すきだったけど愛していたかはわからない

出会った頃はお互い19歳で、誕生日は3日違いだった。
彼は背が高く、身長差は34センチだった。

彼はあまりに手足が長かったので、うまくわたしをハグできなかった。
背の低いわたしを抱きしめようとすると、覆いかぶさってしまうために、わたしは背中を苦しいほど反らさなくてはならなくなる。
膝を曲げて、背の高さをあわせてくれたりもした。中途半端な姿勢がつらくなったら、ぎゅう〜ってしながらわたしを持ち上げた。

彼にはもう1人、恋人がいるらしかった。
ーふうん。

ひょんなことから、その人がわたしや彼と同じバイト先の人だとわかった。年上だった。
ー手近すぎる。

きれいな人ではなかった。それに、太めの体型は、ぽっちゃりレベルを超えていた。
ーお前、なんでもいいのか。

彼は優しい人だった。
わたしの目をじっとのぞき込んで、ふっと笑みくずれる目じりに、そっとほほに触れる大きな手に、わたしを呼ぶ静かな声に、愛おしさがあふれていて、わたしはほとんど溺れそうなくらいだった。

このひと、わたしに夢中だ。

負けているとはとても思えなかった。
嫉妬する気にもならなかった。
彼女の存在はわたしの中から消し去ることにした。

だけどときどき、時計を見あげる彼の目つきに、なぜか心がぐらりとゆれた。
「ごめん、今日は早めに帰らないといけないんだ。」
わたしは思わず彼の目を見つめる。みぎひだり、ひだりみぎ、覗きこむ。たずねてる。
どうして?と。
うん?
少し顔を傾け微笑む彼が、知らない人に見えて気持ちがざわつく。
こらした瞳で問う。
どこいくの?と。
伝わっていたはずだ。

うん?じゃねえよ。


21歳のとき、彼が年上の女と別れた。

それから一週間後、わたしは彼をふった。
その頃知り合い、何度かデートした相手と正式に付き合うためだ。
ふだん、優柔不断でおっとりちゃんのわたしらしからぬ、恐るべき決断力と行動力だった。

そして、1年後に結婚した。
新しい相手は、6歳年上の公務員で、3LDKのマンションを所有していた。

自分の将来の幸せに何が必要なのかを、無意識のうちに嗅ぎ取ったわたしは、専門学校をでて、ちいさな工場に就職した同い年の彼を、彼が不細工な彼女と別れたタイミングで、突然ふったのだ。


あの日、優しい彼は驚き、泣いた。
つられたわたしも泣いた。
「なんで泣くの?別れたくないんでしょ、本当は。」
望みをつなぐように彼が言った。
「ほんとなんで?おれ、なんか悪いとこあったら直すから…。」

お前、忘れんな。二股かけてたこと。

泣きじゃくっている彼と同じぐらいびしょびしょに泣いているわたしは、別れを切り出したことを後悔しているように見えたはずだ。
まだ、自分のことが好きなのではないかとの思いに、彼はすがろうとしたはずだ。

これから彼は、眠れない夜を何度も過ごすことになるだろう。
やり直せたのではないか、取り戻せるのではないか。
そう思うことで、夜の闇はいっそう深くなることだろう。
優しいだけに軟弱な彼は、耐えかねてまた年上の彼女の所に行くだろう。
彼女は早くも新しい恋人がいるらしいが、にもかかわらず、かわいそうな彼を拒否できず、3人の男女はドロドロの愛憎劇を繰り広げるのだろう。

もうたくさんだ。

引き剥がすように、振りほどくように、彼を切り捨てた。

2度と会わなかった。


彼を愛していたのかどうかわからない。

でも好きだった。

すきだったけど愛していたかはわからない

すきだったけど愛していたかはわからない

テーマ 泣く

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-11

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