多福スイッチ

お父さんに、お母さんに読んで頂きたい。

地獄の我が家

胃が痛む。それはもうキリキリと。
心は胃にあるのではないかと思うぐらい、精神状態を素直に反映してくれる。
仕事でメンタルをいじめ抜いた後に、マイホームでも休まる場所がないのか?
目の前で仁王立ちする嫁を前にウンザリした表情を浮かべた。
この世界に鬼はいる。
ただその鬼は閻魔大王と一体化しているようで、
痛めつけるだけでなく、地獄行きの審判まで下す。
「あんた、なにその態度。生返事ばかりで人の話もまともに聞いてくれてない、挙句に話しかけるなって、ふざけないでよ!」
ただ、嫁の話に返事を返しただけだ。
帰宅は終電に間に合い、丁度0時を回ったところだ。
風呂に浸かって、寝巻きに着替え、お笑い動画でも見て心を落ちつけようとしていたところに。
「ねぇ、ねぇ!」とぶっきらぼうな嫁の言葉が飛び込んできた。
「あぁ?」と、思わず似たようなトーンで返してしまった。
「なんで半ギレしてんのよ、ふつうに話できないの?」
から始まり、今までの態度のちまちました話を蒸し返してきて、あんぐりと口を開けながら、愚痴の増殖ぶりを眺めていたところだ。

泣きべそをかきながら、甲高く叫ぶ嫁をどうなだめようか、
ドラマや、映画ではこのシチュエーションで嫁を抱きしめて、愛情表現するのだろうか?
そんな甲斐性が俺にない?
なめるな、俺に出来なくはない。そんな器用さも持ち合わせているはずだ。世渡り上手と言われ続けてきた俺だぞ。
ただ、それは、相手が嫁でなければ、だ。
相手が悪い。
愛情がなければ愛情表現できない。
鬼の形相で平気で旦那を蹴り飛ばすような、現世に降臨した酒呑童子はハグしたところでその身を引き裂かれこそすれ、溜飲を下げることはしないだろう。
子供はとっくに寝ている。
こんな大きな声を出して、起き出しはしないだろうか。
・・・これだ!
「あんまり大きな声出すと、子供が起きるだ、、」
ろう落ち着いて話そうか。
と言い終わる前に「子供をだしに使わないでよ!」被せるように一喝された。
「なんか、悪い。ちょっと睡眠不足でさ」
「本当に悪いと思ってないでしょ!睡眠不足を言い訳にしないでよ。私だって子供の世話で自分の時間なんてないんだよ。あんただけが忙しいわけじゃないんだからね」
じゃあどう言えばいいんだよ。家事しかやってないくせに。と喉まで出かかった言葉を飲み込む。
一度似たようなセリフを言って、殴る蹴るつねるの暴行を受けたことがある。
胃だけじゃなくて頭痛もしてきた。
子供には申し訳ないが、真面目に考えたことがある。
離婚したら、親権は間違いなく俺のものだよなとか。
セックスレスは不利に働くのだろうか?しかし、陪審員の皆様考えてもみてください。
笑顔も可愛げも全くなく、いつも喧嘩腰の鬼女に、どのような強心臓をもてばイケると言うのだろうか?
打破する状況が思い浮かばないなか、4歳の長男が眠い目をこすりながら起きてきた。
半分夢の中なのか俺の存在に気づかない。
トイレのスリッパを履かずにトイレに入った。
きっ、と嫁が目から光を放つと、
どすどす歩いて強引に首根っこを引っ張る。
痛いよ!うぇーん。
いつもこんなことやってるの!?
汚いでしょ。ちゃんとスリッパ履きなさい!
履いてるよぉ
履いてなかったじゃない!手を振り上げる
怯えたように顔をガードする息子。
やめなさい。と親の真似をして息子が言う。
やめなさいじゃない!真似するな。
ヘビメタで聞いたことがあるようなシャウトだ。
すまない、息子よ。
怒りの矛先が息子に向かってしまったようだ。
頬を張る音、
叫び声と、鳴き声。
口をパクパクさせるしかない俺。
死ねばいいのに。。
本気で考えてしまう自分に恐怖する。
もぉ、お前とは何も話してやらん!
バン!と大きな音を立ててドアを閉めた。

呆しばらく呆然と立ち尽くした後、
静かに寝室に入る。
明日は、孤独死特集の現場視察がある。
原稿は2日後が期限だったな。
ここ30分間の記憶を無くしたように、独りごちた。
嫁と寝床が別でよかった。心の底からそう思った瞬間だった。

多福スイッチ

多福スイッチ

円満と言えない家庭で四苦八苦する父親は、かつてモテていた時をよく思い出しては自分を慰めていた。 別の人を選んでいれば、幸せな人生があったのかもと、後悔に生きているなか、小汚い老人と出会う。 その老人から渡された、胡散臭いおもちゃは、特別な力を秘めていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • SF
  • 成人向け
更新日
登録日
2017-02-27

CC BY-NC-ND
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