異様に驚く様を見せる川内の視線に気づいた神通は恥ずかしそうに顔をうつむかせ、垂れた前髪をさらに垂らして顔を隠す。

「う……明日から善処します。」
 さすがにこれ以上軽い態度をして先輩を怒らせては夏休みはおろか2学期始まってからの唯一の拠り所たる人との学校生活に支障をきたしかねないと本気で危険を感じた川内は顔を曇らせて再び謝った。その表情と声に本気を感じたのか、那珂は一言だけ言って訓練を再開する音頭を取った。
「その言葉、信じるからね。……さて、それじゃあ二人の本日の訓練を改めて始めたいと思います。」

「待ってました!」
「……(コクリ)」

 川内の調子良い掛け声を無視して那珂は説明を始めた。
「今日も水上移動の続き。だけど今日で水上移動自体は一旦終了して、次のカリキュラムに進もうと思ってます。だから、各自伸ばしたいところ、苦手を克服したいところ、みっちり自分たちのペースで繰り返し練習してみて。」

「「はい。」」

 その後、お昼までの数十分間、川内と神通は思い思いに繰り返し練習した。すでに自在に動ける川内は、もう一度水路からの出撃をすると言って工廠に戻り、数分して再び演習用水路から飛び出してプールに姿を表した。
 神通は、先刻までの那珂から受け取った曲がり方のアドバイスを思い返し、直線+蛇行の移動の練習を再開した。

 口を挟まないことにしていた五十鈴だったが、どうしても黙っているのを我慢できず、神通にアドバイスをした。
「神通、これだけ言わせて。あなた姿勢悪いからもうちょっと背筋を伸ばして、腰を前に出してみなさい。」
「え……でも、怖い……です。」
「スキーもスケートもそういう人いるんだけど、腰を引いて姿勢が悪いほうがむしろ怖くなるのよ。艦娘の艤装はスキーとかと違って姿勢低くしてもスピードに変わりはないし、バランスは艤装が調整してくれるからいいんだけれどね。でも艦娘は長時間水上を移動するし、身体面と精神面の両方で疲れが出てくるから、姿勢をなるべく普通にして余計な疲れを出さないようにしないといけないのよ。もちろん艤装の種類によっては前傾姿勢にならないといけない場合もあるけれど……少なくともあなた達川内型は直立で全く問題ないはずよ。」
「はぁ……なんとなくわかるんですけれど、どうしても……。」
 言いよどむ神通を目にして、五十鈴は彼女に近寄り、ちょっと失礼と言って神通の腰からお尻にかけての部分にそっと手をあてがって触れた後、前へとグッと押した。

「きゃっ!」

 一瞬の悲鳴とともに神通の姿勢は五十鈴や那珂と同じように、地上で普通に立っている時と同じように直立姿勢になった。

「地上で同調して歩いた時は姿勢良かったでしょ?怖がらずにこの姿勢でやってご覧なさい。」
「……はい。」

 神通は直立姿勢のまま発進した。スピードがノッてくると再び腰がどんどん引けてきてお尻を突き出した姿勢になってきたが、すぐに意識してすんでのところで腰の動きを止め、スピードを調整しながら腰とお尻の位置を戻し始める。
 直立とまではいかないが、中腰よりも角度がわずかに浅いくらいにまでは姿勢は戻っていた。そしてそのまま重心を右に左に、そしてまた右にと変えて蛇行をし、停止ポイントまでたどり着いた。再び同じことを繰り返して1往復、2往復、3往復と繰り返したところで那珂からの合図が聞こえた。

「はーい!二人とも。お昼にしよ。休憩だよ~」

 二人はまだやりたいと食い下がっていたが那珂はピシャリと注意して強制的に止めさせた。


--

 午後になり夕方。那珂は神通がある程度深い角度まで曲がって蛇行できるようになっていたことを確認し、ブイを使うと宣言した。ブイを4人で運び出し、那珂の指示通りにプールにアンカーを沈めてブイを所定の位置に浮かばせる。
 ブイを使って練習したことのある川内はその妙な配置に疑問を持った。

「あの……那珂さん?このブイの位置ってなんか意味あるんですか?この前あたしがやったときとは違うし。」
「んふふ~。よく気づきました!」
 那珂は満面の笑み(ただし若干企んだ表情)をして腰に手を当てて胸を張り、川内と神通に説明し始めた。

「神通ちゃんもある程度曲がれるようになったし、水上移動の締めくくりとして、このブイのコースを迷路に見立てて移動してもらいまーす。」
「「迷路?」」

 川内と神通が改めて眺め見たプール全体とブイの配置は確かに線で繋げば迷路のような配置になっていた。それほどブイの数があるわけではないので複雑なコースではないが、やり方によってはいくらでも複雑な移動パターンを作り出すことができそうな配置であった。

「あたしがコースを辿るから、二人はそれを辿ってみて。あと五十鈴ちゃん。」
「なに?」
「五十鈴ちゃんにもそのコースをお手本として辿ってもらうから、しっかり覚えてね?」
「わ、私もやるの!?」
「もち。先輩の威厳をここでみせよー。」
「はぁ……わかったわよ。やればいいんでしょ。」

 五十鈴の了解を得た那珂は、コースのスタートポイントと思われる場所まで移動し、しばし考えた後発進した。
 那珂の移動は以前と同じく波しぶきがほとんど立たない移動だったが、曲がるときに限って思い切り波しぶきを立てて曲がった。
「? なんで那珂さん、ところどころで波立てるんだろ?」
「気づかないの?」五十鈴は川内に問いかけた。
「はぁ。」
 気の抜けた川内の返事を受けて五十鈴の代わりに答えを教えたのは神通だった。
「私たちに、コースの形を印象づけて教えるためだと思います。」
「はい、神通正解よ。」

 思い切り波しぶきを立てることで那珂はコースのコーナーを強調していたのだった。本当ならば色違いのブイを使えばいいことだが、完全なコースを設置できるほどのブイの数が用意されていないのでそうする他なかった。


--

 3人の元へ戻ってきた那珂は念のためとして再び同じコースを辿って教えた。そして再び戻ってきた後、五十鈴に向かって言った。
「さ、まずは五十鈴ちゃん。お手本見せてあげて。」
「……やるのはいいけれど、どういう方針でやればいいわけ?」
「ん~~~それは五十鈴ちゃんにお任せしちゃう。まぁ、二人が参考になるようなことしてくれればそれでいーよ。」
「くっ……また難しい注文ね。」

 五十鈴は苦々しい顔をしながらもコースのスタートポイントまで移動した。発進する前に大きく深呼吸をして気持ちを整える。任せるとは言われたが、五十鈴は自由に任せるとされるのが苦手だった。
 仕方なく、自分の得意分野である記憶力と正確性を胸に発進した。

 五十鈴の移動とカーブでのターンは、那珂のそれを髣髴とさせる動きだった。若干の違いはあるものの、那珂の辿ったコースと軌跡をほぼそのまま辿って那珂たちの側へと戻ってきた。
「……と、こんなものかしら。」
「うわぁ~五十鈴ちゃんすげー再現率ー。」
 那珂は五十鈴の動きに始めのほうで気づいていたが、自身の辿ったコース・動き等をきっちり再現した五十鈴に改めて驚きを見せた。

「え?え?五十鈴さん普通に進んじゃないの?」
「……多分、那珂さんの進み方や曲がり方を忠実に再現したのかと。」
「うわぁ~よく覚えてるなぁ~。あたしもう忘れちゃったよコース。」
 川内は那珂の辿ったコースを2回だけでは覚えられていなかったので五十鈴の記憶力に感心しまくっていた。そんな川内を見て神通はアドバイスをした。
「……川内さんは、ゲームに例えればいかがでしょうか?自分の好きなもので例えたほうが覚えやすいかと思います。」
「って言われてももう那珂さんのデモ終わっちゃったし、どうしようもないよ。」

 神通のアドバイスを受けるも、覚えるべき内容がもうデモンストレーションされないために諦めの様子を見せる川内。そんな同期を見て神通は静かに言った。
「私が…先に行きます。」
 大人しい神通の突然のやる気発言に驚いた川内は神通を見つめて確認する。
「えっ?先に?だ、大丈夫なの?」
「大体覚えてますので。それにまだスピード出せないのでゆっくり見せられるかと。」
「うーん。だったらいいけど。」
 川内は言葉を濁しつつも、そのやる気を削がないように神通のしたいがままにさせることにした。


--

「それじゃ~ね~。次はどっちにやってもらおっかなぁ~~?」
 那珂は川内と神通を行ったり来たり指差しして順番を決めようとした。その最中、神通は「ふぅ」と一息ついた後、意を決して口を開いた。
「あ、あの……!私に先に行かせてください。」
「おおぅ!?神通ちゃんやる気に満ちてるねー!よっし!じゃあ神通ちゃん行ってみよっか?」
「……はい。」

 那珂から合図を受けた神通は緊張の面持ちで3人の前に出てスタートポイントまで移動し、発進前の深呼吸をした。そして神通はゆっくりと進み始め、コースへと入っていった。那珂は神通の動きを目で追い続け、五十鈴は記録のために携帯電話のカメラを構えて録画をし始めた。

 コースを進み始めた神通は直線コースはできるかぎり速度を上げて進み、コーナー直前でスピードを極端に落としつつ大きめの角度でもって曲がって次の直線や蛇行のコースを進む。途中、角度の深いコーナーで大きめの角度で曲がれそうもない箇所では徐行運転に近い速度まで落とし、水上を歩いて角度を次へと進めた。
 その動きは今朝まで曲がれずにいた運動経験のない人のものとは思えないほどの動き、そして任務遂行に支障がやっと出なくなる程度には十分移動力のある水準に達していた。
 神通の動きを見ていた那珂と五十鈴は話し合う。

「あれだけ動けるようになればひとまずいいんじゃない?」
「そーだねぇ。止まったりターンするときにまだどうしてもスムーズじゃないけれど、それ以外はいいよね。神通ちゃんはさ、あれは運動苦手とか音痴とかそういうことじゃないんだろうね。」
「ん?どういうことかしら?」
「運動の経験がほとんどないからただ感覚がわからないだけ。体力がないのは致命的だけど、ホントはちゃんと運動やれば結構いい線行けるんじゃないかなと思うの。あとは思い切った冒険しないだけなんだと思うな。」
 五十鈴は相槌を打って那珂の言葉に耳を傾けている。
「そんな神通ちゃんがなんで我先にって感じで一番手を名乗ったのかわからないけれど……ああいう思い切りをしてくれると今後も助かるんだけどねぇ。」
「そうね。そのほうがこちらも張り合いがあるわね。」

 やがて那珂たちのもとに戻ってきた神通は、せめてオリジナリティを見せようとしてスキーばりの止まり方をしようと身体と足の向きを瞬間的に変えた。すると艤装がバランスを制御しきれなかったのか、神通はミサイルのように頭から水面に突っ込んで転んでしまった。もちろん全身びしょ濡れである。
 神通が急に頭から突っ込んでいったように見えたので、那珂と五十鈴は頭に!?を浮かべて同時にツッコミを入れる。

「「な、なにしたかったの?」」

 水面から起き上がった神通は先輩二人から同時にツッコまれて顔を耳まで真っ赤にしながら弱々しい声で答えた。
「か、カーブして止まりたかった……のですけれど。」
 ようやく彼女の意図を理解した那珂はツッコミ混じりのアドバイスをして神通のコース挑戦を締めくくった。
「あのね、弧を描いて綺麗に曲がりたいならそんなまっすぐ進んでるときに急に方向変えたらダメだよ……そりゃ艤装だって制御しきれずに転ぶって。」
「は、はい……気をつけます。」
 五十鈴がピシャリと注意すると神通は頬を赤らめながら謝るのだった。

--

 神通は川内の近くへと戻り、小声で語りかけた。
「あの……いかがですか?私の進み方で覚えられました?」
「うー多分。とりあえずやってみるよ。」

 川内は神通の助けを借り、ゲームで例えろとのアドバイスどおり神通の動く様をゲームキャラに見立ててコースの覚え直しをした。自分の好きな分野とあらば覚えられそうな気分がしてきたが、スクリーンを見てするのと現実のものを見てするのでは当然ながら感覚が異なっていた。同僚の厚意に甘えてはみたが、正直言って無理だった。
 どうにか半分程度は覚えられたが神通が終わった瞬間、川内がせっかく記憶したコースは綺麗に雲散霧消した。 その原因は最後にすっ転んだ神通のおもしろドジだった。だが吹いてしまいましたなんて、口が裂けても言えない。
 厳密な試験でもないのでどうにかなるだろうと前向きに考えることにした川内は両頬を軽くパンッと叩き、掛け声をあげてコースの入り口に移動した。
「よし。うだうだしてても始まらない。いっくぞー!!」

 川内は力を溜めてダッシュするヒーローやレーシングゲームでスタートダッシュするカートを頭に思い浮かべ、艤装にその爆発的ダッシュのイメージを伝える。川内は構えて後方に置いていた左足を蹴り飛ばしたその瞬間、その足から極大の衝撃波が発生し、川内の身体は前方へと押し出された。このようなダッシュは自由練習の時に何度か行っていたため、その後のバランス取りは慣れていた川内はすぐに上半身を低くして前方に出し、スピードが落ち着いてノってきたところで姿勢をゆっくりとまっすぐに戻していった。

 最初のコーナーは曲がる際に見を低くして重心を下げて豪快に水しぶきを巻き上げて曲がった。そしてまっすぐ、蛇行、再び曲がり角たるコーナーを過ぎていく。
 ただし本人も不安がっていたあやふやな記憶力のため、途中の曲がり角を構成していたブイを連続で間違え、戻るたびにコースがだんだんわからなくなっていった川内はもはや正常なコース辿りを半分諦めていた。
 川内の進む様子をじっと見ていた那珂と五十鈴同じような感想を持ち同じように呆れ返っていた。

「あらら……川内ちゃん、もうあたしの見せたコースから完全に外れちゃった。覚えてなかったんだろーか。ありゃひでーや。あれはあれで見てて面白いけどやっぱひでーや。」
「途中までは良い線行ってたように見えたんだけどね……。しっかしレーシングカーのドリフトばりに豪快で気持ちいい曲がり方ねぇ。あれだけは褒めてあげたい。」
「アハハ、同意。でもホントならもうちょっと静かに綺麗に移動して欲しかったけどなぁ。」
「まあまあ。誰もがあなたのような立ち居振る舞いできるわけじゃないんだから。」
「うーーん。あれが川内ちゃんの個性だと思えば……とりあえずいっか。」

 川内の水上移動の仕方に若干の不満を残しつつも、那珂はひとまず基本としての水上移動はこれで終いとし、締めくくることにした。
 やがて戻ってきた川内はすでに大幅に間違えていたことに悪びれるわけでもなく、ケロッとした態度で那珂たちに声をかける。

「川内、終わりましたー。」
「はい。ごくろーさま。まぁ合格とか不合格とかいうつもりはないから。おっけーだよ。」
「やったぁ!」
 飛び跳ねて喜ぶ川内。彼女の左後ろには静かに移動してきた神通が立ち止まる。神通が背後に来たことに気づいた川内は上半身だけを神通の方に振り向かせ、小声で声をかけた。

「ありがとね、神通。あたし馬鹿だから余り覚えていられなかったけど、感謝してるよ。」
「い、いえ……。」

 川内と神通の二人が何か話しているのに那珂は気づいたが特に気に留めず、今回の練習の意図を伝えて締めくくった。
「二人には複雑な移動を今の時点でどれだけできるようになったか、その場その場に適した移動の仕方がどれだけできるかを分かってしてもらいたかったの。もちろんあたしや五十鈴ちゃんが把握するためでもあるけどね。ここまでできれば、基本としてはおっけーかな。あとは色んな状況に見立てて練習して経験積んでけばいいよ。」
「「はい。」」


--

「よーっし。それじゃあ、二人とも、お疲れ様。これで水上移動の訓練はおしまい。」
「はぁ~~!!やっと次へ進める~~!」
「私はもう少し……これやりたいですけれど……。」

 那珂の言葉を受けて川内と神通はそれぞれの反応を見せるも本気で抵抗するつもりはなく、先輩の指示に従うことにしていた。
 那珂と五十鈴は水路に向かい、川内たちに確認した。

「そーいえば川内ちゃんは水路使って入ってきたけど、どうだった?今度からこっちから行けそうかな?」
「はい!大丈夫です。」
「あとは……神通ちゃんだけど、どう?今帰り試しに使ってみる?」

 普通に今までどおり歩いてプールから帰ろうと考えて同調を切る心構えをしていた神通はいきなりの提案に戸惑う。

「あの……私は……海に出るのがちょっと怖いです。」
「あ~~、今までは底が見えてるプールだったもんねぇ。まぁでも細い水路だから大丈夫だよ。行ってみよ、ね?」
 神通は悩んだが、プール以外も早めに経験しておかなければ同期に置いてかれる・足を引っ張りかねないという不安を持ちだした。恐怖のほうが依然として強いが一度もたげた不安をそのままにしたくない。意を決した。
「わ、私も水路試してみます……!」
 神通の宣言を聞いた3人はうなずいたりニコッと微笑んでその意思を評価した。

 水路は先頭川内、那珂、神通、そして一番後ろに五十鈴という順番で通ることになった。海と川に直結している湾のため水深はさほどでもないがそれでもプールよりも深く、神通の恐怖は消えない。それが普段よりもビクビクしている様子でひと目でわかるほどだった。
 実はまだプール側の水路の途中ではあるが、すでに神通は怖がっていた。
「神通ちゃん?まだプールだからそんなに怖がらなくて大丈夫だよ。」
「……(コクリ)」
 頷くが顔は完全にこわばっている。振り向いていた那珂の背後から顔を乗り出して見せた川内が神通に声をかけて鼓舞するも、その様子は変わらない。
「神通!あたしだって午前に初めてやったけど全然変わらなかったんだから、そんなビクつかなくて大丈夫だよ。」
「彼女のいうとおりよ。プールの水だって海水だって私たちは変わらずに浮いて進むことができるんだから。艤装を信じなさい。」
 五十鈴も安心させるために声をかける。

 3人から励まされつつ神通はやがてプールと湾の境目の凹凸部まで来た。境目には水が混じらないようにするための壁がある。川内はそこをジャンプして飛び越え、次に那珂が続……かなかった。
 那珂は五十鈴に合図を出し、水路とプールサイドの間の壁にあるスイッチを押させた。すると壁は水路側に向かって底の部分からずれ始め、ジャンプ台のように坂ができた。
「え゛? なんですかそれ!?」
 真っ先に声を上げたのは川内だった。那珂は川内のさきほどのジャンプをここに来てようやくツッコむ。
「湾とプールの間の水路の壁は可動式になっててね、海からでもプール側からでも移動をなるべく妨げないようにスムーズに入れるようになってるの。だからぁ~、今の川内ちゃんみたいに大げさにジャンプして飛び越えなくてもいいんだよ。」
「言われなきゃわからないわよね、これ。私だって一番最初はわからずにジャンプしたもの。五月雨なんかジャンプしようとして足つっかけて転んで、壁飛び越えて湾まで吹っ飛んだことあるって言ってたし。」
 五十鈴も思い出すように自身と他の艦娘の例を語る。
「く……そういうことは訓練始める前に教えて下さいよぉ~~!」
 川内は顔を真赤にして口をタコのように尖らせてプリプリと怒ってみせる。しかし那珂も五十鈴も川内のさきほどの様を思い出してアハハと笑い合うだけだ。二人の間に挟まれた神通を見た川内は、そこに必死に笑いをこらえている同期の姿を確認してしまった。

 那珂から可動式の壁の使い方を教わった川内と神通は改めてその坂(となった壁)の上の移動の仕方まで教わり、一度試した。艦娘は脚力も増すためやりようによってはジャンプして飛び越えてもまったく問題ないのだが、鎮守府Aの湾とプールの設置の関係上このようなギミック付きの壁が使われる。それは艦娘たちのスムーズな移動を妨げないように密かに活躍している。


 工廠内の水路まで戻ってきた一行は工廠の陸地に上がり、それぞれの艤装を明石に頼んで仕舞ってもらった。そして工廠の入り口まで戻ってきた那珂は今後のスケジュールについて二人に伝えた。
「明日は日曜だし、お休みにしよっか。あたしも別の用事したいし二人もやることあるでしょーし。どうかな?」
「あたしは賛成です。」
「私も……です。」
 川内と神通は賛成した。
 五十鈴も賛成の意思を示し、ふぅと一息ついて確認がてら言った。
「それじゃあ明日は皆、完全にお休みってことね?」
「うん。まぁ鎮守府に来てもいいけどね。部屋もクーラーも使い放題、お茶も飲み放題だしぃ~。」
「アハハ!艦娘のあたし達って鎮守府内の施設自由に使っていいってことなんですか?」
「そーそー。せっかく揃ってるんだから特に夏休み中は使わにゃ損ってこと。」
「だったら着替えと身の回りのもの持ってきて適当な部屋借りてもいいのかなぁ~?」
 いきなりとんでもない欲望めいた言葉を出した川内に全員突っ込む。
「鎮守府に住むつもりかよぉ~」
「あなたね……鎮守府は賃貸アパートじゃなくて仕事場なのよ?」
「川内さん……それはさすがにやりすぎかと。」

 4人は雑談しながら本館までの道を歩き、本館へと入って更衣室で着替えて執務室に入った。

幕間:夕暮れ時の艦娘たち

 午後5時過ぎ、執務室で思い思いにくつろぐ4人。那珂は五十鈴にここまでの訓練の状況について話し合っていた。

「五十鈴ちゃん、チェック表はどう?」
「えぇ。ここまではこんな感じで付けてみたわ。あとこっちは私なりの二人についてのメモ。」
「ん。ちょっと見てみるね。」
 那珂は五十鈴がつけたチェック表とメモを真面目に見始めた。五十鈴はその様子をじっと眺めている。数分して顔を上げた那珂は五十鈴に言った。
「うんうん。わかりやすくていいと思うよ。こうして改めて見ると、やっぱ川内ちゃんのほうが成長は早いね。」
「えぇ。けど神通も3~4日でここまでできたなら普通の出来だと思うし、決して劣るわけではないと思うわ。動きや調整は細かいし、私はあの慎重さを評価したい。」
「あたしもそー思ってるよ。だからこそ、来週からの艤装の武器まわりの訓練は二人のペースと性格に合った流れでやらせてあげたいの。」
「初めの頃言ってたことよね?」

 那珂は一旦お茶を飲み、呼吸と思考を整えてから口を開いて説明し始めた。
「うん。ここまでの訓練のやりかたを踏まえて、ちょっとやり方を整理してみるよ。あたしも実際に指導したの初めてだったから、想定通りにいかなかったこともいくつかあったよ。」
「そうなの?なんだか問題なく普通にやってこられた気がするけど。」
「まぁ~ね……。次からは一旦同じ手順で学ばせて、反応見てからその後やらせることをその時に決めていこうと思うの。二人別々のことさせるとなるとあたし一人じゃ見切れないから、また五十鈴ちゃんに頼っちゃうけど、いい?」
 那珂の方針を聞いて五十鈴は頷いて返事をした。
「構わないわよ。私も後輩育成って意味では勉強になるし。」
「でも学校の宿題は?こっちに気を取られて五十鈴ちゃんの思うようにできなかったらちょっと申し訳ないなーって、余計な心配しちゃうの。」
「あんたに巻き込まれて何日か経つんだし、今更そんな心配しないでよね。あんたらしくないわよ。」
「おおぅ? 五十鈴ちゃん最後までイッちゃう?」
「……なんかその言い方になんか引っかかるものがあるわね……。」
「気にしない気にしない~。付き合ってもらえるんならあたしはもー遠慮しないで五十鈴ちゃんに頼っちゃうよ~。」
 五十鈴は手のひらをヒラヒラさせて言葉なく那珂のお願いを承諾したという意を示した。那珂はそのようにややぶっきらぼうに振る舞う五十鈴に肩から抱きつき、一方的にイチャついて彼女の引き続きの協力を喜んだ。

 川内と神通は、来週から行うというカリキュラムに関する本を予習のため読むよう実質的には指示となる提案を那珂から受けた。そのため執務室の本棚から本を取り出し、どちらが読むかコピーするかという話し合いになっていた。
「うーーん。あたしは実物見て弄りたいからなぁ~。これ神通が持ち帰ってよ。あたしの代わりに読んどいて。それで月曜にあたしがわからないとこ教えてくれればいいや。」
「……わかりました。」
 神通の態度は薄い反応だったが、心の中では訓練に関する本が読めるという喜びで湧いていた。神通は本を自分のバッグに仕舞い、那珂たちの話が終わるまでソファーで座っていることにした。川内も一旦一緒にソファーに向かったが、座っているのは退屈だとしてふらりと部屋の中を物色し始める。
 やがて那珂たちの打合せが終わり、那珂は待っていた川内達に声をかけて終わったことを知らせた。立ったままだった川内は物色していた棚からサッと離れ、神通はのそっと立ち上がって那珂へと近寄っていった。
 そして4人は本館の戸締まりをして鎮守府を後にした。


--

 帰り道、鎮守府から北北東に行ったところにあるスーパーの前を通ると、ちょうど買い物帰りの妙高こと黒崎妙子と、主婦友である大鳥夫人、そして大鳥夫人の末の娘の高子と出会った。今週ずっと川内と神通の訓練をしていたことを那美恵が話すと、妙子は流留と幸に向かって励ましの言葉を優しく穏やかな口調で与えた。大鳥夫人も同じように励ましと労いの言葉をかける。娘の高子はその訓練の様子が気になったのか、流留たちに問いかけてきた。

「あの……先輩方。艦娘の訓練、大変ですか?」
 先日、懇親会の時に姿を見たが直接接触したわけではないので幸は完全に会話できない状態になっていたが、初対面の人でも気にしない流留は高子の質問に軽快に答えた。
「さっちゃんはちょっと大変そうだったけど、あたしはそんなでもなかったなぁ。運動できる人なら結構楽しく訓練できるよ。高子ちゃんだっけ? 艦娘になりたいの?」
「ええと、あのー。少し興味あります。この前さつk……五月雨ちゃんたちに話を聞いてから、一緒にやれたら楽しいのかな~って。」

 那美恵は懇親会の時、提督と一緒に一時だけ五月雨たちや高子と話をしていたので、彼女が艦娘に興味示しそうだという想像をなんとなくできていた。
「高子ちゃん、もし艦娘になりたいなら五月雨ちゃんともっと仲良くしておくといいよぉ~。あの子なんたってうちの鎮守府の秘書艦様だからね~。いろいろ知ってるよ~」
「アハハ。はい!」
 そして那美恵たちは高子たちと別れの挨拶をし、駅へと向かっていった。


--

 駅で電車を待っている間、那美恵の携帯電話にメッセンジャーの通知が入った。
「ん?誰だろー。」
 携帯電話の画面を点灯させてみると、そこには五月雨こと早川皐月からのメッセージが表示されていた。

「那珂さん。こんばんはー。夏休み楽しんでますか?私はですねー、今週家族旅行に行っててですね、ついさっき帰ってきたんですよ!鎮守府のみんなにもお土産買ってあるので、楽しみにしててくださいね。ヾ(*´∀`*)ノ 明日行きまーす。」
「おぉ!?五月雨ちゃん帰ってキターーー!」
 土曜日の夕方、それなりに人がいる駅の構内で割りと大きめの声を出してガッツポーズをする那美恵。そのアクションに驚いた凛花や流留は何事かと尋ねる。
「うんうん。五月雨ちゃんさ、今週は家族旅行に行ってたらしくてね、ついさっき帰ってきたんだって。」
「へ~。そういや夕立ちゃんたちがそんなようなこと言ってたっけ。あれホントだったんだ。」
 曖昧な記憶を確かめるように言う流留。それに那美恵はかいつまんで文面を口にした。
「うん。明日来るって言ってる。」
「来るって……明日はあたし達誰も行かないですよね?大丈夫ですかね?」
 流留が心配を口にした。
「あ、そっか。伝えておかなくちゃ。」
 那美恵の言葉のあと、一瞬凛花が手を上げかけたがすぐに収めた。その様子を幸は見ていたが気に留めないでいた。

「おこんばんは!お帰り~。今週は川内ちゃんと神通ちゃんの訓練で毎日出勤でしたよぉ~。実質あたしが提督兼秘書艦!早く皐月ちゃんの顔みたいよー(ToT) でも明日は誰も行かないと思うから、月曜日会おうね~」
 皐月からの返事はすぐに届いた。
「わかりました!それじゃあ月曜日はゆうちゃんやますみちゃんにも来るよう伝えておきますね。みんなで鎮守府で会いましょ~」

 夏休み突入の1週間後、ようやく鎮守府Aに艦娘が戻り始めようとしていた。

同調率99%の少女(14) - 鎮守府Aの物語

なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=60996599
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1BqFN2QlrX0QAELruagPG2rutTOqueGx84mApq9snSeg/edit?usp=sharing


好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

同調率99%の少女(14) - 鎮守府Aの物語

川内と神通の基本訓練は続く。最初の一週間は艦娘として基本中の基本、水上航行をひたすら繰り返し練習する。二人の運動神経が災いし差がついてしまうが、一週間の後、二人は無事水上航行できるようになるのか。 艦これ・艦隊これくしょんの二次創作です。なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。 2017/04/19 --- 全話公開しました。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-15

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 軽巡艦娘たちの準備
  2. 基本訓練(地上を歩く艦娘)
  3. 基本訓練(水上移動)
  4. 基本訓練(水上移動続き)
  5. 基本訓練(水上移動総括)
  6. 幕間:夕暮れ時の艦娘たち