反対の反対

反対の反対

学生時代からの友人である佐々木から、テレビに出てくれる人を探していると聞いたとき、

学生時代からの友人である佐々木から、テレビに出てくれる人を探していると聞いたとき、飲み屋での世間話以上の特別な意識はなかった。
「誰か、いい人知らないか?」
愚痴っぽい口調だが、心底困っている様子に富永は疑問がわいた。
「ワイドショーのコメンテーターだろう。 やりたい奴なんて山ほどいるんじゃないのか?」
芸能界なんて、目立ちたがり屋の集まりだろうに。富永はそう思った。
 富永の言葉に、佐々木は鼻を鳴らして天井を見上げた。
「そう簡単じゃないんだよ。見栄えが良くてコメント力があって、権威の裏付けがある人物なんて、そうそういやしないよ」
佐々木はビールを飲み干して、大きなため息をついた。
「俺が出てやってもいいぞ」
同じようにビールを飲み干した富永は、冷やかしを込めた声で言った。
「あ?」
佐々木が充血した目でこちらを見る。
「ギャラ出るんだったら、やってやらんこともないぞ」
富永は澄ました顔でおつまみをつつきながら言った。てっきり笑い出すと思っていた佐々木は何やら妙な顔つきで考え込んでしまった。おいおい、冗談だよと、富永が言おうとしたとき、佐々木は大きな声を上げた。
「そういえばおまえ、確か社会学の教授だったな」
色めき立つ佐々木に、富永はドギマギしてしまった。
「教授じゃないよ、準教授だ。一応社会学の講義を受け持ってはいるけど」
「立派に大学のセンセイじゃないか。声も低くてシブいし、服装とツラはアレだが、髪の毛はフサフサだし、いけるかもしれん」
 佐々木は両手でカメラの形を作り、富永の姿を捉えながら弾んだ声で言った。
 アレって何だよと思いながらも、富永は不安になった。
「おい、言っておくけど冗談だぞ、冗談」
富永の言葉は聞こえなかったようだ。佐々木は携帯電話を取り出すと、テレビ局の関係者らしき人と話しを始めてしまった。
 富永が、拝み倒す佐々木の執念に屈するのにそれほど時間は掛からなかった。
「ギャラが出ないのならやらんぞ」
富永の最後の抵抗に、佐々木は急に申し訳なさそうな顔になり、小さな声で金額を呟いた。
 思っていたよりずっと少ない金額に富永はため息をついた。
正式に見つけるまでの代役だからと、佐々木が言い訳を始めたのを遮って言った。
「わかったやるよ。その代わりここはおまえの奢りだからな」

 コメンテーター初日、富永は入念に服装を選んだ。散々迷ったあげく、濃い色の地味なスーツにした。明るい色のスーツもあったが、かなり昔に購入した物でデザインが時代遅れのような気がして止めた。ネクタイは妻が選んでくれた。自分では絶対に選ばないような派手な柄に、おかしくないだろうかと不安になる。何度も鏡を見る富永の姿に妻は笑った。妻は両手でネクタイをギュッとしめながら、女優さんに誘われてもホイホイついて行っちゃ駄目よと真剣な表情で言った。ばかなことを言うなと妻をたしなめてから富永は家を出た。
 駅の改札付近でつかの間、若い女性と目が合った。テレビの人と思われたのだろうかと考えたが、すぐにそんな訳はないと思い苦笑した。今日はコメンテーターの初日だ。まだ顔を知られているはずがないだろう。富永は女性の後ろ姿を眺めながら、今後はマスクで変装することも考えなくてはと真剣に思った。
 降車駅が近づくにつれて、先ほどの女性が自分を見ていたのは、ネクタイが変だったからではないかと思えてきて、地下鉄の窓ガラスに映った姿を何度も確認をした。

 記念すべき初出演の夜、富永は自宅でビデオを見ながら頭を抱えていた。見ているのは自分の出演シーンだ。現場では勝手が分からぬまま時だけが過ぎていき、半ば放心状態で収録を終えたのだが、こうしてじっくり見ると、余りの不出来に穴があったら入りたくなる。
 局についてすぐ、佐々木に案内されてディレクターに会った。てっきり佐々木が制作のトップだと思っていたのだが、違うようだ。佐々木はあくまで制作会社の責任者であって、番組全体を統括しているのがディレクターのようだ。
「佐々木さんの紹介ですから、期待していますよ」
ディレクターは言葉とは裏腹にそっけない態度で富永に言った。

 ついに、富永の人生で初となるテレビ収録が開始された。
 司会者が富永の経歴を紹介し、ネクタイを褒めた。緊張気味の自分の表情がほころんだ所までは良かった。テロップの肩書き紹介が教授になっているのが気になったが、学内の人達が見ていないことを祈るだけだ。
 ビデオは食品産地偽装問題の討論に移っている。
「今見て頂いたように、外食業界では産地偽装がはびこっているということで大きな問題になっています」
カメラが司会者のキメ顔にズームアップする。
 アイドルの明菜という若い女性が、ぱっちりとした目を更に見開き、さえずるようにコメントを始める。
「高いお金だしたのに、ちゃんとしていないのはずるいです~」
妙に語尾を伸ばした話し方がなんだか気に障った。
 毒舌で人気になっているという芸人が生意気な顔で話し出す。
「騙されても気が付かない時点で、消費者にも問題があるんちゃいますか」
なぜこいつはヘラヘラ笑いながら話すのだろうと、富永はテレビを見ながら顔をしかめた。
 往年の映画俳優ながら、この番組以外では見ることのない俳優が身を乗り出した。
「人間は弱い物ですから。ブランド名に騙されてしまうんですね」
人生経験の深さを思わせる言葉に同意の輪が拡がった。
司会者は俳優の言葉がスタジオ全体に染み渡るのを待ってから、不意に富永に向き直った。
「富永先生はどう思われますか」
「そうですね、けしからんと思います」
現場では気が付かなかったが、一瞬間が出来た。映像を見ている富永は冷や汗が伝うのを感じた。
 司会者が、なるほどと頷き、外人のようなそぶりで富永に話の続きを促している。テレビの中の富永は目をぱちくりとして、慌てて言葉を継げる。
「え~、つまりですね、消費者を騙しているわけで、それはいかんと思います」
「なるほど。先生ありがとうございました」
スタジオでは気が付く余裕などなかったが、明らかに司会者の視線は冷ややかなものへと変化していた。
 その後も何度かコメントを求められる度に、とんちんかんなコメントを発する富永の姿が映し出されていく。収録を終え自宅に戻った富永に、ネクタイ褒められて良かったねとだけ言った妻の優しさが身に染み渡る。
 収録後、緊張から解放され安堵している富永に、ディレクターから声がかかった。
「富永さん、お願いしますよ。社会学の先生として、専門的な意見を出してもらわないと」
笑顔を維持しながら眉をしかめるというディレクターの芸当に若干感心しながら富永は言った。
「専門的ですか……」
「今日は最初だからしょうがないとして、来週からは頼みますよ」
初収録に少なからず手応えを感じていた富永は、ディレクターからの駄目出しにいささか鼻白んだが、愁傷に頷くしかなかった。
 あの時のディレクターの顔を思い出しながら、だいぶ手加減してくれたんだなと思った。
 富永はテレビの電源を消すと、天井を見上げ、深いため息をついた。
 番組に推薦してくれた佐々木の為にも、次こそはうまくやらなくては。

 翌週も、司会者のキメ顔で番組は始まった。
 「特殊詐欺、いわゆるオレオレ詐欺の被害が止まりません。特に最近ではより手の込んだ劇場型が増える傾向にあります。それに伴って被害額も増えています」
アイドルが怒っているとは見えないかわいらしい声で口火を切った。
「許せませんね」
芸人が続いた。
「次から次へと犯罪者も手口を考えるものですな」
俳優の彫りの深い顔立ちにカメラが寄る。
「人間とは弱い物です。普段疎遠にされていても頼られるといいところを見せたくなってしまう」
前回同様、司会者が富永に向き直った。
「富永先生はどう思われますか」
ここだ、ここが大学講師としての勝負所だと富永は姿勢を正した。
「電話の声を身内だと信じてしまうのは認知的不協和とよばれる現象でして、会話の内容を正当化しようする不安の現れであります。更に認知バイアスに拍車が掛かり、ついには自己完結へと結びつく……」
「ちょ、ちょっと先生。わかりやすくお願いします」
「失礼しました。つまりパニック状態になっているということです」
2つ隣に座った芸人が、ちょうど自分に聞こえるくらいの声で呟いた。
「だったら、そう言えよ」
あからさまな侮蔑の言葉に富永は一瞬頭に血が上った。富永は芸人を一睨みすると、猛烈な勢いで口を開いた。
「自分の身内が恥ずかしい犯罪を犯してしまったというのは、正常な思考を妨げてしまいます。それは自分にとっても不名誉なことになるため、回避することが大前提の思考をたどることになります。例えば、車を運転していて人を跳ねてしまうということは、避けたいことです。だから皆、保険に加入していますが、実際に事故を起こしてしまうドライバーはごくわずかです。ほぼ起こらない可能性のために保険料を払っています。日々見聞きする交通事故のニュースが認知バイアスをかけてしまっているといえます」
気のせいか、顔面蒼白となった司会者が不自然に富永の話を遮った。
「それではここで一端CMです」
カメラのランプが消えると、血相を変えたディレクターが走り寄ってきた。
「何考えてるんだアンタ。訳の分からん理屈をばらまいて、視聴者に届くわけないだろ。言うに事欠いて保険会社の批判までしやがって何様のつもりだ」
ディレクターの言葉にむっとした富永は反論した。
「批判ではなく、事実を述べただけです」
「大事なスポンサーの悪口を言えって、俺がいつ頼んだんだよ。他のコメンテーターはちゃんと自分の役割を演じてくれているだろうが。あんただけだよ、自分の立ち位置を理解できていないのは」
富永は思わず、居並ぶコメンテーターに目を走らせた。皆、押し黙り、富永と視線を会わせようともしない。誰もディレクターの言葉に異を唱えることなく成り行きを見守っている。
「CM明け10秒前です」
スタッフの声に、ディレクターは富永をにらみつけながら渋々引き下がった。
「それでは次のニュースです」
CM中のやりとりを感じさせず、よどみなく司会者が切り出した。
「地方議員の高額給与が問題になっています。ある県議会では、平均800万円の報酬が支払われていることがわかりました」
アイドルが頬をふくらませた。
「高いお給料ってうらやましいですね」
富永はアイドルの相変わらずの感想を聞きながら、先ほどのディレクターの言葉を思い出した。この子の脳天気なコメントも役割を果たしているだけなのだろうか。
 一拍おいて芸人が口を開いた。
「いや~俺もなってみたいね」
こいつも変わらずの皮肉口調か。だとすると、俳優も……。
「もらえるものはもらっておく。人というのは低きに流れる弱い生き物なのでしょうか」
やはりだ。うすうす変だとは感じていたが、こいつらは一定の枠の範囲内でのコメントに終始している。これがディレクターの言う役割なのか。
「富永先生は……」
司会者が富永に水を向ける。富永は慎重に言葉を選びながら話し出した。
「そうですね。社会情勢に適した水準にすることが必要かも知れません」
幾分の不安を感じながらも、あたりさわりのないことを言ってみた。
 司会者は満足したように頷いている。これは富永が役割を果たしたということなのだろうか。カメラの横のディレクターも不承不承頷いている。その顔を見ていると、心の奥底にたまった藁に小さな火がともるのを感じた。富永は気が付いたら口を開いていた。
「という意見もありますが、私は反対です」
司会者がおやっという顔つきで富永を見た。
 もうどうとでもなれ。火は勢いよく燃えだしている。もはや消火は不可能だ。
「なぜなら、給与水準を下げると、裕福な人しか議員になれなくなってしまう」
司会者がほうといった面持ちで富永を見た。
「政治が一部の特権階級だけのものになってしまいます。むしろ増やすべきではないですか。金銭に不安がなくなることで、政治一本で邁進することができるのですから。800万なんて少なすぎます。8000万円くらいでいいのでは」
 収録を終えた富永は、すがすがしい気持ちだった。これでコメンテーターは首になるだろうが、言いたいことをいってやったという満足感に包まれていた。
 番組終了後、芸人が声をかけてきた。
「驚いたな。富永先生、やりましたな」
そこに皮肉やそしりは見つけられなかった。不思議なことに富永の反抗に心から感心しているようであった。
 芸人の態度に戸惑いながらも、どうもと返答するにとどまる。控え室で着替えていると、ディレクターがやってきた。
「富永先生良かったですよ。」
笑顔を張り付けたディレクターは富永に駆け寄ると、握手を求めてきた。
てっきり憤怒の形相で首でも絞めてくるのかと思っていた富永は、拍子抜けした。
「局の電話が鳴り止みませんよ。ネットでも評判になっているし、ウチの番組がこんなに話題になったのって久しぶりだな」
ディレクターの豹変振りに戸惑いながらも富永は言った。
「そんなに評判なんですか?」
自分の暴言が受けるとは思えなかった。
「いや、少なからず批判もありますけど、よくぞ言ったという人も結構いるんですよ」
そんなものだろうか、富永は腑に落ちないままも、頷いた。
「来週もこの調子でお願いしますよ」
 ディレクターの態度の変わり様が不思議で佐々木に相談してみた。視聴率だよ、この世界は結果が全てなんだ。佐々木はそう言って鼻で笑った。だがな、と前置きをして佐々木は言った。
「今回はたまたまうまくいったが、調子にのるなよ」

「次は、某県の新庁舎の建設費が200億円かかることに批判の声があがっている件ですが……」
「批判はナンセンス。老朽化による立て替えなのですから、贅沢には当たりませんよ。災害の時には避難場所にもなるのですからしっかり作るのは当然です」

「さて妻子ある男性と恋愛関係にあるとバッシングされている女性タレントですが……」
「惚れたものはしょうがないでしょう。一目会ったその瞬間、理由も計算もないのが恋なんですから。相手の身分や状況によって恋するか考えるなんて、それ恋ですか?」

 ディレクターにおだてられたからではないが、開き直った富永は、反論コメントを連発した。佐々木は渋い顔だったが、何も言わなかった。富永が常任コメンテーターとなり、それは佐々木の功績となっていた。富永の発言は賛否両論の渦を生み出し、その輪の中で視聴率はうなぎ登りとなっていた。富永の最近の口癖である「私はそうは思いません」は人気となり、流行語大賞の最有力候補と呼ばれるほどになっていた。番組終了後、ディレクターに呼び止められた。
「富永さんは才能があります」
ディレクターは真剣な表情で言った。
「あなたには10人目の男になって欲しい。9人までが同じ意見なら、10人目は全身全霊を持って反対意見を出さなくてはいけないと言う話をご存じですか。たとえ荒唐無稽と笑われようと、眉をひそめられようと、全力で持論を持って9人と対峙しなくてはならない。あなたならなれると確信しています」
ディレクターから、絶大な支持を得られた反面、共演者との関係は良くなかった。
 特に司会者は収録前にあいさつをすると、露骨に嫌な顔をするようになっていた。今や番組の花となっている富永の反論は、展開上、司会者の話を否定することが多い。そのことが彼の面目を潰している。先週もそんな番組進行だった。
 凶悪化する半グレ軍団に、暴力団並みの規制を要求する司会者の意見と富永は対立した。司会者は無垢な一般市民が犠牲となることに珍しく感情的になっていた。正義は我にありとばかりにまくし立てる司会者に、富永はいつものように反論した。
「彼らを悪の道に追い込んだのは我々なのではないですか? 聞けばメンバーには在日外国人が多いというではないですか。自分と異なるものを徹底的にいじめ、疎外感を与え、その道に追いやったのは我々ではないのでしょうか。憎むべきは彼らではなく差別といえませんか」
この富永の反論は、司会者の急所を突いてしまったようだ。差別の撲滅とヒューマニズムを持論としている司会者は、顔をゆがめ押し黙った。少しやり過ぎてしまったかなと気がとがめたが、自業自得だと思いフォローはしなかった。
 他のコメンテーターも、富永の人気に嫉妬していた。共演者との不仲は心配ではあったが、ありきたりなコメントに終始している彼らに、その資格はないと割り切ることにした。あなた方は自分の役割を果たしていれば良いのだ。的外れの嫉妬は、考慮に値しない。
 佐々木からは相変わらず、忠告めいたことを言われていたが、ディレクターの絶対的な支持を受けている富永は耳を貸さなかった。

 月曜日、クリスマスを控えた週の始まりは、悲惨な事件の報道で幕を上げた。小さな子供を含む親子3人が、無免許、盗難車、スピード超過の男の車による事故に巻き込まれて、意識不明の重体になっていた。
 司会者は沈痛な表情で事故のあらましを語り出した。親子3人が車で走行中、後ろから暴走してきた無謀運転の車に追突され、横転。そのままガードレールに激突し車は大破。追突した車は直前に強奪されたものであり、100km近いスピードを出していた模様。尚、このドライバーの車も壁に衝突し大破、運転していた男性も病院に運ばれましたが死亡。目撃者の話に寄ると、追突された車の後部座席にいた女児が後ろに手を振り、それに答えようと車間距離を詰めて遊んでいるようだったとのことです。追突した男性は助け出された際、事の重大さに気が付いたのか相手の車を指差し、子供が乗っていると訴えた後、意識を失った。
 司会者が、コメンテーター席へ向き直った。ひどい話だ、と富永は思った。遊びで事故を起こした悪質なドライバーに怒りを感じた。他のコメンテーター達も、それは同じようだ。緊張がスタジオを包んだ。コメンテーター達もいつもの一辺倒なコメントではなく、激しい怒りを持って、追突したドライバーを非難している。
「皆さん、無免許男への怒りのコメントですが、当然でしょう。さて、ここで富永先生の反論を聞いてみましょう」
富永は司会者の言葉に耳を疑った。反論だって?
今までそんな前置きをしたことなんてなかったくせに。富永は司会者のすまし顔にぴんときた。こないだのことを根に持っているに違いない。俺に恥をかかせようって魂胆か、富永は司会者への怒りをそのままコメントに転嫁させた。
「子供は助かって欲しいと思います。しかし、もっとも痛まれるのは、死亡した無免許運転の男の方ではないでしょうか。事情はどうあれ、亡くなっているのですから、こちらの方の追悼を述べるべきだと思います。ぶつけられた車の男女は死んでいないんでしょう? 重体くらいで済んで良かったと思うべきですね」
我ながら酷い言いぐさだと思った。
 スタジオ中が静まりかえった。ディレクターも口を開け放したまま呆然と富永を見ている。
 司会者がうろたえながらも、語気を強め富永をにらみつける。
「富永先生、正気ですか? 子供を含む3人は何の非もないのに生死の境をさまよっているんですよ。自分勝手で悪質なドライバーによって」
俺もそう思うと言ってやりたかった。司会者が挑戦的な目つきで続ける。
「しかも、これは未確認情報ですが、目撃者によると、加害者はわざと車をぶつけた、という証言まであるんです」
後出しはズルいんじゃないでしょうか。富永は涙をこらえるのに必死で唇をかみしめた。司会者の首を絞めたくなる気持ちを必死に押さえ、努めて冷静に言った。
「私が今言えるのは、それだけです」
スタジオは、蜂の巣を突いたように大騒ぎになっている。慌てふためくスタッフの姿が視界に映った。さっそく批判の声が局に殺到しているのだろう。これでもう番組に呼ばれることはないのかもしれないな。佐々木の立場を考えると、少しだけ心が痛んだ。佐々木の度重なる忠告を無視したことを悔やんだが、もう遅い。
 なおも富永を非難するかのように詰め寄る司会者の手元に、スタッフが駆け寄り原稿を手渡した。一読した司会者は目を丸くして、富永を見る。
「たった今、新情報が入りました。家族と思われていた被害者の男女ですが、なんと誘拐犯であることが判明。乗っていた子供は、加害者の実の子供であることが分かりました」
スタジオ中にどよめきが広がった。
「先ほど病院で意識を取り戻した女性が、白状しました。身代金を受け取った後、子供を解放せず逃走したところ、女児の父親が追ってきたということです」
共演者のみならず、スタジオ中のスタッフが惚けたように司会者を見ている。いつも冷静な司会者が、汗を拭きながら次の原稿をめくり、絶句した。
「女の供述によると、逃走後、女児を殺害するつもりだったということです」
アイドルが絶叫ともつかない涙声で叫んだ。
「お父さん、娘を助けようとしたんだ」
そのままワナワナと震え出す。その隣に座った芸人は、辺りはばからず泣いていた。
「お父さん、免許もないのに必死に追いかけたんだ。スピード出して怖かったろうに……。僕にも娘がいるんです。娘を助けるためなら、なんだってするよ。親なら当たり前だよ」
俳優は何も言わなかったが、刻まれた皺に伝う涙で同じ気持ちであることはわかった。
スタジオを包む興奮が幾分和らいだとき、司会者が富永に目を向けた。
「それにしても富永先生、どうしてわかったのですか。信じられませんよ。最初の情報だけで気付いたのですか」
話の流れに呆然としていた富永は、はっと我に返った。
「いえ、気付いたというほどのことではないのですが……、何か変だなと思ったものですから」
オロオロしながら答えた。答えながらも、全く返答になっていないなと思った。しかし、司会者は感心したように頷いている。
「そうですか。だから先ほど、あえてあのような発言を……」
「えぇまあ」
富永が唇を結ぶのと同時に番組は終了した。
「はいカットです」
声と同時に、割れんばかりの拍手がスタジオを包んだ。口笛を鳴らす者もいる。
「アンビリーバボー」
進行表を振り回しながら、ひときわ大きな声で叫んでいるのはディレクターだ。
「なんて展開だよ、信じられない。こりゃとんでもない数字が出るぞ」
握手を求めてきた司会者の目に涙を見つけた富永は、ただただ困惑するだけだった。
この日を境に、スタジオ内で富永への嫉妬や、批判を口にする者はいなくなった。
 もっと自由に番組作りをするべきだ。控え室で言った何気ない一言で佐々木は制作から離れることになった。
 残念だったが仕方がなかった。

「某国が頻繁に領空侵犯を繰り返しています」
「侵犯されなければいいんです。もっと自衛隊を派遣して、侵犯したくても侵犯できないようにしてやればいいんです」

「某球団の人気選手がFA宣言して首都圏のチームに移籍することになりました」
「二桁も勝ってない投手が、FAなんて傲慢すぎますよ。宣言する方もする方ですが、獲得する方もする方ですよ。身の程知らずとはこのことです」

富永はあらゆる話題に、思うまま発言し続けた。

この日の収録を終えた富永は、ゲスト出演の女優から握手を求められた。
「先生のファンなんです」
女優はしなをつくり、今晩食事でもいかが、と耳元でそっとささやいた。富永は、体がどうにかなってしまうのではと、心配するほど激しく脈打つ心臓を意識しつつ、残念そうに言った。
「光栄ですが、実は今晩は約束がありまして……」
残り香と微笑みだけを残して女優は去って行った。一生に一度のチャンスをフイにしてしまったと富永は落ち込んだ。約束があるのは本当だった。テレビ局上層部との会食だ、断るわけにはいかない。
 会食で、局の重役から活躍を持ち上げられた後、同席した与党の大物国会議員から国政に興味があるかと打診された。とんでもないと断ったのだが、富永の曖昧さを残す断り方に、議員は意味ありげに笑った。脈有りと思ったのかも知れない。
「テレビではしょせん1000万人に影響を与える程度だろう。議員になれば億を超える人々の為に働くことになる。これぞ男の仕事と思わないかね」
議員の口説き文句は、富永の心に大きな影響を与えた。
 俺はこの国の10人目の男になれるのだろうか?
 忙しい日々の合間に、そんなことを考えている富永がいた。数日間、自分の気持ちを確かめた後、議員に連絡を取った。そして、手始めとしてとある申し出を受けることにした。

 翌週、富永は誇らしげな面持ちでコメンテーター席についた。すでに噂は広まっているのだろう。スタッフのひそひそ話が目に付いた。
「さて、次の話題はなんと富永先生が政府の諮問機関である●●委員会への登用がほぼ決まったというビッグニュースです。いや~富永先生、これはすごいことですね。明菜ちゃんどうですか」
 司会者は今や、富永の賞賛者であり、賛同者になっていた。著しい視聴率の伸びは、富永を含む共演者全員への評価と繋がるようになっていたのである。
アイドルが手を叩きながら笑顔を振りまく。
「本当にびっくりです。でも富永先生なら適任だと思います。がんばってください」
芸人も、ウンウンと頷いている。
「同じ番組を作っていた仲間として応援したいですね。富永先生、頭の固い役人達にがつんと喰らわして下さいよ」
芸人は仲間という部分に力を込めて発言した。
 俳優だけはあまり感情を表に出さなかった。
「ゆくゆくは政治家にでもなりそうですな」
司会者が我が意を得たりとばかりに俳優の言葉を引き継いだ。
「今、政治家という発言がありましたが、将来総理大臣の可能性もあります。何より、全くの民間人の登用は前代未聞の快挙です。それぐらいすごいことなのですから」
「いやいや、そんな大げさな」
さすがに褒められすぎと思った富永は、苦笑しながら顔の前で手を振った。
「共演者全員、富永先生の委員就任と活躍を信じて止みません」
司会者はいったん言葉を切ると、真面目な口調になった。
「それでは、この件について、富永先生の反論をどうぞ」
司会者の邪気のない笑顔に、富永は顔が引きつるのを感じた。

反対の反対

反対の反対

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-27

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