夜道の灯り

 不安定な18歳の女の子の心情を描いた話を書いてみたくて、字にしてみたものの上手く伝わるかどうかが不安です。
この話は、ほんの少しリアルを織り交ぜています。しかし、9割くらいはお話ですので楽しんで読んでいただければと思います。
成人していない、しかし子供でもない。そんな微妙な狭間にいる人たちが抱えている不安は、計り知れません。
上手く表せているかが問題ですが、少しでも気持ちが伝わればと思っています。

居場所のない家

 今回の小説の主人公は私。佐野深夜(さの みや)である。
今年から大学1年生になった私は、やる気もなしに毎日学校に登校していた。
両親になかば無理矢理入れさせられた大学に、無遅刻無欠席で登校している私は偉いと思う。
私は、自分で言うのもなんだが割りと真面目で、たとえ人に決められたことであってもおざなりにできない損な人間だ。
しかしながら、やっぱりこの性格では我慢しきれなくなってきていた。このつまらない現状に。
 ことが起こったのは7月のはじめごろ。これのせいで、私は家に居場所を失った。

 ことの発端は、母のことばだった。
「みや、学校はどう?楽しい?」
このことばは、大学入学当初からよく聞かれることばだった。
いつもなら、曖昧にごまかして事なきを得るのだが、今回はできなかった。いや、しなかったというのが正しいかもしれない。
「楽しくない。」
「え?」
「行きたくなかった大学に行って楽しいわけがない。」
この瞬間、その場の空気が凍ったのを感じた。でも、もう後戻りはできなかった。
「・・・何言ってるの。どれだけのお金を出していると思っているの。」
母の声は、心臓をえぐるナイフのように鋭利で冷たかった。
「奨学金でしょ。あとで、私が何十年もかけて返すお金でしょ。」
私は、思った以上に落ち着いていて、たんたんとことばを返した。
「じゃあ辞めなさいっ!あんたなんて養っていく必要もない子だわ。出て行きなさいっ。」
母は、叫んだ。近くにいるのに叫んだ。耳が痛かった。

 それからというもの、母には無視されている。
試しに、「行ってきます。」と朝言ってみた。でも、何も反応は返ってこなかった。
父はというと何もかも知った上で無関心を装っている。誰も私には味方なんていない。
大学は簡単にやめられない。しかし、家にいることでストレスは増していく。
こういうとき、子供はとても不憫だと感じる。何もできないというもどかしさでいっぱいになる。
家を出たい。しかし、行くあてがない。それにお金が必要である。
いろいろと試行錯誤してはいるが、なにひとつ行動にうつせない。
それがまた、自分をイライラさせる原因になる。
私は、動けなかった。

暗がりを歩く

 家族と話さなくなって1週間が過ぎようとしていた。
それでも、大学へは毎日通っている。
ことばを交わさないだけで日常は変わらない。
なにひとつ、動けていない自分がいるだけだ。

「家に帰りたくない。」

この思いは一層強くなっていく。
家に帰っても、部屋に閉じこもるしかできないから。
私は、少しでも家にいなくてもいいように回り道をして帰っていた。
いつもより帰宅が遅くなっても何も言われない。
無視は続いている。
 高校生のときは、門限を破ればすぐ怒られた。
高校生になってまで門限があるなんて、うんざりだった。
大学生になって門限という門限はなくなった。
でも、8時をすぎれば遅いと言われる日々だった。
だから少し、この何も言われない1週間が少し楽に思えるようになってきた。
いや、思わなければやっていけないと感じたんだろうな。
 そこで私は、夜に帰ってみようと思った。
大学はとっくに終わってる。いつもなら家に帰ってるはずの時間を通り越して、夜に帰宅したらどうだろう。
そうしたら、怒鳴られるのか。
それとも、無視は続行か。
こんなことをやったことがない私は、少し楽しくなってきた。
 別に、心配されたいわけではない。むしろ、心配とかいらない。
それよりも、我を通して無視してられるのかを見てみたい。
 そうしてわたしは、夜道を帰ることにした。

 靴音だけが響いている。誰も歩いていない。
きっと、9時ごろだろう。月が見えている。
心臓の音は少し速い気もするが、気にしない。
夏だが、夜の風は涼しい。のんびり歩く。

 ふと、横に顔をむけるとさっきまで誰もいなかったのに人がいた。
わき道があるから、きっとそこから下りてきたのだ。
その人は、男だった。細身で茶髪、耳にはピアス。若干猫背だ。
あれ・・・なんか見たことあるな。
そう感じた。分からないけど、とにかく感じた。
すると、私の視線に気づいたのか、こっちを向いた。
急にだったから、私のほうがそらしてしまった。
 今のは、まずかったか・・・。
そう思ったが、向きなおすことはできない。
絡まれても、困る。お金は持ってない。
相手の視線は、ずっと私のほうを見ているようだ。
 何も起きませんように!!
祈ることしかできない私は、無力だなとか考えてた。
「深夜?」
声がした。というか、呼ばれた。なぜ?
「深夜だろ?こんな時間に何やってんの?」
こっちに歩いてきている。とりあえず、声のするほうに向いてみた。
そこに立っている茶髪の男、正面から見て思い出した。
「アカリかよ!!」
思わず名まえを呼んだ。
誰かと思えば、小学校の同級生。驚かすなよな。
「おう、俺ですけど。んで、何やってるわけ?」
きょとん、とした顔で聞いてくる。私の緊張を返せ。
「何って、帰ってるだけだよ。」
「遅くね?バイト?」
黙って首を横に振る。バイトは探してはいるものの見つかってない。
「じゃぁ、こんな夜道一人で歩くなよな。行くぞ。」
彼は私の前を歩く。送ってくれるんだろうか。
「家まで送ってくれるの?」
「そのつもりだけど?なんか問題でも?」
私は首を横に振る。すると彼は、満足げにうなづく。
「よし、帰るぞ。」
そうして先頭を歩く彼。けど、私の家知ってるのか?
とりあえずは、黙って後ろを歩いてみた。

幼少の記憶

 彼の名前は、確か「日野 灯」(ひの あかり)だったはずだ。
もう、6年ほど会っていなかった。苗字も忘れるだろう。
 小学校のころ、わたしは背の高いほうだった。
小さい順で並べば、必ず後ろのほう。まわりの誰もが小さく見えた。
彼も小さく見えた一人だった。
小柄で、チビではなかったと思うけど、やっぱり小さかった。
しかも、名まえが あかり だったせいで女の子のようだといじめられていた。
端整な顔立ちだったことも原因だっただろうけど。
彼とは、なんだかんだでよく話した方だと思う。
男の子とは話さない私も、アカリとはなぜか話せた。
最初、女の子だと思ったことは言えなかったけど。
 それから彼は、受験してみんなとは違う中学校に通い始めた。
だから、今の今まで会ってなかったんだ。
 それなのに、今日会った。
「なぁ。」
アカリが私に言っているんだと分かるまで、2秒ほどかかった。
記憶を呼び起こしていたからだ。
「なに?」
「そういえば俺、おまえの家知らないわ。」
失敗をごまかすように笑うアカリ。気が抜ける。
「思ったんだよねぇ。知ってるわけないからさぁ。」
わたしまで、頬がゆるむ。そうだった。こいつはそういうやつだ。
私の知っている小さいアカリは、何かと私を笑わせた。
少しどこか抜けた天然を発揮するからだ。
どうやら、そこは変わってないらしい。
「分かってたなら言えよなぁ。」
「いや、気づけよ。」
こんな感じで、つっこみを入れていたのも思い出した。
久しぶりなはずなのに、もう何年も会っていないのに。そんな感じがしなくなってきた。
いつのまにか、隣を歩いていた私とアカリ。
でも、なぜかそれがいつも通りのように感じてしまう。
「深夜は、あれだよな。全く変わってないよな。」
と、ニカッと笑う。その笑い方が、かわいいと感じてしまった。
「アカリも、中身はそのままじゃん。」
昔のように、頭をこづこうと思った。手を少しアカリに向けた。
 できない。
今気づいた。できない。できるわけない。
「ん?その手なに?何する気?」
中途半端にとめた手を、アカリは不思議そうに見る。
 とどかない。
小さいアカリは、もういない。隣には、はるかに私より高いアカリだった。
「あーあぁ、ちっちゃくて可愛かったのになぁ。」
私は、ふいに恥ずかしくなった。なんで、とどくと思ったんだろう。
中途半端な手をひっこめながら、少しばかり大きな声で言ってみた。
「私より、小さかったのにね。」
「いつの話だよ。もう大分前から抜いてるっての。」
そういって、アカリが私の頭をなでる。
「な、なに。」
「ん?ちっちゃいなぁって思って。」
これは、昔の仕返しだろうか。でも、それどころじゃない。私、動揺している。
 大きな手・・・。
頭ごしだが、それが分かる。男の人の手だ。
「本当に、小さいな・・・。」
「え、うん。なにそれ、嫌味?」
違うよ、って言いながらなでる。髪がくしゃくしゃになってる。
「お前、おんな・・・だもんなぁ。」
そう言って、ニカッって笑う。何がそんなに楽しいのやら。
でも、つられて笑うんだ。心が晴れるように笑えるんだ。
「おんなだよ。昔から、おんなじゃん。」
「んー、それはそうなんだけど、なぁ。」
「なぁって言われても。」
アカリがいつ頭から手をどけるのか、もうどうでもよくなった。
そのままでも、いいと思った。

空っぽ

 「へぇ、ここに住んでたのか。」
アカリは、私の家をはじめて見る。
あんなに、遊んでいたのに一度も家に呼ばなかったのには理由があった。
 母は、極度に私を女の子に仕立て上げたかったらしい。
男の子と遊ぶなんて、もってのほかだった。
まぁ、アカリだったら誤魔化せたかもしれないけど、それは言わないでおこう。
「ありがとう、送ってくれて。家遠くない?大丈夫?」
「どういたしまして。心配すんな、意外と近いよ。」
そういって、笑う。ふいに、アカリが携帯を取り出した。
「せっかくだし、番号教えて。」
私も携帯を取り出す。
「赤外線できる?」
「できる。」
アドレス帳に加わったアカリの番号。そういえば、男の子初めてかもしれない。
 われながら、遅れてるよなぁ。
ふと見ると、アカリの口元がゆるんでる。
「どうしたの?」
「いや、別に。これで、また会えるじゃんって思って。」
アカリは幼く笑う。私も、そうだね、って言って笑う。
「じゃぁ、またな。」
そう言って、アカリは私の頭をわしゃわしゃなでた。なでるのが好きなんだろうか。
手を振った。アカリが見えなくなるまで、手を振った。アカリも、ギリギリまで手を振ってた。
 あれ・・・?
何か違和感があった。何かが、私の中からなくなった気がした。
でも、わからない。それが、なにものかなんて。

 玄関のドアの鍵を開ける。そっと。でも、あまり意味はない。
 ただいま。
心の中で、つぶやく。
リビングに進むと、母がテレビの前に座ってた。
 何も、言わないんだな。
夜に帰ってきても、反応は変わらなかった。
結局は、私はいない存在のままだ。
私は、自分の部屋に直行した。ベッドに倒れこむ。
おもむろに携帯を開く。アドレス帳を開く。
 アカリの名まえがある。
それを見ただけなのに、なぜか心が熱くなった。
頭に触れてみる。アカリがさっき触れた髪。
今思い出すと、少し気恥ずかしい。
でも、アカリに触れられるのは嫌じゃなかった。
むしろ、心地よかったんだ。

甘い飴玉

 私は今日も、やる気のないまま学校へ向かってる。
街中とは離れた森の中にある大学・・・。
メルヘンのように聞こえるかもしれないが、実際のところ不便でしかない。
大学のまわりにコンビニはないし、というか何もない。
大学から見えるのは、樹、木、森。
自然豊かなところが唯一の利点だろう。

 大学についた私は、カフェテラスに向かった。
大学に自分の教室なんて存在しないし、授業が始まるまでにいる所といえば限られてくる。
一番端っこのテーブルについて、リュックからペッとボトルを取り出す。
それを一気に飲み干したところで、私のテーブルに誰かきた。
「早いじゃない、今日も。」
見上げてみると、京香だった。京香は、まん前に座った。
「家にいたくないから、早くもなるよ。」
「まだ続いてたの?喧嘩。」
そう言って、微笑む。

 京香、水島京香(みずしま きょうか)は、同じ学科で高校からの付き合いだ。
薄い茶色の長い髪は、少しカールがかっている。
顔立ちはいたって綺麗。初めて会ったときは、髪の色のせいかフランス人あたりだと思った。
「これね、地毛なのよ。」
かわいそうなことに、何度も教師に呼ばれては染めてないんです、と言っていた。
それくらい、髪の色は綺麗に茶色だった。
仲良くなったきっかけは、あまり覚えていない。
いつのまにか話していたし、いつのまにかずっと一緒だった。
そして、大学で負けそうになる心を支えてくれるのは、いつも京香だった。

 「まぁ、家に居づらいなら私のところに来なさいよ。」
京香は、一人暮らしだ。高校のはじめからずっと。
京香の家は複雑で、よくは分からないのだが離婚を繰り返す母に嫌気がさしたらしい。
しまいには、家を出て一人暮らしをはじめてしまった。
京香の母親は、少しは反省の色を見せているらしく、仕送りはしてくるらしい。
それでも、京香には帰る気はないそうだ。
こんな生き方ができる京香を尊敬している。こんなところも京香を好きになる要素のひとつだ。
いろいろあるからこそ、少し年上のような考え方を私にくれる。
京香は、私を理解してくれるのだ。
「じゃぁ、行きたいな。」
「いーよ、いらっしゃい。」
「テスト、終わったらね。」
期末テストが近づいている。これは、避けられない。
早く、全てが終わればいいのに。
「口あけて。」
「なに?」
私の口に何かが投げ込まれた。飴だ。
「今ね、プリン味の飴にはまってるの。」
そう言って楽しそうに笑う。
京香は、飴が好きだ。とてつもなく好きだ。これは、出会う前からずっとらしい。
長年、と言っても3年ほどの仲だが、気づいたことがある。
京香にとって何か異変があると、好きな飴の種類が変わるのだ。
つまりは、京香になんらかの何かが起きたのだ。
飴の種類が変わる。これは、京香の意志表示といってもいい。
今までに、何度か飴の味は変わってきた。
「京香、何かあったの?」
「泊まりに来たときに、教えてあげるよ。」
そう言って笑う。けど、今までに起きたことは全て笑えるものではなかった。
今回は、どうだろう。また、京香を悲しませることだったのだろうか。
これは、聞かなければ分からないことだ。
プリン味の飴はとてつもなく甘かった。

傘の中

 突然だが、雨は好きだろうか。
私は、結構雨が好きだ。じめじめするのは嫌だが、雨自体は存分に降ればいいと思う。
そう思うのは、時折雨に濡れたくなるからである。
びしょぬれになって、逆にすがすがしくなりたい。
何も気にせずに、雨に浸りたい。

 さて、今現在大学にいるのだが窓には水滴がついている。
つまり今日の天気は雨なのだ。
そして、今から帰ろうと思う。
手には、傘・・・があるはずもなく、まぁそういうことである。
普段天気予報を見ない私が、今まで濡れてこなかったのは母の天気予報があったからだ。
「今日は降るわよ。傘持って行きなさい。」
この言葉は、結構大事だったらしい。
冒頭に戻る。
 私は、結構雨が好きだ。
別に、雨に浸りたくて傘を忘れたわけではないが、今日は浸ることにする。
私は、走って家に帰ることにした。

 さほど強い雨ではない。しかし、徐々に服が濡れていく。
走るのが疲れてきて、歩き出す。
髪が濡れて、水がしたたる。
ここまでくると、もうずぶ濡れでもいいや、という気になる。
そういえばリュックも大分濡れてきた。中身は無事だろうか。恐くて開けられない。
 ピシャピシャピシャ
誰か走る音が聞こえてきた。結構速い。全力で走っているようである。
すると、頭の上に影ができた。
そこには、息を切らしているアカリがいた。
足音は、アカリだったのか。
「アカリ、何やってんの?」
「お前が、何やってんのだろうが。びしょ濡れじゃんか。」
そう言ってアカリはリュックからタオルを取り出した。
片手で私の頭を乱暴に拭く。
「だって、傘忘れたんだから仕方ないでしょ。アカリ、痛いってば。」
「傘忘れた罰だろうが。そんなに濡れて風邪引いたらどうする。」
呆れ顔のアカリは、右手で持っていた傘を私に渡す。
「ちょっと持ってて。」
そう言ってアカリは、今度は丁寧に私の髪を拭い始めた。
なんか、美容師の手つきだ。でも、褒めことばみたいで口にはしたくない。
「アカリは私の母かよ。」
「こんなガサツな娘、俺の子じゃないわよ。」
憎まれ口を言ったのに、憎まれ口で返された。やるな、こいつ。
 そう言えば、されるがままに拭いてもらっているがおかしくないか?
 だって、アカリが傘持って、私が自分でやればよくないか?
そう気づいたけど、言い出せない。
なんか真剣に、髪の水分を拭おうとしているアカリを見たら、やらせてあげた方がいいかとも思う。
嘘・・・。本当は、してもらいたいだけかもしれない。

「ん、だいたい乾いたかな。たく、傘忘れんな。」
「はいはい、ごめんなさい。」
なんか私が本当に子供のようだ。アカリには母親の気質があるのか。
「ほら、帰るぞ。傘よこせ。お前が持ってたら、俺は屈まなきゃならないからな。」
ニヤッと口元をゆがませる。そんなに身長が伸びたのが嬉しいか。
 それにしても、傘ひとつに大人二人って狭いな。いや、近いな。
触れそうで、触れない。
そんな位置を上手く歩いていると、
「お前もうちょっと傘入れよ。せっかく拭いたのに濡れるだろ。」
とか言うから本当にギリギリを頑張って歩く。
 別に、触れたからどうというわけではないんだけど。
 触れたくないわけでは、ないんだけど。
ふと、アカリを見る。すると、アカリの肩が濡れている。傘に収まっていないのだ。
おそらく、私のほうに傘を傾けている。いや、絶対傾けている。
「アカリ、自分のほうに傘向けなよ。濡れてるじゃん。」
「お前が遠いからだろ。何、相合傘照れてんの?」
ニカッて笑う。冗談めかして言われてるのは分かってるけど、そうか。これ相合傘だ。
それに気がついたら、ちょっと顔が熱くなった。
顔が今赤いかは分からない。でも、熱い。
「照れるわけないじゃん。アカリだし。」
「・・・そっかぁ。」
ちょっと間があってアカリがつぶやく。
 ばれてないよね。
このあとの私たちはあまり、会話せずに帰宅した。

 深夜が遠い。傘には入ってるけど、俺との距離が遠い。
それがなんか嫌で、もどかしくて、
「お前もうちょっと傘入れよ。せっかく拭いたのに濡れるだろ。」
そう言って少しでも俺との距離を縮めさせようとした。
ちょっとは近くなった。でも、やっぱり遠い。
 なんでだよ、もっと寄れ。
そう言いたいけど、さっきのも結構勇気だして言ったし。
そうしたら深夜が、
「アカリ、自分のほうに傘向けなよ。濡れてるじゃん。」
とか言いやがる。
お前に濡れてほしくないからだよ。
でも、口から出てきたのは別のことばで、
「お前が遠いからだろ。何、相合傘照れてんの?」
こんな皮肉だった。ただ、自分が臆病なのを隠すためにおどけてみせた。
そしたら、意外な光景を見た。
深夜がどことなく頬を染めている。
見間違いじゃないよな。と、もう一度見る。赤い。
「照れるわけないじゃん。アカリだし。」
「・・・そっかぁ。」
そうは答えたものの、口がにやけるのを我慢するので精一杯だった。
 隠しきれてないよ。
口には出さないけど、心でつぶやいた。

二つ涙

 もうすぐテストだ。期末のテスト。
それが終われば何もかも終わる。1学期の内容だけだけど。
 家で勉強は億劫だし、どうしようか。
そう思いながら今現在は、大学の図書館だ。
目の前には、もちろん京香が座っている。
彼女は買ってきたロールケーキを堂々と頬張っている。
「京香、隠して食べなよ。いくらここが見えにくい位置だからって。」
「甘い物は、勉強をはかどらせるのよ。必須アイテムじゃない?」
ここは図書館だというのに。まぁ、何を言っても聞く人ではない。
赤ペンを取り出して、教科書に線を引く。
きっと大事な部分だと信じて。
私の勘はあたらない。不思議なくらいあたらない。だから、信用ならない。
とりあえず、勉強しています雰囲気をかもしだしてるだけだ。
「ねぇ、深夜。」
「ん?」
京香は、ロールケーキをたいらげると、その袋を丸めながら言った。
「うちで勉強しない?」
「え、でも。」
「ね?お願い。」
このように京香にお願いされたら断れないのを知っているくせに。
でも、お願いするほどだ。何かある。
私たちは、図書館をあとにして、京香の家にむかった。

 京香の家は、街中の高層マンション8階。
エレベーターを利用して、京香の家に着いた。
「久々だね、京香の家。」
「そうね、入って。」
どことなく静かな京香。部屋に通される。
京香の部屋はいつ見てもシンプルだ。ベッドに本棚、勉強机。そしてクローゼット。
物があまりないというほうが適切かもしれない。
「紅茶でいい?」
「うん。」
目の前に出されたティーカップに口をつける。
 甘い・・・。
「京香、砂糖どれくらい入れた?」
「あ、ごめん。私と同じだけ入れちゃったのね。飲める?」
とりあえずは、縦に首をふる。
ただ、ものすごく甘い。
同じだけって、いつも京香はこんなに甘いのを飲んでいただろうか。
そういえば、最近の京香はよく甘いものを口にしていた。
さっきのロールケーキといい、昨日はチョコシュークリーム、一昨日は確か・・・マカロンの詰め合わせ。
「京香・・・太るよ。」
「何よ、急に。」
「甘いものばっかり食べてるでしょ。身体に良くないよ。」
そう言う私の目の前で、京香が食べてるのはチーズケーキ・・・。
もちろん、私の分も出されてはいるのだが、そこは問題ではない。
「さっき、ロールケーキ食べてたよね?」
「そうね。」
モグモグとフォークをとめない。
京香はどちらかといえば痩せ型だ。だからといって、いっきに甘いものを食べるのはよくない。
「京香・・・。」
若干あきれて言うと、京香のフォークを持つ手が止まった。
「身体によくないから、いいんじゃない。」
いつになく、落ち着いた声だった。
落ち着きすぎていて、反論が浮かばない。
「いっそ身体が壊れてしまえばいい。甘いものを食べて壊れるなんて幸せじゃない?」
さわやかに笑う京香。
 笑わなくていいのに。
「何が、あったの。」
「・・・。」
京香は黙った。ケーキをテーブルに置くと、そのままうつむいた。
「・・・また結婚するのよ、あの女。」
京香は、母親のことを母とは言わない。声が若干震えている。
「『今の人となら幸せになれる、だから一緒になるわ。今度は大丈夫。』・・・何度も聞いた台詞、聞き飽きたわ。」
私は何もことばにできずに、ただ黙って聞いている。
「勝手にすればいいのよ。勝手にすれば。そう思っていたのに・・・っ。」
うつむいた京香の床に、水滴が落ちた。涙だ。
「あの女、楽しそうに言うの。『妹ができるわよ』って。『お姉さんになるわね』って・・・っ。」
私は京香を抱きしめていた。力いっぱいに。
京香は顔をうずめながら、嗚咽する。
「私の帰る家、本当になくなったわっ・・・。あの女が許せない。でも、まだ帰れる家があるって思ってた私自身も許せないのっ。」
私は、ただ強く抱きしめるしかできなかった。
帰れない、居場所がない。
そう思っていたのに、今は京香のほうが居場所を失っていたんだ。
そのことに気づけなかった。
つられてか否か、私の頬にも涙がつたった。

着信

 京香の衝撃的な告白から1週間が過ぎようとしていた。
「ちょっとは控えるけど、やっぱり好きな物はどうしようもないわ。」
そう言って笑う京香にも少し余裕がでてきたようだ。
甘い物はやめることができないようだが。
私ができることは、京香が落ち着くのを待つだけだ。

 テストの勉強を部屋でやっていた。
ひきこもりのように、部屋ですべてをこなし、部屋から出ないのを決め込んでいた。
バイブ音がなった。メールだろうと思ったが、音が長い。
電話か。
そう思って、携帯の表示を見ると、アカリだった。
「はいっ。」
「おう、元気な返事だな。」
驚いたのと、長引かせてしまったことで勢いよく電話に出てしまった。
 恥ずかしい・・・。
「どうしたの?」
「声聞こうと思って。」
「は?」
一瞬脳が停止した。なに言ってるんだこいつは。
「黙るなよ、冗談じゃん。」
そう言ってケタケタ笑う。やめてよ、焦る。
「で?本当は?」
「うん、祭りいこう。」
どうやらアカリは、今週の金曜日にある海祭りの誘いをしてきたらしい。
「いいよ。丁度テストも終わるし。」
「まじで、よっしゃ。じゃぁ、金曜夕方迎え行くから。」
それで電話は終了。本当にそれだけだったのか。
とりあえずは、勉強しないと。
ペンを握る。だめだ、集中できない。でも集中しないと。

 「今のテストできた?」
「だめかも。」
この会話、何度したことだろうか。本当にテストがやばい。
けれど、集中力は持たなくて気づくと、ぼうっとしてしまう。
「今日変よ。意識がどこかに飛んでるみたい。」
「そう?」
「うん、きっと恋してるのね。」
ポカンとする私。京香はニコ、とかわいく笑う。
「あら、アタリなの?分かりやすいのね。」
あらためて言われると、そうか。これは、そうか。
でも、考えないようにしてきたつもりだった。
それなのに、京香によってはっきりしてしまったとは。
これは、許されるものなのだろうか。
本当に好きになってもよいのだろうか。
なんて考えてしまうのだ。
「集中力がないのはそのせいね。でも、仕方ないわ。女の子ってそんなものだもの。」
ふふっと笑って京香は帰り支度をする。
私も帰る準備をする。今日のテストはこれが最後だった。

「へぇ。好きな人とお祭りに行くの。よかったじゃない。」
京香にある程度アカリのことについて話してみた。
友だちとこういう話はあまりしないからたどたどしい。
「なんか、複雑そうな顔ね。」
「そんなことないけど。変な感じかな。幼馴染を今になって好きになる感覚がさ。」
「よくある話じゃない?別にいつ好きになろうが、時期は関係ないわ。」
大人びた回答に感心しながら、そうだね、と返す。
でも、本当にそれだけの不安だろうか。
幼馴染を好きになったことへの違和感だけだろうか。
よく分からないものが、喉元にひっかかったようだと感じる。
けれど、その正体は自分には分からなかった。

花火散る

 そしてようやく、金曜日の夕方。

「なんで浴衣じゃねぇの。」
会ったそうそうアカリはこんなことを言い出した。
「浴衣持ってないもの。」
「まじか。百合枝さんに言ったら貸してくれたかもしれないのに。早く言えよな。」
そう言って、私の頭をグシャグシャする。
 百合枝さん・・・。久々に聞いたその名まえ。
百合枝さんは、アカリの従姉だ。6つ離れていて今は結婚している。
小学校の頃はよく遊んでもらっていた。
温和な百合枝さんは、子どもの遊びでもちゃんと付き合ってくれた。
今では、全然会っていない。どうしてるんだろう。
「百合枝ちゃん、元気?」
「あぁ、元気元気。ガーデニングやってるのよく見るし。」
アカリの家の近くらしい。ガーデニングか。似合うな。
「人多くなるから、急ごう。」
アカリは私の手をとって歩き出した。

 海の近くのホテルの屋上にきた。数人は先に待機している。
「ここが隠れスポットだって。よく見えるらしいよ。」
「風涼しい。」
「だな。花火には絶好の風だな。」
そう言って手すりにもたれかかる。
私も同じように手すりに身をまかせる。
横を見るとアカリの横顔。やっぱり昔とは違う。
好きだと、かっこよく見えてしまうのだろうか。
「ん?なに?」
ふいにこっちを向いた。からそらした。
「なにもない。」
全てを言えたら楽になるだろうか。でも、何かのもやもやは消えてくれない気がする。
「もうすぐはじまるよ。ほら、むこうに上がるはず。」
アカリが指を指した海の上に光が上がっていく。
空で大きな大輪の花が咲き誇る。大きな赤い花だ。
「おぉ、すっげぇな。さすが、この祭りのメイン。」
「きれい。久しぶりに見たよ、花火なんて。」
いくつも光が上っていく。それが次々と花開く。
夜だというのに、あたりは花火でとても明るい。
「あのさ。」
アカリが何か言った。とりあえずアカリを見る。
「好きなんだけど。」
ドンッ、ドンッ、ヒューーードンッ
思考が停止した。アカリを見たまま動けない。
「聞こえてる?」
「・・・。」
「好きなんだけど?」
ようやく私はアカリから目をそらした。
私も、っていうことばが出ない。
「アカリは、百合枝ちゃんが、好きだったじゃん。」
「は?」
「アカリが言ったじゃん。百合枝ちゃん好きだって。」

小学校6年の夏。百合枝ちゃんが結婚することになったとき。
「百合ねえちゃん、結婚するんだって。俺らとも遊べないって。さみしいよな。」
「そうなの?アカリは、百合枝ちゃんが好き?」
「好きだよ。」

なぜ、このフレーズが今よみがえったんだろう。
もしかして、ずっとひかかっていたのがこれなのか。
こんな些細な記憶だったのか。
すると、小さい頃から私はアカリが好きだったのか。
それを考えて、顔が熱くなった。いまさらになって恥ずかしい。
「お前、真っ赤じゃん。」
「花火の色だよ。」
「今花火緑ですけど。」
二人でふきだした。さすがに苦しい言い訳すぎた。
「俺さ、百合枝さんは人として好きって意味で言ったはずなんだけどな。」
「そんなの分かるわけないじゃん。」
「あのとき妬いたの?」
「・・・覚えてない。」
覚えてるはずない。百合枝ちゃんには勝てないと思ったなんて覚えてない。
「で?返事はその表情見れば分かるけど、返事は?」
「分かるならいらないじゃん。」
「ばぁか。告白の醍醐味だろうが。」
また頭をクシャクシャにする。本当に好きだな、こうするの。
クシャクシャしてた手が一瞬止まった。
と思ったら、アカリの手はそのまま私を引き寄せた。
「・・・花火、見えないんですけど。」
「・・・超綺麗、花火。」
花火が見えない。でも、今の状態を保っていたい。
音だけ聞こえる世界が、少しでも長く続けばいいと思った。

 

夜道の灯り

夜道の灯り

家に私の居場所なんてない。 どこにも私の味方なんていない。 そんな一人の18歳の歩む夜道がすべてのはじまりだった。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-25

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 居場所のない家
  2. 暗がりを歩く
  3. 幼少の記憶
  4. 空っぽ
  5. 甘い飴玉
  6. 傘の中
  7. 二つ涙
  8. 着信
  9. 花火散る